醜い私が逆転世界で暮らす   作:バルバリッチ

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今だけは

 あの夏の日からしばらく時が過ぎ、私達は年中組になった。

 秋には紅葉を見たり、冬は雪が降ったりと様々なイベントはあったけど、それは置いておこう。

 

 あれから私達四人はより仲良くなり、定期的に集まって遊ぶようになった。

 その影響でお母さん達も連絡をよく取りあうようになり、色々な事をして遊んだ。

 

 学年が変わるとクラスも変わる。

 幼稚園でもそれは同じで、今まで同じクラスだった子は別のクラスになり、私達三人は同じクラスになった。

 しおりちゃんは私の傍から離れなくなって、隣でいつも本を読んでいる。

 みおんちゃんは私が教室にいると、決まってしおりちゃんの横で彼女に色々と教えるようになった。

 

 初めて会った時は何か一人で居たいような雰囲気や、幼いながらも人生に疲れているような感じがしたけど、今のみおんちゃんはもうあの時のような寂しそうな顔をあまり見せなくなったように感じる。

 そんな事を思って暖かい目でみおんちゃんを見ていると、こちらの視線に気づいたのかみおんちゃんと目が合う。

 

 ふいっ、と恥ずかしそうに顔を本に戻す。

 なんだかおもしろくてずっとみおんちゃんを見ていると、こちらが気になるのか顔は本を向いているけど、視線がこちらを向いている事に気づいた。

 

 本と私。

 交互に視線を動かしたと思うと、顔を赤くして立ち上がった。

 

 

「もう! なに! こっちみないでよ!」

「ごめんごめん。可愛いなって思って」

「かわっ……かわ、いいっ、て……」

「うん。なんだか小動物みたいで」

「ちょっと!!」

 

 

 みおんちゃんがぽかぽかと私を叩いてくる。

 ただ力はとても弱くて、本当にじゃれあっているだけだ。

 そんな彼女とのこの関係性が、私はとても好きだった。

 

 

「美音ちゃん、いるー?」

 

 

 先生がみおんちゃんを呼んでいた。

 彼女は不思議そうな顔をして先生の元へと歩いていくと、先生と何か話をした後、二人で部屋の外へと出て行った。

 

 みおんちゃんが居なくなった事に気づいたしおりちゃんが不思議そうな顔で私の肩を叩いた。

 

 

「みおんちゃん、どこ?」

「分かんない。先生に呼ばれたみたいだけど……」

「そうなんだー。いつかえってくるかなー」

 

 

 しおりちゃんは深く考えてはいないようで、また元のイスに戻って本を読み始めた。

 こんな事は今までなかったから、少し気になる。

 一言彼女にここを離れる事を伝えると、私も廊下へと出てみおんちゃんを探した。

 

 

「……ぁ……そ……」

 

 

 と、案外簡単にみおんちゃんは見つかった。

 彼女と一緒にいるのは、先生と……別のクラスの男の子だ。

 

 あの子は……年少の時に、みおんちゃんと同じクラスだった男の子だったような。

 ベンチにいる時も、たまにみおんちゃんを眺めている所を見た事があったから、何気なく彼女に聞いたんだった。

 

 何かを必死に伝えようとする彼と、その言葉を無表情で聞くみおんちゃん。

 ……もしかして、告白なのでは?

 

 そうだよな。この世界はいくら男が少ないとはいえ、みおんちゃんは可愛いからな。

 告白されるのも当然だ。

 みおんちゃんも嬉しいだろう。

 

 男の人に興味がない訳じゃないと思うし、私といられるよりは彼と一緒にいた方が幸せになるのは確実だ。

 

 

 

 あれ、おかしいな……

 なんだろう、この気持ち。

 

 私が彼女と会ったのはたまたまだし、彼女も私以外に男の子の友達が出来ても何もおかしくないし。

 むしろ祝うべき事なのに。

 

 ……寂しい? そう思っているのか?

 彼女が私以外の男の子と仲良くなると思って?

 

 違う。本当は分かっている。

 前世で経験した事はなかったけど、この気持ちははっきりと分かる。

 

 

 そんな感情よりも、これはもっと醜い感情だ。

 

 

 

 独占欲、嫉妬。

 自分の友達が、誰か別の人に取られると思ったら、嫌で嫌でたまらない。

 そんな気持ちを持つ資格なんて、私にはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から、私は彼女の病室に通うようになった。

 話をしていくうちに私達は仲良くなって、色々な事を話すようになった。

 

 彼女の目が見えないのは生まれつきだという事。

 体が弱いのも昔から、という話も聞いた。

 

 だから私は、彼女の様子が心配だから……という理由を付けて、彼女の病室に通った。

 心配、という理由に嘘はない。

 

 ただ……私が彼女に会いたかったから。

 自分勝手で、浅ましい自分の気持ち。

 そのことを隠そうともしないで、私は彼女の病室に通った。

 

 いつ行っても、彼女は嫌そうな顔一つしなかった。

 それどころか、私が来るのを待っているように感じた。

 

 私の思い過ごしだと思う。

 もしかしたら、内心は気持ち悪いと思われているかもしれない。

 影で悪口を言われているかもしれない。

 

 今まで一緒に居た人達みたいに、そう思われているかもしれない。

 それでも私は、彼女と一緒に居たかった。

 

 

 私の事を嫌わないでいてくれる。

 笑顔が綺麗で、上品に笑う。

 

 私のつまらない話を、楽しそうに聞いてくれる。

 楽しくもない私の悩みを、真剣に聞いてくれる。

 頑張ってるって、そういってくれる。

 

 

 それでいて、「優しい人ですね」って、私の内面を見てくれる。

 

 

 彼女と出会って、私の人生は変わった。

 辛いだけの日常が、明るく色づいた。

 

 いつ死んでもいいって思っていた。

 だけど、彼女のために生きたいって、そう思えるようになった。

 

 

 こんな感情を抱いてはダメだ。

 嫌われた時、今度こそ私は立ち直れなくなる。

 

 拒否されると思うと、それだけで張り裂けそうになる。

 

 それでも、心は正直だった。

 この気持ちを抑える事なんて出来なかった。

 

 今まで辛いだけの日々が、人生が……彼女という存在がいるだけで、大きく変わっていく。

 

 

 

 これが、恋なのか。

 全然釣り合っていない。

 ブサイクな私と、こんなにも綺麗な彼女なんて、出会う事ができたというだけで奇跡なのに。

 

 

 それ以上を求め初めている私は……とても。

 

 

 

 

 気持ちが悪い存在だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――優斗くん、大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い海の底に沈んでいた私を、誰かが呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――私が、優乃が、傍にいるからね。

 

 

 

 

 

 

 誰だろう。聞いた事がないのに、なんだかとても、温かくて、ほっとして、それで……

 

 

 

 

 

 

 ――今は、安心して寝てね。

 

 

 

 

 

 今はただ、その声に身を委ねた。暖かい、お母さんのような手が、私を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、目の前にはお母さんがいた。

 私を抱きしめるようにして眠っていた。

 

 なんだか、とても大事な夢を見ていた気がした。

 私の前世のに関係する、忘れてはいけない記憶。

 

 モヤモヤとした気持ちはある。だけどそれ以上に、何か暖かい存在が、私を抱きしめてくれたように思った。

 それは、今こうして私を抱きしめて眠っているお母さんのような存在なのだろう。

 

 今日くらい、甘えても――

 

 

 お母さんを抱きしめると、顔をお母さんの胸に埋めた。

 とても安心する匂いがして、すぐにまた眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みおんちゃんはいつも通りだった。

 あの日は私から彼について聞く事もなく、いつも通りのみおんちゃんだった。

 

 だけど、私の心の奥にはあの時の光景がずっと残っていた。

 子供相手に、何を……と思われるかもしれない。

 

 それでも、大事にしていた何かが私から離れていくのは……前世でも、今世でも。

 私は耐えられなかった。

 

 期待していた事に裏切られて、嘲けられて、罵倒されて……

 

 一人で居ればいい。傷つかないから。

 そう思って、傷つかないように今世も生きようって思っていたのに。

 

 とても大事で、離れたくない存在が出来てしまった。

 いつか離れていくと分かっていても、今だけ、今だけはと。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 幼い頃のこの時期だけが、私の最後の時間だから。

 

 

「……あ、あの。みおんちゃん」

「ん……なに?」

 

 

 勇気を出して、しおりちゃんと仲良く話をしていたみおんちゃんに話かけた。

 ……相変わらず綺麗な眼だ。

 その宝石のように輝く瞳に映っている私は、ブサイクだ。

 

 今はまだ、耐えられるくらいだというだけの話。

 それでも今だけは、彼女を放したくなかった。

 

 

「あのね。その……前に先生に呼ばれた時あったよね? ごめん、その時……僕、男の子と話をしているみおんちゃんを見たんだ。何を話したか気になっててさ……あ、もちろん答えたくなかったら答えなくてもいいよ、は、はは……」

 

 

 返事を怖がって、捲し立てるように言った。

 もし今の言葉が聞こえてなかったら、もう一回聞くつもりは無かった。

 聞こえて欲しい、という本音と、聞こえないで欲しいという恐怖感が言葉に表れていた。

 

 

「え……? なんか、いっしょにあそぼうっていわれた」

「そ、そうだよね。みおんちゃん可愛いからね。それで、みおんちゃんは……その子と遊ぶの?」

 

 

 あっけらかんと彼女はそう言った。

 それはそうだ。そう感じているのは私の勝手な気持ちで、それを彼女は知る由もない。

 

 選ぶのはみおんちゃんの勝手で、私の思いなんてどうでもいい。

 でも、もしその子と遊ぶって言われたら、私は……どうしたらいいんだろう。

 しおりちゃんも、みくちゃんも、そうなっていってしまうのかな。

 

 少しだけ呼吸が速くなった。

 

 

「あそんでも、よかったけど……いま、わたしには、その……みくと、しおりと……それと、あの……ゆうとが、いるから」

 

 

 少し恥ずかしそうに、彼女はそう言った。

 

 

「なかよくなりたくないわけじゃない、けど……。みんなとのいるほうが、た、たのしいっていうか。いまは、みんながいるから、いいかな、って……その」

 

 

 その言葉を聞いて、心から安心した。

 私の元から、少なくとも今は。

 

 誰かが居なくならないという事が分かって。

 

 

「そっか。そっか……ありがとう、みおんちゃん」

「……なに? だって、わたしたち……ともだち、でしょ?」

 

 

 今だけ。

 今だけだ。

 

 大きくなったら、きちんと気持ちを整理する。

 離れても、遠くにいってもいいように、その頃には、きっと大丈夫。

 

 だから、今だけは。

 私は、()は、彼女の――

 

 

「うん。もちろん。『友達』だよ」

 

 

 私の、大事な大事な――『友達』だ。

 

 

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