破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~ 作:若槻 風亜
アニメを勧められたティーチはあからさまに「何言ってるんだこいつ」という顔をしたが、これを断ったところで漫画かゲームしか選択肢がない。
外に出られない以上、その辺りで妥協するしかないのは分かっていた。幸い実体化を補えるだけの魔力は龍脈から得ることが出来る。ずっと顕現していたからと言って戦闘に影響は出ないだろう。
ゲームも漫画も健人が遊んで読んでしている姿を見ているのでどんなものかは分かっているが、ちみちみしたものは性に合わない。とくれば、ティーチが選べる選択肢はひとつだけだ。
「仕方ねぇな。どれで見りゃいいんだ?」
ティーチが応じる構えを見せると、健人はティーチと出会ってからはじめてと言っていいほど明るい笑みを見せた。乗ってくれると思っていなかったのだろう。
「DVDいっぱいあるからテレビ使ってください! どんなの観たいですか? バトル? 冒険? 推理? ラブコメ? ほのぼの? 殺伐?」
「エロいのは?」
「……ライダーさんが満足出来るのはないと思います。父親にバレてもお金止められても困るし……」
ティーチが口にするには当たり前に近いような質問に、健人は言葉に詰まって顔を背けた。 回答を予想していたのか、ティーチは「だと思ったぜ」とつまらなそうに息を吐いた。
「まあしょうがねえな。じゃあ悪党が主役で何かスカッとするもん」
「それなら『エルドラウの悪逆王』お勧めです! 深夜アニメ枠でR18グロなんですけど、祖国のために尽くした男が見捨てられて殺されかけたことをきっかけに新たな国を興して祖国を端から蹂躙していくっていう話でござる。作中主人公が全然慈悲を見せないから『それがいい』勢と『胸糞』勢がネットで大喧嘩してて今でも賛否両論なんでつが拙者としては」
「長ぇ! 観るからおめーの感想はいいっつの。とっとと準備しろ」
正面から顔面を鷲掴みにすると、立て板に水状態だった健人は一瞬で縮こまる。そそくさと準備を始める後姿を見て、ティーチはふと気になったことを尋ねた。
「なんかお前さっき口調おかしくなかったか?」
「きっ、きき気のせいじゃないでしょうか!? はいっ、準備出来ました! DVD変える時は言ってください!」
大きなテレビに映像が流れだしたので、そこまでの興味があったわけではないティーチは質問を繰り返すことなく「おー」とだけ返事をする。
予想外に、ティーチはアニメを気に入ったようだ。最初は観終わる度に呼ばれていたが、それが面倒になったのかいつの間にか自分でDVDを変えるようになっていた。
「かーっ、好き勝手生きた男が栄光の果てにてめぇの手で人生終わらせる。いいねぇ、羨ましいぜ」
全て観終わった黒髭が楽し気に膝を叩く。振り返った彼の歴史からすると、彼の最期は選んだものではなく選ばされたものだった。
それを思うと、最後まで好き勝手して生きた主人公が自刃で果てたのは、「羨ましい」ことなのかもしれない。
「面白かったようでよかったです。あ、次のお勧めそこに並べてますのでよかったら」
「おう。おめーはそろそろ飯食えよ」
アニメを観ている内にすっかり日は暮れている。サーヴァントは飲食・睡眠の必要がないのでティーチは続けて次のアニメを選び始めるが、健人には一応釘を差してきた。
まだネトゲを続けるつもりだった健人はぎくりと動きを止め、そぅっとキーボードから手を離す。アニメを楽しんで観てくれた分最初より遥かに親しみは湧いたが、「もうちょっと」と言えるほどの調子にはまだ乗れない。
そそくさと健人が部屋から出て行くのを尻目に、ティーチは次のアニメを再生し始める。健人が貼り付けていったメモによるとファンタジー要素がないガンアクションの話らしい。
しばらく大人しく見ていると、部屋の入り口から健人が声をかけてきた。
「ライダーさん、ポテチとか食べます? コーラもありますけど」
両手に抱えているのは大袋の菓子と大きなペットボトルとキャラクターの画像が入った大き目のコップが2つ。映像を止めて振り返ったティーチは呆れ顔をする。
「おい飯食えって言ったんだぞ。菓子だろそれ」
「こっ、これはライダーさんにと思って……必要ないけど食べられないわけじゃないって言ってたから、何か食べながら観るのも楽しいよなって……あの、僕のご飯は温め中です」
出入り口の壁に体の半分以上を隠しながらもごもご言い出す健人。恐ろしさのあまりの献上品、というわけではなく、本当にただ勧めたくて持ってきたらしい。
別に元々怒ってはいなかったが、一層毒気が抜かれてティーチは緩く手招きをした。
「あー、分かった分かった。貰うから持ってこい」
その声音が怒っていないことに安堵し、健人はあからさまにほっとした様子で部屋に入りティーチの隣に持ってきたものを置く。何ともなしにその様子を見ていたティーチは、健人が持ってきたコップの絵柄に気付いてそれを持ち上げた。
「悪逆王じゃねぇか」
ティーチが目線の高さまで上げたコップには、先程まで彼が観ていたアニメの主人公がニヒルに笑ってポーズを付けている画像がプリントされている。
まるで旧友に会ったかのような楽し気な口調と視線に、健人は満足そうに口元を緩めた。
「オンラインクレーンゲームで取った景品です。箱に入れたまま飾ってたやつだからちゃんと新品ですよ」
「……いいのかよ? お前飾ってる人形だの触ろうとしただけで奇声あげてやがったじゃねぇか」
「あっ――れは、ライダーさんが乱暴に触ろうとするから……つい……これは大丈夫です! 僕も好きなキャラですけど、もっと好きな人に使ってもらえるならコップも満足のはずなので!」
よく分からないオタク理論が展開されついていけない。だがとりあえず、満足そうな顔を見るに、本当に使ってほしいと思って持ってきたようである。ならば、ありがたく使わせてもらうとしよう。
コップにコーラを注ごうとするのを手を向けて制し、びくついた健人にティーチは歯を見せて笑って見せた。
「お前の飯持ってきたら乾杯でもしようぜ。自由に生きた悪逆王によ」
「……っはい! すぐ持ってきます!」
何がそんなに嬉しいのか、目を輝かせた健人はティーチと出会ってから初めて見せるアクティブさで部屋を飛び出していく。それを見送ってから、ティーチは改めて目線の高さにコップを持ち上げた。
「――現実で出会ってたら間違いなく殺し合いだったな兄弟。お前みたいな男の人生をただ楽しんで見られるんなら、創作物ってのも悪くねぇな」
蛍光灯の光が、コップの縁に反射する。