熱い夏はまだ続く。
しかしこの世界の夏は、前世のように六月から十月まで熱いという事はない。
少し肌寒くなる「秋」の感覚を感じる事ができる。
昔の人が俳句で季節の事を読んだように、移り変わる季節を実感できるのはとても幸せな事だと思った。
それはさておき……夏になったらやっぱり入りたいのがプール。
前は遠慮して入るのをやめたけど、今日こそは入ってみたい。
そう思って着替えたんだけど……
「ごめんねー。今日はいつも男の子達が使ってる場所が使えなくて。他の男の子もその事を聞いたら『今日はいい』っていうから……」
「あ、いえ。大丈夫です」
今日こそは、と思った時は上手くいかない事が多いのはあるあるな事だ。
前世でもやろうと思った事ができなかったりする事もあったし、仕方がないか。
また今度入ればいいしね。
「うーん、女の子の方は空いてるんだけど……優斗くんが大丈夫なら、そっちでいいなら入れるけど……」
えっ、それはどうなんだろうか。
この世界で男の子と女の子が一緒のプールに入るのはアリなのか?
いや、別に全裸で入ろうって訳じゃないし、まだ三歳児だからそういうのは誰も意識しないよな。
隅でゆっくりしていたら問題はないし……それでも、私の顔が怖いっていうのがあるか。
やっぱり色々と迷惑かけちゃうな。
「僕が入ると皆が怖がっちゃうと思うので。やっぱりやめておきます」
「そうなの? うーん、優斗くん、確かに顔は特徴的だけど……大丈夫だと思うよ? みんなまだ慣れてないだけだと思うし。あ、そっか……三歳の子とはいえ、男の子だしなぁ……色々と問題あるかも……」
うんうんと悩みだした先生に「失礼します」とお辞儀をすると、部屋に戻って着替え始めた。
こういう時は前世とこの世界の違いを強く感じる。
前の世界だったら別に全然問題ないわけだし、なんなら私の方は敬遠される立場だ。
まだ幼いからこの世界と前の世界の違いによる弊害は薄いけど、段々とそういう事も考えなくちゃいけないのか。
大変だなぁ。
そうこうしているうちに着替えが終わり、教室に戻る。
賑やかな声に視線を動かせば、プールで楽しそうに遊んでいる子達が目に入った。
「……ゆうと?」
「わっ! びっくりした。みおんちゃん?」
その姿をついじーっと見つめていたら、みおんちゃんが目の前にいた。
いつもいるベンチを見ると、当たり前だけどそこにはみおんちゃんはいない。
「どうしたの? ベンチにいないの珍しいね」
「……ゆうと、プールはいりたいの?」
みおんちゃんがプールを横目にそういった。
僕が見ていたところを見ていたんだろう。
ちょっと恥ずかしいな。
「あ、ちょっと。ちょっとだけね。夏だし、夏っぽいことしたいって思って……」
「ふーん」
自分でも分かるくらい早口で喋っちゃったけど、みおんちゃんはそれほど気にしていない様子だった。
そ、そりゃあそうか。別にプールに入りたいことは恥ずかしい事じゃないか。
ちょっと考えすぎだったかも。
「……プール……」
「え?」
「……やっぱなし」
何かを言いかけたと思ったら、外にあるいつものベンチに走って行ってしまった。
みおんちゃんはプール、入りたくないのかな。
いつもあの場所にいるし、何をしている訳でもない。
今思えば結構仲良くなってきたと思うみおんちゃんだけど、彼女の趣味も、何を考えているのかも、全然知らないという事に気づいた。
初めてあった時は、どこか人を寄せ付けない雰囲気で、一人が好きなんだって勝手に共感してたけど、今はそうは思わない。
色々と話をしていくうちに、彼女は人一倍明るくて、誰かと仲良くなりたいって思っているってわかった。
ただ最初の一歩が踏み出せなくて、皆からは何となく近づきにくい子って思われているから、いつも一人なんだ。
だから私に最初に話かけるときも、顔を赤くして、息を整えて、頑張って勇気を出して声をかけてくれた。
彼女が声をかけてくれなかったら、私とみおんちゃんはずっとあのままだったと思う。
だから私も、彼女が楽しんでくれる事をしてあげたいって思った。
「え、プール?」
だから、家に帰った後、お母さんに相談してみる事にした。
今日あった事を話して、自分もプールに入ってみたい、と。
「そうねー。確かに楽しそうね! 幼稚園だと優斗くんも知らない子に囲まれて入るの怖いだろうし……じゃあ今度の土日にお庭でやってみよっか!」
「いいの? ありがとう!」
「思えば、優斗くんが何かをおねだりしてくるのはこれが初めてかな? ふふふ、待っててね優斗くん! 私が大きいの買ってくるから……!」
「うん。それでね、お母さん。ちょっと相談なんだけど……」
「?」
私の考えていた事を伝えると、お母さんは楽しそうに笑ってOKを出してくれた。
みくちゃんは来てくれるだろうし、後は二人に確認をとらなきゃ。
その後、みくちゃんにはお母さんが伝えてくれたみたいで、もちろんOKという返事をもらった。
みくちゃんが今から物凄く楽しみにしているようで、私もますます楽しみな気持ちになった。
「ゆうとくーーーーーーん!!!!!」
「ぐぼぁっ」
毎度恒例になっているみくちゃんの抱き着き攻撃をしっかりと受け止め、みくちゃんを迎える。
今日は土曜日。待ちに待ったプールの日だ。
お母さんが買ってきてくれたビニールプールに空気を入れて準備を進める。
早く早くと私の手を引っ張るみくちゃんは、とても楽しそうだ。
「ゆうとくん! はやくはいろ~!」
「うん。でもちょっと待っててね」
プールの準備は万全。
だけど、私は彼女達が来るのを待っていた。
しばらく待って、チャイムがなる。
玄関前まで歩いて扉を開けると、白いワンピースを着た、帽子を深くかぶった女の子。
そして彼女の保護者である女の人が立っていた。
彼女がそこにいるだけで、何かの映画のワンシーンのように見える。
存在しない記憶が流れる。
金色のひまわり畑。
そこで振り返る一人の少女……
「……ねぇ」
「あ、こ、こんにちは。みおんちゃん」
「……こんにちは」
いけない。あまりにもエモいシーンすぎて思考が止まっていた。
来客に気づいたお母さんが家の中から出てきて、二人を迎えた。
「こんにちは。優斗の母の小林佐奈です」
「美音様の使用人をさせていただいております、
「すいません、無理を言って来ていただいて……」
「いえ。殿方が他家の女性の家に行く、という方が問題がありますので」
「使用人?」
使用人、という聞きなれない言葉にみおんちゃんを見る。
普段通りの顔。
だけど、どこかいつもとは違う雰囲気を感じた。
少し寂しさがあるような、そんな感じがした。
泉希さんも、そんなみおんちゃんを見て少し悲しそうな顔をしていた。
「……ゆうと?」
「……あ、何でもないよ。みおんちゃん、お嬢様だったんだ。初めて知ったよ」
「……へん?」
「ううん。ちょっと驚いただけ」
確かに雰囲気とか話し方とかは他の子とは違うなって思ってたけど、まさかお嬢様だったとは。
そんな子もこの世界は多いのかな。
「お母さん、この子がみおんちゃんだよ」
「あら、初めまして。優斗の母の佐奈です」
改めてお母さんをみおんちゃんに紹介する。
幼稚園で出来た初めての友達だから、お母さんにも知っていてほしかった。
「あ……んんっ。みすみ、みおん、です……ほ、ほんじつは……まことに……」
「大丈夫、話しやすいように話してくれていいから。急なお誘いだったでしょうに、来てくれてありがとうね」
「いえっ……あの、わたしも、たのしみ……でしたので」
たどたどしい言葉ではあるが、しっかりと母と目を合わせて会話している。
きちんと教育がされていないと、ここまでうまく話せないだろう。
私の前では見せない彼女の姿に、どこか嬉しくなる。
「あの……熱くないんですか?」
みおんちゃんに衝撃を受けたけど、思わず聞いてしまった。
なぜなら泉希さんはメイド服のような、どこか清潔感がある長袖の服とロングスカートで、夏なのに暑そうな服を着ていたから。
「はい。私は鍛えられておりますので」
「鍛えてどうにかなるとは思えないけど……あ、これ」
ポケットにあった塩分補充の飴を取り出すと泉希さんに渡した。
「……これはこれは。ふふ、ありがとうございます。後で食べさせてもらいますね」
「暑いのは変わりないから……体調管理はしっかりとしてくださいね」
「お優しいんですね。もちろん分かっております。使用人たるもの、自身の体調管理は仕事の一環ですから」
「流石プロだ……」
「ちょっと! ゆうと、のあとなにはなしてるの!」
みおんちゃんが待っているのに痺れを切らしたのか、少し怒っている。
初めて使用人を見たから、驚いて結構話してしまった。
「ゆうとくーん? どうしたのー? って……」
話が少し長かったからか、みくちゃんがひょこっと顔を出した。
私の方を見た後、みおんちゃんを見つける。
「あぁ、みくちゃん。さっき説明したよね。この子が僕の友達の……」
「みおん、です」
私が紹介しようとした時、言葉を遮ってみおんちゃんが自己紹介をする。
さっきとは違い、少し強い言い方だった。
「ゆうとの、ともだち、です。ゆうとの、
「!!」
どこか張り合うように「一番」を強調した。
普段そんな素振りを見せないみおんちゃんが私の事を友達だと思っているという事を知り、嬉しくなる。
「みやじみくです~。よろしくね!」
対するみくちゃんは、いつもの笑顔でそういうと、隣の私の腕に自分の腕を絡ませ、頭を私の肩に乗せた。
あまりにも自然な動作に、つい反射的にみくちゃんの髪をゆっくりと撫でる。
皆の前でやるのはまずいんじゃないか……? という事に撫でてから気づき、慌てて手を元の位置に戻す。
それでも嬉しそうに笑顔を浮かべ、絡ませている腕の力を強くするみくちゃん。
「!!! え、な……な、なにそれ!」
プルプルと震えるみおんちゃんを後目に、みくちゃんは勝ち誇った笑みを浮かべた。
あまり良くない光景を見せちゃったかも……
私もみくちゃんのナデナデは日常になっているから、もし外でされてもやっちゃいそうで怖いな……
「ん~? ゆうとくん、プールまだぁ~?」
「えっと……もう一人呼んでるんだけど……あ」
入口でわちゃわちゃやっている間に、こちらの様子をうかがっている女の子に気づいた。
みくちゃんに一言告げて手を放してもらうと、玄関先まで向かう。
「今日は来てくれてありがとう。しおりちゃん」
話かけにくかったのか、不安そうな顔をしていたしおりちゃん。
そんな彼女に歓迎している事を伝えるため、笑顔で話しかける。
「あ、あの……わたしも、たのしみだった!」
それで安心したのか、ほっとした表情を浮かべた。
いつもとは違う印象のある可愛らしい青いフリルの服を着ていた。
お母さんがコーディネイトしたのかな。
素晴らしいセンスだ。
「しおりちゃん、服に合うね。可愛いよ」
「……! ありがとう! これね、おかあさんが……」
嬉しそうに、お母さんが選んでくれた服なんだと教えてくれた。
隣にいるお母さんに挨拶する。
しおりちゃんと同じで、優しそうな雰囲気の眼鏡をかけた人だった。
数日前から今日を楽しみにしていて、家では私の話をよくしていると言う事を教えてくれた。
しおりちゃんの手を引いて玄関前まで歩く。
「あ、二人とも。しおりちゃんだよ。みおんちゃんは一回会った事があると思うけど……」
「……しらない」
「みやじみくで~す! よろしく~!」
「あ、しおり。しおり、です。えっと……」
お母さんに近づいてひそひそと会話すると、改めてこっちを向いた。
「ふじわら、しおり、です!」
「うん! よろしく! しおりちゃん!」
「あ、うん……!」
みくちゃんのフットワークの軽さで、しおりちゃんとはもう仲良くなりつつ様子。
逆にみおんちゃんは気まずそうに、自分の麦わら帽子をいじっていた。
「ほら、みおんちゃんも」
「えぇっ!? あ、みおん、です……」
「しおり、です。ふじわら、しおり……」
「うん……」
まだ仲良くなるには時間がかかりそうだけど、今回で皆が仲良くなってくれたら嬉しいな。
勝手な事だけど、そう思わずにはいられなかった。
皆、前世を含めた私の人生の中で、初めて出来た私の友達だから。