幼稚園から帰り、お母さんの作ってくれた料理を美味しくいただいた後、私はテレビを眺めていた。
この世界のアニメやドラマは女性向けの物が多くて、男性にはあまり人気がないみたいだけど、普通に内容がしっかりしているし、男を巡っての駆け引きや裏切りなどがあって面白かった。
確かにこの世界の男の人からしたら、あんなドロドロした物語を見せられたら嫌になる気持ちは分かる……というか、もうちょっとそこを配慮してくれたら男性も見るんじゃないかな、と思う。
どてどて、という音が聞こえた。
私は直ぐに立ち上がり、音の主へと近づいた。
「ほら、ゆうのー。こっちだぞー」
ハイハイで近づいてくるのは、私の妹。
一歳を過ぎたゆうのは、ハイハイで動けるようになっただけではなく、今は物を掴んで立ち上がるくらいに動けるようになった。
頑張って私の元へ向かってくる姿がとても可愛くて可愛くて……
私の元へと来たゆうのを抱きしめ、ソファにもたれかかるようにして一緒に座る。
良い子良い子と頭を撫でると、きゃっきゃっと喜んでくれた。
……この光景、どこかで見たことがある気が……
それもつい最近やった事があるような。
悲報、みくちゃん、赤ちゃんと一緒だった。
「ゆと! ゆと!」
「あー可愛い……はい、ゆうとだよ~」
そしてつい最近、名前を呼んでくれるようになったのだ!
最初に呼んでくれた言葉が「ゆと」で、しかも私の目を見て言ってくれた!
兄としてこんなに嬉しい事はない!
それから私を見かけると「ゆと」と言いながら近づいてくれる。
もうこれは可愛がらないとダメだ。
愛すべき私の妹。万歳!
「優斗くん……ちょっといい?」
「あ、お母さん、どうしたの?」
夕飯から少し時間が立ち、お母さんが神妙な面持ちで私達に近づいてきた。
私とゆうのの間に座ると、私達をギュッと胸の中に包んでくれた。
「あのね……優斗は、おばあちゃんに会いたい、って思う……?」
「おばあちゃん……?」
お母さんのお母さん。
この世界に生まれてから、お母さんの家庭環境の事は聞いてこなかったし、聞こうとも思わなかった。
お母さんはずっと一人だったし、お父さんは元々いないとしても、おばあちゃんが絶対にいるのは分かってた。
でも今は会えない理由とか、色々複雑な事情があるんだって思って、そのままにしていた。
私はお母さんとゆうのが居てくれたら、それでも構わないって思っていたから。
でも、今ここで聞いてくれるという事は、何かあったんだろうか。
「うん。私のお母さんなんだけど……色々とあってね。家を飛び出てきちゃって、そのまま連絡もしてないんだ。……あっ、ごめんね。そんな暗い話じゃないんだけど。妹とは今でも連絡を取り合ってるんだけど」
懐かしい記憶を思い出しているのか、少し遠い目をしていた。
私の視線に気づくと、いつもの顔に戻った。
「ごめんね。優斗くん賢いから、色々と話しても聞いてくれる気になって」
「ううん。僕もお母さんの事知りたいから」
「ありがとう。それでなんだけどね……優乃ちゃんも産まれてしばらく経つし、優斗くんと優乃ちゃんをお父さんに見せたいなって、思ったの」
「お父さん……それって、お爺ちゃんのこと?」
「うん! そうなの。私、お父さんがとても大好きだったんだ」
お母さんにはお父さんがいたんだ。
男性と巡り合って、そして付き合って結婚するというだけでも難しいこの世界でお父さんがいるというのは、とても幸せな事なんだろう。
「お父さん、亡くなっちゃったんだけど……もし生きてたら、二人をとても可愛がったと思う。それにお母さんも私には会いたくなくても優斗くん達には会いたいって思ってると思うの。私の大事な大事な家族を、私の家族に紹介したいんだ。それで……どうかな。優斗くんは嫌じゃない?」
少し心配そうな顔を浮かべながら、お母さんはそう言った。
私はもちろん嫌ではない。
嫌、という程おばあちゃんの事を知らないし、お母さんの事情も分からないけど、一つだけお母さんに伝えたい事がある。
「僕は嫌じゃないよ。それに、おばあちゃんはお母さんの事、会いたくないだなんて思っていないと思う。だって僕はお母さんの事大好きだし、こんなに優しいお母さんを育ててくれた人がお母さんの事を好きじゃない訳ないから」
「……優斗くん。ふふっ、ありがとうね。私も優斗の事、大好きだよ。それに優乃ちゃんの事も。ねー?」
何を言われているのかゆうのは分かっていないだろう。
でもお母さんの笑顔を見て、ゆうのも笑った。
お母さんがゆうのの頬を両手でナデナデすると、もちもちの肌がぷるんと揺れた。
私も自然と笑顔になった。
こんな幸せな家族に生まれて、私は幸せだ。
「じゃあ、今度の休みに、会いに行こっか。美玖ちゃんの家には私から伝えておくから。優斗くん、それで大丈夫……?」
「うん。僕も今から楽しみ。だよね、ゆうの?」
「ゆと!」
お母さんはこの事を私に話すか悩んでいたのだろう。
だから私の所に来た時、少し緊張した顔をしていた。
この世界の男の人が、知らない女の人と会うという事を嫌がると思っていたのだろうか。
色々な理由があるとは思う。
でも、私は何があっても、この世界の家族の事を嫌いにはならないし、悲しませるような事をさせたくないって強く思うんだ。
私を愛してくれているお母さんを、優乃を。
家族の縁というのは、顔がブサイクというだけで切れる物じゃないと、今は思うから。
――――『優樹、大丈夫? 体壊したりしてない? また近くに行った時に寄るから、元気でね』
――――『優樹、最近会ってないね。心配です。体調はどうですか? これを聞いたら連絡下さい』
……あぁ、そうだ。
そうだった。
やっぱり、周りを見れていないのは私の方だったんだ。
心の奥底に眠っていた、過去の記憶。
今それを思い出せたのは、お母さんと、優乃のお陰だった。
どれだけ顔がブサイクでも、どれだけ皆から嫌われていても。
どれだけ離れたくても、離れられない。
それが、家族なんだ。
ごめん、『
迷惑をかけてごめんなさい。
心配をかけてごめんなさい。
親不孝者でごめんなさい。
そして――死んでしまって、本当に、ごめんなさい。
どれだけ辛くても、そんな事をしてはいけなかった。
私は、俺は――本当に、馬鹿だった。
「……ぐっ、うぐ、ぐすっ……」
「優斗くん? どうしたの?」
「ゆと?」
涙が止まらなかった。
久しぶりに、その日は涙が枯れるまで泣いた。
前世の家族に会いたかった。
会って色々と話したかった。
それももう、出来ない事だと分かっていても……そう思わずには、いられなかった。
愛してくれてありがとう、母さん。
心配してくれてありがとう、晴也。
「……母さん、俺を産んでくれてありがとう。本当に、本当に――大好きだよ」
「!」
だから、この世界の私の家族には、俺の思いを伝えていこう。
後悔のないように、私の気持ちを、隠さずに。
「私も。……むぎゅー」
お母さんが強く俺達を抱きしめる。
匂いに感触はないのに、柔らかく感じた。
安心する匂いに包まれた。
「ゆうのも、ぎゅー」
「――ま、まー」
「……! え、今、ママって……!」
「……ふ、ふふっ! あはははは!」
笑い声が広がった。
おかしくないけど、幸せで笑った。
こんな事は初めてだった。
この世界でこの家族に生まれて、私はとても幸せだ。