夜ご飯はとても豪華だった。
私達のために真花さんと森矢さんが色々と作ってくれたみたい。
私はまだ四歳児、そしてゆうのは一歳なので沢山は食べられない。
そのため私のご飯はそれ用に量も調整してくれているみたいでとてもありがたかった。
「わー、森矢さんの料理久しぶりだなぁー。とっても美味しそう!」
「沢山ありますから、好きなだけ食べてくださいね」
……でも、少しだけなら食べても大丈夫かな?
こんなに美味しそうな料理が並んでいるのだから、食べないと損だ。
まだ作り立てで湯気が立っているご飯や料理を見ると、食欲を搔き立てられる。
「……それでなんですが、佐奈さん。幸恵さんは遅くなるみたいです。皆様が起きている内に会えるかどうか……」
「……うん、分かった。お母さんが帰ってきたら教えてくれると嬉しいかな」
少し顔の表情が沈むお母さん。
おばあちゃんともご飯を食べたかったのだろう。
自分の母親だ、会いたくない訳がない。
もし昔色々とされたとしても、自分の親は一人だけなんだから。
夜ご飯は見た目通りとても美味しかった。
最初は少し暗かったお母さんも、ご飯を食べていくうちに明るくなっていった。
皆並んで、笑顔でご飯を食べるのが一番。
隣に座るゆうのにあーんをして食べさせながら、私もご馳走を堪能した。
夜ご飯が終わり、お母さんと森矢さんは食器の片づけに行った。
ゆうのと二人で遊んでいると、真花さんが近づいてきた。
「優斗くーん、優乃ちゃーん、色々と持ってきたよ~」
手にはおもちゃやゲーム、漫画などが色々と入った袋などを持っている。
下に降ろすと、ゆうのにお人形を手渡した。
ゆうのは大興奮でお人形を持って遊び、自分の世界へと入っていった。
「優斗くんは……何がいいかな。漫画とか読んだ事ある? 男の子向けのゲームとか漫画ってあんまりないんだよね……。そうなると能力バトル物かなぁ。あれは誰にでも人気があるし」
「そうですね……。最近だと『夢色スクランブル』とかアニメでは見ましたけど」
「えっ、『夢色スクランブル』!? 優斗くん夢スク好きなの!?」
「あ、え……好きというか、最近見たので面白かったのはあの作品かな、と……」
ずいっと顔を近づけてくる。
その勢いに少し押される。
真花さんは同志を見つけたかのように目をキラキラと輝かせ、嬉しそうな顔をしていた。
「夢スク私の大好きな作品なんだよね! 定番のハーレム物とは違ってさ、主人公の思いにキュンキュンするっていうか! 特にあのシーン! 人を寄せ付けない一匹狼の男の子が主人公の事を好きになるシーン! 女の子嫌いの男の子が自分一人の事だけを好きになってくれるっていうシチュがたまらないんだよね~!」
「主人公の女の子が自分の事を好きになってもらうために精一杯努力する所とか、可愛くて好きですね」
「そうなんだ! 女の子向けの作品を好きになる男の子って珍しいからさ~。優斗くんがそういうのに偏見を持たないって分かって嬉しいな~!」
それから、真花さんと色々な話をした。
この世界の漫画やゲームといった娯楽について話せる人が周りにはまだいなかったから、とても楽しい話になった。
真花さんも途中から話に熱が入ってきて、彼女が持っているゲームなどをやらせてくれたりもした。
彼女の性格による話やすさもあって、今日初めて会っただとか、年齢の差だとかを考えなくなるくらいに私達は仲良くなれたと思う。
「ふぅ……あ、もうこんな時間だ。優斗くんと喋ってると楽しくて時間忘れちゃうよ。というか……本当に四歳なの? 人生二週目、とかじゃないよね?」
「ま、まさかそんな訳ないじゃないですか~。やだな~も、もう」
冗談で言っているのは分かっていたけど、少しギクッとなった。
確かに途中から自分が四歳児という事すら忘れていた位には熱中していたけど……
趣味の話をするとやっぱり盛り上がるよね……。
「熱中しすぎてお風呂入るの忘れちゃったよ。あ、そうだ。優斗くん、私とお風呂入る? 優乃ちゃんも一緒に!」
「え、えぇ!?」
真花さんと、お風呂!?
確かにいい時間になってきたし、そろそろ入らないと……というのはあるけど、い、一緒に……?
こんな綺麗なお姉さんと一緒に、お風呂というのは、いかんとしがたいというか、なんというか……
べ、別に一緒に入りたくない訳じゃないよ!?
年齢を利用して一緒に入るというのは、倫理観的にもどうかと言う話でして……
「あっはっは! 冗談だよ! 流石にそれは優斗くんも嫌でしょ? お姉ちゃんの事だから、お風呂を二人だけにはしないと思うよ~。家でもそうなんじゃない?」
な、なんだ冗談か。
本当に言っているのかと思って嬉し……いや、とても緊張した。
実際真花さんが言っている事はその通りで、幼いゆうのと一緒に入るのは分かるけど、私も一緒に入るのは色々と問題があるのではないかと思いつつ、家では皆でお風呂に入っている。
私は一人でも大丈夫と言ったのだけれど、お母さんはどうしても心配だと言って聞かなかったのだ。
「優乃ちゃんも、お母さんの所に行きましょうね~」
「まま?」
「そう! お風呂の時間だよー」
真花さんについて行ってリビングへと向かうと、お母さんと森矢さんが楽しそうに話をしていた。
長年離れていたのだ、積もる話もあったのだろう。
私達に気づくと、時間を確認した。
お母さんも時間が経っていた事に今気づいたみたいで、家のように三人でお風呂に入る事になった。
この家のお風呂はデカいよ~、とお母さんが言っていたので、どれだけデカいか楽しみだった。
「優斗く~ん、冗談じゃなくてお姉さんと一緒に入っちゃう~?」
「うぎゃあっ! し、真花さん!?」
「さっき言った時、満更でもなかったでしょ~。わかっちゃうんだよ? 女の子は男の子の事、ずっと見てるんだからさ」
お風呂に向かう二人についていこうとした時、背後から真花さんが私を覆うように抱き着いてきた。
横を見ると、悪戯が成功して嬉しそうな顔の真花さんが私の顔を見つめていた。
ち、ちか……
この人はどれだけボディタッチが多いんだ……。
精神的に良くない……
「う、あ……」
「あ、照れてる? ……ん~……本当に可愛いなぁ! これが母性? なんかめっちゃ甘やかしたくなる。世の中の男の人があんな風に育っちゃうのも分かるなぁ~」
「し、真花さん……?」
「優乃ちゃんも可愛いしさ~。私も子供欲しくなっちゃう」
むぎゅ~、と力いっぱい抱きしめられる。
私が嫌がっていない事が分かるのか、そのまま持ち上げられてどこかへと連行された。
やわらかい感触が、私の全身を包み込んでいるのがとても分かった。
「あ、優斗くん。ごめんね置いて行っちゃって……って、真花?」
「お姉ちゃん、私も一緒に入ってい~い? うちのお風呂大きいし、優斗くんも優乃ちゃんも小さいから四人でも入れるでしょ?」
「えっ、それは……私はいいけど、優斗くんは嫌だよね?」
「優斗く~ん、どうなの?」
可愛らしい顔が真隣にある。
甘い匂い、絶えず続くやわらかい感触。
そして甘えたような彼女の視線に、私は耐えきれずに頷くしかなかった。
「いやった~! 聞いてみるものだね~!」
「優斗くん……大丈夫? 本当に嫌なら断ってもいいんだよ?」
困るのが、私は本心では嫌だと思っていない所だ。
こんな美人なお姉ちゃんとお風呂に入れるんだぞ? 嫌な訳がない。
それに日頃慣れたとはいえ、お母さんと一緒に入るのも緊張しっぱなしなのだ。
真花さんが入りたいと言ってくれたとはいえ、流石に前世を含めると大人な私が一緒にお風呂に入るのは問題大ありだ。
……だけど、断り切れなかった。
頷いてしまった……。
煩悩にまみれた状態で一緒にお風呂に入ったらどうなるか。
「……きゅ~」
「優斗くん!? 大丈夫!? そんな、いつもはのぼせる事なんてないのに……」
「何か冷やす物……森矢さーん!」
恥ずかしさとお風呂の暑さで、私は見事にノックアウトされた。
外は既に真っ暗で、夜も更けてきた頃。
優斗や優乃たちは既に眠りについており、彼らの近くにはベッドにもたれかかるようにして眠っている真花の姿があった。
そんな時刻に、小林家の玄関の扉が開いた。
「お帰りなさい、幸恵さん」
「えぇ。ただいま」
あらかじめ待機していた森矢は、帰ってきた人物を迎える。
薄着で動きやすそうな服を着ていながらも、どこか品のある雰囲気を纏った女。
佐奈の母でもある「小林幸恵」だ。
「……真花は?」
「真花さんは、佐奈さんのお子さんと共に就寝中です」
「……そう」
幸恵は佐奈が帰ってきている事を知っていた。
真花から話は聞いていたし、少し遅れて帰ってきたのも、彼女なりの気遣いからだった。
「私も一息ついたら眠るわ。森矢さんもこの時間まで起きていなくても……」
「私もこの家の一員だと思っているので。幸恵さんを出迎えるのは当然ですよ」
「……そう。ありがとう」
冷たい言い方だが、二人の間には長年一緒に過ごしてきた絆のような物が感じられた。
そのまま靴を脱ぎ、音を立てないように家を歩く幸恵。
「……お母さん、お帰りなさい」
「……佐奈」
そんな彼女の前に、佐奈がゆっくりと姿を見せた。
既に眠っているであろうと思っていた幸恵は、彼女の姿をゆっくりと見る。
幸恵が最後に見た時よりも、身長が伸びていた。
「その……突然家に来てごめんなさい。私の家族を、紹介したくて……」
「あなたはもうこの家から出て行った身。この家の者ではないわ」
「幸恵さん……」
「森矢さんは黙ってて」
二人の視線が交差する。
幸恵は冷たい視線を佐奈に向けた。
「あの時突然出て行った事は、申し訳ないって思ってます。それでも、私はあの時の選択を後悔していません。そのお陰で、優斗と優乃に会えたから」
「そう。それは良かったわね。私とは関係のない事よ。勝手にしたらいいわ。今まで通りね」
「……っ、……お母さんはあの時、家の事しか考えてなかったの? 私が家を継ぐ子供を産む事しか、それに相応しい人間になるように教育する事しか考えていなかったの?」
「もちろんよ。私も昔そうだったわ。あの人に会って、この家の血を継いで来たの。あなたもその使命があった」
「使命って何? 私のしたい事、やりたい事、全部を諦めてまでしなきゃいけない事なの!?」
「そうよ。そんな学生時代の甘い経験なんて、将来役に立たないわ。この家を護る事こそが、将来役立つ事だったのよ」
二人の意見はぶつかり合う。
佐奈も幸恵も自分の意見を、初めて本音をさらけ出して話していた。
森矢も二人の様子を心配そうな目で見ていた。
昔のことを知っている森矢は、どちらの味方に付く事も出来なかったのだ。
自分の感情を押し殺して生活をしていた佐奈を知っている。
この家を護るために、そして娘を頑張って育てていた幸恵を知っている。
そんな二人がこうしてぶつかるのは、必要な事なのだと。
「お母さんは……私の事、どう思っているの? 本当に、私の事を愛していたの?」
「…………」
「どうして私の事も考えてくれなかったの!? 苦しかった、辛かった。お母さんはそうだったとしても、私は家の事なんて考えたくなかった! お母さんの思いを私に押し付けてるだけ! お父さんは優しかったよ? 困った時に部屋に行くと、優しく話を聞いてくれた! お父さんだけが私の味方だった!」
佐奈の涙が止まらなかった。
自分の長年の思いを、必死に幸恵にぶつけていた。
確かにこの家は辛い思い出だけじゃない。
それでも、自分の母による苦手意識は今もあって、彼女なりに何とかしたかったから今こうしてこの家に帰ってきたのだ。
「……もういいよ。お母さんと仲直りして、一緒にご飯を食べたかった。お父さんもそれを望んでいると思ったし、私もそうだった。家族で仲良くしたかった。それでも、お母さんは相変わらずだね。あの時と何も変わってない。自分の思い通りにならないと、そうやって全部否定して、置いていくんだ」
拳を強く握り、佐奈は母から背を向けた。
彼女の背中が、今の彼女の思いを語っていた。
「……お母さんなんて、大嫌い」
そう吐き捨てて、佐奈は愛すべき自分の家族が眠る部屋へと戻っていった。