魔導よろず屋『千変万化』 ~ギフト〈生体改造〉で商売始めました。治療や魔具の販売、魔眼などの能力を提供しております~   作:弐哉

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第2話 【転生者】アドルム:変化の先を求めて

 ■

 

「本当にありがとう、【最後の癒し手】殿。この恩は一生忘れない」

 

「いえ、これが仕事ですので」

 

 数時間後、完治したと判断した子爵は踊りだしそうなほど喜び、僕は報酬として治療の施術代――革袋いっぱいの金貨を手に入れた。

 

 お暇しようと子爵邸の玄関まで歩く間、彼はこうしてしきりに感謝を伝えてくる。

 態度も口調も恭しく、子爵の敬意が感じられた。

 

 それにしても、使用人が一人もいない。

 姿を見せていないだけなのだろうが――まぁ、当たり前か。

 

 僕は闇医者だ。非合法な職業の後ろめたい存在である。

 そんな奴を堂々と歓待することなど、様々な意味でできるわけがない。

 使用人がいないのは当たり前といえる。

 

 玄関に近づいてきた頃、子爵の様子が少し変わった。

 

「私は本当に、本当に感謝しているのだ。もし……貴殿が何か困ったら、できる限りの協力をすると約束しよう。遠慮なく頼ってくれ」

 

「スタウラー子爵……」

 

 聞いて、僕はため息をつきそうになった。

 こういう申し出は珍しくない。

 だが僕にとっては不要だ。

 

「それはいけません、スタウラー子爵。そのような約束は不要です」

 

「な、なぜだね? 私はそれほどに感謝を……」

 

「感謝はありがたい。そして快く受け取っておきましょう。しかしそれ以外のものは過剰なのです。今回の一件、私と貴方の間にあるのは依頼だけ。そしてその件はすべて片付いています。娘さんは治りましたし……こうして報酬も頂きましたしね」

 

 貰った報酬を――金の詰まった革袋を掲げて見せる。

 

「私は仕事の報酬を過不足なく受け取るようにしています。過不足なく、です。多くても少なくてもいけない。そして子爵からは正当な対価を頂きました。ピッタリちょうど、お約束どおりに頂いているのです。故に、それ以上は不要なのです」

 

 僕が答えると、子爵は口を開いて唖然としていた。

 追加の報酬をこんなにも力強く断られるとは思わなかったのだろう。

 

 だが僕にとっては重要なことだ。

 僕が闇医者をやっている最大の理由は、これが趣味だからだ。

 金や名誉も欲しいが、正直まったく重視してはいない。

 金はそこそこの稼ぎがあれば充分、名誉は僕が少しでも満足できれば充分だった。

 

 僕のギフトは強力だ。

 稼ごうと思えば金だろうが名誉だろうが、いくらでも稼げる。

 だからこそ仕事には僕自身の熱意と、そして節度が不可欠だ。

 

 やりたい仕事だけをやる。

 報酬はピッタリちょうど貰う。

 そうするべきだ。

 

 やりたくない仕事に手を出せば、僕は他者を治すだけの都合の良い装置になってしまう。

 報酬を過剰に貰えば、金や名誉をありがたがる感性そのものを失う。

 故に熱意と節度が欠かせないのである。

 

「そう、か……それが貴殿の矜持なのだな」

 

「その通りです。喜んでいただけて私も嬉しい。ですが、貰うべきものは充分に頂きました」

 

「ならば仕方がない。貴殿にとってそれが大切ならば、蔑ろにするわけにもいかん」

 

 子爵は納得した様子で、玄関の扉に手をかける。

 そうして僕は、無事に依頼を終えて帰途についた。

 

 ■

 

 子爵邸に長居しすぎてしまったせいで、辺りはすっかり暗くなっている。

 夜空を眺めながら貴族街の石畳を歩く。

 

 ここは〈シルシウム王国〉の王都〈アズシルス〉。

 僕が生まれた国の、王都だ。

 

 周囲の町並みはまるで西洋ファンタジーだが、実際この世界は僕にとってファンタジーである。

 

 人々はゲームのように剣や弓で戦うし、魔法なんてものが存在している。

 文明レベルは地球で言うところの近世程度で……あとはそう、魔物だっているしね。

 どこを見てもファンタジーだ。

 

 この僕、アドルムには物心ついた時から「前世の記憶」がある。

 科学の発達した世界の、日本という国で日本人として生きた記憶があった。

 そして同時に、生まれた時からギフトを持っていた。

 

 記憶があり、超常の力があった。

 間違いなく恵まれた生まれだ。

 

 だがその一方で、生まれた場所はしがない農村でしかなかった。

 前世の記憶もギフトも、まるで活かせない環境だったのだ。

 

 故に少しでも早く村を出て暮らせるよう少し考えて、工夫した。

 前世の記憶を持っていた僕は子供離れした立ち回りをして、十五歳の時には幼馴染を一人連れて村を出ることができた。

 

 この世界のギフトは、神からの贈り物とされている。

 そのためギフト持ちは神聖……というほどではないけど、縁起の良い者として扱われることが多い。

 

 そのギフト持ちたる僕が世のため人のために能力を使いたいといえば、田舎暮らしで信心深い村人たちは快く送り出してくれた。

 しかも、僕と仲の良かった幼馴染を連れていくことまで許可してくれたのだ。

 

 そうして三年ほど旅をして各地を回り、王都に来たのは二年前だ。

 僕はこの二年、ずっと【闇医者のリューエン】として活動してきたが――

 

「やっぱり、そろそろ辞めようかな」

 

 ここ最近、そろそろ辞め時だと思い始めていた。

 この王都で僕が手を出したいと思えるような、あるいは僕でなければ助けられないような病人はもういない。

 それ自体は良いことだが、僕にとってはやりがいが減って好ましくない状況になってきている。

 

 闇医者は王都に来た当時、大金を稼げる手段としてとりあえず始めたものだ。

 すぐ辞めてもおかしくなかったから、ここまで続いて驚いているくらいである。

 

 なんとなく始めて、あまりにも稼げたため金についての問題はすぐになくなった。

 そのあとは趣味になり、金と名誉は趣味のついでに得るものへと変わった。

 

 気づけばもう、二年も闇医者を続けている。

 ほんの少しでも何かが違っていれば、【闇医者のリューエン】はとっくにいなくなっていただろうね。

 

「喜んで貰えるのは嬉しい。それも本心ではあるんだけどね」

 

 僕は僕のギフトで何かしたいと思っている。

 世のため人のためとまでは言わないけど、この能力で世の中に関わっていきたい。

 そしてこの能力で変わるものと、その変化の先を見てみたい。

 

 故に僕の趣味は、僕のギフトで変化を起こすことだ。

 怪我人や病人を治し、当人やその周囲を助けることで変化を生み出す。

 そういったことを趣味としている。

 

 闇医者はそのための手段だ。

 だが逆にいえば、そのための手段でしかない。

 闇医者にこだわる理由も必要も、別にないのだ。

 

 僕のギフトは、人を癒やすだけの能力ではない。

 能力の使い方は他にもある。

 そろそろ他のやり方を試してみたいという思いもあった。

 

「ああ、そうだ……もう一つあるか。辞め時の理由」

 

 そう呟いた僕の視線の先には、怪しい人物がいた。

 

 顔の見えない黒いローブ姿、体格からすると男性。

 そのシルエットが闇の中、街灯に照らされて浮かび上がっている。

 

 ああいう格好をするのは後ろ暗い者だから――十中八九、闇ギルドの人員だ。

 

 非常に怪しい人物だが、僕も人のことは言えなかった。

 なにしろ闇医者モードの僕は、黒のロングコートに仮面を着けているからね。

 怪しさではあの不審者とタメを張れる。

 

 その不審者が口を開いた。

 

「【最後の癒し手】だな?」

 

「悪いが、君のように不躾な怪しい人物とお喋りする趣味はないんだ。まずはせめて、名乗って貰えないだろうか?」

 

「一緒に来てもらおう。抵抗はするな」

 

「……まともに話す気もないのか。やれやれだな」

 

 僕はリューエンとしての態度を維持したままで、呆れたように首を振る。

 しかし呆れは本心だ。

 またかよ、と思ってしまう。

 

 二年もの活動の結果、この王都に凄腕の治療師がいることは――もはや周知の事実だ。

 

 この不審者がそうであるように、闇ギルドの手先がリューエンの身柄を狙って訪れるのは今に始まったことではなかった。

 最近では数も増えてきて、少し鬱陶しくなってきているほどだ。

 

「闇医者、貴様がどう思おうと逃げられはしない。諦めろ」

 

 ローブの男がそう言うと、周囲から獣の唸り声が聞こえてくる。

 周りに目をやればいつの間にか、僕の周囲を犬の群れが取り囲んでいた。

 数にして二十匹以上。

 群れというか、これだけいれば大群だ。

 

 異様な光景。これは間違いなくギフトだな。

 

「なるほど、ギフト持ちか。犬を操る能力……というところかな?」

 

 能力名は〈犬類操作〉とかだろうか?

 操作ではなく服従の可能性もあるな。

 

「そうだ。貴様のような聖魔法使いは戦闘能力が低いはず。対抗できまい?」

 

「ふふふ……そうだな」

 

 笑いが出た。

 この僕が聖魔法使いだなどと、何も知らない一般人が噂だけ聞いてそう思うのなら分かる。

 しかし、仮にも暴力と情報のプロなのだろう闇ギルド員が言うことではない。

 

 それに聖魔法使いの戦闘能力が低い、というのも間違いだ。

 治療で有名な〈聖魔法〉だが――基本的には癒やしの力だというだけで、戦闘に使えないわけではない。

 もっとも、工夫が必要だから可不可は持ち主の技量次第だけどね。

 

「何がおかしい?」

 

 馬鹿にされたと自覚したか、男は不機嫌そうな声色で問いかけてくる。

 では答えてやろう。

 

「おかしいとも。私は、私の能力が〈聖魔法〉だと言ったことは一度もないんだ」

 

「……なんだと?」

 

「もちろん嘘ではない。今から証拠を見せてやろう」

 

 そう言って僕は、右腕を掲げながら能力を発動した。

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