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「ちゃんとまっすぐ帰るんだぞ」
「わかってるにゃ! あたしはガキじゃないにゃ!」
すっかり暗くなった頃、イルメナたちは帰宅するべく探索者ギルド支部の建物前に出ていた。
「そうか……ならば当然わかっていると思うが、もし寝坊したら明日の階層ボス戦はなしだぞ?」
「わ、わかってるにゃ! ちゃんと早く寝るにゃ!」
「お前……その様子だと予定を忘れていたな?」
「覚えてたにゃ! 本当にゃ! 明日は勝つにゃ! やる気あるにゃ!」
イルメナたち【フェティオム】は、現在Bランクへの昇格を目指して五十階層の階層ボスへと挑んでいるが、何度か戦ったもののまだ勝利できてはいない。
未突破の階層ボスに挑戦する場合、開始地点は階層ボス部屋から十階層手前にある転移部屋からだ。
つまり十階層移動したあとで階層ボス戦をする、ということである。
そんな過程であるがゆえに、寝不足の不調状態で挑むことなどできない。
階層ボスはもちろん、道中でも躓くだろう。
イルメナは疑わしそうにクロムを見つめる。
しかし疑ったところで、これ以上はどうにもできないことだ。
クロムの自制心を信じることにして、スピネルへと目を向ける。
「スピネル、お前もだぞ。寄り道するなよ」
「わかってる。夜は露店がない。果物も果実水も売ってない。だから大丈夫」
「まぁたしかに……それなら大丈夫か」
エルフのスピネルは自信に満ちた顔で頷いた。
彼女は果物を好んでおり、果物のために町へ来たと豪語する女である。
「いや待てよ? 今夜は大丈夫でも、明日の朝が心配だな。買い食いして遅刻したりするなよ?」
「それは……」
「何とか言え。不安になるだろ」
「ほ、保証できない」
「してくれ……頼む」
「努力はする……誘惑に勝てるかは、明日の私次第」
イルメナはため息をついた。
この二人はいつもこうだ。
パーティを組んでから、ずっとこんな調子である。
昔はなんとか改善しようと試みたものだが、今ではもう諦めていた。
「イルメナ」
「なんだ?」
「もし明日、階層ボスを突破できなければ……その時は方針を変えるべき」
「耳の痛い話だな」
スピネルの言葉で、イルメナの表情が険しくなる。
現在の【フェティオム】は目標を達成できておらず、長く足踏みしている状態だ。
その原因はもちろんパーティの力不足だが、活動方針を決めているリーダーにも責任がある。
少なくとも、当人であるリーダーのイルメナはそう思っていた。
「痛くなる耳などない。上手くいかないならやり方を変えるのは、おかしくない」
「そうだな……お前の言う通りだ」
「私は魔導具のことなら協力できる。でも他は無理。ごめん。それだけ」
「わかった。その時は助けてくれ」
それから別れの挨拶をして、解散となった。
帰宅途中、独りになったイルメナは路地を歩きながら考える。
「方針か。それも問題だが……根本はそこじゃないんだよな」
彼女たち【フェティオム】の戦力は、Cランクの中では上から数えたほうが早い程度には優れている。
たとえば、猫獣人であるクロム。
獣人は他種族と比較して身体能力に優れた種族だ。
特異部位系のギフト持ちには劣るものの、普人種などよりは明らかに優れた身体能力を有している。
探索者パーティの中では前衛アタッカーを担うことが多い種族だった。
猫獣人であるクロムも前衛であり、攻撃の要として活躍している。
さらに、エルフであるスピネル。
エルフは魔導師の多い種族である。
魔導師とは魔導具の専門家の一種であり、研究・開発・運用をすべて自分で行う者を指す。
探索者の場合は「魔導具で戦う者」という認識でも間違いではない。
魔導師は専門家であるため、その総数は決して多くない。
故に魔導師の多いエルフは人気が高く、どんなパーティからも求められる種族だ。
魔導師であるスピネルは、魔導具を用いて攻撃やサポートなど幅広く活躍する後衛である。戦闘はもちろん、戦闘以外でも優秀な人員だった。
残るメンバーは、リーダーであるイルメナ。
彼女は国軍所属経験のある元軍人の普人種であり、統率力や指揮力に優れ、協調性も高い。
戦闘では前衛も後衛もこなし、戦闘外ではパーティの雑務もこなしメンバーの面倒見も良い万能選手だ。
「最大の問題は――決定力不足だ」
イルメナが呟く。
彼女たち【フェティオム】は実力者の揃った優秀なパーティである。
しかしパーティとしての強力な手段――決め手に欠けるという欠点があった。
身体能力に優れた獣人のクロムは近接戦闘に優れているが、それだけで勝負を決められるほどではない。
魔導師という専門家のスピネルは様々な魔導具で幅広い貢献をしているが、勝利の要因にはならない。
無論、リーダーのイルメナも同じだ。
彼女は万能選手で幅広い適性を持つが、戦いを終わらせる能力は持っていない。
決め手に欠けるというのは、探索者として上を目指すなら致命的といえた。
高ランクの探索者にはわかりやすい強みがあるものだからだ。
多くの場合それはギフトか魔具であり、強力な能力を持つ者は容易にランクを上げていく。
故に強みを持たない探索者は、強い魔具を求める。
生得の能力であるギフトを後付けで得ることはできないため、魔具を欲するのだ。
だが魔具は当たり外れの差が大きく、強力な魔具を手に入れることは容易ではない。
加えて考えることはみな同じなのだから、市場で見つけることは困難。
つまり手に入れるなら「自分たちでドロップしなければならない」という条件まで加わることとなる。
持たざる者が上に行くには、非常に細い道を抜けなければならない。
才能があれば、筋が良ければ、実力があれば――ではないのだ。
上に行くには運も必要。
それが探索者である。
(私たちが上に行くには、決定打が……魔具が必要だ。少しでも強力な、戦闘系の魔具が)
そして持たざる者の一人であるイルメナもまた、強い力を欲していた。
(だがどうすると言うんだ? できることなど何もない。ドロップを祈るくらいがせいぜいだ)
しかしそれが容易でないことくらいは、身を持って理解している。
彼女たち【フェティオム】も魔具をドロップしたこと自体は何度かあるが――それがどうしても手元に残したいほど強力だったことは、一度もなかった。
(魔具の問題を解決するのは、やはり難しいな。ならば他の手段による戦力強化はどうだ? たとえば新メンバーでも入れてみるか?)
強力な魔具を入手することが難しいのなら、そこに拘泥しても仕方がない。
次の案として頭を過ぎったのは、新たなメンバーの加入という選択肢だった。
だがこれはこれで、論外である。
「あの二人と上手くやれる新人? はっ……それこそ無理だな。魔具ドロップのほうがまだ可能性がある」
思わず考えを声に出してしまったイルメナは、頭を振った。
新人を入れたとして、その人物がクロムとスピネルの二人と上手くやれるようには思えない。
クロムとスピネルは、能力的には優秀な人材である。
しかし同時に、かつて所属していたパーティを追い出された経験がある程度には癖のある人材だった。
二人は方向性こそ違うものの、どちらも気ままであり協調性のないところがある。
この性質は集団行動を大前提とするパーティ活動において重大な欠点となるものだ。
パーティから追い出されたのも、この部分が非常に悪く出てしまったせいだった。
今の【フェティオム】が上手くやれているのは、バランスが奇跡的だからとしか言いようがない。
リーダーが寛容で面倒見の良い人物であり、メンバー同士の相性が良かっただけだ。
他のメンバーを入れてもこのままの調子でやれるとは考えにくい。
いや、むしろ高確率で崩壊するだろう――とイルメナは考えていた。
(結局はやはり、決め手の問題を魔具で解決するしかないのか。だからそれが難しいんだが……はぁ、堂々巡りだな)
イルメナは頭を抱える思いで、家路の歩を進めた。