魔導よろず屋『千変万化』 ~ギフト〈生体改造〉で商売始めました。治療や魔具の販売、魔眼などの能力を提供しております~ 作:弐哉
(さて何のために……ああ、そうですか。この男、兄に言われて私の仕事ぶりを監視していたのですね。随分と暇なようで)
〈鑑定眼〉を人に使った場合でも、その効果が変わるわけではない。
だが「用途」に関しては物と比較して意味するものの幅が広がるため、「目的・役割」などと言い換えたほうがわかりやすくなる。
鑑定能力の使用によりフェリシアは、この男性従業員がなぜこの場にいるのかという「目的」と、兄より課せられた「役割」を把握した。
(やはり二つのギフトを持つというのは強力ですね。片方の欠点を片方が補える)
本来、〈偽心眼〉だけでは遠方の光景が見えるのみだ。
視覚情報しか得られない。
しかし〈鑑定眼〉があれば、視覚以上の情報を得ることも出来る。
今のように人の背景情報を知ることも可能だ。
そのため〈偽心眼〉と〈鑑定眼〉は相性の良い能力だといえる。
続けて兄にも鑑定能力を使用。同様に読み取って情報を得る。
(手駒を使ってまで私の粗探しとは……ふふ、お兄様。随分と悔しいようですね?)
現在の兄たちはフェリシアへの接し方を、表面上だけとはいえ昔のそれに戻している。だがその内心では、以前にも増して彼女を疎んでいた。
理由はもちろん、フェリシアの手に入れた鑑定能力である。
鑑定を手に入れたフェリシアの現在の価値は、次代の経営陣に内定しているというだけの兄たちとは比べ物にならないほど大きい。
故に嫉妬し、敵視し、恐れていた。
妹はいずれ自分たちを追い落とし、この店を継ぐのではないかと危惧しているのだ。
(馬鹿馬鹿しい。私がこの店の後継者など……あり得ませんね)
兄たちの思惑を察しているフェリシアは、ひどく呆れていた。
どれほど自分たちに都合よく考えているのだろうか、と。
フェリシアは〈偽心眼〉と〈鑑定眼〉によって、既に様々なことを知っている。
今までのフェリシアが知らなかったことを。
見えていなかったことまで。
フェリシアを疎んでいたのは兄たちや一部の従業員だけではなかったことも、しっかりと把握している。
能力を手に入れてから知ったことだが――ずっと味方だと思っていた父や、甲斐甲斐しく世話してくれた母も、実は敵だった。
二人ともフェリシアを邪魔だと思い、彼女に見えないところでは「死ねば良かったのに」、「もはや使い道のない屑」、「動けない金食い虫」などと陰口を叩いていたのだ。
しかも最近始まったことではなく、事件の直後からというのだから無情である。
両親の態度は最初から偽りだったのだ。
当然、信用も信頼もすべて吹き飛んでいる。
(ふざけたことを……いったい誰のせいでこうなったと)
考えるだけで腸が煮えくり返る思いだった。
そもそもフェリシアの負傷は遡れば、縁談がきっかけである。
そしてその縁談を承諾したのは、浮かれた父と母だ。
フェリシアの傷はあの縁談さえなければ、何もかもなかったはずなのだ。
ならば責任の一端は父と母にもあるだろうに、それを忘れて――あるいは自覚すらせずに蔑み死を願うなど、許せるものではない。
今の父はフェリシアの鑑定能力がもたらす利益に小躍りしているが、まったくもって度し難いことである。
娘に死ねと思っておきながら金で簡単に態度を変えるその浅ましさは、商人らしいと言えばらしいのだろうが――好ましいわけがない。
母も母で、また縁談を引っ張ってこようと動いているらしかった。
顔の治ったフェリシアは以前と変わらず美少女であるし、さらにギフト持ちになったとなれば男爵家どころかもっと上も狙えると考えたようだ。
フェリシアのことは相変わらず人形――道具としか見ていない所業である。
二人ともあまりに厚顔が過ぎる。
恥という概念を知らないのだろうか、とフェリシアは呆れるばかりだった。
(……私はいったい、今まで何を見てきたのでしょうか)
視力を喪失してからのフェリシアは、ずっと「見える目を取り戻したい」と願ってきた。
だが今振り返れば、皮肉としか思えない。
かつてのフェリシアは何も見えていなかった。
父も、母も、兄たちも、従業員たちも――フェリシアの見てきたものは巧妙に隠された偽装ばかりであり、見えていたのは上っ面だけ。
フェリシアは視力を取り戻したのではない。
失明から回復して、初めて目を開けたのだ。
(まぁいいでしょう。せいぜい一時の利益に喜んでいればいい。道具でいるのはこれが最後。私は私のために生きますので)
フェリシアは折を見て独立し、この店を――引いては家を出ていくつもりだ。
それから個人で鑑定屋を始めるつもりである。
(バンカ様にはつくづく感謝しかありませんね。鑑定能力を頂けたこと、それにあの価格も)
この二週間で分かったことだが、鑑定能力の需要は思った以上に高かった。
その理由としては、需要に応えるだけの供給がまるでないことが挙げられる。
つまり巷に存在する鑑定能力は、当初のフェリシアが想像していた以上に少なかったのだ。
したがって、鑑定能力の価値は当初の彼女の想定以上に高いということになる。
バンカの提示した〈鑑定眼〉の値段は、今にして思えば破格の安さに感じるほどだ。
二倍どころか三倍でもまだ安い。
市場にはそれだけ鑑定の需要がある。
「ふう……」
フェリシアは〈偽心眼〉を解除して、今度こそ本当に一息ついて目を休めた。
ギフトや魔具の能力とは使えば使うほど疲労していくものだが、それだけでなく〈神力〉というリソースも消費すると言われている。
これは当然、疑似ギフトや疑似魔具にも適用される現象だ。
また、能力により生じるもの――たとえば能力によって作られる炎や水、そしてフェリシアの〈偽心眼〉による眼球などは、この神力によって構成されているという話もある。
神力が減りすぎると能力は使えなくなってしまう。
時間が経って神力が回復すればまた使えるようになるものの、能力の使用を制限されることに変わりはない。
「神力……俗説ではなく本当にあるとは。なってみなければわからないものですね」
神力はあらゆる生物が持つ力と言われているが、それを実感する機会はない。
ほとんどの者は神力と無縁の生活をしているためである。
すべての生物がギフトを持つわけではないし、魔具を持つ者も一握り。
魔導具の使用によっても減少するらしいが、魔導具はギフトや魔具に比べれば入手しやすく身近であるものの、それでも誰でも持っているというほどではない。
そして身近といっても、使う機会が多いとは限らなかった。
故に神力の存在は疑問視されることも多く、疑似ギフトを手に入れるまではフェリシアも俗説だと思っていた。
(今では納得しかありませんね……これなら鑑定能力の供給はそう簡単に満たされないでしょうから)
ギフトにしろ魔具にしろ、鑑定能力を持つ者は多くない。
そのうえさらに「神力の限界」という律速が存在するのだから、鑑定の需要を消化し切ることは難しくて当然だ。
市場の鑑定能力不足も納得できるというものである。
目を閉じて休むフェリシアの耳に、ふと遠くからざわめきが聞こえてきた。
「……騒がしいですね。何でしょう?」
何事かと疑問に思ったものの、答えを考える必要はなさそうだ。
この鑑定室へと向かってくる足音が響いている。
「さぁこちらです。フェリシア! お客様だ! 最優先で応対してくれ!」
店主である父が、鑑定室に入るなり大声で指示を出す。
だが最優先などと、そのようなことを言われたことはこれまでにない。
(それほど上客なのでしょうか……あら?)
父の後に続いて、女性が入ってくる。
その身なりは単なる商人でも貴族でもなく、探索者のそれだった。
軽装ではあるが身につけた装備は戦闘目的のものであり、どことなく物騒な印象を受けるものばかりだ。
(この方はたしか、Sランクの――)
フェリシアはその女性探索者を知っている。
Sランク探索者ともなれば、あまりに有名だからだ。