破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~ 作:若槻 風亜
【Fate】第3章 狂った聖杯【破典聖杯戦争】①
余計なものを見つけてくれてこの男。健人はシーツに
「おい隠れんなよ。デジタル写真っての撮ってみようぜって言ってるだけだろうが」
「だから僕写真嫌いだって言ってるじゃないですか! 何の用事もない時の写真なんて陽キャが撮るものなんです。っていうかさっき1枚撮ったじゃないですか勝手に!」
事の発端はティーチがタブレットで読んでいた漫画だ。件の恋愛アニメの続きが読みたい、とのことなので、原作漫画を追加で買ってやった。
しかし集中は読み始まって間もなく途切れる。作中で主人公が携帯をスマホにしたシーンが出てきて、ヒロインと一緒に写真を撮るシーンを見たらしい。
そこから「このタブレットにも写真の機能あるのか」と思い至り、健人に訊くでもなく勝手に発見。さらに定位置でゲームをしていた健人をこれまた勝手に撮影しだしたのだ。
パシャ、という馴染みのない音に一瞬何事かと呆けて振り向いた健人を、ティーチはさらに撮影。タブレットを向けられた状態で聞こえたシャッター音に、流石の健人も写真を撮られたのだと気付き青くなった。
消してください、とタブレットに手を伸ばすが面白がってさらにぱしゃぱしゃと取ってこられ、優れた身体能力を無駄遣いしてあっさり健人とのツーショットまで取ってくる始末だ。見せられた写真がまるでふざけて踊りあっているようにも見えて余計に恥ずかしい。
もうこれ以上は耐えられない。取り返せないと察した健人は、「最終形態・シーツに包まり緊急回避」を実行して今に至る。
「写真なんか何がそんなに恥ずかしいんだよ。今目の前にあるもんが残るだけだろうが」
「残るから恥ずかしいんですよ!! ライダーさんの陽キャ!」
「それ逆に褒めてんだろ」
陽キャという存在に対して恐怖と嫌悪のある健人にとっては悪口だったのだが、悪党とはいえ陽の者であるティーチには何のダメージにもならなかった。シーツの中で悔しがっていると、ついに力づくで引きはがされてしまう。
「まあそうカリカリすんなよ。勝っても負けても俺と一緒に過ごせんのはこの時だけだぜ? 思い出作りってやつだ」
別に残らなくても気にしないくせに。そんなことを思いつつも、その「思い出」とやらを誰のために残そうとしているのか察してしまい、健人は渋い顔をした。
「……僕が撮る側なら、まあ」
そう言って手を伸ばせば、ティーチは「お、いい男とに撮れよ?」とあっさりタブレットを渡してきてポーズを取り出す。
健人には消せないと思っているのか、健人は消さないと思っているのか――舐められているのか信頼されているのか分からないまま、健人はタブレットのカメラをティーチに向けてシャッターを切った。
そのまま、なんとなく写真を見返す。撮ったばかりの写真は意外にブレなく綺麗に写っていた。
いつか必ず消えてしまう男が、当たり前のようにそこに残る。当たり前で、不思議で、けれどやっぱり当たり前な事実に、なんとなく心が落ち着かなくなった。
視線を落として固まっていると、不意にタブレットが取り上げられる。引かれるように視線を上げると、タブレットを顔の横まで上げたティーチがにっと笑った。
「おーし、勝負だ健人。射撃、格ゲー、パズルの3戦して、2勝した方が勝利。勝った方の写真を記念として残すぞ」
「僕にメリットないんですけど……」
「お前が勝ったら明日のたぬ太郎との通話邪魔しないでいてやるよ」
「やりましょう」
初邂逅より2度ほどたぬ太郎と通話をしているのだが、彼の軽快なテンポが気に入ったらしく
掌を翻し健人が勝負に乗ると、ティーチは二人の間にタブレットを置いた。
そうして始まった勝負は、恐らくティーチの狙った通りの展開になる。射撃はティーチが勝ち、格ゲーは健人が勝ち、勝負は3戦目、パズルに委ねられた。
始まった3戦目。パズルに慣れているのはもちろん健人なのだが、ティーチは地頭が良いため計算尽くの大連鎖をしてくることがある。
つまりパズルは、健人とティーチが唯一対等に張り合えるゲームと言っても過言ではない。
そして接戦の末、ギリギリで健人が勝利をもぎ取る。今回は勝った時に写真を撮られるというルールがあるため少しばかり動揺させられたが、大崩れになるほどではなかった。
「やったぁ勝ったっ!!」
緊張感から解放され、健人は片手にコントローラーを持ったまま両腕を勢いよく高く掲げた。勝利の喜び、たぬ太郎と2人で話す時間を得られた達成感から、思わず満面の笑みを浮かべてしまう。
途端に横から聞こえる、ぱしゃり、という音。状況を思い出した健人ははっとして隣に視線をやるが、「いい面してたぜ~?」とにやにや笑う海賊の顔を見れば手遅れだったとすぐに分かった。
奇声を上げ頭を抱えて健人がうずくまると、ティーチは弾かれたように膝を叩いて大笑いし始める。負けたのは悔しいが、精神的には楽しいからまあよし、といったところだ。
部屋にカオスな状況が広がる中、不意にチャイム音が空気を揺らす。
一瞬にしてティーチが笑いを収め、空気が張り詰めた。雰囲気が180度がらりと変わった大海賊の様子に、健人は両手で口元を抑えて青い顔をする。
「こんばんはー、宅急便でーす」
外から聞こえてきたのは若い男の声だ。いつもなら玄関前に置いていくのに、何故いつもと違うことを行うのか。それだけで怪しく、恐ろしい。
居留守を使いたいところだが、カーテンから漏れ出る光も健人とティーチが騒いでいた声も配達員は確認しているはずだ。怪しまれるのを避けたい以上、出ないわけにはいかない。
「俺が行く。ここから動くなよ。ただし、いつでも動けるようにしておけ」
立ち上がったティーチが親指で示したのは、いつ戦闘になってもいいようにとリビングに準備していた新品の靴だ。健人は言葉なく何度も頷くと、震える足で立ち上がりそちらに向かう。
ティーチはそれを見届けてから、いつでも戦闘に入れるようにと銃をひとつ手元に出現させ、玄関へと足を進めた。辿り着くまでも、辿り着いてからも、玄関の向こうにあるのは人間の気配だけ。
「――遅い時間に悪いな。そこ置いてってくれや」
玄関を閉めたまま声をかけると、配達員は「あーすみません」とそれを拒否する。
「申し訳ありません、冷凍品なんです。規則がありますので、お手数ですが出てきていただけますか?」
何を狙っているのか。それとも本当にただの配達員なのか。分からないが、ひとまず出なくてはいけないのには変わらない。
手にしていた銃をズボンの後ろポケットに押し込み、ドアチェーンをかけた状態でそっと扉を開いた。途端に遮られていた音が膨れ上がり、犬の鳴き声が、救急車のサイレンが、重なる笑い声が、細い音色の音楽が、車のエンジン音が、遮断機の音が、どこからか聞こえてくる。
扉の向こうの男は少し下がったが、扉が開かないことに気付き、隙間から荷物の宛名、そして自身の制服を確認させるように見せてきた。配達員をしていると疑った視線には慣れてしまうのかもしれない。特に不愉快そうに思っている様子はなさそうだ。
「こちら緒方さんのお宅で間違いございませんか? こちらにサインを」
「家違ぇぞ」
恐らく本人からしたら形式的な確認だったようで、返事も待たずに次の行動を取ろうとするので、ティーチは配達員の話を止める。
配達員は予想外だったようで、え、と心底驚いたような声を上げた。途端に、配達員は荷物を見、ついで健人の家を――中原家別邸を見上げ「あ、あれぇ……?」と心底不思議そうな声を零す。
「も、申し訳ございません。お宅を間違えてしまっておりました。夜分に失礼しました」
誠心誠意、と言った様子で帽子を外した頭を下げると、配達員はすぐさま踵を返した。途中曲げた肘が頭の位置で見えたので、頭に手を当てたのかもしれない。あたかも――そう、自分の行動を不思議がるように。
「――なんか嫌な予感がするな。健人! おい健人、何もねぇな?」
手早く扉を閉めてから声をかけるが、返事がない。いつもならティーチがこれだけ大きな声を出せば必死に張り上げた声が返ってくるか、そうでなければ顔を出してくるのに、それもない。
嫌な予感が溢れ、ティーチはすぐさまリビングへと駆け戻る。しかし、そこにいるはずの怯えた少年の姿はどこにもなく、ただ広く開け放たれた掃き出し窓の両脇でカーテンがはためくばかりだ。
「……っ、キャスターか!」
やられた。あの配達員は囮だった。扉を開けたその時、何か仕掛けられたのだ。ティーチはガリガリと頭を掻く。
パスはつながったままなので、まだ健人は生きている。これは確定だ。そしてもうひとつ確定なのは――
「ああくそ、ここに来て一番厄介な奴の相手か」
エドワード・ティーチが最も苦手とする、魔術行使前提の存在と戦うことになる、ということ。
どのように助けるか。そもそも助けに行くべきか。健人を助けに行くのと別のマスターを見つけるのはどちらが効率的か。
自身が健人に対し、出会った時よりはるかに親しみを覚えている事実を過不足なく理解しながら、それでもティーチは冷静に思考を巡らせる。
依り代と龍脈が手元にある現状から、天秤が「健人を見捨てる」に傾きかけたその時、ティーチは弾かれるように顔を上げた。健人が向かっている先が、パスを通じて伝わってくる。これは――。
にたり、とティーチは悪逆な笑みを浮かべた。まだ天はティーチを、健人を見放してはいないらしい。
一瞬後、その姿は掻き消え、半月から少しばかり膨らみ始めた月の光が、静かに部屋を照らしている。