魔導よろず屋『千変万化』 ~ギフト〈生体改造〉で商売始めました。治療や魔具の販売、魔眼などの能力を提供しております~ 作:弐哉
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あの夜――「魔導よろず屋〈千変万化〉」での取引の夜から、およそ二週間。
ジェスタス魔導具店の一階に新しく設けられた一室は鑑定室と呼ばれていて、そこにフェリシアの姿があった。
「これで……よし、と」
彼女専用に作られた業務スペースには、他に誰もいない。
そんな空間で机に座り、目の前の書類に署名を入れたフェリシアは一息ついた。
この書類は鑑定結果が記されたものであり、署名は鑑定結果を保証するものだ。
「この私が書類仕事なんて……変わるものですね」
その言葉には二つの意味があった。
一つはもちろん、ほんの二週間前まで失明状態にあったフェリシアが目で視て、確認する業務をこなせているという回復の意味。
もう一つは、これまで店の業務に関わったことのなかったフェリシアが、彼女にしか出来ない仕事をもって店に貢献しているという転身の意味だ。
今のフェリシアはジェスタス魔導具店に持ち込まれる未鑑定魔具の鑑定を行っている。もちろん、〈千変万化〉より購入した〈鑑定眼〉を用いてだ。
鑑定能力を得たことで、ジェスタス魔導具店は魔具の「鑑定」、「売り」、「買い」の三つのサービスに手を出すことが出来るようになった。
鑑定と売却は別であり、鑑定しても売るかどうかは客次第である。
だが現状、持ち込まれた魔具はすべて買い取りとなっている。
店の在庫は常に足され、そして足された端から売れて減るという好循環を形成していた。
ジェスタス魔導具店の始めた鑑定業――引いては魔具事業は、既に盛況となっているのである。
あの夜のあと、フェリシアの家では様々なことがあった。
まずは一夜にして火傷と失明が完治したこと。
これについて、フェリシアは事実をまったく隠さなかった。
包み隠さず「突然現れた治癒師に治療してもらった」と答えたのだ。
これはアドルム――店主のバンカも承知のことである。
むしろこの返答は、バンカがそう伝えるよう指示したものだった。
バンカとしては治して終わりではなく、その後のフォローもある程度はサービスの一環であると考えている。
故にこういった言い訳は一通り考えて、フェリシアと打ち合わせていた。
なお治癒については隠していないが、「魔導よろず屋〈千変万化〉」という店の存在については隠している。
バンカとしては店を公にされたくなかったため、出来る限り隠す方針となったのだ。
続いて〈鑑定眼〉について。
フェリシアは家族に〈鑑定眼〉を得たことを伝えているが、これについては嘘が混ざっている。
話した内容は「失明からの回復によって、後天的に魔眼のギフトに目覚めた」というものだ。
疑似ギフトの存在や、それを購入し施術を受けたと正直に明かしたわけではない。
治療にしてもギフトにしても、家人は当然素直に信じようとしなかった。
特にギフトについては「後天的にギフトを得た」という話など聞いたことがないため、作り話と断じていたほどだ。
だが結局のところ、最後には信じざるを得なかった。
どれほど信じ難いことだとしても、事実としてそうなっているからだ。
フェリシアの火傷と失明は完璧に治癒し、以前通りの容貌に戻っている。
そして〈鑑定眼〉についても、明らかにそういうギフトを持っていると確認できた。
最終的に、事実をもって全員が納得したのである。
これはバンカの狙い通りの結果だった。
打ち合わせの際にフェリシアはもっとわかりにくく自然な嘘をついたほうがいいと提案したが、バンカはそんなことをする必要はないと却下していた。
バンカは闇医者時代の治療、そして最近行っていた美容整形の経験から「人は言葉だけでは信じないが、現実として目で見えるなら最後には受け入れる」と学んでいたからだ。
それからの話は順調そのもの。
フェリシアは〈鑑定眼〉を用いて鑑定業を行いたいと提案し、家族――特に店主である父は魔具の扱いに食い込めると喜んで承認した。
母や兄は理由をつけてやや渋っていたが、「治療の施術代金」を鑑定業で得た賃金から自分で支払いたいと提案し、さらに「代金は五千万ディナ」だと告げれば簡単に意見を翻した。
フェリシアの周囲は――兄や一部の従業員など、態度を変えた者たちはばつが悪そうにしていたが――すっかり以前に戻っている。
そして鑑定業という彼女にしか出来ないことを仕事にすることで、評価を上げて認められることができた。
これですべてが解決し、めでたし――とはならない。
「少し息抜きでもしましょうか……〈偽心眼〉」
フェリシアは〈鑑定眼〉ではない、もう一つの疑似ギフトを発動した。
発動の意志に伴い、不可視の眼球が形成される。
こちらの〈偽心眼〉は家族にも明かしていない能力である。
バンカからは「能力を二つ持っているギフト持ちはいない。後天的に得たうえに二つもあるというのは、さすがに怪しすぎる」と言われているし、何より明かす必要がないからだ。
フェリシアは目を休めているふりをしながら両目を閉じて、たった今増えたばかりの第三の目へと意識を集中させた。
不可視の眼球は宙に浮いた状態で自由な移動ができる。
眼球を操作し店内を移動させ、二階へと向かわせた。
(さて……今日は何が見えるでしょうね?)
フェリシアの内心に、少しの期待と高揚が生まれる。
不可視の眼球は誰にも見えない。
触れてもわからず、味や匂いもない。
そこにあることを感覚的に認識することは不可能である。
しかし、いわゆる幽霊のような存在というわけではなかった。
眼球は見えずわからないだけで、そこにたしかに存在している。
故に物体をすり抜けることはできなかった。
壁はもちろん人にもぶつかり、邪魔をされればいかに宙を自由移動できようと身動きが取れなくなり移動できなくなることもある。
その点からいえば、この店内の造りは〈偽心眼〉に利するものだ。
ほとんどのフロアは扉がなく開放的で、一部の扉のある部屋も窓は開いている場合が多い。
つまり眼球の移動を妨げるものがほとんどなかった。
フェリシアはこの眼で人を見るのが好きだ。
バンカより付与された二つの能力のうち役に立つのは〈鑑定眼〉だが、好きなのは〈偽心眼〉のほうである。
人は時と場合によって顔を変えるものだ。
負傷によって臥せっていた際、フェリシアはそのことを強く思い知った。
だからこの眼は――不可視であるが故に見ていると気づかれず、顔を変えられることのないこの眼のことは、とても気に入っている。
(あら、お兄様)
二階の隅のほうで、一番上の兄と男性従業員が話をしていた。
眼球は見えるだけで音を聞くことはできず、会話を聞くこともできない――が、フェリシアにはそれを知るすべがある。
(ではいつものように――〈鑑定眼〉)
フェリシアの〈偽心眼〉は、所有者の眼を複製する形式で新たな眼球を作り出す。
したがって作り出された眼球も当然、〈鑑定眼〉を有する。
そして〈鑑定眼〉は「物の用途と価値を知る能力」だが、実は物だけでなく人にも使用することができた。
一般的に、鑑定能力を人に使用するという話は聞かない。
魔具や魔導具に使用するものというのが普通の認識であり、フェリシアも能力を得る前や得た当初はそう考えていたが、いろいろと試すうちに思いついて試したら可能だったのだ。
人に使うという用法が知られていないのは誰も思いつかなかったのか、単に伏せられているだけなのか――それはフェリシアにはわからなかった。
だが可能だということだけわかれば、それで充分だ。
フェリシアが〈鑑定眼〉を発動する。
男性従業員を対象に発動された魔眼が、その「用途と価値」を読み取った。