破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~ 作:若槻 風亜
「わっはっはっはっはっはっ、そうかそうか、魔術師でもねぇ聖杯戦争すら知らねぇ、そんな餓鬼が俺を召喚したのか! はっはっはっはっはっ」
「あ、あは、あは、は……?」
楽し気に大笑いするティーチに合わせるように健人も引きつった笑い声を漏らした。何が面白いのかはやはり分からないが、死滅したコミュニケーション能力では合わせて笑うくらいが精一杯だ。
そんな健人の必死さを嘲笑うように、黒髭は一瞬で笑みを収め黒い感情に満ちた狂気じみた顔をする。
「万能の願望器だか何だが知らねぇが、この黒髭様を随分舐めてくれるじゃねぇか」
一音発するたびに殺気がばらまかれ、びりびりと空気が張り詰めるようだった。召喚前にトイレに行っていた自分の英断を怯える健人は心から称賛する。そうじゃなければ間違いなく漏らしていた。
「ご、ごめんな、さい、せっ……僕、が、しょっ、しょ、召喚なんて、軽率に、試したから――」
怒りの矛先がどこなのかは分からないが、その一端は間違いなく自分。自覚するからこそ、健人は震えてどもりながらも謝罪を口にする。
「てめぇは問題じゃねぇ。てめぇに俺が相応しいとあてがいやがったクソ聖杯だ。俺がかつて集めた財宝を取り戻すつもりだったが――予定変更だ。あの器ぁぶっ壊してやる。この俺様を、この大海賊黒髭を舐めた償いはしてもらうぜぇ」
にぃ、と残虐な笑みを浮かべ、黒髭はまた笑い出した。
だがそれは、先程とはまるで違う、狂気的で乱暴なもの。今度は笑いを合わせることが出来ず、健人は身を小さくして固まる。
「――さて、それじゃあまずはマスターとサーヴァント、それとこの戦いについて説明してやるよ。何にも知らねぇで他の組に殺されたんじゃあ目も当てらんねぇからな。てめぇも俺を召喚した経緯を話しな健人」
一瞬前の暴虐的な様子を収め、ティーチは改めて健人の前で胡坐をかいた。まだまだ震えは収まらないが、先程から彼が口にする命に関わる内容は無視するわけにいかない。健人もまた改めて、ティーチの前に正座する。
まずティーチがマスターとサーヴァント、聖杯と聖杯戦争についてを説明した。
まるでフィクションのような内容であったが、それでも健人はその話を現実として受け入れる。幸いフィクションには慣れっこなので、入り口を超えてしまえばあとは比較的あっさりと飲み込むことが出来た。
右手の甲にいつの間にか刺青のようなもの――令呪が浮かび上がっているのもその手助けをしてくれている。……唯一飲み込めなかったのは、相手から殺されるかもしれない、ということだけだろう。
迫っているだろう危険に脂汗を浮かべていると、ティーチは「それで?」と今度は健人に説明を求めてくる。ここで手間取るわけにはいかない、と、健人はすぐさまスマホを取り出し、保存していた画像を見せた。
「こ、これが、SNSっていう、世界中につながってて、色んな人が好きに投稿出来る場所に上がってて」
過去の人物に話すには現代語を交えすぎではあるが、先程のティーチの話では召喚された際聖杯から現代の知識は得ているということなので、その辺りは気にしないことにする。詳細に説明しようとしても、口下手な健人では余計に手間取ってこの男を怒らせてしまうだけだ、という自覚があった。
ティーチは差し出されたスマホを手に取り、蓄えた黒髭を太い指で撫でながら目をすがめる。
「……俺ぁ細かい魔術なんざ分らんがよ、こいつぁ召喚の魔法陣に何か別のもんも組み込まれてやがるな。そいつのせいで、魔術のことを何も知らねぇてめぇが召喚に成功したんだろうよ。おい、こいつを広めた奴はどんな奴だ?」
重ねて問われ、健人は一度受け取ったスマホの画面に指先を滑らせ写真を切り替えた。本当にあの投稿主は女性と一緒に写ってくれていてよかった、と心から思う。そうでなかったら今この場にこの写真はなかっただろう。この人です、と再度提示すると、スマホは再び黒髭の手の中に納まった。
再度画面を見つめていたティーチは、今度は確信をもって頷く。
「この女、バーサーカーだな」
バーサーカー。狂戦士。この聖杯戦争で召喚される七騎士の内の一角。ゲームなどでは主に筋骨隆々な男キャラだが――。
「この人が、バーサーカー……?」
何度見ても、どこから見ても、ただの絶世の美女だ。
戸惑っている健人に、ティーチはスマホを投げ渡す。運動神経の切れている少年は掴むことも出来ずに額でそれを受け取った。
「見た目に騙されんな。こんな細腕でもてめぇの首をねじ切るくらい片手でこなすぞこいつは」
額をさすっていた健人は、その残酷な光景を思わず自分で再現してしまい短い悲鳴を漏らす。サーヴァント怖い。
「それに、魔術師やサーヴァントなら間違いなくそいつはバーサーカーだと断定するだろうよ」
情けない様子を見せる健人に僅かに眉を歪めてため息をつきながらティーチが補足した。魔術的な検知能力でもあるのだろうか、と推測し控えめにそう尋ねるが、答えは否。
「魔術ってのはいわゆる神秘だ。そして神秘ってのはひそやかにされるからこそ神秘たり得る。健人、お前人がまるで立ち入らねぇ島と人が大勢住んでる島、どっちが神秘的だと思う?」
「ひ、人がいない島、です」
だろう? とティーチは薄く歯を見せて口元を歪めて笑う。
「魔術師ってのは徹底的に神秘を神秘のままにしたがる、魔術を秘めたものにしたがる連中だ。サーヴァントもまあ魔術師ほどじゃあねぇかもしれんががどいつもそんなもんだろうよ。だから、島には誰にも入らないように徹底してる。だがこの男はそれを破り、この女もひどく楽し気にそいつに同調してやがる。神秘を壊したがってる魔術師とサーヴァントなんて、頭のネジがぶっ飛んだバーサーカー以外ありえねぇんだよ」
そういうものなのか、と健人は踏み込んだ気がした魔術の世界がまた遠のくのを感じた。最初に話を聞いたときは、健人が好む異世界ファンタジー物を想像していたが、どちらかというとローファンタジー――現実を舞台とした魔法物の方が状況としては近いのかもしれない。
理解の仕方を少し変えて飲み込もうとしている健人。
その様子を黙って見ていたティーチは、この少年は想定よりはダメではないかもしれない、と少し思い始める。戦闘面では完全に期待出来ないが、事態を飲み込む能力は思いの外ありそうだ。この異常事態に怯えながらも、完全にただの一般人が一定の理解を示しているのはいい傾向かもしれない。
「あ、あの……何か……?」
ティーチの視線に気付いた健人がびくびくしながら問いかける。このビビりは何とかならないものかと呆れながら、ティーチは「何でもねぇよ」と雑に返した。
「とにかく、まずは様子見だ。俺はしばらく霊体化してるが、外に出る時ぁ必ずついていく。どこで何してようともな」