醜い私が逆転世界で暮らす   作:バルバリッチ

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会いに来たよ

「え~、そうなんだー。私が優斗くんと同じ歳だったら、絶対に仲良くなろうって必死になるのになぁ~」

 

 

 ど、どうしてこうなった?

 少し乱れている自分の髪を、優しくいじいじされている。

 背中には柔らかい感触と、甘く落ち着く匂い。

 

 

「あ~可愛い~。お姉ちゃん、優斗くん私の所に来れないかなぁ。一週間くらいでいいからさ。だめ~?」

「ダメに決まってるでしょ! というか真花、優斗くんから離れてよ! 優斗くん嫌がってるよ!」

 

 

 お母さんが遠くで怒ってる。

 あれ、お、俺、どうして、え、なんだこの状況。

 

 

「え~、そうは見えないけどー。優斗くん、私の事嫌い?」

「エ、ア、ゼンゼン、ソノ、ハイ、キライジャナイデス」

「そうだよね~。私と仲良くしたいよね?」

「ハイ」

 

 

 ダメだ。

 この人、距離感が近すぎる。

 お菓子やジュースを持って戻ってきたかと思うと、私を抱き上げて自分の膝に乗せた。

 

 頭を触ったり、髪を撫でたり、匂いを嗅いだり。 

 両手は私のお腹をしっかりとロックし、とにかく私を甘やかしたかったのか、ずっとべったりと抱きしめられている。

 

 私の思考はおかしくなっていた。

 か、体が、至る所に触れていて、それで、それで、えっと、背中に、大きな二つの感触が……

 

 そんな状況で、冷静でいられるわけないよね……

 

 

「優斗くん、あーんして? お菓子あげるから。ほら、あーん」

「アーン」

「ふふふふ……どう? 美味しいかな」

「ウン」

「良かった~。まだまだあるから、もっと食べていいよ! すんすん……なんか落ち着く匂いするね、優斗くん」

 

 

 ダメだ。

 まだこの体に精通は来ていない筈なのに、まだまだ来る筈ないのに。

 心の息子が、じんわりとその役割を思い出そうとしている。

 

 静まれ、静まれ……

 俺は、俺は……違う。私、私だ。

 

 私は大丈夫。

 みくちゃんの純粋な笑顔を思い出せ。

 

 みおんちゃんのツンデレな所に癒された事を思い出せ。

 

 しおりちゃんの本が好きな所を思い出せ。

 

 

 ……あんまり関係ないけど、とりあえず意識を別の所へ飛ばすんだ……

 

 

「はい! もうダメ!」

「えぇ~……だってこんなに近づかれても嫌がらない男の子、絶対にいないよ~? 素直でとっても可愛いし……」

「優斗くんには刺激が強すぎる! 優斗くん、大丈夫?」

「アヘ、ヤ、ヤラカイ」

「優斗くーん!!!!」

 

 

 視界の端には、私達のやり取りなど一切興味がない様子のゆうのが、小さい子供用のお菓子を必死に食べているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……ふぅ。凄まじい経験だった。

 あの包み込まれるような安心感と柔らかさ、そしてあの甘やかし力……危険人物確定。

 初対面でここまで来たのは真花さんが初めてだ。

 

 とりあえず嫌われていない事は分かって安心したけど、あそこまでして欲しいとは一切思っていなかったのに。

 い、一切は言い過ぎたな。うん。ちょっと、ちょっとかな。

 

 ……それにしても。や、柔らかかったな。

 意識しないようにしてはいたけど、結構大き……

 

 

「お姉ちゃん、今日泊まるんだよね」

「うん。……あ、私の部屋って」

「大丈夫。お姉ちゃんが出ていったままだよ」

「ごめんね。あの時は、本当に……迷惑かけちゃって」

「いいのいいの。私だってあんな暮らしうんざりしてたから。お姉ちゃんが出て行ってくれたお陰で、私も色々と覚悟が決まったっていうか。もう今は大人なんだからさ。お母さんも昔みたいに無理やり何かをさせてくる事はなくなったし」

 

 

 雑念を振り払う。

 

 今の話は、お母さんの過去に関係する事か。

 お母さんは申し訳なさそうな顔をしているけど、対する真花さんは特に気にした様子もなくさらっと流した。

 

 本人的にも、もう過ぎ去った過去の話で、既に割り切っているんだろう。

 

 

「今私、幼稚園の先生やってるんだよね~。それも男の子がいる所! 皆小っちゃくて可愛くてさ~。男の子は皆私の事警戒して近づいてこないけど」

「真花、昔から可愛い物が好きだったよね」

「え、知ってたんだ。そう、だから幼稚園の先生になったのに……男の人でも子供って皆そうなんだよねぇ。近づかせてくれないし、逃げちゃうし。大きくなると態度が大きくなるしー。なんなんだろう。その点優斗くんは~……」

 

 

 少し聞き耳を立てていると、体が不意に浮いた。

 この小さくて非力な体は、脇を持って持ち上げられると簡単に真花さんの腕の中へ。

 

 お、おまっ!

 今大事な話をしていたんじゃないのか!?

 

 手を伸ばしてゆうののへ助けを求める。

 

 こっちを見てすらいない。

 お母さんの腕の中で、いつものお眠りタイムだ。

 

 そうだよね、いつもこの時間に寝てるもんね。

 

 

「こ~んなにも近づいても嫌がらないし! それにとてもいい子! 男の人に綺麗なんて言われたの初めてなんだけど!」

「私の優斗くんだからね」

「よく見たら、口元お父さんに似てる? お父さん、いつもこんな表情だったよね。やっぱりうちの子だねぇ」

「私の、優斗くんだからね。そりゃあ似てるよ」

「ねぇー優斗くん? 後で部屋に来てよ。面白い漫画とか、ゲームとかいっぱいあるよ。一緒にやらない?」

「ってちょっと! 何しれっと膝に乗せてるの!? いい加減降ろしてよ!」

 

 

 あああああダメですエッチすぎますうううううう!

 この人絶対距離感おかしいと思います!

 あ、頭に顎乗せないで……そんなに体密着させないで……

 

 

「真花……」

「分かってるって。ごめんね、優斗くん。ちょっと暴走しちゃったみたい。あ、でも部屋の話は真面目だよ? 後で来てね、絶対だよ!」

「もう……」

 

 

 あ、やっと解放された。

 ……ダメだ、あの感じが少し癖になってきている。

 離れるのが悲しいとすら思い始めた。

 

 い、イカン。イカンぞー、これは!

 お茶を飲んで気を紛らわす。

 ちらっと真花さんを見ると、こっちをジッと見ていたようで、目がガッツリ合う。

 

 恥ずかしくなって視線を逸らす。

 楽しそうな笑い声が聞こえた。

 

 完全にからかっているな……。

 もう騙されないぞ。 

 

 

 その後は真花さんも時よりこっちに話かけてきたり、お母さんやゆうのと話をしたり、テレビを見たりして過ごした。

 昼くらいに到着したと思ったけど、今は日も暮れてご飯時になっていた。

 

 森矢さんが料理を用意してくれているらしい。

 私も手伝うと申告したけど「危険だし、お客さんは座って休んでいてください」と言われてしまった。

 そう言われれば仕方がない。

 

 

「少し落ち着いたし、優斗くん、優乃ちゃん。お父さんに挨拶しに行こうか」

 

 

 夕飯の少し前、お母さんがそう切り出した。

 前にお母さんが話してくれていた、私のお爺ちゃん。

 一体どんな人なんだろう。

 

 この世界の男性には、まだ同い年の男の子しかあった事がない。

 お爺ちゃんはもうこの世界にはいないけど、そこにいたんだという事をせめて感じて見たかった。

 

 

 お母さんに連れられ、三人で階段を上がり、奥にある部屋へと向かった。

 キシッという音と共にドアを開ける。

 

 その場所は沢山の本で囲まれた部屋だった。

 今でも定期的に掃除されているのか、埃一つない綺麗な部屋だった。

 

 奥には長机があり、大きなイスが置いてあった。

 壁を見れば、色々な写真が貼ってある。 

 

 

 家族で並んだ写真、おばあちゃんと見られる人と二人で撮った写真。

 これは……結婚式の写真?

 

 この世界での結婚式はハードルが高かったように思う。

 一般の人はほとんどやらない。

 そこまで結婚式に意欲的な男性は殆どいないし、集まったとしても女の人が沢山くるのは目に見えており、新郎の方の関係で色々と問題だからだ。

 

 やるとしても金持ちや芸能人の人がやる事が多い。

 世間に対しての報告、そして人脈の確保などそういった面が強く、本当に愛し合ってやっている事は少ない……と言う話をネットで調べた時に見た。

 

 写真の中のおばあちゃんとお爺ちゃんは、笑顔を浮かべていなかった。

 だけど私には分かった。

 

 二人は、顔には見えなくても、とても愛し合っているという事を。

 お爺ちゃんは、ただ顔が怖いだけだ。

 

 口元が少し上がっているし、眉も下がっている。

 顔の表情に関しては、前世から色々と考えている。そうしないと嫌な気持ちになる人もいるから。

 こういう事に関しては詳しい自信があるんだ。

 

 

 お母さんの写真、真花さんの写真、家族で映った写真。

 幼い頃の二人は笑顔を浮かべていたが、ある時期から皆の顔はどこか暗く、硬かった。

 

 さらに横を見ると、豪華な額縁に入れられた一枚の絵があった。

 うまいとは言えない。それでも、頑張ってその人を思って書いた事が分かる、とても優しい絵。

 

 

「あ……この絵……」

「お父さんが死んじゃう前に、お母さんに頼んでたんだって。『私の部屋に、豪華な額縁の中に入れて大事に飾ってくれ』って」

 

 

 お母さんが絵を見て、何かを思い出したような顔になった。

 そっと額縁の中の絵に手を近づけると、泣きそうな顔で目を閉じた。

 

 仏壇に近づくと、私のお爺ちゃんの写真が飾ってある。

 他の写真と同じで、私達を睨んでいるかのような顔。

 

 

「……顔、怖いでしょ。私も最初、ずっと怒ってるのかなって思ってたんだ」

「……お母さん」

「でもね、話してみると……ただ不器用なだけだって気づいて。それまで全然話さなかったのに、その時からお父さんとよく話すようになったんだ。絵はね、お父さんの趣味なの。お父さんが描く絵がとても上手くて。私、お父さんの最後に、この絵をプレゼントしたんだよね」

 

 

 火をつけて、線香をあげる。

 ゆうのが煙を吸うのはあまり良くないかも、という事で、お爺ちゃんの写真を見せた後、真花さんに連れて行ってもらった。

 ゆうのはお爺ちゃんの写真を見ても、私と同じで怖がらなかった。むしろ、喜びながら写真を指差していた。

   

 

 優しいのは、やっぱりゆうのにも分かったみたいだ。

 

 

「お父さん、とても喜んでくれてさ。もっと色々、話したかったな」

「……僕も、会いたかったな」

「そうね。私も優斗くんに合わせてあげたかった。何より、お父さんが会いたいって絶対思うもん。でも、今こうして会いに来たんだから、お父さんも喜んでくれてるって思うな」

 

 

 音を鳴らし、手を合わせる。

 お爺ちゃん、会いに来たよ。

 

 私がお母さんの息子の、ゆうとって言います。

 お爺ちゃんのお陰で、私はこの世界で幸せに生きています。

 

 前世ではあんなに苦しかったのに。

 死にたいって思ったくらいだったのに。

 この世界に来た時は、またあの辛い日々が訪れるのかって絶望したのに。

 

 今は、とても幸せだ。

 将来私がどうなろうと、この幸せな記憶と気持ちがあれば、私は生きていけるだろう。

 

 周りに嫌われようと、私の家族だけは、私の事を愛してくれる。

 そんな事に気づかされたのも、お母さんのお陰だった。

 

 だから――ありがとう。

 お母さんを、私のお母さんにしてくれて。

 

 この思いが、死んでしまったお爺ちゃんに届きますように。

 そう願った。

 

 

 写真の中のお爺ちゃんが、少し微笑んだ気がした。

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