破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~ 作:若槻 風亜
「とまあ、こんな感じよ」
語り終わったティーチの腰には、がくがくと震えている健人がしがみついている。顔を上げないが口からは「怖い」「死ぬ」「助けて」という類の単語が次から次へとこぼれては繰り返されていた。
会話にならないので首根っこを掴んで持ち上げると、健人はぶわりと泣き出す。
「なんでぞんなあぶないやづらいるのぉぉぉ。じがもぼぐもざごまずだーのびどりぃぃぃ」
「落ち着けっての。近くの海浜公園とは言ったが、目と鼻の先って訳でもねぇ。俺の存在ぐらい誤魔化せる」
床に健人を放り捨て、ティーチは立てた膝に肘を乗せて顎を支えた。
「それに確かにやべぇ奴らではあったが、例のアサシンが弱すぎたってのもある。どっちもどうやら魅了が前提の戦法のようだが、魅了が利かなきゃぶん殴ればいいバーサーカーの方と違って、アサシンの方は直接戦闘の力がなさそうだった。魅了の対策さえ何か考えれば、俺なら抑えられねぇことはねぇ。……ああだが、むしろあの組はマスターの方がヤバそうだったな。あいつらの相手はなるべく他の奴らに押し付けて漁夫の利を狙いてぇところだが――」
生きていた時代的には目に見えないものを信じることに躊躇のない時代であったが、生き方的に、ティーチは魔術と縁遠い生前を送っていた。
結果、耐魔力が低いのだ。魅了は耐魔力でかかり方に違いが出てくる。正体が誰か分からないが、あのバーサーカーが逸話的に「男は魅了されて当然」という類の魅了を使う場合、無策で出れば間違いなく詰む。
娯楽漬けの楽しい日々ではあったが、そろそろ本腰を入れて戦争の準備をしなくてはいけないかもしれない。自分でも意外なほどに残念に思いながら、ティーチは首の後ろをガリガリと掻いた。
「………………いつまで泣いてんだうざってえな!!」
「だっでぇぇぇ」
「俺はそんな簡単に負けねぇって言ってんだろ! この黒髭 エドワード・ティーチ様を舐めてんのか」
「ひっぐ、だっで……っ、づ、強いのも狡猾なのも知ってるけど、魔力的な対抗なんて、僕分かんないし、ライダーさんだって魔術的なこと詳しくないっで……っ」
なんとか涙を堪えながら、しかし堪えきれない様子で健人が口にした懸念に、ティーチは反論の言葉を無くしてしまう。
それは得体の知れない不安ではなく、今正にティーチ自身が内心で認めたばかりの紛れもない事実。ティーチは魔術に詳しくないし、健人は当たり前に何も知らない。言ってしまえば素人二人なのだ。不安になって当然だった。
「あー、なんかねぇかな、こう、魔術的手掛かりになりそうなもん。おい健人、母ちゃん何か残してねぇのかよ武器とか」
「いや、一般市民の日本人がそんなの…………あ」
持っているわけがない、と否定しようとした健人は何かが頭を掠めたように言葉を止め、少しの沈黙の後その何かを思い出したように声を漏らす。
「何かあんのか?」
本当に何かあると思って聞いたわけではないティーチは素直に驚いた顔をした。「武器っていうか……」と言葉を濁しつつ、健人は袖で目元を拭いながら立ち上がる。
こっちへ、と誘いかけながらリビングを出ていくので、ティーチもそれに続いた。
そうして招かれた先は、階段下収納の扉の前。健人が扉を空けつつしゃがみこんだので、ティーチもその後ろにしゃがみこむ。
この下に、と健人は床の板をぽんと叩くが、中には色々と生活雑貨がしまわれているので、恐らく床板を上げたいのだろうと予測出来てもすぐには取り出せない。仕方ないので、協力して中に入っていたものをどかした。
5分ほどかけて全ての物が取り出されたので、奥の壁際に隠すように作られたひっかかりに指をかけて床板を持ち上げる。
「……こいつは……」
床下に隠されていたのは紐で括られた木箱。質の良さげな木材で作られたそれには魔術的に意味があるだろう模様と文言が刻まれていた。
さらに、その木箱が置かれた下には魔法陣が描かれている。感覚的に、ここが龍脈の真上だと気付き、ティーチはこの木箱に入っている物がこの家――という名の魔術工房の守りの要だと察した。
ふと気付けば剥がした床板の裏にも何事か文言が書かれている。ティーチが座から取得した記録によると、かつてマスターだった人物が使っていたものと同じ隠蔽の魔術のようだ。知らない者には気付かせない、という効果がある。
「この中なんですけどね」
魔術的な諸々も工房の要であることも知らない健人は躊躇なく紐を解いた。一瞬止めそうになったティーチは、しかしかつて健人が同じ行動をとっていただろうことに思い至り言葉を飲み込む。
そうでなければここに案内など出来ない。つまり、開けた程度では機能を損なわない、ということだ。
「これ。この銃が、うちにある唯一の武器? 魔術道具? だと思うんです」
木箱の中に鎮座しているのは古びた本物の手持ち銃。アンティークともゴミとも取れそうな絶妙なラインの時代感をしており、間違いなく武器として使えないことが一目で分かる。
――だが、それ以上に分かったことがあった。
「――健人、お前が俺を召喚出来た理由分かったぜ」
「え?」
予期せぬ話の流れになり、健人が素直に驚く中、ティーチは床に置かれた木箱から軽々と銃を持ち上げる。健人には大きすぎて重すぎたそれを、ティーチは至極自然に手に収めた。
そして、にっ、と歯を見せて笑う。
「こいつだ。こいつが触媒になった。――俺の銃だ。間違いねぇ。ああ、間違えるわけがねぇ。あの負け戦の最後の戦いで、メイナードの野郎に向けて撃った銃だ」
懐かしむように、慈しむように、ティーチは銃を見つめ、そっと撫でた。それからすぐに、銃を木箱に戻す。
「おう、今後の方針はやっぱりこのまま待機だな」
「え? ぼ、僕としては嬉しいですけど、それでいいんですか……?」
「本物の銃だったんだ……」と静かに驚いていた健人に一度視線を向けてから、ティーチは指先で戻したばかりの銃をとん、と叩いた。
「こいつに触って分かったが、こいつはこの工房のメインの核じゃあねぇが守りの一旦は担ってる。『やられたらやり返す』、ってところだな。流石俺の銃だぜ。――メインの核は多分こっちだろ」
ティーチの指先が持ち上げたのは、銃に守られるように中央に置かれた小さな彫刻。抽象的な造形だが、母親が子供を抱いているように見える。
銃とは違いこちらは比較的新しい時代の物のようで、元の真白さは失われているがまだ美品と言えるレベルの状態だ。
「これは――ま、見た通りだな。母親が子を守るための護りの術ってところだろ。お前の母ちゃんが、お前のために残したもんだろうぜ」
差し出せば、健人は両手を揃えてそれを受け取った。母さん、と小さな声が漏れ、彫刻に視線を注ぐ双眸が先程とは違う理由で潤む。
「魔術に鈍い俺でも分かるくらいだ。こいつの守りは間違いなく強ぇ。俺が待ちの一手だって言ったのはそういう理由だ。防衛拠点がしっかりしてんなら利用しねぇ手はないからな。母ちゃんに感謝しとけよ健人。これがなけりゃ俺ぁとっくにお前のこと別のマスターに売ってそっちに鞍替えしてたかもしれねぇぜ」
冗談のような物言いだが冗談じゃないと察したようで、健人は青い顔で彫刻を握りしめ「お母さんありがとうお母さんありがとう」と何度も繰り返した。
わはは、とティーチは笑うが、健人が察した通り、もしこの家がなければティーチはとっくに健人を裏切っていただろう。それほどに、この家の価値は高い。
黒髭には理解出来ない、恐らくこの世で一番原始的で強い守り。延々じっとし続けるのは性に合わないティーチではあるが、魔術素人二人が勝ち抜くための唯一の手段を易々手放すほど馬鹿ではない。
(とりあえず、その間はこの龍脈から拠点に支障が出ない程度に魔力を貰っておくかね)
ちらりと床下の魔法陣に目をやる。健人の魔力はそこそこ高い方だが、せっかく外付けで使えるものがあるので、ティーチは自身の顕現に必要な魔力のほとんどを龍脈から拝借している。その分健人の消費魔力が減るので、いざという時の備えに出来ると考えていた。
(さて、どうなるか――)
静かに、しかし確かに進行する戦争に、世界で一番有名な海賊は静かに思案を続ける。