破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~ 作:若槻 風亜
「うっ、うあっ、うあああああああああああっ!?」
知覚と同時に血がとめどなく吹きこぼれ、痛みが全身を駆け巡った。反射のように口から漏れた悲鳴は健人が出したとは思えないほど大きく、悲痛で、ティーチたちは一斉にそちらに目を向ける。
そして、目の前に広がる光景に全員が衝撃を受けた。
即座に動いたのはティーチで、彼は最初にキャスター組の裏切り――騙しを疑う。
だが、シャーロットは驚愕に顔を歪め、メスメルもこれまでの余裕綽々な笑みを消し目を見開き口を引き結んでいた。どちらも本気で驚いている。
ティーチは二人の驚愕が本物だと悟り、すぐさま利用する方向へ思考をシフトした。
「おいテメェら! 回復系の魔術は使えねぇのか?」
怒号に近い声に正気を取り戻し、すぐさまキャスター組は駆け出し、地面に倒れこみ悲鳴を上げて正気なく暴れる健人を取り押さえる。
「落ち着いてミスター中原! 今血を止めるから!」
「いだいっ、いだいぃぃい、たずけで、おがあざんっ、おがあさんっ!!」
ジタバタと暴れ回る彼に顔や体が蹴られ、魔術礼装が上手く発動出来ず、シャーロットは表情を歪めた。
シャーロットの魔術礼装は多数の機能を内包するため、非常に精密な設計になっており、起動のために必要な魔力の使い方が決まっている。人によっては使いづらいことこの上ないだろうが、シャーロットには何の弊害もないものだった。
なのに今、それが初めて弊害になっている。早く治したいのに、と焦るほど、正確な魔力運用が出来ない。健人が暴れるたび、その血が顔や髪、服を汚していくたび、じわじわと健人の命が減っているのが分かった。
「っ、ミスター中原! 落ち着いて! このままじゃ治せないわ!」
「落ち着くのは君だ、マイマスター。痛い辛いと叫んでいる患者が、『落ち着け』と言われて落ち着けるわけがあるまいよ?」
言下、美しい音が場を満たす。音に引かれるように顔を上げれば、メスメルの前にはアルモニカが出現しており、彼の指先は流麗にそれを撫でていた。その音が重なるたび、健人の目の焦点は合わなくなり、暴れる体は大人しくなっていく。
「さて、そろそろ良かろう? マスター、治療だ」
「わ、分かったわ」
目をつぶって深呼吸を数度繰り返し、シャーロットは早口で魔術式を唱えた。それ自体に意味はない。ただ、複雑な式を唱えると頭がすっきりする。
ぱちりと目を開け、シャーロットはいつもの冷静さを取り戻して礼装を起動した。最初は淡く、段々と強く光を放つそれが、強い効果をもたらしていることを見ている者に伝えてくる。
ティーチもまた、それが伝わったひとりだ。横目で一瞬確認してから、ティーチはまた周囲の警戒に戻った。先ほどから気配を感じるたびに撃っているのだが、それが当たる気配はない。このまま逃げられてしまう可能性が頭に浮かび、ティーチは歯噛みする。だが
「あら嫌だ、あなた正気シャーロット?
異様なほどに堂々と、悠々と、女の声が場を割った。コツ、コツ、と靴音を立てて、ライトで照らされている先から人影が徐々に近付いてくる。
当たり前のようにティーチが銃を放つが、弾はその直前に斬り落とされた。人影の前に現れたのは、整っているが厳しい面差しの一人の男。右手には銀色に光を弾く剣が握られ、左手には複雑な文様を描く蒼き盾が装備され、背には夜闇の中でなお気高き赤いマントが翻る。
セイバーだ、と誰に言われるまでもなくティーチは理解した。
「鉄屑でよく吠えるわね、ライダー。ふふ、神秘を失った時代の英霊じゃそんなものかしら?」
嘲笑混じりの声がティーチの癪に障る。続けざま打ちたいところだが、また斬り落とされる未来が目に見ているので一旦やめた。これ以上この声の主を調子に乗らせるのは面白くない。
そんな思惑の中、声の主――セイバーのマスターはライトの下に姿を現す。
波のような金髪も、輝く緑の瞳も、妖精を思わせるような面差しも、細い肢体も、その全てが「美しい」と表現出来る。だがただ一つ、浮かべる表情の邪悪さが、その全てを台無しにしていた。
そして台無し具合にさらに拍車をかけているのは、複雑な文様が蠢く球体に包まれ彼女の前に浮かぶ健人の右腕だろう。つい先程斬り落とされた健人の右腕を、彼女が持っている。分かりきっていたが、セイバー組が襲撃の犯人だ。
「アウロラ・ハイブリッジ! これは一体何のつもり!? 何故いきなり彼の腕を斬り落としたの! 今すぐそれを返しなさい、今ならまだ間に合うわ」
これまでの中で一番感情的にシャーロットが怒鳴る。両手は健人に触れたまま、眼だけが激しくセイバーのマスター――アウロラに向かっていた。
射殺さんばかりの視線に、しかしアウロラは小馬鹿にするように笑う。
「何のつもり? あなたこそ何のつもりなのシャーロット。わたくし達は時計塔、そしてアトラス院からそれぞれこの聖杯戦争を解決するように命じられた。一般人如きがマスターになったアサシン組が落とされて、わたくし達はこれ以上サーヴァントを落とせない。だったら、同じような組み合わせのライダー組もとっとと契約解除させて、わたくし達が運用した方が余程危険はないでしょう?」
髪を手で払い、アウロラが浮かべたのは美しく邪悪な笑み。自分の発言に、何の遠慮も後ろめたさも抱いていないのが、その表情からは伺えた。
「その話はちゃんと最初にしたはずだけれど……あら、アトラス院の錬金術師ご自慢の頭はそんな簡単なことも記憶出来ないのかしら」
くすくすと見下す笑い声を零すアウロラ。しかしシャーロットの怒りが燃えたのは、その態度ではなくその行動にである。
「そんなことは分かっているわ! でもそれは対話をして解決出来ることでしょう。話しても分からない人間は確かにいるけれど、彼は話せば十分に理解出来る側の人間だわ。ハイブリッジ家が提唱していた魔術はこんな非道な真似をする必要はなかったはずよ!」
「そうね。でも、根本が間違っているのよ、シャーロット」
仕方ないわね、というようにアウロラは肩を竦めて首を振った。何を間違っていると言われているのかシャーロットが理解出来ずにいると、アウロラは邪悪な笑みで健人を指差す。
「
本当にバカなんだから、とアウロラはくすくすと笑いをこぼした。
「ッ、アウロラ・ハイブリッジ! あなたは」
「集中しろシャーロット! 中原少年の様子がおかしい!」
反論しかけたシャーロットだが、メスメルの切迫した声に引き戻される。視線を健人に戻せば、顔が真っ青になり、呼吸がおかしくなり始めていた。かと思えば、口から大量の血液が吐き出される。
シャーロットは混乱した。言い方は悪いが、ただ腕を切られただけ。なのに何故、吐血にまで至っているのか。
傷口に目を滑らせ、シャーロットはその異変にすぐに気が付く。切断面から黒いもやのようなものが湧き出て、体内にまるで寄生虫のように侵入していた。
「――まさ、か、セイバーの剣は魔剣……? だとしたらこれは、呪い――」
ぞっと背筋が冷える。シャーロットの礼装には解呪の術式も組み込まれているが、果たしてサーヴァントが扱う呪いにどれほど対抗出来るのか。
思考がひきつりかけるが、シャーロットはすぐさま集中を取り戻した。とにかくやるしかない。アウロラに向けていた全ての意識をシャットアウトして、シャーロットは完全に健人にだけ意識を集中させる。
その様子にアウロラは不愉快そうな顔をした。これだけ言ってやっているのに、と不満が声に漏れている。
「――それで?」
代わりに場を割ったのは、ここまで沈黙を続けていたティーチだ。夜の海を渡ってやってきた風が少しだけ強く吹き付けた。