破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~ 作:若槻 風亜
「――なるほどな。あの野郎ならやりそうだ」
たった一度、邂逅と言うには一方的な出会いであっただが、確かにティーチがその目で見たエルトの狂気を思い出せば嘘とは言い難い。
「西園寺エルトに会ったの!?」
「落ち着け。アサシン戦を見物してただけだ。海浜公園で見かけてからは知らねぇよ」
間を阻む人垣は無くなったと言っていい状態だが、一応動かずにいたシャーロットが思わず一歩踏み出す。
完全警戒状態のティーチであればその時点で打ち抜いていたもおかしくないが、そんな気も今はないのか、手を振るだけで逸る彼女を抑えた。
「もうひとつ聞かせろ。今回の聖杯がその西園寺家とやらが研究していた代物だってんなら、その家の奴らに協力させるなり研究成果を奪って時計塔が壊しちまえばいいじゃねぇか。何故やらねぇ?」
「――やらないのではなく、出来ないのよ」
少しばかり顔を青くするシャーロット。背後からこれまた律儀に手を挙げ続けていたメスメルが「私が話してもいいかねライダー君」と声をかけてくる。
真名が分かっていても普段は隠しておく、というのも彼らなりの誠意なのだろう。ティーチが顎をしゃくると、メスメルはようやく腕を下ろし――結局自分の意志で胸の位置まで手を挙げた。
「西園寺家はすでに末席や使用人に至るまで全員死亡している。ああ、もちろん魔術協会からの粛清ではないとも。まあ、騒動が収まればいずれそうなる命運にあったかもしれないが、今回は違う。疑似聖杯起動のため、西園寺エルトによって全員が生贄に捧げられているのだ。どうも足りなかったようで、一族以外も使用したようだがね。調査資料によると魔術師や近隣の村人も攫っていたそうだよ。――現地には西園寺家のものと思しきものの他、少なくとも10人以上の肉や骨が混じった5センチほどの肉塊が見つかったそうだ」
それはつまり、生贄に捧げたという人間を全て、まるでミキサーにかけたかのように混ぜ合わせて肉塊を作り上げた、ということだろう。
想像してしまい、健人は胃の中の物が戻ってくるような感覚を覚えて口元に手を当てた。吐かずに済んだのは、それなりにスプラッタ作品を通ってきたからだろうか。
「ちなみに西園寺家の館――工房も最早使い物にならないくらいに破壊され燃やされてしまっている。資料など何一つ残ってはいないのだよ」
だから西園寺家の協力は得られない、という結論に至る。あの男ならやりかねない、と納得してしまい、ティーチはまた舌打ちした。
それから、長い息を吐く。
シャーロットやメスメルの説明を裏付ける調査など出来ないが、ティーチには彼らの言葉が
「――ああ、まあ分かった。とりあえず目下の目標はあのイカレ野郎を殺すことととち狂った聖杯をぶっ壊すことだな。俺の目的も元々聖杯をぶっ壊すことだしな、いいぜ。協力してやるよ」
「えっ!?」
「あ? んだよ健人。おめーが話聞けっつったから話聞いて協力要請に応じてやったんじゃねぇか。何か不満なのかよ」
思わず、と言った調子で健人が驚いて見上げてきたのでがしりと頭を鷲掴むと、健人は短い悲鳴を上げて身を竦ませる。
「いいいいいや、あの、それは嬉しいんですけど、思ったよりすんなり納得してくれたな、って……」
驚きと疑問。ティーチを知るのであれば、健人が抱いてもおかしくないそれに、ティーチは「そりゃあな」と返した。
「健人、お前俺が召喚された日に『気色悪ぃ召喚だった』って言ったこと覚えてるか?」
問われ、健人は必死にその日のことを思い出す。すぐに思い出したのは恐怖の連続だった感情の流れだが、それに耐えて何とか記憶を引きずり出した。
『……あぁん? 何だこりゃあ? 魔術回路はそれなり、魔力は十分。だってのに、
そういえばそんなことを言っていた気がする、とぱっと健人の眉根が晴れる。それを見て健人が当時のことを思い出したと察すると、ティーチはそのまま話を続けた。
「あん時ゃ、お前が魔術師でもねぇのに召喚を成功させたせいだと思ってたが、そうじゃねぇ。俺たちを呼び出す元になった聖杯が、そもそも正常なものじゃなかったっつー話だ。魔術に物的証拠も何もねぇが、正直この話で異様に納得しちまったんだよ」
サーヴァントの感覚というのか本能というのか。とにかくその辺りの根本的な部分でティーチはシャーロット達の話を事実だと認識したらしい。
であれば、やはり話は真実。聖杯戦争を規定通りに終わらせてしまえば、待っているのはこの世を滅ぼす地獄、ということだ。ぞくり、と健人は背筋が冷えて全身が震えた。
「――あとは、まあ」
まだ何かあるのか、と顔を上げかけた瞬間、ティーチの大きな手がガシガシと健人の頭を撫でてくる。何事かと驚いていると、ティーチのからかうような笑みが落ちてきた。
「引きこもりのビビりマスターがこの状況ででけぇ声出して俺に反抗してきた覚悟を買ってやったんだよ」
人に関することでばっかりキレやがってよ、と肩を竦めるティーチ。一瞬思考が追いつかなかったが、それが褒められているのだと気付き、健人は「へ、へへ……」と下手糞な照れ笑いを漏らす。
「よし。では和解出来たところで陸に帰るとするか。今後の詳しい話は追々しよう」
パン、とメスメルが手を打ち鳴らした。一瞬警戒したティーチだが、本当にただ手を打っただけだと分かり憎々し気に舌を鳴らす。
「我々の当初の目的は令呪を譲り受けライダー君をこちらの戦力にすることだったが、中々どうして中原少年も気概に溢れる。意外に仲も良いようだし、下手に君たちを引き離すより中原少年ごと仲間にした方が利がありそうだ。はははっは、アーチャー組ももしかしてこんな気持ちでランサー組を引き抜いたのかもしれないな」
「キャスター。……大丈夫、ちゃんと相談しましょうライダーのマスター。私もあなた達はいいコンビだと思うけれど、あなたはやっぱりほとんど一般人だから。出来ればあまり魔術の世界に踏み込まない方がいいとも思う」
対照的なキャスター組は、早々に自分たちが用意した船に戻った。魔力の消費を鑑みた結果、ティーチと健人も、一応まだ残している海賊たちと共にそちらに乗り込ませてもらうことになる。健人の家の龍脈から大量に取得してはいたが、元々魔力は消耗品。万が一に備えて余計な消耗は避けた方がいいだろう、という判断だ。
メスメルたちの船は魔術協会員が操作しているのできちんと人力(機械)なのである。まさか他に人間がいたと思わず健人だけがただただ驚いていた。そんな彼に気付いたシャーロットは
「本来魔術協会が聖杯戦争に首を突っ込むことはないの。ただ、今回は事態が事態でしょう? 日本支部の人たちがサポートを買って出てくれているのよ」
と説明してくれた。それだけの事態なのだ、と改めて実感した健人はごくりと喉を鳴らす。
帰りの道中、ティーチとメスメルは互いの腹の探り合いのようなにこやかでバチバチした会話を繰り広げる。
最初健人はそれに居心地の悪い思いをしていた。だが、シャーロットの持ち物に、世界展開を果たしているリボンを付けた白猫がついていることをつい指摘してしまったことで、思いがけずそちらに会話が発展する。
シャーロットが物静かなタイプであり相手の言葉をしっかり待ってくれるタイプなため、健人も自然と会話に興じることが出来た。シャーロットもまた、自身が知らぬ情報を山と教えてくれる健人との会話を純粋に楽しんだ。
魔術師とは怖い人ばかり。そう思い込んでいた健人は思いがけぬ出会いを経て、魔術の世界に触れるのも悪くないかもしれないと思い始める。
――その世界の裏に横たわる、残酷さも知らずに。