天気は快晴、お出かけするには最適の日だとお天気お兄さんも言っていた。
熱中症に気を付けるために、冷たい飲み物も用意してある。
よし、準備OK。
車の中は最初は熱いから、エンジンを付けた後少し時間を置いてから中に入る。
きちんとシートベルトを着用し、事故にも備える。
隣に座るゆうのの様子もきちんと確認しておく。
赤ちゃん用のシートベルトよし、安全帽子よし。
お母さんが乗り込み、後は出発するだけだ。
「ゆうとく~ん、いってらっしゃ~い!」
必死に私に見えるように手を振るお隣さんに手を振り返す。
二日泊まりになる予定なので、みくちゃんに会えるのはまた明日の午後だ。
「優斗くん、優乃ちゃん、準備はいい?」
「うん。ゆうのも、いいよね?」
「ゆとー!」
休日が来た。
今日はお母さんの実家に行く日。
いつも明るいお母さんだけど、今日はどこか緊張しているみたいだった。
お母さんの話だと、実家は無理やり出てきてあれ以来おばあちゃんと一回も会ってないし話もしていないみたいだから、緊張するのも無理はない。
私だって緊張している。
お母さんとゆうのは私の事を愛してくれている。
それはとても理解している。
けれど、おばあちゃんやお母さんの妹さんなんかは私の事を知らない訳で。
お母さんは優しい雰囲気の人で、そんな人から私が生まれたという事を知って怒らないかが心配だ。
今まで皆私の事を可愛がってくれているけど、それはまだ子供だからだ。
子供だから、という贔屓目で見ても、私の顔は整っていない。
もしがっかりされたり、お母さんが何か言われたらどうしようか、と内心は気が気じゃない。
お母さんが何かを私達に頼むのは初めてだから、その願いを叶えてあげたくて「いいよ」と言っただけで、私という存在が認められるかどうか――
「……ふぅ、よし。じゃあ行こっか!」
お母さんの声が出発の合図となり、私達はお母さんの実家へと出発した。
車を走らせ、日頃通る道とは違う道を進む。
下道を走り、高速に乗り、遠くへとドライブだ。
この世界に転生してから、初めての遠出。
通り過ぎる街並みを歩いているのは大体女の人で、たまに男の人を見かけるくらい。
まだ私はこの世界の現実という物を知らない。
ニュースで起きている事が本当に起きているのか疑問に思うくらいには、私の周りは平和だ。
でもそれは、周りの大人達が私達を守ってくれている結果なのだろう。
やる事もないので、ゆうのと遊びながら時間を潰す。
次第にゆうのが眠そうになっていったので、そのまま寝かせてあげる事にした。
窓から見える景色は、やはり前世とは違う世界なのだという事を私に強く実感させた。
そして車を走らせる事数時間後、私達は……
「……とくん、優乃ちゃん、ついたよ!」
明るいお母さんの声で目を覚ます。
目線が下になって、よだれが少し口の横に垂れていた。
いけない、寝ちゃってたか。
窓の外を見ると、どこかの車庫の中にいるみたいだった。
「今日早かったもんねー。気持ちよさそうに眠ってたよ。可愛い顔だった~!」
「……ここが、お母さんの?」
「うん。ここが私の実家だよ。よし、車から降りようか」
お母さんがエンジンを止めて、車から降りる。
ゆうののシートベルトを外すと、そのまま抱き上げた。
私もシートベルトを外して、寝ぼけ眼で周りを見回す。
車が複数台止まっている。
どれもこれもこの世界のニュースやCMで見る高級車ばかりだ。
ここが、車庫?
この車、全部実家の物ってこと?
大きなこの車庫も?
……お母さんの実家って、金持ちだったんだ。
「佐奈さん、お久しぶりですね」
「あっ、森矢さん! 久しぶりです!」
四歳児になってから始めての衝撃からしばらくした後、一人の女の人が扉を開けた。
この家の人みたいで、お母さんとも面識がある様子。
ぺこりと頭を下げる二人。
少しふっくらとした、髪をゴムで纏めた四十代くらいのおばさん。
「元気そうで良かった。突然家を出て行った時は驚きましたよ。何せ
「迷惑をかけてしまってごめんなさい。これ、お土産と……そうだ、森矢さん。この子達が私の家族の優斗くんと、優乃ちゃん」
お母さんが自分の腕に抱いている少女を見せる。
ゆうのは森矢さんを見ると、いつもの「ゆと!」という言葉と共に、腕を挙げて挨拶をした。
「あら、可愛いお嬢様ですね。優乃ちゃんっていうの。よろしくね」
そんなゆうのを森矢さんは優しい笑顔で見つめ、優しく頭を撫でた。
嬉しそうに自分からその手に頭を押し付けて、もっと撫でてもらおうとするゆうの。
私も急いで車から離れ森矢さんの前に行くと、一礼をして挨拶をする。
「初めまして。小林優斗です。よろしくお願いします」
「あら。私はこの家で家政婦をしております、森矢と申します。まだ四歳だって聞いたけど……しっかりしてるのね」
「そうですよね! 優斗くんは昔から手がかからなくて、とてもお利口さんで可愛い子なんですよ!」
森矢さんは家政婦なんだ。
流石お金持ちの家だ、確かに車庫でこれだけ大きかったら、家も結構大きいんだろう。
それを掃除したりするのは大変だ。
お母さんが前みおんちゃんの使用人の泉希さんを見てもあまり驚いていなかったのは、家政婦がいた事がある環境にいたから慣れていたんだな。
私はとても驚いたけど、お母さんがあまりにも慣れていそうな感じがしたから、この世界はそういうのが多いのかと思っていた。
「皆さん長時間車に乗っていて疲れたでしょう。ささ、どうぞこちらへ。
「ありがとう。それじゃあ行こう、優斗くん」
「うん」
森矢さんの案内で中に入っていく。
そこには煌びやかな装飾と、とても広い部屋が広がっていた。
前世の私でもここまで大きい家には住んだ事がないだろう。
「はえー……」
「久しぶりだなぁー。あ、そういえば、お母さんは……」
「幸恵さんは今日お仕事で、もうしばらくしたら帰ってきますよ」
「……そっか」
色々な所をジロジロと見てしまう。
この壺とか、いくらするんだろうか。
この絵画だって、テレビドラマでしか見たことがないような物ばかりだぞ……。
うっかり触って壊したりしたら大変だ。
なるべく物に当たらないよう、少し小さくなって行動しよう。
「優斗くんどうしたの? そんなに小さくなって」
「色々と壊したりしたら大変だなって……」
「そんなにお高い物ではありませんから大丈夫ですよ。それにそう簡単には壊れないと思いますし」
そう言われてもなぁ。
二人は慣れている様子で、ズンズンと進んでいく。
私はその後を、なるべく範囲を小さくするよう縮こまってついていった。
「あ、お姉ちゃん! 久しぶりー!」
「真花? ごめんね。突然連絡しちゃって」
「いいよいいよー。私だってお姉ちゃんに会いたかったし。それで……この子達が、お姉ちゃんの?」
「ふふ、そう。私の大事な家族」
部屋に座っていた一人の女の人が、こちらに気づいて近づいてくる。
元気そうな印象で、クリーム色のノースリーブのシャツを着て、青いデニムパンツを履いている。
髪はオシャレに茶色に染めているボブヘアーのこの人が、お母さんの妹さんか。
目元がお母さんそっくりだ。
優しそうな丸目で、目も大きい。
近づくととてもいい匂いがした。
……何を思っているんだろうか、私は。
まだ私は四歳児だぞ。
いや、心は確実に二十代以上だから、すこしドギマギするのは問題ないのか……?
だ、だめだ。色々と問題だ。
「
「うえっ!? あ、いや……全然怖くない、です。む、むしろ……綺麗だな、と思いまして……」
「えっ? ぷふっ、あははは~! ありがとうね! いやーまさか小さい子に気を遣われるなんて。この歳で私の魅力が分かる男の子かぁ……将来有望だ!」
「もう真花。私の優斗くんだよ!」
「ごめんごめん。でもいい子だね~。女の人の事あまり怖がってないみたいだし。こんな子初めて見たよ」
目線を合わせて頭を撫でられる。
いつもは私が皆を撫でているから、新鮮な気分だ。
それになんか、気恥ずかしい。
ニコニコと笑う笑顔は、お母さんに似てとても綺麗で、それでいて心の優しさが全面に出ているようだった。
私を撫で終わると、今度はお母さんの抱いているゆうのをお母さんから渡してもらい、いい子いい子とあやしていた。
「優乃ちゃんもよく来てくれたね~。話には聞いていたけど、やっぱり二人ともお姉ちゃんとお母さんに似て可愛いし」
「そうだ、二人は長い事車に居たから疲れてると思うの。だから休憩させてあげたいんだけど……」
「それなら私ジュースとか持ってくるよ。お姉ちゃんも疲れてるだろうし、休憩しててよ」
「そうですよ佐奈さん。私も真花さんと一緒に準備しますので、少し休憩してください」
「ごめんね。色々とやらせちゃって」
「何言ってるの! 今はお姉ちゃん、お客さんなんだから。ちょっと待っててね!」
そういうと、二人はその場から離れていった。
お母さんが近くにあったイスに座ると、私も向かいのイスに座る。
ゆうのが座るには少し大きいから、お母さんは優乃を抱っこしながらイスに座った。
それにしても、お母さんと真花さんは、お母さんが実家にいる時はあまり仲が良くなかったって聞いたけど、それが嘘のように今はとても仲良しだったなぁ。
真花さんもとても優しかったし、少しドキドキしてしまった。
この世界に来て前の世界の自分と同世代くらいの人とまともに話すのは、幼稚園の先生と泉希さんくらいだったから……
……思えば、この世界に来てから、人と話すのにも慣れたなぁ。
前は滅多に話さなかったし、何を話せば相手が喜んでくれるのか、私を嫌わないでくれるのか、話してくれるのか……という事を考えながら話していたから、会話というのは全然楽しくなかったし、必死だった。
みくちゃんと最初話した時は、小さい子というのもあってあまり会話しないでも良かったし、とりあえず色々と話してみたら仲良くなれたから……
やっぱりみくちゃんには色々とお世話になっていると思う。
また今度、何かプレゼントしてあげたいな。
「ごめんね優斗くん。嫌じゃなかった?」
「ううん、全然嫌じゃなかったよ。真花さん、とても優しい人だね。お母さんにそっくりだよ」
「良かった。それを聞いて真花も喜ぶよ。昔はもうちょっと暗い感じの子だったんだけど……良かった。今は楽しそう」
「そうなんだ……」
真花さんが暗い、か。
想像できないな。
やっぱりお母さんがこの家を出て行った事に関係あるのかな。
「真花にも、森矢さんにも……それに、お母さんにも迷惑かけちゃったから。元気で本当に良かった。お母さんはまだ、分からないけど……」
やっぱりおばあちゃんの事が気になるんだ。
お母さんに何があったのか、詳しい事は知らない。
だから無責任な事は言えない。
けれど、お母さんに暗い顔はしてほしくない。
とりあえず机の上に置いてあるお菓子を一つ取ると、お母さんに差し出した。
「……ふふふ、ありがとう。優斗ちゃん。本当に優しくて可愛い子だなぁ~!」
思わず、と言った風に席を立ち、私を抱きしめる。
それを見たゆうのも、「ゆと!」と声を出し、お母さんに抱っこを求めた。
お母さんはゆうのと私を含めた三人を抱きしめると、幸せそうに笑った。
「……色々考えて、悩んでたけど……二人がいれば、何も怖くないや。だって私の大事な家族だもん。お母さんには悪い事をしたと思ってるけど……後悔はしてないの。だって二人に会えたから」
私もだ。
二人に会えて、とても幸せな日々と、思い出ばかりだ。
私も小さい体を使い、頑張って力を込めて抱きしめる。
ゆうのが楽しそうに笑い、お母さんもつられて笑った。