ドロップ品を回収したセルネは、階層ボス部屋の入口へと足を向けた。
ボス部屋には入口と出口が存在する。
先――つまり転移部屋のあるほうへ向かいたければ出口へ進むべきで、逆に階層を戻りたければ入口へ進めばいい。
ただし一度出ればボスの討伐状況はリセットされ、再び入ればボスも復活する。
故に未攻略者の場合は選択肢などないようなものだ。
素直に出口へと向かい転移部屋を目指すべきである。
ちなみにボス部屋は入口からだけでなく、出口から入ることも可能だ。
実際、セルネも今日は五十一階層の転移部屋へ転移した後、出口側から入ってきた。
セルネがボス部屋を出ると広場のようなスペースが目に入った。
ここはボス部屋前にある魔物の侵入してこない安全地帯で、大抵は休んでいる探索者たちがいるはずだが――
「誰もいない……?」
誰もいなかった。
これにセルネは違和感を覚える。
「なぜ? ここは五十階層よ? SやAならともかく、Cランクならそれなりの数がいるはず……」
五十階層にいるのはCランク以上の探索者である。
ボスを突破できればBランクになれる。
通常、ランクの低い探索者ほどその総数は多くなるものだ。
そしてCランクならば、それなりの数がいるはずである。
数の少ないSランクやAランクならともかく、Cランクの入れる階層でボス前に誰もいない状況というのは――おかしいと思えた。
「どういう……いえ、もしかして徘徊ボス? だとすれば説明がつくわ」
徘徊ボスとは階層ボスと同じ階層で極稀に発生する、その階層のボス並に強い特殊な魔物のことである。
ボスと同程度の強さでありながら通常の魔物のように動き回るだけでなく、階層を超えて移動することすら可能という通常の魔物にはあり得ない特徴を持つ。
ただしボス部屋に入ることも、ボス部屋を超えることもできない。
つまり移動できるといっても先に進むのではなく戻る方に移動するのだ。
ちなみにダンジョンを出ることはできないため、最大限戻っても一階層までが限界らしい。
強さこそ階層ボスと同程度だが、その脅威度は段違いだ。
挑戦するかどうかを選べる階層ボスとは違い徘徊ボスは向こうからやってくる。
遭遇してしまえば拒否することができない。
生き残りたければ逃走を成功させるしかないのだ
さらに階層を戻るかたちで移動できるのも厄介だった。
これは本来まだボスに挑めない実力の探索者も襲われるということであり、言うなればボスが雑魚狩りをするということを意味していた。
そんな魔物がうろつくとなれば探索者の移動にも支障が出る。
いや、移動が阻害されるだけならまだマシだ。
探索者の実力次第では、命に関わる危機的な問題ともなり得る。
故に徘徊ボスの発生は大抵の場合、大事件となる。
対処はギルドに依頼された高ランクが行うことが多い。
その階層のボスを容易に倒せるような――たとえばセルネのような探索者が討伐に向かうのである。
「そうだとしたら面白いわね。徘徊ボスなんて、片手で数えられる程度しか戦ったことがないレア魔物だもの。当然、ドロップもレアになるはず……となれば、やらない理由がないわね」
魔物のドロップは魔物ごとに異なるが、その法則は当然、徘徊ボスにも適用される。
出現自体が稀な徘徊ボスなら、そのドロップ品も同様にレアとなるのは自明の理である。
希少な魔具を得られるチャンスでもあるのだ。
セルネとしては戦わない理由がなかった。
「ふふふ……ちょっと探しに行ってみましょうか」
セルネは微笑みながら、安全地帯を離れていった。
■
一般的に、ダンジョン内部は洞窟の中のようになっているというイメージが定着している。これは間違いではないが物理的に浅い認識だ。
このイメージ通りなのは入口付近――十階層までの話なのである。
十一階層から先は様々な地形が出現し、その中には山岳地帯や荒野などとても閉所とは思えない環境まで出現する。
それらの環境変化は十階層ごとに移り変わるもので、この〈モードルードダンジョン〉の四十一階層から五十階層までは薄暗い森林地帯となっていた。
全域が森であるため道らしい道はない。
木々の間隔も大きさも様々で、高木だけでなく低木もあり足元が悪い。
そのためこの森の環境は、多くの人類にとって苦しいものとなっていた。
ダンジョンの階層は必ず階段により区切られている。
フロア環境が雪山だろうが浜辺だろうが森林だろうが、必ず階段だ。
この五十階層にも当然、四十九階層へと戻る階段が存在する。
その階段に近い位置には木々のまばらな広場があった。
そこで現在、とある探索者パーティと魔物――徘徊ボスの戦闘が起きていた。
「ゲギャギャ!」
魔物が耳障りな鳴き声を上げる。
徘徊ボスは〈光芒手長魔猿〉。
外見は頭胴長三メートルの大猿で、非常に長い前肢が特徴だ。
対する探索者パーティは【フェティオム】。
彼女たちはこの階層で、魔猿が他のパーティを惨殺する現場に遭遇してしまった。
その場からは逃げられたものの、戻るための階段に到着する直前でまた遭遇。
それがこの場というわけだった。
今度は逃げる間もなく戦闘に突入し、今に至る。
「ゲゲゲッ、ゲギャァ!」
「食らえ……っ!」
イルメナは手にした弓を引き絞ると素早く照準し、射掛ける。
だが敵も然るもの。
放たれた矢を見てから、さらりと躱していた。
「くそ、やはり遠すぎるな。だがこれ以上近づくわけにも……」
イルメナはボヤく。
中らないのは敵が速いからというだけではなかった。
単純に、あれは弓の有効射程の外にいるのだ。
彼我の間合いに差がありすぎて、命中する距離まで踏み込めないのである。
攻撃の間合いは圧倒的に――魔猿のほうが広い。
「ゲゲッ、ギャァッ!」
魔猿が両掌を並べてこちらへ向けると、掌に光が生じた。
「やべーにゃ! また来るにゃ!」
クロムが叫ぶと同時、全員が散開する。
彼女たちがいたその場所に――ほんの一瞬遅れて光が着弾した。
強烈な熱により地面が焦げる。
その攻撃は光線。まさしく光のビームであった。
着弾したものの、魔猿の攻撃は終わらない。
いまだ光を放ち続ける掌が、グンと勢い良く真横に振られる。
「横薙ぎ来るにゃ!」
クロムが叫ぶ。
光のビームによる横薙ぎ、その先にいたのはイルメナだった。
彼女は回避に全力を尽くし、転がるようにして躱す。
さらなる追撃はない。光の照射はそこで終わった。
攻撃の止んだ隙を見て、それぞれが迅速に動く。
木々の裏へと隠れるように走り、メンバー全員が再び集合した。
「イルメナ! 大丈夫にゃ!?」
「ああ。すまん、助かった」
「くっそやべーにゃ、あの光! 速いくせに射程長すぎにゃ! そのうえ薙ぎ派生もあるにゃ! 終わってるにゃ!」
「やってることは攻撃系の光の魔導具と同じ。でも出力が違い過ぎる。威力も持続力もずっと高い」
「掌を向ける動きで回避できるのが救いだな……」
人類がギフトや魔具という手段を用いて特殊能力を扱えるように、魔物の中にも特殊能力を扱う個体がいる。
そのような「魔物の使う能力」は〈魔技〉と呼ばれていた。
この魔猿の〈光〉も魔技に類するものだ。
この戦闘が始まって以降、戦況は少しずつ悪くなる一方だった。
敵がやっていることはあの光のビームによる攻撃だけ。
しかしたったそれだけで、【フェティオム】はこの場に釘付けとなっている。
逃走しようにも攻撃が厄介で逃げられないのだ。
「また来たぞ!」
再び光が放たれ、盾にしていた木に穴が開いた。
かと思えば横薙ぎで灌木がスパスパと軽快に斬り落とされていく。
幹の太い木は両断こそされないものの、穴が空いたり削られることがあって安全な盾とは言い切れなかった。
再び三人は散開し、狙いが定まらないようバラバラに動く。
全身を容易に隠せる壁のような大木があれば安心できるが――残念ながらそんな立派な木は見当たらない。
「イルメナ、こっち!」
「早く! こっちにゃ!」
スピネルの声に目を向ければ、そこにはドーム状の土の壁があった。
壁の裏に隠れたスピネルとクロムが手招きしている。
イルメナはそこへ滑り込むように飛び込んだ。