破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~ 作:若槻 風亜
ティーチのアニメ漬け生活が4日目を迎えた夕方、健人はノートPCを持ちながらティーチに声をかけた。
「ライダーさん、僕ちょっと今夜友達と喋るので隣の部屋行きますね。ヘッドホンつけるから普段通り過ごしてもらって大丈夫なんで」
「あ? お前友達いたのか」
馬鹿にするでもなく驚くでもない純粋な感想は、容赦なく健人にぐさりと突き刺さる。痛む胸を押さえつつも健人は何とか会話を続けた。
「い、一応、います。ネットの友達なんですけど、ソロで遊んでてまともにやり取りも出来なかった僕みたいなやつにも声をかけてくれて、もう3年も僕と友達でいてくれてるんです。優しくて、面白くて、大好きな友達なんです」
2日前、鬱陶しいほど長かった前髪を切らせたおかげで、今は表情がはっきりと分かる。眉尻を下げ目じりを細めてへにゃりと笑う姿は、本当にその相手を慕っている様子だ。
この臆病な少年にしては珍しい。ティーチはこっそりと口元を歪めてから誤魔化すように爽やかな笑みを浮かべて了承を口にする。
通常の人付き合いをしてきた者であれば怪しさを簡単に感じられる程度にはわざとらしかったのだが、何年も引きこもってきた少年にはそれは理解出来なかった。
了承を貰い、健人はほっとした様子を見せてリビングから出ていく。その背後で面白そうに笑っているティーチに気付くことなく。
そしてあっという間に夜は来た。健人は夕方の内に準備していた隣室にそそくさと移動し、ヘッドホンをつけた状態で通話をつなげる時間を今か今かと待ちわびる。
あと3分、とディスプレイの時計を確認したところで、通話アプリが通知を表示した。健人は即座に通話ボタンを押す。画面には漫画を開いたたぬきのイラストがアイコンとして大きく表示された。
『こんばんちゃー。まだちょっと早いけどけんてぃーさんが待ち構えてる気配がしたから来ちゃいましたぞ☆』
「こんばんはですぞたぬ太郎さん! めちゃくちゃ待ち構えてたの読まれちゃいましたかー恥ずかちー」
『おっ、当たってました? ひゅーっ、拙者の第六感冴えまくりぃー』
「あ、今気付いたけどさっきのちょっとエルビネっぽいですな」
『ああ、『スポ嘘(スポットライトと君の嘘)』ですな? そういえばエルビネが夜に訪れるシーンでそんなことを言ってましたな。でゅふふ、拙者はミルキー推しでしたがエルビネも好きだったので悪い気はしないですぞ。しかし、けんてぃーさんからしたら幼い頃の作品でしょうによく知ってるでござるな』
きゃっきゃとはしゃぐ二人の間で、話題はポンポンと移り変わり、あるいはどんどんと深堀されていく。
久々の遠慮も恐怖もない平穏なだけの会話は、思った以上に健人に沁みた。いつもよりも流暢に、夢中に、友人との会話に興じる。
すると不意に、背後から大きな手が伸び、ヘッドフォンのコードがノートパソコンから抜かれた。ちょうど喋っていたたぬ太郎の声が静かだった部屋に響き渡る。
「んだよ、やけに楽しそうにしてるから女かと思ったら男じゃねぇか。からかってやろうと思ってたのに当てが外れたな」
「ラ、ライダーさん!?」
驚きの余り叫んでしまった健人だが、すぐにたぬ太郎の存在を思い出しマイクをミュートにしようとした。だが、それより早くにたぬ太郎が声をかけてくる。
『でっかい声しましたな。大丈夫ですかなけんてぃーさん? ご家族・ご親族、もしくはそのご友人の方でも? はじめましてー、たぬ太郎と申しますぞー』
優しい友人はこんな時でも優しい。コミュ力が強く友人の多い男は特に気負いなく画面越しに挨拶をしてきた。
「おう。あー、こいつの母親の親戚だ。突然割り込んで悪ぃな」
健人のオンライン交流のスタイルはヘッドホン+マイクなため、ティーチの声も普通に拾ってしまう。何故普通に喋るのだこの海賊は。しかも常識人ぶって。
口をパクパクさせるが健人は文句のひとつも言えない。一番いいのはこれで満足して帰ってくれることなのだが、下手をするとたぬ太郎を気に入って居座ってしまうかもしれない。せっかく久々に友人との会話だというのに、そんなのは悲しすぎる。
どうにか別の興味でティーチを退出させられないかと健人は高速で思考を回転させた。その脇で、二人の会話は普通に続く。
『いえいえ、気にしてませんぞ。親類の子に春が!? と思ったらついついそわそわしてしまうものですからな。まあ拙者そんな親類の子いないんですがなーー! はっはっはー』
「おー、そゆことそゆこと。はっはっはー」
適当に会話を合わせているだけなのに何故か笑い合う二人。悔しいような寂しいような気持ちでいると、ティーチが健人の地雷を全力で踏み抜いた。
「しっかし健人が時々する変な喋り方お前由来だったんだな」
その言葉は、健人には我慢が出来ない言葉だ。
『ややっ、おかしいですかな? しかこれは最近オタク界隈で流行りの』
「変じゃないっっ!!」
深くは捉えなかったたぬ太郎がおどけた声音で説明しようとする言下、健人の怒鳴り声が場を割る。ティーチはもちろん付き合いの長いたぬ太郎ですら初めて聞く声に、自然とその場の音は健人に支配された。
「取り消せっ! いくらあんたが怖い人でもっ、この喋り方を馬鹿にするのは許さない! たぬ太郎さんはすっごく優しい人なんだ。すっごくすっごく優しい人なんだ! 僕がこの喋り方にどれだけ救われたと思ってるんだ! おどけてて、近しくて、でも必要な線引きはちゃんとしてくれてる。普通の言葉なんかよりずっと寄り添ってくれる言葉なんだ!」
込みあがってくる怒りが、血を沸騰させるような感覚が、全身を駆け巡る。燃えるような熱さが右手に集中した。
「僕がたぬ太郎さんの喋り方を真似てるのはリスペクトでも友情の証でもあるんだ! バカにするなっ!!」
叫び、怒鳴りつけた直後、右手から焼けつくような熱さと共に光が迸る。
遅れてそれに気付いた健人がはっと右手を上げると、三画あった令呪の一画が消えていた。令呪というのはマスターがサーヴァントに与える絶対命令権のことだ、と初日にティーチから説明を受けている。これが一画減っている、ということは、つまり今の怒りの文言がティーチへの命令と変わった、ということだ。
「……あ、あの……」
さぁっと青くなって、健人は恐怖で震えながらティーチを咄嗟に見上げた。無駄遣いをするな、と口を酸っぱくして言われている。これは間違いなく無駄遣いだ。怒られるに違いない。そう確信した。
だが、見上げた先のティーチはどこか楽し気だ。
「はっ。よーーーやく俺に真っ向から意見言う度胸ついたかクソガキ。ああ、悪かった悪かった。別に馬鹿にしたわけじゃねぇよ。俺に馴染みがなかったってだけだ。あー……すまんですな?」
「ですな?」では謝っているというより煽っているようだが、それが最大限の歩み寄りだということは流石に交流能力の低い健人でも分かる。へなへなと足腰から力が抜けた。
「…………よかったぁ…………」
「あぁ? おい泣くな泣くなめんどくせぇ。ほれ、こいつと喋んの昼間っから楽しみにしてただろ」
『……ぐす。若者の成長よ……っ! いやはや、けんてぃーさんにそんな風に言ってもらえて拙者、大っっ変光栄ですぞ。さあさ、ライダーさんも怒ってらっしゃらないとのことですし、楽しくお喋りしましょう。拙者もとーーっても楽しみにしていましたからな!』
ティーチにPCの前に座らせ直され、鼻をすすったたぬ太郎の優しい言葉を聞き、健人は「はい、はい……!」と涙を拭う。
どうなることかと思っていたが、ティーチが思いのほか冷静な男でよかった。もしかしたらアニメのおかげでかなり友好度が稼げていたのだろうか。やはりアニメは全てを救うのだ。
そんなことを考えていると、たぬ太郎には聞こえない程度の小さい声が耳元でささやいてくる。
「大事な話は後でするからな」
やっぱり許されてなかった。一瞬気が遠くなりそうになる。
だが人生の終わりならいっそ弾けてやる、とやけになった結果、その夜は大いにたぬ太郎(と何故か居座ったティーチ)と盛り上がることになった。