魔導よろず屋『千変万化』 ~ギフト〈生体改造〉で商売始めました。治療や魔具の販売、魔眼などの能力を提供しております~ 作:弐哉
フェリシアは内心、冷や汗をかいていた。
知られても困らないのは巷の噂となっている情報までである。
それ以上に深い話をすることになれば、隠しておきたい情報に触れかねない。
隠しておきたい情報とはもちろん、「魔導よろず屋〈千変万化〉」のことだ。
(気をつけて回答しなくては。バンカ様の不利益とならないように)
バンカは〈千変万化〉をまだ公にしたいと思っておらず、フェリシアにもそのように伝えている。
そのためフェリシアとしては〈千変万化〉に繋がるような話題は避けたかった。
「どうしたんだい? もしかしてギフトの話だから答えにくいのかな?」
「いえ、そういうわけでは。少し意外だったもので。シャリオ様のような高位の探索者様でも、そのような噂を気になさるのですね」
「ふふっ、もちろんだよ。Sランクであれ中身は人だ。噂の真偽は気になるし、確かめようって気にもなるさ」
フェリシアは白々しいなと思っていた。
噂の真偽を確かめたい気持ちは、おそらく本心なのだろう。
だが、だとしてもシャリオ本人が来る必要はない。
人を送り込めば済む話だ。
それが可能なだけの金と人脈は、充分に持っていることだろう。
(Sランク探索者がわざわざ足を運びたくなるほど意識しているという点は素直に嬉しく思いますが、この状況では同時に恐ろしくもありますね……)
こちらに何の事情もなければ嬉しいだけで済んだ話である。
だがそんな仮定はありえない。〈千変万化〉という事情がなければ、今のフェリシアは成立し得ないからだ。
「なるほど、たしかに興味関心と職業や地位は無関係なものですね。礼を失する発言でした。お許しください」
「いや、構わないよ。別に咎めたわけではないからねぇ」
シャリオは笑いながらひらひらと手を振って、気にしていないことを態度で示していた。
「では改めまして、先程のご質問にお答えします。おっしゃる通り――というより噂通りと言うべきでしょうか。私の鑑定は〈鑑定眼〉という魔眼です」
「ほう?」
一転、シャリオの目つきが鋭くなった。
急な様子の変化にフェリシアは少し怖気づいたものの、気を強く持とうと奥歯を噛みしめる。
「失明を治療した際、後天的に魔眼に目覚めた――という話だけど、それも本当?」
「本当です。嘘ではありません。私は元々、ギフトを持っていませんでした」
「にわかには信じ難いねぇ」
「それはそうでしょう。易々と信じられる話でないことは私にもわかります。私の家族も最初は信じませんでしたし、それが普通の反応なのでしょう。私に言えるのは、これが事実であるということだけです」
などと言うが、実際にはもちろんギリギリ嘘である。
治療とほぼ同じタイミングで疑似ギフトの施術を受けたし、後天的にギフトを得たが、しかし治療とギフトに直接的な因果関係はないのだから。
「ふむ……信じ難いけど、でも信じるべきなんだろうねぇ。今までにない話というのは、今までなかっただけだとも言える。絶対にあり得ないことを意味するものではないわけだ。それに無いことを証明することは出来ないって言うしねぇ……うん、私も信じるよ」
シャリオは虚空を見つめつつ、考えるような仕草でそう言った。
フェリシアは内心でほっと安堵する。
この様子なら少なくとも、嘘と思われてシャリオの不興を買うことはなさそうだ。
なお実際には、もちろん嘘である。
「ありがとうございます。このようなことを申し上げるのはおかしいかもしれませんが、信じていただけで嬉しく思います」
「君も大変だねぇ。こんな嘘みたいな出来事が降りかかってしまって。ちなみに訊きたいんだけど……後天的にギフトを得るっていうのは、再現性のあることだと思うかい?」
「再現性……ですか?」
フェリシアは息が止まりそうになった。
再現性という観点はマズい。
疑似ギフトに――〈千変万化〉に繋がる可能性があった。
「そう。たとえば君は〈鑑定眼〉を得たけど、他の魔眼とか……他のギフトに目覚めることがあるかもしれないよねぇ? そのへん、当事者としてはどう思う?」
フェリシアは思案する。どう答えたものか、と。
考えたうえで、あくまで客観的な返答をすることにした。
「申し訳ありませんが、わかりません。個人的な感覚で言えば、私の身に起きたことですから他の誰にでも起き得るのではないかと思っていましたが、しかし――」
「そんな話は聞いたことないよねぇ」
「はい、そうなのです。ですから私の場合は偶然で、再現性は無いものと考えております」
「なるほど、非常に妥当な答えだ。当事者だからこそわかることがあればと思ったけど……そうじゃないんだねぇ」
「つまらない回答で申し訳ありません。ですが、なぜそのような話を?」
フェリシアはそう尋ねたものの、それほど気になったわけではない。
本心からの質問ではなく、話題を逸らす意味合いのほうが強かった。
しかし結果的に、ある意味これが最も価値ある質問となった。
シャリオはニタリと笑みを浮かべて、答える。
「私はとある能力を探しているんだ。条件に合致するならギフトでも魔具でもいいけど、魔具は望み薄でねぇ」
魔具の能力は限定的である。
言い換えれば、当たり幅が狭いということだ。
そのため狙いの能力があっても見つけにくい。
さらにその狙いが具体的であればあるほど、条件に合致する魔具と出会える確率は下がっていく。
「となるとギフトだろう? 後天的にギフトを得るなんて話があるなら、少しでも詳しく知っておきたいのさ。なにせ出生以外の方法で、この世に存在するギフトの数が増えるわけだからねぇ」
フェリシアの表情筋が、表に出ないかたちで引きつった。
逸らしたはずの話題が戻ってきてしまっている。
(能力を探している、ですか。それがなんであれ、もしかしたら〈千変万化〉が解決できてしまうのでは?)
フェリシアは〈千変万化〉の詳細を知らないし、〈生体改造〉については存在すら把握していない。
だがそれでも、「バンカは多種多様な能力を提供可能であるはずだ」という予想くらいはできている。
シャリオの探している能力が何かは不明だが、〈千変万化〉から入手できる公算は大きいように思えた。
とはいえ、そのことを口にする気はない。
バンカが店の存在を隠したがっていた以上、フェリシアが勝手をすることはできないからだ。
今この時、良かれと思って〈千変万化〉の情報を開示することは簡単である。
だがバンカがそれを望むかはわからず、フェリシアにその権利があるわけでもない。
(残念です。他のことであれば喜んで協力するのですが……)
フェリシアにしてみれば、バンカとシャリオはどちらも重要人物だ。
しかし同じ階層に位置するだけで、同列であるわけではなかった。
バンカは絶望の渦中から救い出してくれた恩人。
一方、シャリオはSランク探索者というだけで、所詮は赤の他人に過ぎない。
したがって、どちらを優先するかは明白。
秤にかけるまでもなかった。
「なるほど、そうでしたか……ちなみに、どのような能力をお探しなのですか?」
「それはねぇ、『身体を治す能力』さ」
「ええと……〈聖魔法〉以外の治療の能力、ということですか?」
「もちろんそうだよ。〈聖魔法〉は除く。そうでなければ探す必要ないからねぇ」
高位の探索者にはその能力をまったく明かしていない者も多い。
それとは逆に、事情があるせいで能力が広く知れ渡っている者もいた。
事情というのはたとえば公益性があるとか、隠しようがないほど派手であることなどが挙げられる。
そしてシャリオは、公益性に該当する人物だった。
「〈聖魔法〉とは似て非なるギフトが必要なのさ。私の〈聖魔法〉では治せない人を……治すためにねぇ」