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探索者ギルドの各支部は、その建物内に直営食堂が併設されている。
支部という「勝手に人が集まってくる建物」なのだからこれを活用しない手はない、という発想から始まったものだ。
提供されるものは軽食と、少しの酒。
飲食可能な座れる場所ということで、探索者パーティの打ち合わせや準備、休憩場所として使われることが多い場所である。
日が落ち始めてきた時刻、直営食堂の壁際にある席にセルネが座っていた。
今日の仕事――探索活動を終えて、他の探索者よりも早めに帰ってきたセルネはコップをお供に休憩しているところだ。
ちなみにコップの中身は水である。
カウンター席の近くに立つウェイターがこちらをちらちら見ているが、それも当然。 この食堂では通常、水だけの提供はしておらず、酒が嫌なら果実水を頼むものなのだ。
だがSランク探索者のセルネに言われれば、断ることなどできはしない。
その程度の無理は簡単に通るほど、Sランク探索者という地位は高く大きかった。
なおセルネは別にどうしても水が良かったわけではなく、飲み物などどうでもよかったから水と言っているだけだ。
つまりこれは、食堂側が勝手に忖度したが故の結果である。
そのセルネはというと、軽くため息をついたところだった。
(先を越されてしまったわね……別に競っていたわけではないけれど、悔しいわ)
頭に浮かぶのはアドルムの選んだ客――フェリシアのことだ。
アドルムが〈千変万化〉の客を選んでいたように、セルネも客を選んでいた。
競っていたわけではないが、最初の客を選んだのはアドルムのほうが早かった。
(店の性質……『傷の治療』や『疑似ギフト』、『疑似魔具』の販売といったサービス内容を考えると、客の候補は探索者が有力だった。つまり私が有利だったはず。なのにアドルムのほうが早かった)
探索者は職業柄、負傷しやすく、力を求める傾向にある。
つまり〈千変万化〉の客の候補としては適しているのだ。
候補がたくさんいたはずなのに、選んだのはアドルムのほうが早かった。
(それに客の質も高かった。〈千変万化〉の最初の客として相応しい背景があったわ。ギフト持ちを原因とする癒えぬ傷痕に、疎まれる立場。疑似ギフトを売りたくなるような境遇。あんな娘を探してくるなんて、やるわねアドルム)
フェリシアは単純に「どんなサービスが提供可能か」というだけでなく、「サービス提供による影響の大きさ」まで考えられた良い客だった。
セルネはアドルムの選定眼に感心している。
もっとも、感心するばかりでもいられない。
この状況には、セルネにとって恐れを抱かせるものがあった。
(怖いのは私が外されることね。成果を出せないのは適性がないからだと思われれば、アドルムは良かれと思って私を店の仕事から遠ざけるはず)
アドルムは苦手な仕事を押し付けたりはしない。
自分の仕事や趣味に、無理に付き合わせたりもしない。
その程度の配慮はする。
(『店は僕がやるから、セルネは探索者に専念してよ』と言われるのが目に見えるようだわ。客はまだ一人目で店は始めたばかりだけれど、今後の成果次第ではあり得る未来よ)
仮に外されたとしても、アドルムがセルネに失望したとか、見限ったということにはならない。
セルネのためを思えばこそ、というのはセルネにもわかる。
だがそれはセルネにとって怖れる未来だ。
セルネはアドルムのそばで手伝いたいというのに、遠ざけられるのでは堪らない。
アドルムが「良かれと思って」する配慮が、セルネには致命の一撃なのである。
(できるだけ早く成果を――客を選ばなければマズい。でもそれができるなら、もうやっているという話で……正直、決め手に欠けるのよね)
客の候補という意味では、探索者は適した集団である。
実際、数名の候補を選ぶところまではすんなりと進んだ。
だが彼らの求めるものは一様であり、良くも悪くも差が少なかった。
フェリシアのように特殊な事情があるわけでもなく、問題解決のため明確に強く求めるものがあるわけでもない。
ただ漠然と「怪我を治したい」「強くなりたい」と思っているものがほとんど。
それはつまり、選ぶ際の決め手に欠けるということ。
故に候補から先の、最終的な選定が進んでいなかったのだ。
それに選ぶ側のセルネの性質も悪いほうに影響していた。
セルネはアドルムが絡まない限り、ほとんどのものが「どうでもいい」。
そんな彼女にとって選ぶという行為は――そういう性質であり傾向があるというだけなので、苦手でも不得意でもないが――相性が悪かった。
差の少ない集団。
そして選考者には選ぶ基準がなく、本質的にどうでもいい。
この組み合わせでは、決まらないのも道理というものだ。
だがそれでも、セルネは選ばなければならない。
店の手伝いを続けるために。
(何でもいいから、きっかけでもあればいいのだけれどね……あら?)
いつのまにか空になったコップを見つめていると、視界の端に影が差した。
顔を上げれば、すぐそばに若い男性探索者が立っている。
「どうも、こんにちは」
「誰かと思えば【白鋲】、貴方だったのね」
「他人行儀な呼び方はやめてください。俺のことはナハトで構いませんよ」
目立つ探索者は異名で呼ばれることもある。
特に高位の探索者ともなれば、全員が当然のように異名を持つ。
セルネが【白鋲】と呼んだのは、若い男性の探索者だった。
名前はナハトという。
黒い髪に革のジャケット、重装ではなく軽装系の探索者であることがわかる。
腰には剣があることから、後衛タイプではなく前衛タイプである予想も可能だ。
特徴的なのはジャケットに施された、無数の白い鋲。
これが彼の【白鋲】という異名の由来である。
そして彼は――
「他人行儀……? 別に貴方と親しいわけではないけれど?」
「つれないですね。我々は共にSランクでしょう? 少なくとも知らない仲ではありませんよね」
そして彼はセルネと同様、数少ないSランク探索者でもあった。
「そうかしら? でも……いえ、どっちでもいいことね」
「どっちでもって……貴女はいつもそんな感じですね。それはそうと、珍しいこともあるものです。貴女がここにいるなんて」
「最近は割といるわ。今までたまたま会わなかっただけよ」
「そうでしたか。まぁ俺も頻繁に来るわけではありませんしね」
セルネは普段、直営食堂に顔を出すことなどない。
しかし最近は客を選ぶという目的があるため、人の多いこの食堂で過ごすことも多かった。
「そのコップは酒ですか? 呑める人だったんですね」
「いえ、ただの水よ」
「み……え、水? ここで? そもそも水なんて頼めたんですか? 知りませんでしたね……というか普通、頼まないと思いますが」
「そんなことより、要件は何? つまらない世間話ならお断りするけれど?」
困惑するナハトを他所に、セルネは尋ねる。
「本当につれないですね……世間話は嫌いですか?」
「どうでもいいわ」
「聞くまでもありませんでしたね。ではお望み通り、本題を」
そう言うとナハトはセルネの向かいの椅子を引き、勝手に席へと着いた。
もちろんセルネは何も言わない。
その程度のことは、どうでもいいからだ。
「例の噂、ご存知ですか? 〈鑑定眼〉の話です」
「どこかの魔導具屋の娘が、後天的に〈鑑定眼〉というギフトに目覚めたっていう話ね。もちろん知っているわ」
知っているどころか、セルネは当事者に最も近い部外者である。
しかしそれをおくびにも出さず、淡白な返答をした。
「訊いておいてなんですが、意外ですね。てっきり『知らない。どうでもいい話は耳に入れないから』とでも言われるものかと」
「私だって情報収集くらいするわ。情報そのものはどうでもいいものではないでしょう? 知ったうえで『どうでもいい』と判断することはあるけれどね」
「なるほど、たしかにそうですね。それで貴女はあの話、どう思いますか? 同じSランクとして貴女の意見を聞いてみたいんです。『後天的にギフトを得た』というのはあり得ると思いますか? それとも、嘘だと?」
「『後天的にギフトを得る』ことがあるかないかで言えば、あり得ると思うわ。というより、ないことを証明できないでしょう? ギフトは数多く、魔具の能力も同様。この世には多種多様な能力がある……となれば、『ギフトを得られる能力』があってもおかしくはないはずよ」
セルネの頭には当然〈生体改造〉があったが、それを意識しての返答ではない。
あくまで一般論に基づく返答をしたまでだ。
実際、「ギフトを得られる能力」が存在するのではないかという予想――あるいは願望は、世間的に割とありふれている。
「そんな能力は本当にあるのでしょうか。噂でさえ聞いたことがありませんよ」
「奇遇ね。私もそうよ」
「……それでもあると思うのですか?」