そわそわ。そわそわ。
「…………」
ごそごそ。ごそごそ。
……と、そんな音が聞こえてきそうなくらい、こちらをチラチラ見ている女の子がいた。
いつも幼稚園で二人、同じベンチに座る少女。
今まではお互いに何も話さず、近づかずといった風だったのだけど、最近はこうやってどこかそわそわとしている事が増えた。
私も気になって話しかけてみたりしたけど、いつも返事はない。
……私がここに来るのが迷惑なのだろうか?
もしかして遠慮して言えないとか……。
もしそうだったら、なんて私は馬鹿な真似をしてしまったのだろうか。
私と話をしたいのかな、なんて考えをしてしまって。
迷惑をかけるどころか、今まで不快な思いをさせてしまっていた。
この子は優しい子だ。
私も馬鹿だ。そんな事に気づかないなんて。
その事実に気づくと、自分がとても恥ずかしくなる。
もう、ここに来るのはよそう。
今まで迷惑をかけてごめん。言葉は出さないけど、小さなお辞儀をして、私はその場から離れた。
次の日。今日からはあの場所にも行けないなーと思いながら、新たに私が一人で居れる場所を探していた。
あいにく幼稚園は広いといってもその分園児の数も多い。
男子児童に集まって遊んでいるのが多いけど、今の歳の子はまだ男の子に興味がない子も多い筈で、そういった子達は様々な場所に散らばって遊んでいる。
だからあまり一人で居られる場所は少なく、そういった場所は限られてくる。
それこそ、前まであの少女と一緒にいたベンチ以外は……
そう思い、ベンチに視線を向ける。
するとベンチに座っている少女と目が合った。
いつもは目があっても自然と視線が逸れたのだけど、今日は様子が変だった。
少女は立ち上がると、私の方へと近づいてくる。
そういえば、彼女が歩くのを始めて見た気がする。
いつもクラスに戻るのは私からだったし。
「…………」
目の前に来ると、じっと僕の目を見てくる。
その表情からは何を考えているのか分からない。
ただ、宝石のような瞳が、私の全てを見透かしているみたいだった。
それこそ、私の醜い内面も――
「……な、なんで」
「え」
目を逸らした。
恥ずかしそうに、何か言うのを躊躇しているような表情だった。
口をもごもごと動かし、細い指はせわしなく動く。
今まで見た、先ほどまでの無表情がウソのようだった。
「……なぜ、こない」
「来ないって?」
「……あ、あそこ」
そういって指さす。
それは、昨日まで一緒に座っていたベンチ。
「あそこ!」
「あ、あぁ。うん。今までごめんね。迷惑だったでしょ」
そういうと、またまた表情が変わった。
悔しそうな、何かに怒っているような。
……意外と表情豊かだったんだな。
「……迷惑じゃ、ない」
「あれ、そうだったの?」
こくり。
頷く。
「でも、僕が隣に座った時、様子がおかしかったよね?」
「……! そ、それは……」
今度は恥ずかしそうに、またも視線が色々な所へと動く。
そわそわ、うずうず。
何か言いたい事がありそうなので、しばらく待ってみる。
「……で」
「ごめん、聞こえなかった」
「なんで! あそこにいたの!」
なんであそこにいた。
ベンチに来た理由、ってことかな。
理由は明確だ。
私が、弱いから。
前世でも経験したはずなのに。
大丈夫だって、慣れてるって自分を落ち着けて、一人になれる場所を探していたから。
「……風に、なりたかったからかな……」
「…………」
前世でもいつも考えていた事がとっさに言葉に出た。
誰にも邪魔されず、迷惑にならず、ただ流されて、何も考えないで。
そういう存在になりたかった。
「ごめんね。変なこと言っちゃった。そうだな、あそこに来たのは……」
「わかる」
私の目を見据えて、真剣な表情で少女はそう言った。
彼女の綺麗な目には、ブサイクな私の姿だけが映っていた。
拒否も、拒絶も。馬鹿にするとか、そういったマイナスな感情は一切なかった。
「わたし……ほしになりたかった。いつもおもってた」
そう言うと、少女は空を見上げた。
まだお昼だ。
星は出ていない。
けれど、遠くの青空に月が出ているのが見えた。
月は日中でも見える事がある。
……彼女が空を見ていた時、実際に見ていたのは青空じゃなくて、月だったのかも。
「きれいだなって。だれかのはなしなんてかんけいなくて。ただひかってる」
腕を伸ばし、月を掴もうと指を閉じる。
その光景は、どこか神秘的で、物語の一ページが始まりそうな瞬間だった。
「なにもかんがえないで、ただそこにいる。……ことばにするの、むずかしいけど……」
彼女の言う事が、私にはわかった気がする。
星は綺麗で、ただ光っているだけだ。
実際はもっと色々な役割を果たしているのだろうけど、地球から見えるあの星は、何かに縛られる事もなく、ただそこにあって――自分はここにいるんだって、見つけてくれって、そう言っているみたいだ。
「うん……分かる」
「……やっぱり、あなたとわたし、どうるい」
また目が合う。
今度は何かに気づいたかのように、ハッとすると視線が地面に向けられる。
「……めいわくじゃ、ないから」
「……うん」
「だから……また、あの……」
その後の言葉は聞こえなかった。
そのまま少女は、いつものベンチに戻っていった。
直前に見た少女の顔は、私の見間違いでなければ、真っ赤だった。
あんなに真っ白で、最初は何を考えているか分からなかったのに。
「ふふっ」
……意外と恥ずかしがり屋なんだ。
自然と笑みが零れた。
この幼稚園に来て、初めて心から笑えたかもしれない。