醜い私が逆転世界で暮らす   作:バルバリッチ

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母の気持ち

「気品ある立ち振る舞いをしなさい。配慮を忘れない行動を取りなさい。殿方のご迷惑にならない生き方をしなさい」

 

 良家に生まれた私は、幼い頃から徹底的に礼儀作法、男性に対する接し方など、様々な事を両親から教えられた。

 家はお金持ちで、両親はこの世界では珍しいお見合い結婚。

 将来は私もお見合い結婚が約束され、男性と巡り合い結婚するという事すら難しいこの世界では勝ち組の人生が約束されていた。

 それでも、私はこの家が嫌いだった。

 嫌いだった……という言い方は違うかも。

 

 両親の事は別に嫌いではないし。

 親も親で大変な思いをしてきただろうし、この家を継ぐ大事な子供を産むために色々な事を勉強しなきゃいけない。

 男の人の扱い方もとても大変だ。

 

 わがままを言ってばっかりの男の人が基本だし、暴力を振るうような危ない人だって少なくない。

 女性の視線に晒され、女性恐怖症になってしまった男の人だっている。

 私だって結婚するのであれば、せめてまともな人がいい。

 そう思えるのは、この家に生まれたからなんだろうな。

 

 世間では男の人と会うのでさえ大変だし、そこから恋愛に発展するなんてもっと大変だ。

 出会うには努力や運が必要不可欠だし、恋愛結婚なんてほとんどない。

 

 だから……母の事は「苦手」だったんだと思う。

  

 母はいつも厳しかった。

 良家の産まれというだけあって、私の勉強には家庭教師が付けられ、男性に対する扱い方もとても厳しく教えられた。

 テストでは好成績を取る事を期待されたし、運動も料理も掃除も、すべて完璧であることを求められた。

 それが必要な事だと分かっていても、私はそんな生活が嫌で嫌で仕方なかった。

 

 お父さんは大好きだった。

 父がいる家に生まれて父を嫌いな人はいないだろうけど、お父さんはとても優しかった。

 勉強で分からない事あった時、家庭教師の先生がとても厳しくて、分からない所を聞けなかった。

 学校で困った事があった時、母に聞いても「それくらいなんとかなさい」とあしらわれた。

 

 そんな時、私は決まってお父さんの部屋に行った。

 

 「お父さんは忙しいから」。

 

 家の中でお父さんと会う事はほとんどなかった。

 男の人は大事にされてるし、お父さんも仕事で忙しかったから。

 

 お母さんがそう言うから、最初はお父さんも世間の人と同じような男性なんだって勝手に思ってた。

 たまに会っても、「元気か」とか「ご飯食べてるか」とか、それだけ。

 顔も怖いし、無口な人だなって思ってた。

 

 だけどある日、偶然お父さんと廊下で会って、いつも何も話さないお父さんが私を呼び留めて、「何かあったのか」って聞いてきた。

 少し迷ったけど、お母さんに相談した事をそのままお父さんにも話した。

 困った事は話したけど、返事には期待していなかった。

 「がんばれ」とか「そうか」とか。

 それくらいかなって。

 

 でも、お父さんは真剣に聞いてくれて。

 

 「……それは、大変だったな」

 

 って、一緒に解決策を探してくれた。

 お父さんのお陰で、その悩みは解決した。

 その日から、私は周りの様子を見て悩みがあった時とか、困った時とかは全部お父さんに相談する事にした。

 

 最初はこんな事をしていいのかな、とか色々思ってた。

 お父さんも私が初めて部屋に来た時は「おぉ」って驚いてた。

 今思うと面白い。

 

 それでも、私が来たのが嬉しいのか。私の見間違いじゃなければ、だけど。

 少し楽しそうに色々な話をしてくれた。

 

 話をする内に、お父さんはただ話すのが少し苦手な人だっていう事が分かった。

 最初はあんまり話さないけど、段々と口数が増えていくタイプ。

 

 趣味は意外な「絵を描く事」らしい。

 怖い顔をしているお父さんがそういうのは面白かった。

 なんでも昔好きだった先輩が「自分の似顔絵を描いてくれたから」らしい。

 その人は別の人と婚約していたから何もなかったけど、それからたまに絵を描いているとか。

 

 今までお父さんの事、何も知らなかった。

 知ろうともしてなかったし、お母さんが言われるままに勉強してた。

 

 だから私は誰かに縛られる事がない人生を生きたいって。

 そう思ったんだ。

 

 

 

 そんな日が続いたある日、お父さんが倒れた。

 

 

 

 どうやら重い病気だったようで、健康診断で引っかかってから色々と検査をしていた矢先の事だった。

 体重も日に日に落ちて行って、病院で久しぶりにあったお父さんは前にあったお父さんの姿と違って見えた。

 

 私の顔を見ると、喜んだ顔を見せてくれた。

 テストで満点を取ったというと、自分の事のように喜んでくれた。

 誰かを常に睨んでいるんじゃないかってくらい怖い顔が、へにゃりと崩れて笑っていた。

 

 お父さんの命は長くなかった。

 

 だから私は、最後にお父さんの似顔絵を描いた。

 人生で初めて、誰かに何かをあげたいって思った。

 私とお父さんしか知らない、お父さんの趣味。

 

 絵は勉強してこなかったから、少しへたくそだったけど。

 お父さんは、涙を流すくらいに喜んでくれた。

 

 

 

 お父さんがいなくなってから、私の人生は大きく変わった。

 どれだけお父さんに支えられていたか、それを実感した。

 

 仏壇に映るお父さんの写真は、いつも通り怖い顔で、口はキュッとしまっているし、目はこちらを睨んでいるように見えるけど。

 それでも、私を優しく見守ってくれている用に感じた。

 

 お父さんがいなくなった時、涙は出なかった。

 周りに人がいたから。

 お母さんも、妹も。

 妹はあんまり関わりがなかったからか悲しそうではあったけど、それだけ。

 お母さんは泣いてなかったけど、何かをこらえているように見えた。

 

 どこか、お父さんが生きているんじゃないかって感じてたのかもしれない。

 最期に顔を見た時も、いつも腕を組んでいた時の顔と同じだったから。

 

 でもその写真を見た時、「あぁ、もういないんだ」って、改めて感じた。

 涙が止まらなかった。

 一人、部屋で静かに泣いた。

 誰かに聞かれたくなかった。

 お父さんと、私だけの思い出。

 それを誰かに見られたくなかったのかもしれない。

 

 

 

 高校を卒業をした時、私は一人暮らしを始めた。

 母からは猛反対された。

 そりゃそうか。

 家を継ぐ子供を産む立場なのに、それを全て投げ出して逃げようとしてるんだから。

 それでも、私は無理やり家を出た。

 

 持っていた私の私物だけを持って、家を飛び出した。

 バイトをいくつもして、お金を稼いで、今までとはまったく違う生活を送った。

 それでも、縛られていたあの家よりはマシに感じたし、とても楽しかった。

 

 数年が経過して、私は安定した収入を手に入れる事が出来た。

 絵を描く事にはまり、あれから私は猛勉強して、その道の仕事が来るようになった。

 

 親とは連絡も取っていない。

 妹がたまに連絡してくるけど、母は私をいない物のように扱っているらしい。

 妹には申し訳ないけど、私はこの生活がとても楽しかった。

 

 それでも、やはり一人は寂しかった。

 引っ越してきた時、隣にできた友達はいるけど……

 広くなった家の中で一人、というのも寂しかった。

 小さい頃の、お父さんと話す前の実家にいたことを思い出すから。

 

 

 そこで私は、隣の家のちゃんと共に、人工授精をする事にした。

 お父さんのような人には出会えなかったけど、私も家族が欲しかった。

 離れたくても離れられない、そんな存在が欲しかった。

 

 すぐに子供を妊娠し、赤ちゃんを産んだ。

 私の、私だけの赤ちゃん。

 

 女の子が生まれると思ったら、生まれてきたのは男の子だった。

 助産師さんもとても驚いてたし、テンションが高く感じた。

 泣いている顔を眺め、頭を撫でてみる。

 

 私の顔を見た後、直ぐに泣き止んだ。

 体が悪いのかと心配になったけど、また泣き始めて安心した。

 私が、お母さんですよ。

 

 お父さんにも見せたかったな。

 お父さんだったら、バカみたい喜んでくれる。

 お母さんも、なんだかんだで可愛がってくれる。

 妹も、男の子を産んだって知ったら驚くだろうな。

 

 私の、大切な家族。

 これから幸せになろうね。

 

 

 

 

 

「きゃ~!! 優斗くん可愛い! ほら、こっち見て!」

 

 カメラを持って、優斗を色々な方向から写真を撮る。

 うちの子はとても可愛い。

 顔も愛嬌があって素敵だし、私のお父さんみたいに口がムッてしてる時もある。

 私の子供なんだって、そう思うととても嬉しい。

 

 チャイムがなり、ドアを開けると、一人の女の子が優斗くんに向かってダッシュで飛びついた。

 

 「ゆうとく~ん!!!!」

 「うおっ」

 

 美玖ちゃん。優斗くんの幼馴染。

 私と一緒に人工授精をしてくれた明ちゃんの子だ。

 美玖ちゃんは優斗くんが大好きみたいで、もうべったりとくっ付いてる。

 流石我が子、まだ幼稚園にも行ってないのにモテモテだ。

 

「体調は大丈夫? お腹の子、もうすぐ産まれるんでしょ?」

 

 明ちゃんが心配そうに聞いてくる。

 そう、私のお腹には新しい命が宿ってる。

 私のように、といっても妹はいたけど。妹は最近仲良くなったから。

 もし私がいなくなっても寂しくならないように、強い繋がりを感じられる子を残しておきたかった。

 それに、優斗くんと一緒に新しい子を迎えられたら、それは幸せなんじゃないかって思って。

 

 

「ありがとう。今は安定してる」

「困った事があったら言ってね。美玖も優斗くんに懐いてるし、私のところで面倒を見る分には全然いいから。優斗くんがどう言うかだけど……」

「大丈夫よ!うちの優斗くんはとても優しくてプリティーだから! 世間の男とは違うのよ」

 

 優斗くんはいい子に育ってくれた。

 私は初めてだから色々と大変だったけど、それでも普通の子よりとてもいい子だったと思う。

 親馬鹿ではないよ?

 

 暴力もしないし、女の子には優しくする。

 でももしそんな子だったとしても、私は可愛がっちゃう自信がある。

 あちゃー、こうやって世の中の男の子は我がままになっちゃうんだなぁ。

 

 顔は特徴的だけど、それもまた愛嬌があって可愛い。

 お父さんに似て、少し静かで、何かがあると大きく喜んで……

 

「名前はもう決めてるんだ」

「そうなの? どんな名前なの?」

「それはね……まだ内緒!」

「もう、なんでそこでもったいぶるのよ!」

 

 優乃、小林優乃。

 それがこの子の名前。

 

 優しく、そしてそこにいるだけで皆が笑顔になるような存在になってくれるようにって考えた名前。

 優斗くん、喜んでくれるかな?

 優乃が産まれたら、実家に顔を出そう。

 

 お母さんに謝って、それで……

 お父さんに、私の家族を連れて会いに行こう。

 妹にも謝罪して、家族を紹介して……

 

 

 

 

 小さい頃、したかった事。

 今なら、できるかな。

 

 家族全員揃って、ご飯を食べたいな。

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