醜い私が逆転世界で暮らす   作:バルバリッチ

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幼稚園編
幼稚園の妖精


 あれから少し月日は過ぎ。私が幼稚園に入園する時期になった。

 私と通えない事を知ったみくちゃんは、それはそれは大きな声で泣き叫んだ。

 

 いつもはあまり我儘を言わないみくちゃんだけど、今回はものすごくヤダヤダ言っていた。

 そういえばみくちゃんがヤダヤダ言うのを始めて聞いたな。

 これくらいの時期の子は皆ヤダヤダいう時期だったと思ったけど。

 

「ヤダヤダ~! みく、ゆうとくんといっしょにようちえんかようの~!!!」

「ごめんね美玖、応募はしてみたんだけど、やっぱり男の子が通う幼稚園は倍率が厳しくて……優斗くんの通う幼稚園には受からなかったんだよ~」

 

 みくちゃんのお母さんも努力をしてくれていたようだった。

 必死にみくちゃんをなだめようと努力しているみたいだけど、みくちゃんの怒りが収まる気配はない。

 にしてもば、倍率? 幼稚園の話だよな?

 

 とりあえず、ここは私が説得しなければ……

 

「みくちゃん。幼稚園に通えなくても、会えなくなる訳じゃないよ」

「ぐすっ、ぐす……ゆうと、くん」

「幼稚園から帰ったらさ、遊ぼうよ。幼稚園がない日とか。一日一緒にいよう? 幼稚園にいる以上に一緒にいればいいんじゃないかな」

「……でも、さびしい~」

 

 ぐすぐすと涙を拭きながらそう言うみくちゃん。

 もう一押しだ、と私は気を引き締めて説得にかかる。

 

「僕も寂しいよ。みくちゃんも同じ気持ちだって知って、嬉しいんだ」

「……嬉しい~?」

「そう。僕もみくちゃんが大好きで、本当は一緒に幼稚園に通いたいからさ。お母さん達も頑張ってみたけど、ダメだったみたいなんだ。どうしようもない事っていうのは、みくちゃんも分かるよね?」

 

 コク、とみくちゃんが頷く。

 泣きすぎて赤くなっている目元を優しく撫でる。

 撫でられた事が嬉しいのか、少し笑みを浮かながら私の手に擦りついてきた。

 

「うん……ごめんね~。みく、あの……」

「ありがとうね、みくちゃん」

「え、なんでゆうとくんが……」

「僕だって悲しくて泣きたいくらいだったんだよ。だけどみくちゃんが代わりに泣いてくれたおかげで、僕はこうやって冷静でいられるんだから」

「……よくわからないけど、ゆうとくんはみくのこと……きらいになってないの~?」

「もちろんだよ。みくちゃんの事を嫌いになる訳ないよ!」

 

 ようやく泣き止んだと思ったら、また瞳に涙を浮かべて私に抱きついてくる。

 でもさっきみたいな悲しい泣き方じゃなくて、静かに、何かを訴えるように。

 小さな体を震わせて泣いていた。

 

「……みくも、ゆうとくんのことすき……だから、がまんする……」

「うん。僕も我慢するよ。幼稚園が終わったら、一緒に遊ぼう? 休みの日は今まで以上に遊ぼう。疲れて眠くなっちゃうくらいね」

「うん! みくも……がんばる!」

 

 良かった。

 笑顔が戻ってくれた。

 いつもするみたいに、抱きついているみくちゃんの髪をゆっくりと撫でて、可愛いよって伝える。

 私を掴んでいる腕に力が入り、すんすんと何かの匂いを嗅いでいる音がした。

 

 

「……優斗くん、前から思ってたけど……将来大丈夫かな……」

「ありゃあ一回ハマったらヤバい奴だね……美玖はもうダメかも」

 

 

 親達が何か言っているのが聞こえるけど、みくちゃんがくっ付いているお陰で聞こえなかった。

 その日は一日中ずっと、みくちゃんが私を放してくれる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして私は、幼稚園、という幼稚園に通う事になった。

 この世界の幼稚園に男の子が通うには、警備体制が整った幼稚園でなければならない。

 男と言う存在は、国を成立させる上で大事な存在であり、その存在になにか不足の事態があってからでは遅い。

 

 そういった理由から過剰なまでに警備が整っていて、在籍している子供達も身分が良くて優秀な子が多い。

 そんな幼稚園に子供の皮をかぶったブサイク幼稚園児が通うとどうなるか。

 

「…………」

 

 ぼっち確定、という事になる。

 男子という事で周りからは注目を浴びている。

 そりゃあ一クラスに男子がいるかいないかといった具合のため、自身と性別の違う存在がいれば注目くらいは浴びる。

 

 浴びるだけだ。 

 

 

 他のクラスの男子児童達は私よりは絶対イケメンだと断言できる。

 なぜなら、うちのクラスの女子児童は既に他クラスのイケメンに心奪われているからだ。

 

 ……いや、この世界の園児達、早熟すぎだろ。

 もうこの年代でイケメン男子を見分けてアピールする知恵を身に着けているのか。

 

 と、いうことで。

 私は一人、部屋で絵を描いている事にする。

 すると、一人の女の子が「何かいてるのー?」と話かけてくれた。

 

 返事をしようと顔を上げる。

 視線が合い、私の顔を見ると、少女は少し固まってからどこかへ行ってしまった。

 

 あ、いつものやつか……と少し落ち込みながら絵を再開する。

 前世みたいに叫ばれたり泣かれたりするよりはマシか……

 

 遠巻きに女の子達が私を見ているのを感じる。

 

 

 

 

『あのブサイク、まだここにいるの?』

 

『うわ、いまニヤニヤしたよね。きもー』

 

『存在がもうブサイクだよな。なんかそういうオーラが漂ってるもん』

 

 

 

 

 ……ダメだ。

 今の年代の子はいくらなんでもそこまで考えていないだろう。

 ただの被害妄想だ。

 

 この子達にそんなことを考えたら失礼だ。

 

 

 

 

 書いていた絵を途中で捨てて、気分転換に外に出る事にする。

 この幼稚園は男が通う立派な幼稚園だからなのか、少し規模が大きい。

 外でも隠れる事ができる場所はないように作られているけど、広場が大きくてぱっと見誰がどこにいるのか分からないくらいだ。

 

 そんなこの広い庭で、私が落ち着ける場所。

 幼稚園の角の方。

 皆が遊ぶ砂場などとは全く別の方向にある、暗くて静かなベンチ。

 

 最近見つけたその場所へと向かうと、一人の少女が座っているのが見えた。

 

 一目見て分かった。

 雰囲気が、他の子供達と違った。

 

 肩まで伸ばした黒髪は、丁寧に手入れされているのか、日陰になっているその場所から差し込んでいる一筋の光を反射して、綺麗に輝いている。

 地面を見つめるその表情は、どこか暗くて大人びていた。

 

 私の存在に気づき、こちらを見た。

 目が合う。

 長いまつ毛に、ぱっちりした目。

 小さい子特有の張りのあるもちもち肌、吸い込まれるようなその瞳にブサイクな僕の顔が映っている事が申し訳なくなるくらい、綺麗な目をしていた。

 

 その子はどこか退屈そうな表情で、じっとこちらを見つめていた。

 

 一言で言い表すなら、妖精。

 

 

 

「……ぁ、あの」

「…………」

 

 

 

 そんな変な事を考えていたのと、神秘的なその存在に、声を出すのがうまくいかなかった。

 私の顔を見ても、そんな事はどうでもいいかのように視線をそらし、再び地面をじっと見つめ続けた。

 

「……ここ、座ってもいい?」

 

 そう聞くと、しばらく時間を空けて少女は一回だけ頷いた。

 どこか近寄りがたい存在。

 でも、今の私にはその静かさがとても心地が良かった。

 

 間隔を空けてベンチに座る。

 空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。

 

「…………」

 

 こうして何も考えず、ゆっくりとする時間が好きだった。

 だれからも相手にされず、この世界に私一人になったかのようなこの景色が。

 風に溶けて、風と共にどこかへと流されていく――そんな妄想を、いつもしていたっけ。

 

 

 隣を見る。

 静かな少女も、私と同じように空をじっと見つめていた。

 風を受けて髪がふんわりとなびく。

 

 再び空を見上げる。

 

 

 お互いに会話はない。

 この子が何を考えて、何を思ってここにいるのかは分からない。

 だけど、今のこの空間が、お互いにとってとても幸せな時間だという事だけは、お互い分かっていると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、私と謎の少女はあのベンチでよく一緒に座るようになった。

 休み時間にあの場所へ行くと、いつも彼女は一人でそこにいた。

 

 彼女は僕のクラスでは見たことがないから、別のクラスの子なのだろう。

 もしかしたら年上なのかもしれない。

 

 名前すら分からない。 

 名前を聞くと、この関係性が無くなりそうで、聞けなかった。

 

 ベンチに行くと、少女が先に座っている。

 そして私に気づくと、自然と横に移動してくれて、私はありがとうと御礼を言いつつその席に座る。

 少女は遊んでいる子達を見ていたり、地面で必死に働いているアリさん達を眺めたり、空を見上げて静かに目を瞑っていたり……それだけで絵になっていた。

 

 

「……ねぇ」

 

 

 昨日はみくちゃんが私の家に泊まりたいと言っていたから、夜まで一緒に遊んで一緒に寝た。

 みくちゃんは眠い目を擦って、眠気を我慢しながら私と話をしようと頑張っていた。

 

 最後の方は言葉になってすらいなかったけど、私と一緒にいられる時間を長くしようと頑張っているみたいでとても可愛かった。

 ……それはおいておいて。

 

 そのため、私も眠気が限界に近かった。

 いつもはベンチに座ると、ぼーっとしている事が多いのだけど、今日はうつらうつらと顔が自然と下に向き、意識が数秒飛んでいた。

 

 そんな時、小さな声が聞こえた。

 いつも聞いているみくちゃんのような、元気でほわほわした声ではなく、静かに何かを奏でるような、そんな綺麗な声だった。

 

 

「……ぇ、ん? 今、僕に話しかけた?」

「…………」

 

  

 驚いて隣の少女へと顔を向けると、相変わらず視線は地面に向いていた。

 

 顔がうっすら赤い。

 

 じっと見ていると、目がちらっとこっちを向いた。

 目が合うと、またすっと地面に視線を戻す。

 

 それを数回繰り返した時、彼女は顔を上げ、そして目を瞑った。

 ぱちりと目を開くと、顔をこちらに向け――

 

 

「……かけた」

 

 

 それだけ呟いて、少女はまた地面を見た。

 

 

 ……しばらく待ってみたけど、彼女はそれ以降話さなかった。

 私は我慢の限界を迎え、少しの間眠りに落ちた。

 目が覚めると、外で遊ぶ時間は終わっていて、皆クラスに戻っていた。

 もちろん隣に彼女はいない。

 

 私が急いでクラスへと戻ると、先生にとても心配された。

 この年齢で申し訳ない事をしてしまった……。

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