お母さんの様子がおかしい。
朝起きた時も、朝ごはんを食べている時もどこか上の空で、私が話しかけても反応が遅かった。
私達が昨日寝る前は普通だったから、私達が寝てから何かあったのだろう。
やっぱりおばあちゃんに関係する事だろうか。
昨日帰ってきてたらしいけど、朝になったらまた仕事に行っちゃったし。
結局会えないままか……
「…………」
「お姉ちゃん? お姉ちゃん! もう、森矢さん、昨日の夜何かあったの?」
「えっ? え、えぇ……」
「お母さんの事? 二人ともきちんと話したの?」
「…………」
「あぁ、もう! 優斗くんや優乃ちゃんの事も考えてあげてよ! お母さんがその調子じゃ、子供達も心配になるでしょ!」
「……あっ、そう、だよね。ごめんね、優斗くん、優乃ちゃん」
申し訳なさそうに謝ってくれたけど、私はお母さんの事が心配だ。
このまま帰ってしまったら、ずっとこの状態のままかもしれない。
家族との仲が拗れたままというのは私も嫌だ。
ゆうのも悲しそうな顔をしていた。
まだ幼いけど、お母さんの顔色を見て育つ歳だ。
だから元気になっていない事は分かるんだろう。
「……お母さん、おばあちゃんに会ってみたい」
「優斗くん?」
「僕のおばあちゃんなんだよ? お爺ちゃんには会ったけど、おばあちゃんには会えてないし、会えないまま帰るだなんて嫌だよ。だよね、ゆうの」
「ま、まー」
ゆうのも同じ気持ちだ。
このまま帰ってしまったら、色々な後悔が続く事になる。
話をしてみないと何が起きているのかも分からないままだ。
「優斗くん……」
「おばあちゃんは仕事だよね、いつ帰ってくるの?」
「……今日は佐奈さんも夜までには帰られるという事で、早く帰ってこられるかと」
「じゃあおばあちゃんが帰ってくるまでここにいようよ。明日は連休で幼稚園も休みでしょ? ごめん森矢さん、真花さん、お母さん。もう一日だけ、お世話になってもいい……かな」
これは私の我儘だ。
皆に迷惑をかける事になるし、お母さんに相談せずに勝手に決めようとしてる。
たかが四歳児の言葉だし、私の言葉を聞かない事だって全然できる。
だけどお母さんは優しいから、私の言葉を聞いて悩んでいる。
それだけじゃない。本当は、まだおばあちゃんと話をしたいんだ。
色々と後悔してる事があって、その言葉を飲み込んだまま、自分の感情を無視して進もうとしてる。
前世で伝えたい事を伝えられなかった私にとって、それはとても悲しくて後悔する事だって分かるから。
「……お姉ちゃん、自分の子供にここまで言われたらさ。お母さんとして頑張るしかないよね?」
「佐奈さん。私もお二人の事を昔から知っていますし、この問題はお二人の問題だと思って口を閉じていましたが……幸恵さんは佐奈さんを嫌ってなどいません」
「……っ、で、でも! 昨日だって、あんな言い方をして……」
「確かに、幸恵さんも悪いと思います。あんな事をしたのは事実ですし、いくら佐奈さんの事を考えていたといはいえ、この家のために動いていたことも事実です。ですが、幸恵さんは、佐奈さんが一人暮らしを始めた頃から佐奈さんの様子を見に家の近くまで行っていた程なんですよ」
「え……お母さんが?」
「優斗くんと優乃ちゃんが産まれたと知った時も、嬉しそうな顔をしていました。会ってみたい、とも言っていましたよ」
ほら、やっぱり愛されているんだ。
自分の子供の事を嫌う親なんていない。
皆誰かに愛されて産まれてきたんだ。
もしそれが無くなったとしても、家族の繋がりは絶対に消えない。
どれだけ嫌になっても、見えない絆で繋がってる。
それが家族なんだ。
「私も、お母さんの事が嫌いだったよ。お父さんはあんまり顔を見せてくれないから分かんないし、お姉ちゃんはお母さんのせいで苦しそうにしてたし。お姉ちゃん程じゃないけど、私も色々と求められてたんだよ。だからお父さんが死んじゃった時、悲しかったけど涙までは出なかった。……涙が出るくらいに、私達は親しくなかった事に、その時気づいたの」
真花さんは今は明るいけど、昔は暗かったってお母さんが言っていたのを思い出した。
「家族だったのに、私は家族の事を知ろうとしてなかった。お父さんの事、もっと知りたいって思ってなかった。お姉ちゃんが苦しくても、私も苦しいんだって、見て見ぬふりしてた。お母さんはいつも私達の事を考えないで、色々と文句言うし。だけど、それを含めて……家族で話合うべきだったんじゃないかな。うちの家族皆、それぞれどこか遠慮してたと思う。思ってた事を、今みたいに言うべきだったって……私はそう思うよ」
だからなのかな。
真花さんの距離が近いのは、知らない誰かの事を深く知りたいから。
その人の事を良く知って、昔のような風にはなりたくないから。
そうじゃなかったとしても、その気持ちは少しでもあると思う。
「今でも私とお母さんは仲良くないし、話もあんまりしない。お母さんが帰ってきても、会話すらしない時だってあるけど……お母さんが、昔の事を後悔している事は……私にも分かったよ」
「真花……」
「だからさ、私も、お母さんと話がしたい。今日みたいな事がないと、前に進めない気がしてさ。だから……お姉ちゃんも、もう一度、お母さんと話してみようよ。私も、ううん、森矢さんも一緒に。だって、私達家族でしょ?」
明るい笑顔で真花さんがそう言った。
目には少し涙を浮かべて、この家族の関係を直したいって、強く思ってる事がよく分かった。
真花さんだけじゃなかった。
森矢さんも、お母さんも……皆、思っている事は同じだった。
ぐるるぅ……
「……ゆうの?」
「ご、はん」
ここに来て、ゆうののお腹がなった。
「ゆと」「まま」以外での言葉では何気に記念すべき三つ目の言葉だ。
それを今このタイミングで言うとは。
ゆうののお陰で雰囲気も和やかになった。
ありがとうな、ゆうの。
「ゆうの、ご飯って言葉覚えたんだ」
「そうだよね、難しい話ばっかりして、ごめんね優乃ちゃん」
「ご飯の時間だしね。今はしっかり食べよ!話はそれから、ってことで」
今は美味しいご飯の時間を楽しむ事にした。
用意されたご飯はとても美味しかった。
おばあちゃんとの話し合い、上手くいくといいな。
私はあれから話をし合い、おばあちゃんときちんと話し合ってから帰る事にした。
皆思っていた事は同じで、このままにしていきたくはないという意見だった。
おばあちゃんが帰ってくるまで、私は真花さんと一緒にゲームをして遊んだ。
マギアカートという魔法を使ったレースゲームだった。
前世で似たゲームをやっていたから、そのゲームと似たゲームかと思ったら全然違った。
MPという概念があって、アイテムを取るのではなく魔導書を取って、色々な魔法を選んで発動できる……という、細かいルールは省くけれど、とても面白かった。
真花さんが一位でゴールする度に抱き着いてくるから心臓に悪かった。
照れてる私の様子を見てさらに抱き着き度合いを高めてくるのも勘弁してほしい。
恥ずかしくて倒れてしまう。
そんなこんなで時間が過ぎ、夕方頃に扉が開く音がした。
「おかえりなさい、幸恵さん」
「……えぇ。ただいま」
森矢さんが言った通り、おばあちゃんが帰ってきたみたいだ。
おばあちゃんは私と会いたいって言ってたと森矢さんが言っていたから、私が最初に会いに行った方が話がしやすいかと思い、自分が最初におばあちゃんと会う事になった。
「おばあちゃん、お帰り!」
四歳児という年齢を生かし、おばあちゃんへと抱き着く。
おばあちゃんは驚きながらも、私が倒れないようにしっかりと抱きしめてくれた。
「優斗……どうしてここに? もう家に帰った筈じゃ……」
「おかえりなさい、お母さん」
お母さんがおばあちゃんの前に顔を出した。
さらに後ろからゆうのを抱いた真花さんが出てきて、ゆうのの手を取って手を振った。
「……佐奈」
「あれ、私もいるんだけど……? ほら、優乃もここにいるよ」
「まま」
目を上を片手で抑え、少しため息を吐くおばあちゃん。
少し考えると、私を抱きとめていた腕を放し、優しく頭を撫でた。
お母さんが言っていたような厳しい人には見えなかった。
本当に私の事を考えてくれている、慈愛のある撫で方だった。
「……皆揃ってどうしたのかしら。ただ私を待っていただけじゃないでしょ?」
「うん。私達……お母さんと話をしたいの。お互い本音で」
「それなら昨日話したでしょう」
「お母さんは? 私は話をしたけど、お母さんの事は聞いてない」
「それなら昨日言った事が全てよ。話をするだけ無駄でしょう」
「……それなら私の話を聞いてよ。私も、言いたい事、沢山あるから」
おばあちゃんを連れてリビングへと向かう。
私がおばあちゃんと手を繋ぐと、驚いた顔をしつつも遠慮がちに握ってくれた。
――昔、こんな事をした事があるような、どこか懐かしい感触だった。