「人類の把握している能力がすべてとは限らないわ。貴方だってよくわかっているでしょう? ダンジョンは奥に行くほど高性能な魔具が手に入る。それはつまり、ダンジョンの奥には今の人類が知らない能力を有する魔具が存在してもおかしくないということよ」
事実として、高ランク探索者が持ち帰る魔具の中には希少な能力を持つものも少なくない。
とはいえそのほとんどは既存能力のバリエーションに過ぎないものであり、あくまで希少止まり。
完全未知の能力など皆無と言えるほどに無い。
そのためセルネのこの発言は、詭弁に近かった。
もちろん、彼女は意図して言っている。
「そういうわけだから、その魔導具屋のギフトの件はあり得ると思うわ」
「なるほど、よくわかりました。ちなみに俺もあり得ると思っています。シャリオも概ね同じですね」
「シャリオ? そういえば貴方の相方……【白聖袖】はいないのね」
シャリオはナハトと二人でパーティを組んでいるSランク探索者の女性であり、【白聖袖】という異名で呼ばれている。
普段は二人で行動している姿をよく見かけるが、今日のナハトは一人だった。
「例の魔導具屋に行っているんです。噂の真偽はもちろん、能力が本物なのかも含めて確かめにね」
「『後天的にギフトを得た』ことが事実かどうか以前に、そもそもギフトを持っているという話自体が嘘かもしれないということね」
「ええ、そうです。もっとも、嘘の可能性はほぼ無いんですけどね。あの店に魔具を売った探索者はそれなりの数になっていますが、偽物だったという話は出ていませんから」
探索者も馬鹿ではない。
噂が本当か気になる者は多いし、確かめようとする者も多かった。
そのうえで嘘だったという話がないのであれば、おそらく本物なのだろう。
言い終えると、ナハトはおもむろに立ち上がった。
「さて、お付き合いありがとうございました。参考になりましたよ。お礼に支払いは俺が持ちます……と言いたいところですが――」
「さっきも言ったけれど、水よ。ちなみにタダらしいわ」
「なるほど……お腹空いてませんか?」
「帰って食べるわ」
「では、お礼はまたの機会に。失礼します」
軽く頭を下げたのち、去っていくナハト。
その後姿を見つめながら、セルネは考える。
(まだ一人目の客だというのに、なかなか影響が大きいわね。今後が不安ではあるけれど……それ以上に楽しみだわ)
セルネは空のコップに水が満ちる光景を幻視した。
幻の水は表面張力を超えてなお嵩を増し、ついには溢れ出す。
(アドルムと〈生体改造〉が変えるのは、それぞれの客個人の人生に留まらないかもしれない。本当に楽しみね)
■
ナハトが食堂を出たしばらく後、セルネも食堂を出ていった。
その途端、直営食堂のあちこちから大きく息をつく音が生じる。
食堂の席の一つで、ショートヘアの若い猫獣人女性が口を開いた。
「なんにゃあれ? ヤバすぎだろにゃ。怖すぎだろにゃ。あいつら世界に自分らしかいないと思ってんにゃ? こっちは気が気じゃないっつーのにゃ」
この猫獣人の探索者の名はクロム。
獣人は人の頭に獣の耳を持つ容姿をした種族である。
「いや、クロム。彼らを責めるのは筋違いだ。こっちが……周囲が勝手にビビっていただけだ」
そう応えたのはクロムのパーティのリーダーを務める色黒の若い女性、イルメナだった。
こちらは獣人ではなく普人――つまりアドルムやセルネのような、外見的特徴のない人類種である。
彼女たちは共に【フェティオム】という名の探索者パーティを組む、Cランク探索者だ。
「そうは言ってもにゃあ、さすがにビビるにゃ。ほら皆ビビってるし、それが当然にゃ。もしSランク同士で揉めたりしたらって思うとにゃ」
クロムがあたりを見回すと、食堂内にいる探索者の態度はみんな自分たちと同じだった。嵐が過ぎ去ったことに安堵している。
Sランク探索者とは、探索者ランクの頂点に位置する一握りの強者である。
その存在は探索者ギルドのみならず、町全体にとっても重要なものだ。
なぜかと言えば、この世界には魔物が存在するからである。
魔物の生息場所はダンジョン内だけでなく外にも存在する。
つまり町に襲来することもあるのだ。
強力な魔物が町を襲った場合に備える観点から、強者の在籍は重要な要素なのである。
そんな強力にして重要な、町の筆頭守護者たるSランク探索者同士が闘うことになったらと思えば、周囲が戦々恐々とするのも無理からぬ話である。
「相手は新入りの【竜爪姫】だからな……意外と仲良さそうだったが」
「それにゃ。びっくりにゃ。あの美人だけど愛想ない女と上手くやれてるとは思わんかったにゃ。普通に関係最悪だと思ってたにゃ。あいつら意外とまともな大人だったにゃ」
【竜爪姫】とはセルネの異名である。
彼女は王都から移籍してきたばかりであること、愛想がなく人付き合いがほぼ皆無であることなどから、〈モードルード〉に在籍して長いナハトたちとは折り合いが悪い――と勝手に思われていた。
「おいクロム、いくらなんでも言いすぎだ。失礼過ぎる」
「ここにいねーやつのこと気にしてどうするにゃ。にゃあスピネル、お前もそう思うよにゃ?」
クロムが話を振ったのは、【フェティオム】の三人目にして最後のメンバー。
長髪のエルフ女性、スピネルだった――が、
「ん? 何?」
彼女は果実酒に夢中で、話をほとんど聞いていなかった。
「何て……話聞いてなかったんかにゃ?」
「聞いてた。Sランクのこと。でしょ?」
「そうだけど、なんか隅にカスッてるだけの気がするにゃ。こーれド真ん中じゃないにゃ。絶対にほぼ聞いてないにゃ」
「揉めなくて良かった。前副支部長みたいに脳みそ焼かれると困る。Sランクは数少ない。貴重な存在。死んではいけない」
「副支部長か、アホな事件だったな……」
イルメナは二年前に死んだ――というか殺された、とある男を思い描く。
この探索者ギルドの前副支部長は、救いようのない愚か者だった。
彼は非常に有益な〈聖魔法〉を持つシャリオに仕事を投げまくり、都合よく使おうと画策したのだ。
無論、シャリオが黙って言いなりになるわけもなく――調子に乗ったその結果、愚かな男は脳を焼かれて死ぬこととなった。
ギフト持ちのSランク探索者などという超上位存在を、なぜ都合よくコントロールできると思ったのだろうか?
この町の探索者はみな、そのアホな死に様に呆れ果てた。
「アホの脳みそがローストになるくらいは別に構わんにゃ。でもSランク探索者が脳みそローストにされたら洒落にならんにゃ。そんなんで高ランクが消えたら町の防衛はやってられんにゃ」
「まぁな。せっかく【竜爪姫】が来て戦力が増えたわけだしな」
Sランク探索者が増えることは、町にとって間違いなく良いことだ。
イルメナはそう考えている。
そもそも高ランクの移籍は渋られるものだ。
【竜爪姫】の移籍元である王都探索者ギルドも、移籍をすんなり許したわけではないだろう。
きっと限界まで引き留めたはずだ。
だがそれでも移籍してきたという事実に、この町の住人の一人としてイルメナは感謝していた。
そしてできれば、もう少し愛想よくしてほしいものだとも思っていた。