クリスマスパーティー、もといみおんちゃんの誕生日が無事終わり、年が明けた。
とうとう私達は年長組に突入し、これが最後の幼稚園での一年になる。
しおりちゃんとは同じクラス、みおんちゃんは再びクラスが離れ、今まで通りに三人で居られなくなる……かと思いきや、休みの時間はみおんちゃんが毎時間来るので、今までと変わらない光景が続いていた。
夏にはしおりちゃんの誕生日を祝った。
昨年は祝えなかった彼女の誕生日だったけど、今度はまたみおんちゃんのように盛大に祝った。
プレゼントには悩まなかった。
明確に好きな物があるのは分かっていたので、お母さんのお手伝いをしてお金を貯め、しおりちゃんが読んだ事がなさそうなジャンルの本をプレゼントした。
彼女は本に対する好き嫌いはなくて、いつも色々な種類の本を読んでいるからこういったまだ見ぬ種類の本をあげたら喜んでくれると思ったからだ。
想像通り、しおりちゃんはとても喜んでくれた。
みくちゃんとみおんちゃんのプレゼントも同じように本で、二人もきちんとしおりちゃんの事を理解しているようだった。
そして、さらに時は過ぎ。
お遊戯会の時期になった。
「今年の年長組のお遊戯会は『劇』をしますよー」
毎年秋頃になると『お遊戯会』というイベントが始まる。
これは前世の小学校でいう所の『学芸会』に近い。
クラスの皆で集まってイベントを行い、クラスの団結力や仲を深める目的がある。
年少組は歌、年中組は創作、そして年長組は劇。
今までのお遊戯会は一クラス毎に行っていたが、年長組は四クラスある内の二クラスずつで合同になって劇を行う。
このイベントは幼稚園の子供達にも人気で、クラスの男の子もノリノリで参加している事が多い。
親御さんも参加できるイベントなので、これを機に男の子のお母さんと仲良くなろうと交流を図ろうとするお母さん方の存在も確認できる……うん、これは知らなくてもいい事か。
「今年の劇は『運命の姫』です。王子様とお姫様が出会い、そして二人で幸せになる素敵なお話です」
「……!!」
隣のしおりちゃんの目が輝く。
この本は確か、しおりちゃんが好きな本の一つだ。
自分の好きな物語の劇をやるのは嬉しい物があるよね。
あっ、そういえば小さい頃、みくちゃんとお人形遊びをした時に参考にした本がこの本だったような気がする。
みくちゃんの演技、上手かったんだよな~。
みくちゃんとも一緒にやりたかったな。
「今回は隣の健吾くんクラスと一緒に劇を行います。早速今からレクリエーションルームに行きましょう!」
そのクラスはみおんちゃんがいるクラスだ。
良かった、今回のお遊戯会はみおんちゃんと一緒にやる事ができるんだ。
ぞろぞろと皆で揃って移動する。
レクリエーションルームは大きな部屋で、私達のような小さな子供が十数人集まるくらいでは満員にはならなかった。
先についた私達が待っていると、一人の男の子を先頭に女の子達が入ってきた。
先頭の男の子の近くにはみおんちゃんが居た。
あっちも私の存在に気づいたみたいで、少し目尻が上がった。
小さく手を振ると、嬉しそうな顔をした。
「『優斗くんクラス』の皆です。では挨拶しましょう」
『『『こんにちは』』』
それからお遊戯会の注意事項という名の説明があり、そしてお遊戯会の配役を決める事になった。
普通に決めると流石にここにいる全員がお遊戯会には出れないため、それぞれの役割を交代で出る事になる。
どうしても出るのが嫌な子は裏方の事を任されるみたい。
その人数も少なくはないので、問題なく皆が納得できる形になるだろう。
「主役の王子様は、健吾くんと優斗くんにぞれぞれやってもらう事になります。二人はそれでいいよね?」
「はい、僕はそれで……」
「えぇ!? なんでぇ!?」
けんごくんが騒ぎ出した。
顔には不満ですと書いてあるかのように嫌そうな顔をしていた。
「ご、ごめんね健吾くん。ずっと一人だと全員が出れないの。優斗くんも男の子だし、二人にやってもらわないと……」
「じゃあゆうとってやつがべつのやつをやればいいんじゃん!」
けんごくんはこのお遊戯会を楽しみにしていたのだろうか。
先生が宥めてもどうしてもと言って聞かなかった。
周りの女の子も困惑してるし、段々と変な空気になってる。
「先生、僕はそれでいいですよ」
「え、優斗くん。でも……親御さんが何て言うか……」
男の子をぞんざいに扱うと、そのお母さんが怒ってくるのは当然と言えば当然である。
貴重な男の子だ、お母さんからしてみればそれはそれは大事な存在だろう。
そんな子が不条理な扱いを受ければ、その怒りは考えなくても分かる。
だけどうちのお母さんはそんな事で怒ったりしないだろう。
というか、お母さんなら何の役をしても「可愛い!」って言ってくれるだろうし。
「お母さんは大丈夫だと思います。僕からも言ってみますから」
「そうねぇ……」
「僕もお遊戯会が楽しみなんです。皆が楽しめればそれでいいですよ。それに僕、主役をやるの苦手だなって思ってたんです」
そういうと、渋々と言った感じで主役は決まった。
そこからはスムーズに決まっていった。
希望者が複数人居る場合はじゃんけんや相談などをして決め、楽しそうな雰囲気が出来上がっていった。
前にはこのお話の良い所を一生懸命先生に説明しているしおりちゃんの姿が。
この劇に対する熱意が伝わってくる。
皆が楽しめればいいな。
「ゆうと」
気が付くとみおんちゃんが居た。
隣のクラスなのに、ここに来て大丈夫なのだろうか。
周りを見る。
それぞれのクラスの子達が楽しそうに話しているのが見えた。
これなら気づかれないか。
「みおんちゃん。みおんちゃんは何やるの?」
「わたしはピアノひく」
ピアノ?
みおんちゃんピアノ弾けたんだ。
それは初耳だった。
「みおんちゃんピアノ弾けたんだ」
「……! ちょっとまえから! ままがほめてくれたの! じょうずねって!」
嬉しそうに話すみおんちゃん。
お母さんに進められて始めたのか。
みおんちゃんの家庭環境は複雑そうで、それはお母さんに関係していると思ってる。
だからその話を聞いて心配になったけど……みおんちゃんは嬉しそうだしなぁ。
本人が本当に楽しいなら、私から言う事はないかぁ。
でも……少し心配だな。
「って、ちがう!」
「え、どうしたの?」
「ゆうと、しゅやくゆずった! あのおとこのこに!」
さっきの事が気になっているみたいで、少し怒っている様子だった。
私は別に何の役でもいいから別にいいんだけど、みおんちゃんはそうじゃないみたいだった。
「おかしい! ゆうとだっておとこのこなのに。あのこにぜんぶあげなくても……」
「まぁまぁ。僕はこの劇を皆で出来るってだけで楽しみだから。どうせなら皆が楽しくて嬉しい方がいいでしょ?」
こういった経験は前世を含めてした事がなかったから案外楽しみなんだ。
歌や創作とは違った楽しみがあるというか。
「でも、わたしは……」
「大丈夫。僕楽しみなんだ。どんな役がやれるのかなーってさ。それに僕なんかじゃ主役は務まらないよ」
「……わたしは、ゆうとがやってほしかった。ゆうとのおうじさま、みたかった……」
しょんぼりしてしまった彼女を見ると、元気を出してほしくなった。
だからか、いつも外ではあまりしないように気を付けているんだけど……無性に頭を撫でたくなった。
「ありがとうね。気持ちだけ受け取っておくよ。みおんちゃんは優しいね」
「……っ、いつも、そればっかり……わたしは、ゆうとに……」
「おい、みおん!」
あ、危ない。
頭を撫でようと手を少し伸ばしかけていた。
すっと手を引っ込めると、その手を名残惜しそうにみおんちゃんが眺めていた。
「みおん、きいてるのか?」
「……なに」
「おまえ、おひめさまやくやれ! おれとずっといっしょだ!」
良い考えだと、笑みを浮かべながらそういうけんごくん。
それを聞いたみおんちゃんが露骨に嫌そうな顔をした。
「ぜったいやだ」
「はあ!? なんでだよ!」
「そういうのがいやなの!」
「おまえ、なまいきだぞ!」
何か言おうとしていたみおんちゃんを後ろに隠し前に出る。
今にも喧嘩になりそうだったから止めにはいった。
いや違う。
みおんちゃんが怪我したら、私が大人らしからぬ事をしてしまうかもしれないと思ったからだ。
「みおんちゃんはピアノを演奏する係なんだ。だから出れないよ」
「はぁ? なんだよ、おまえ! じゃまだぞ。みおんはぼくの――」
「僕の、なんだって?」
僕の物だと?
そんな訳がない。
みおんちゃんは誰の物でもない。
ましてや何処のだれかも知らない奴に、みおんちゃんは渡したくない。
「ぁ、え……」
「みおんちゃんは俺のだ。お前になんか渡さない」
俺の方が先に友達になったんだ。
将来一生に居られなくなるとしても、今は俺の友達だ。
絶対に誰かに渡したりはしない。
「いこ、みおんちゃん」
後ろのみおんちゃんの腕を掴んで教室を出る。
もうすぐ休みの時間だ。
少し早めに出ていけば問題ないだろう。
「ちょ、ちょっと……ゆうと」
視線を感じる。
そりゃあそうだ。
あんな喧嘩を売るような事、私らしくない。
それも相手は子供だ。
こんな強い言い方、絶対に良くないのは分かっている。
「人は外見ではなく中身だ、か……」
見た目はどうにもならないから、いい人になろう。
誰にだって優しい人になってみせる。
そう思ってたんだけどな……
やっぱり私は、中身までブサイクみたいだ。
「ゆうと!」
「……ぁ、ああ、ごめん、みおんちゃん」
みおんちゃんの声にハッとして手を放す。
私が手で掴んでいた場所を自分の手でさすりながら、私から目を逸らしていた。
まるで私と目を合わせていたくないみたいに。
「あ、ああぁ……」
やってしまった。
嫌われて、しまった。
私の身勝手な気持ちで、彼女を。
「ご、ごめん。ごめん。みおんちゃん。ごめん」
「わ、わたしはべつに……それに、あのこわたしもきらいだったし」
彼女の言葉を聞いて、下を向いていた顔を上げる。
今度はみおんちゃんと視線があった。
私と目を合わせると、少し顔を赤くしてまた目線を逸らした。
「それに、ゆうと……その、なんていえばいいか、わかんないけど……うれしかった」
私の服を掴みながら、そう言った。
「…………」
あぁ、良かった。
嫌われていた訳じゃ、なかった……
その場に崩れ落ちた。
もし彼女に嫌われていたら……私は耐えられなかった。
「……ゆうと?」
「……あぁ、うん。大丈夫。ごめんねみおんちゃん。ここまで無理やり連れてきちゃって」
大丈夫、大丈夫、大丈夫―――
嫌われてない。
私は大丈夫だ。
大丈夫、大丈夫。
「先生に謝るよ。でももう時間だし、先に部屋に戻ってよっか。ごめんね」
「ううん」
みおんちゃんと一緒にいつもの部屋へと戻る。
当たり前だけど、部屋には電気がついていなかった。
警備の人もいなかった。
「ゆうと」
「……なに?」
思わず身構えてしまう。
やっぱり嫌われてしまったのか。
悪い考えが頭の中を埋め尽くした。
そんな私の考えとは違い、みおんちゃんはいつもの知らない人と会話する時のような無表情の顔ではなく。
照れが少し入った微笑を見せてくれた。
「……わたしのおうじさまは、ゆうとだけだから」
まるで不安な私の胸の内を見透かしているように、私が一番喜ぶ言葉を彼女は簡単に言うのだ。