破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~   作:若槻 風亜

7 / 13
【Fate】第2章 混沌の足音【破典聖杯戦争】②

 

 それは昨晩のこと。健人の家の近くにある海浜公園で魔力のぶつかり合いを検知したため、ティーチはこっそりと遠巻きに確認しに行った。

 

 そこで行われていたのは、予想通りのサーヴァント戦。どちらも女性だ。

 

 片方は踊り子のような鮮やかな衣装を身に着けた、豊満な体つきの茶色い髪の女性。マスターらしき少女が「アサシン!」と叫んでいたので彼女がアサシンだと知ることが出来た。

 

 もう片方はティーチが顕現当日に画像で見た怪しげな魅力を湛えた絶世の美女――バーサーカー。

 

 それは、戦闘とは呼べぬ蹂躙だった。明らかにバーサーカーの方が強く、腕の一振りでアサシンの脇腹が綺麗に抉れ、遅れて溢れるように血が噴き出す。少女が悲鳴を上げた。

 

『アサシン! ~~っ、やめて! お願いもうやめてくださいエルトさん!! わっ、私たちこんな殺し合いしたかったわけじゃ――! あなただってあの投稿で、そんなこと言ってなかったじゃないですか!』

 

 戦闘から離れた場所に立っていた少女が叫ぶと、血まみれになって楽し気に笑うバーサーカーの背後方面にいたらしいバーサーカーのマスター――エルトと呼ばれた青年は「いやいやいや~~」と場違いなほど明るい声を上げる。

 

『ここでやめちゃったら俺ちゃんの狙い通りになんないじゃーーん。俺ちゃんがSNSで召喚方法とか出したのはね、1個は魔術師たちが必死こいて守ってる神秘ってのをぶっ壊したかったから。ほら、大事に大事にされてるものって壊したくなっちゃうじゃん? それそれ』

 

 予想通りのイカレ野郎だな。

 

 霊体化した状態で木陰に潜みながらティーチはエルトの様子を盗み見た。声音通りの、ひどく楽し気な笑顔をしている。頭は良さそうだが破綻している破滅主義者。

 

 本筋の魔術師たちが一も二もなく殺しにかかってきそうなのに未だ生きているということは、逃げおおせているか追っ手を全て殺しているかのどちらかだろう。

 

『それと2個目。これはダメ元だったけど、興味本位のずぶの素人マスターばっかりになったら俺ちゃん達が勝つのチョ~~楽になるじゃん? 正直さー、セイバーとアーチャー、それとキャスターは確実に魔術協会の人間だって情報掴んじゃったから、やっぱダメだったか~なんて思ってたけど、玄人が使ったら一番厄介なアサシンが俺ちゃんのフォロワーちゃんだったから、めっちゃラッキーだよねー。しかも召喚出来たのが奇跡なレベルの魔力の低さに加えてサーヴァントもめちゃ弱! この調子でランサーとライダーもずぶしろマスターであってくんないかなー』

 

 まるで普通の軽い男のように喋る、しかしそれ故に狂気が見え隠れする男に、少女は短く荒い呼吸を繰り返す。『常識』で考えれば、殺し合いである以上、敗北すれば少女に待っているのは死のみ。それを彼女も分かっているのだろう。

 

『あれ? どしたの? 顔真っ青じゃん。あ、分かった殺されるんじゃないかって思ってるっしょ? やだなー、殺さない殺さない』

 

 察したエルトが笑いながら手を上下に振るが、これまでと変わらない調子に少女は疑いの目を晴らせない。そしてそれは、正しかった。

 

『君には俺ちゃんの使い魔タイプAの苗床になってもらうからさー。あ、タイプAこれね。人間の胃に入り込んで生命力から魔力に変換すんの。で、満タン溜まったら這い出てきて、それをバーサーカーがぱくっと。すると魔力が外から補給できるってぇ寸法よ!』

 

 エルトが胸の前で上に向けた掌の上に、泥が巻き上がるように現れたのは虫のような見た目の使い魔。おぞましい見た目のそれを、胃に、つまり口に入れてくると言っている。想像してしまったのか少女はえずいた。

 

『あれ? 失礼な反応ー。こんなに可愛いちゃんなのに~。ま、お腹に入っちゃえば逆に可愛くなるかもだし? チャレンジチャレンジ。バーサーカー、捕まえちゃって』

 

 エルトが両手の人差し指を少女に向けると、バーサーカーは蠱惑的な笑みを向けたまま静かに少女に歩み寄っていく。

 

 立っているのがやっとなほどに激しく震えていた少女は、しかしとある瞬間ぴたりと動きを止めた。目から光が失せた状態でフラフラと歩き出したところを見るに、何がしかスキルが使われたのだろうとティーチは予測する。

 

 これであの少女はおしまいだ。霊体化している現状ティーチが手を出すことは出来ないし、見ず知らずの彼女を助けるつもりもない。

 

 だが、魔力の苗床になるというのであればさっさとあの少女を殺した方がいいかもしれない。

 

 しかし、マスターが不在の今、あのバーサーカー相手に一人で戦うのは分が悪すぎる。

 

 様々な思考が脳内を泳ぐ中、ティーチは後ろに僅かに気を向けてから、再び状況を確認した。

 

 そして、視界に映るものに思わず目を引かれる。

 

『まあ、浮気者ねユキナ。私以外の女に魅了されるなんて悪い子』

 

 堂々と、とても堂々と、彼女は歩き、マスターである少女を背後から抱きしめ、踊るようにくるりとバーサーカーとの間に身を差し込んだ。

 

 まるで演目のようなその様に、バーサーカーも面白そうに眉を動かす。その視線は敵に対する厳しいものではなく、まるで子供の遊戯を見るように楽し気だ。

 

『さあ私の目を見て。私の目は太陽。あなたの恐怖も嘆きも、全てを照らして見せるから。――結び、開き、私という女に溺れて頂戴』

 

 宝具だ、と気付き、ティーチは咄嗟に目を伏せる。何故そうしたのかは分からない。だが、本能が「見てはいけない」と察した。

 

 逸らした視界の端に光が溢れ、やがて消える。再び視線を戦場に向けると、アサシンはマスターを離し軽く肩を押す。

 

『逃げなさい。教会まで。――さようなら、大好きよ、私の可愛いお友達』

 

 その言葉の直後、少女は先程までの震えが嘘のように走りだした。先程までの少女の様子からして「逃げろ」と言われて素直に逃げるタイプのようには思えなかったので、もしかしたら洗脳系の宝具なのかもしれない。

 

 もちろんサーヴァントが追えば簡単に追いつける程度の速度。

 

 だが、バーサーカーは追いかけない。それどころか、待ちくたびれたとばかりにアサシンを背後から抱きしめる。締め付ける意図はないようで、血が止まりつつあるわき腹からは追加で血が噴き出ることもない。

 

『どしたんバーサーカー? 魅了なんて効かないっしょ。だって()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ダメよマスター。わたくしは今美しい者の肢体を堪能しているの。邪魔をするならマスターでも許さないわ』

 

 サーヴァントはマスターを失えば現世に留まるための要石を失い存在を維持する魔力を失う。引き続き存在し続ける()()がなければマスター殺しはまずやらない。

 

 だが、バーサーカーである彼女に精神的な(たが)はない。気に食わない、面白くないと思えば躊躇なくマスターを殺し存在の続く限り好きにして消滅していくことだろう。

 

 分かっているので、エルトはバーサーカーを縛らない。

 

『あー、気に入っちゃったのね? まあもう消えるし、いいよ。好きにしな。苗床も別にあの子じゃなくちゃダメなわけじゃないし~?』

 

 やれやれ仕方ないな~とばかりに肩をすくめ笑ってため息をつくエルト。バーサーカーは改めてアサシンに意識を移し、くるりと体を回転させた。

 

 マスターの言葉通り、アサシンの体は光の砂に変わりつつある。ほんの少し暴力的な力を込めればあっという間に消えてしまうことだろう。それでも真っ直ぐに自分を見つめてくる瞳は変わらず輝いて、浮かべる笑みはあくまで不敵で。

 

 バーサーカーはひどく愛おし気にその頬を撫でた。

 

『あなたとは戦いの場ではない場所で話したかったわ。きっとわたくし達気が合うと思うのよ。だってあなたも、多くの男と閨を共にしてきたでしょう? ふふ、分かるのよわたくし。同じ匂いがするもの』

 

 親し気な言葉に、アサシンは失笑する。

 

『そうね、してきたことは同じかもしれない。でもきっと気は合わないわ。だって、私が本当に欲しかったのは、群がる男たちの愛ではなくて、慈しみ合い愛し合える家族だもの』

 

 言下に、アサシンの体のほとんどが消滅した。最後の最後、口が消える直前にアサシンが紡いだのは逃がしたマスターの名。その微かな音と共に美しい姿が光の砂と化すと、バーサーカーはその光を追うように空に顔を上げる。

 

『――だったらやっぱり、あなたとわたくしは気が合うわ、名も知れぬアサシン。わたくしは、()()だって本当に欲しかったもの』

 

 空を見上げ寂しげな顔をするバーサーカー。ともすればその隣に立ちたくなるような魅力があるが、ティーチはただただ「危険な女だ」とだけ思った。

 

 長い海賊生活で、ああいう手合いも何度か見てきた。あれは、息をするように男を魅了し、破滅させていく類の女だ。

 

 状況を把握し終わると、ティーチは即座にその場を離れる。

 

 次の瞬間、ティーチがいた場所に先程少女が見たものと似た、しかしそれより五倍ほど大きな虫が複数匹殺到した。柔らかいものがひしめき合って潰れるような嫌な音がする中、ティーチは霊体化したまま可能な限りの速度を出してその場を離れる。

 

 最後に背後から聞こえたのは、最初からずっと変わらない男の楽し気な声。

 

『あっちゃー。気付いてたのかよー。殺せるかと思ってたのにざぁんねん。実体化もしないで逃げられるなんてあんた隙ないねー。直接やり合える日を楽しみにしてるぜー』

 

 追ってくる気配はない。完全に遊んでいる。舐められていることには腹が立つが、今は逃げることが最優先。いずれ本気で落とすことを心に決めながら、ティーチは戦線から離脱した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。