破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~   作:若槻 風亜

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【Fate】第3章 狂った聖杯【破典聖杯戦争】②

 

 

 パチン、という音がして、健人の意識は急激に浮上した。

 

 一瞬自分に何が起きたのか分からず呆然とする。だが、視界に入る景色から、すぐに自分が今いる場所が家ではないことに気付いた。

 

 ぶわりと汗が噴き出る。思わず後ずさるが、その拍子に足がもつれ無様な様子で転んでしまった。受け身を取れる運動神経などない健人は、頭と背中を打ったことで悶絶する。

 

「凄い音がしたわね。大丈夫かしら?」

 

「自分で自分を転ばせるとは。悪い磁気が滞っているのかもしれないぞ少年。私が診てやろうか?」

 

「えっ、だ、大丈夫で――うわ!?」

 

 抑揚のない少女の声と、明るい男の声。人がいたのかと恥ずかしくなり、健人はよろよろとしながら立ち上がろうとし――また転んだ。今度は足をぶつけたわけではない。足場が大きく揺れたのだ。

 

「――え、え? ふ、船……? え、ここ、もしかして、う、海の上……?」

 

 辺りを見回せば、いくつもの情報が飛び込んでくる。

 

 建物ひとつもない水平線。遥か遠くにはぼんやりとライトが光っていた。月明りやこの船のライトを反射して、水面がキラキラと光っている。

 

 そして何より一番大きな情報があった。ずっと、地面が揺れているのだ。健人は自身がいつの間にか船の上にいることを自覚する。

 

 見えた限りでは、フェリーなどの旅客船ではなく、小さめの貨物船の類のように思えた。海、というとやはり思い出されるのはかの大海賊だが、彼の姿はここにない。

 

 この不思議な現象が()によるものか、()()()()()()()()()()()()()()()()により引き起こされたか。

 

 時間を置かずに気付き、健人の心臓はどくどくと嫌な音を立て始め、収まりかけていた汗がまた噴き出る。わざわざ、サーヴァントと離し、マスターだけを連れてきた。――その理由は、ひとつしかないだろう。

 

「ライダーのマスター」

 

 少女の声に呼びかけられた。顔を上げられずにいると、少し間を空け歩み寄ってくる靴音が聞こえてきた。

 

 間近にその存在が迫った時、健人は悲鳴のような声を上げる。

 

「意識ははっきりしている?」

 

「殺さないでくださいっ!!」

 

 少女の声と健人の声が同時に放たれた。

 

 互いに互いの言葉が理解出来ず、二人は共に目を見開き一瞬固まる。そして一瞬の間を空け、「……え?」と言葉が重なった。

 

 噴き出したのはもう一人いた男の方だ。

 

「ふっはははっは。ああ、素直な子供たち、少し落ち着きなさい。シャーロット、敵に攫われたのだ。少年は我々が恐ろしいのだよ。少年、我々は君を殺すつもりで連れてきたのではないよ」

 

 明るい声は嘘をついているように思えず、気が付けばそちらに向けていた視線を、健人はそっと前に立っている少女に向けた。

 

 少女も同じように男に視線を向けていたようで、健人に少しばかり遅れて視線を健人に向けてくる。

 

 視線が合って少しばかりお互いに固まるが、先に少女の方が動き出した。座り込んでいる健人の前に、両膝を揃えてしゃがみ込む。

 

「はじめまして、ライダーのマスター。私はシャーロット・ヴァイス。キャスターのマスターで、アトラス院、と呼ばれる――そうね、錬金術師の総本山のような所から派遣されてきた者よ。今回は話したいことがあったから連れてきたの。突然こんな形になてしまってごめんなさい」

 

「あ、えと、な、中原、健人、です……あの、話したいことがあった、なら、正直誘拐より、直接き、来てもらった方が、怖くない……の、ですが……。そ、それに、どうやって、僕をここまで……? あと、な、何で船なん、ですか……?」

 

 予想以上に丁寧に話しかけられたこと、見るからに外国籍の少女が流暢な日本語を喋ってくれることに、健人は少しばかり安心した。これなら話を聞いてくれるかもしれない。期待を込め、正座で座り直してから、健人は声を震わせながらも主張を述べてみる。

 

 このまま何事もなく帰れるのが一番なのだが、何の成果もなく帰ったら逆にどんな目に遭わされるか知れたものではない。せめて少しばかりでも何か情報を得なくては。

 

 健人の思惑を知ってか知らずか、少女――シャーロットは少し考えるように口元に手を当て視線を下げる。

 

「――もちろんそちらの方が誠実だったとは思うわ。でも、マスターに争う意思がなくてもサーヴァントもそうだとは限らない。あなたもバーサーカーのマスター……西園寺エルトの魔法陣で召喚が成功しただけの一般人でしょう? 制御出来る術を持っているとは思えなかったの。余計な戦闘はしたくなかったのよ。私たちの目標は、あくまでバーサーカー組の撃破と聖杯の解体だから」

 

 シャーロット曰わく、魔術師は自身や魔術の存在を徹底的に秘匿するべきという考え方が一般的であり、それを破るのはタブーとして扱われている。

 

 そこを思い切り破った挙句、一族が研究していた内容で疑似聖杯を作り上げ聖杯戦争を始めたエルトは抹殺すべし、というのが魔術協会の決定だ。シャーロットと他二人の魔術師はそのために派遣されてきており、健人たちそれ以外のマスターとも不要な戦闘は避けたかった、とのこと。

 

「今回の聖杯戦争、勝ち上がったところで願いは決して叶わない。たったひとつ叶うのは、作製時に西園寺エルトが込めた『すべてを壊したい』という願いだけよ。だから、あの聖杯はこの聖杯戦争が終わるより先に壊さないといけないの」

 

 魔術の秘匿、に関してだけはティーチに聞いた通りだが、それ以外の内容は初耳のことばかりだ。

 

 願いが叶うどころか勝者を出してはいけないなど、詐欺もいいところだ。その前提を思えば、不要な戦闘を避けたかった、という彼女の意見はもっともだろう。

 

「あと知りたいのは何だったかしら。どうやってここへ、と何故海へ?」

 

「おおっ、ではそれは私が説明しようじゃないか」

 

 いつの間にか近付いてきていたキャスターがここぞとばかりに名乗りを上げた。どうやらずっと喋りたかったようで、うずうずしているのが健人にですら見て取れる。

 

 シャーロットは小さい溜息を吐きつつ、手を向け喋ることを許可した。

 

「まずはこれを見たまえ。私のアルモニカだ」

 

 言うが早いか、キャスターの前に突然渦巻き状をした細長いガラスの筒が現れる。

 

「キャスター」

 

「おお、そう怒るなマスター。争うつもりがないのだから手の内を見せたところで構わんだろう。誠意というものさ」

 

 少し怒った声音で呼ばれるが、キャスターはどこ吹く風かと笑ってそれを受け流す。

 

 健人はというと、初めて見るような、しかしいつか漫画で見たことがあるような気もするそれに意識を集中させていた。名前もなんとなく聞いたことがある気がする。確か――。

 

「……あっ、楽器。……でしたっけ……? 確か、メスメルっていう催眠術の開祖の医者の人が得意にして……た……ごめんなさい殺さないでください……」

 

 漫画で見たのを思い出した、と思わず声に出してしまってから急速に声が萎んでいく。

 

 サーヴァントに取って真名看破は最大の致命傷。ティーチからそう言われていたことを思い出し、それをはっきりやらかしてしまった自分の迂闊さを健人は大いに呪った。

 

 震えながら土下座する健人を見下ろし、シャーロットはぽかんと口を空けて固まっている。その隣で、キャスターは腹を抱えて大笑した。

 

「はっははっは! これは驚いた。ああ驚いたとも。博識だな中原少年。そう、私はフランツ・アントン・メスメル。そしてこれは君の思った通り楽器だ。私はこれを弾くことで、人に催眠術をかけることが出来る。まあ生前の用途は違うのだが、私の逸話が混じってこうなったのだろう。サーヴァントとは得てしてそういうことがある。おっと話が逸れたね」

 

 腹を立てるどころか堂々と自己紹介をしてから、キャスター――メスメルは拳を逆の手のひらに軽く打ち付ける。

 

「とにかく、私は催眠術が使える。君が外に出かける時があればその時にかければいいだけだったのだがね。隣の夫人に聞いたところ君は精々2、3週に一度ごみを捨てる時以外は外には出ないということだったので、少し手を変えてみたのだよ。まずは宅配業者君を操り届け先を誤認させ、君の家の玄関が開かれる状況を作る。玄関が空いたら、その隙にアルモニカを奏でて、そこでようやく君だ。ここに私の高等技術が光るのだがね、玄関に出てきたライダーを如何に(かわ)して君に届けるかという繊細で緻密な」

 

「キャスターもういいわ。あなたがお喋りなのはもう今更だけど、自慢話はあなた殊更長くなるからやめてちょうだい。……はあ、失敗だわ。あなたを喋らせるんじゃなかった。まさかミスター中原があなたの名前を知っているほど博識だったなんて。一般人だから知らないだろうなんて酷い思い込みだったわ」

 

 ようやく冷静に事態を把握出来たシャーロットにきっぱりと止められてしまい、メスメルは分かりやすく不服そうな顔をする。シャーロットはそれに気付きつつも素知らぬ顔をし、自身の失敗を悔いた。

 

 なんだかここの関係性は平和な感じがする、と、少し緊張が解けて健人は張り詰めていた表情を和らげさせる。

 

 同時に喉元まで、「博識なわけじゃないんです、漫画のおかげなんです」という謙遜という事実が昇ってくるが、それはぐっと飲み込んだ。いい意味で誤解してくれているなら生存率が上がるかもしれない、という打算の元に。

 

「仕方ない。では最後の質問の答えだ。何故海に来たか、というとそれは」

 

 言葉半ば、突然の衝撃と轟音で船が大きく揺れた。

 

 健人は反射のように悲鳴を上げ頭を抱えしゃがみこむ。と同時に、衝撃に耐えられず床を転がった。メスメルはシャーロットを抱え上げ飛び去る。

 

 見捨てられた、と健人が思う間もなく、喚声が響き、同時に大勢の男たちが突撃してきた。踏みつぶされる、と恐怖を感じたが、男たちは健人を避けるように流れを分けて過ぎ去っていく。

 

 安堵したのは束の間。後から来た一団が、ひょいと健人を担ぎ上げて運びはじめた。

 

「うわあああああっ、な、なに、なに、なんですか!?」

 

 悲鳴を上げるが担ぎ上げてきた男たちは誰も何も答えない。後方に耳慣れない戦闘の音が響きだした頃、ようやく健人は下ろされる。

 

 そこは変わらず船の上だが、現代の貨物船ではなく、木で出来たそれへと変わっていた。何かを乗り越える感覚があったが、船の移動だったのか、と遅れて気が付く。

 

 両手足を床面につけたまま混乱していると、下に向いていた視界に靴先が入り込んだ。それが誰か気付き、健人は顔を上げようとして――

 

「よお健人」

 

 ――この日一番、心臓が止まりかけた。

 

 

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