破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~ 作:若槻 風亜
【Fate】最終章 友よ、さらば【破典聖杯戦争】①
陸に戻り船から降りるが、健人はぐらりと揺らぐ感覚が続いて足元がふらついてしまう。初めての感覚に気持ち悪さを覚えていると、その様子に気付いたティーチが小馬鹿にするような笑みを浮かべて頭を揺らしてきた。
「はっは~? 船の洗礼受けやがったな健人? 慣れろ慣れろ。船ってのはそういうもんだぜ」
「わか、分かってるなら、やめ……うぷっ」
「ライダー、あまり気分が悪い人をいじめるものではないわ」
シャーロットが軽く眉をひそめて注意すると、ティーチはつまらなそうに顔をゆがめる。
「かー、見たことある展開しやがって。真面目女子と気弱男子とか王道ボーイミーツガールに俺を使うんじゃねぇっつの」
心底心外そうな、心から不愉快に思っているのが伝わってくる声音なのだが、シャーロットは目をぱちくりとさせた。ティーチが何を言っているのか理解出来ずにいるようだ。
その反応を見てハッとするティーチの後ろで、健人はにやりと口元を緩める。
「……デュフフ、順調に
「おいやめろ! 俺ぁまだそこまで堕ちてねぇ!」
ぼそりと健人が呟けば、ティーチは再び心底心外そうに否定した。「まだ」「そこまで」の単語がするりと出てきている時点で、自身がオタクに染まりつつある自覚があることが暗に伝わり、健人はニヤニヤが止められない。
そんなライダー組のやり取りの意味が分からず、シャーロットはメスメルにちらりと視線を投げる。「彼らなりのコミュニケーションなのだろうよ」とフォローする彼が、健人たちの会話を理解しているのか知る者はいない。
「おい、そんなことより。これからどうするつもりだ?」
これ以上付き合っていられない、とばかりにティーチが無理やり話を変えた。大事な話なので、全員が異論なくその転換に応じる。
「そうさな。まずはお互いの状況を改めて確認し、出来れば他の組とも合流して今後の話し合いをしたいところだが……」
「アーチャー組とは魔術通信が出来るからすぐにやり取り出来るわ。ランサー組にはアーチャー組に連絡を取ってもらえれば問題ないはずよ。……問題は――」
言葉を濁したシャーロット。健人が「あといないのどこの組だっけ」と考えている内に、ティーチが眉根を寄せた。
「セイバー組はどういう奴らだ? バーサーカーのマスターはセイバーとアーチャーとキャスターのマスターは魔術協会の奴だと言ってたが」
その声に警戒が混じっていることに気付いた健人は、そうだセイバーだ、と暢気に納得したのち気を引き締めるように唇を引き延ばす。
この短時間でも、優しく理知的な人物と認識したシャーロットが口ごもる相手だ。もしかしたらとてつもなく規則に厳しく恐ろしい人物なのかもしれない。
問われたシャーロットは海風で煽られた髪を耳にかけ直し、少し複雑そうな顔をした。
「……時計塔、降霊科の魔術師よ。魔術師としては非常に優秀で、時計塔が今回の聖杯戦争を収めるための力量は十分と判断して選抜した女性。私もそれは認めているわ。魔術師としては確かに優秀。……ただ彼女は、その――」
言いかけた言葉が止まる。数度、口を薄く開けては閉じるという動作から、健人には彼女が続ける言葉を迷っているように見えた。
それはメスメルも同じだったようだ。彼女の言葉を待って黙っていたが、言葉が続かないと判断すると、改めて健人とティーチに支援を向け直す。
「性格がね、非常に悪いのだよ」
きっぱりと言い切られ、ティーチは鼻で笑い、健人は戸惑った。ちらりとシャーロットを見ると苦い顔をしているが止める様子がないので、恐らくその通りだとは思っているのだろう。ただ、悪い言葉で人を語ることをしたくなかったのかもしれない。
「魔術師以外を人と思っていないし、魔術師でも歴史の浅い家は見下していいと思っている。いやぁ、最初に顔を合わせた時のひどさと言ったら筆舌に尽くしがたい。我がマスターはオーストリアに拠点を置く伝統ある錬金術師の家系なので多少マシだったのだがね、アーチャーのマスターに対する態度ときたら、まるで貴族が奴隷に対応するかの如くだったとも」
「はっ。そりゃ一般人の健人を見たら発狂もんだな。俺も大っ嫌いなタイプの女だ。見たら殺しちまうかもな」
くっくっ、とティーチは邪悪な笑みを浮かべた。まるで冗談のように軽い口調だが、それが冗談でないことをこの場にいる誰もが理解している。
「まあ、とにかく、そういうわけなので、セイバー組は少し後に回した方がいいわね。報告だけは私からしておくから」
そんな怖い人には出来れば会いたくないな、とティーチの陰に隠れながら口に出せない想いを抱いていた健人は、邂逅が後回しになるという結論を受けて心底ほっとした。
その間に残った三人の会話はこの先の詳細の話になってきたので、健人は一時話から離脱する。
話を聞いていなくてはいけないのは分かっているのだが、今日はいきなり色々なことが起こりすぎた。いくら健人が創作物を通じて不思議なことに耐性があると言っても、それはやはり物語の中の話。こうして現実に味わうと、疲労の方がやはり遥かに大きい。
申し訳ないが決まった内容を後でシャーロットに要約してもらおう。優しい彼女ならきっとしっかり教えてくれるだろう。ティーチには怒られるかもしれない。そんな様子を見てメスメルは笑うだろうか。
そんなことを考えながら、健人はぼんやりと右手を挙げて自身の令呪を見つめた。
最初三画あったそれは、気が付けば残り一画。これがなくなるとマスターからの絶対命令権はなくなるから覚悟しておけよ、と最初にティーチに言われたことを思い出す。
今思えば、最初に「僕を傷つけないで」とでも命令しておけばこんなに怯えた日々を送ることはなかったかもしれない。
だが、その考えはすぐに消えた。
恐ろしいことは多かったし、何なら少し前にも死を覚悟するぐらい恐怖を感じた。けれど、そんな恐怖と隣り合いながらも、彼と笑い合える関係になれたのは、きっと令呪で縛った関係ではなかったからだ。
怖い人だけれど、健人にとっては、十分に――そう、友達、と呼べる相手になっている。
怖いけれど、そんなに悪い日々ではない。そんなことを想って、ふ、と笑みが零れたその瞬間。何か異様に冷たい感覚が右手の二の腕を掠めた気がした。
なんだろう、と視線を下ろしたばかりの右手に向けた瞬間、健人は息を呑む。何かがあったわけではない。
そう、そこにあるべき――右腕が。