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イルメナたちは救援組の探索者たちへ徘徊ボスに関するあらゆる情報を共有したあと、彼らと協力しながら魔猿に殺された探索者パーティの確認などを行っていった。
そうして一通りの作業を終えたあと、助力できることが何もなくなった時点でようやく帰還できることになったのである。
イルメナたちは五十階層を突破できていないため、救援組のように五十一階層から転移で帰ることはできない。
最も近い転移部屋は四十一階層だ。
外へ向けて十階層分を戻る帰路、全員で今日のことを話す。
「ひでぇ目に遭ったにゃ。よく生きてると思うにゃ」
「そういえば階層ボス戦の予定、潰れた」
「トラブルで探索が中断されるのはよくあることだ。そう思えば、大したことじゃないさ」
当然だが全員ボス戦をしたうえに死にかけたため、ボロボロである。
「Sランク強かったにゃ~。あの攻撃なんにゃ? 全然わかんなかったにゃ。イルメナ聞いてないにゃ? なんか話してたはずにゃ」
「いや、まったく。あれは普通に世間話しただけだしな」
「せ、世間話……? あの無愛想とにゃ? 信じられんにゃ」
「驚愕。白昼夢でも見た? 死にかけたせいで意識が朦朧として、幻覚と幻聴があったのかも」
「おい、お前ら失礼だぞ。恩人だからな」
イルメナも気持ちはわかるが、それはそれとして失礼すぎると思った。
とても命を救われた側の態度ではない。
だがそもそも、こいつらは対人関係に難があるタイプである。
パーティを追い出された過去もあるほどだ。
残念だが不可分の悪癖として割り切るしかない。
彼女たちと付き合いの長いイルメナはそう思った。
「で、結局あの攻撃はなんにゃ?」
「魔具じゃないか? たしか魔具名っぽいものを口にしていたぞ。ソーなんとか……みたいな」
「いや、魔具じゃない。魔具ではああいうことはできない」
「そうなのか?」
魔導師のスピネルがやけに強く言うので、イルメナは思わず聞き返した。
魔導師の専門は魔導具だがその魔導具は魔具を元にしている。
故に魔導師は魔具にも詳しく、その知識は確かなものだ。
「通常、魔具は手元を離れると能力を発動できない。装備する、手に持つなど触れている必要がある。でもあの攻撃は――」
「上からすげぇ速さで落ちてきたにゃ。あれは絶対、能力にゃ」
「そう。まず間違いなく能力。でも上空にあったから、触れていたわけがない。つまり魔具ではない……ということになる」
「その話、例外はないのか?」
「なくはないと思う。でも少なくとも、私は知らない」
戦力となる魔具を持たない【フェティオム】は戦闘用魔具の話に疎い。
こういう話ができるのはスピネルくらいだった。
「間違ってんじゃないにゃ? 上空で発動したんじゃなくて、発動してから上空に行ったんにゃ。たぶんきっとそうにゃ」
「打ち上げて、落ちてくるまでが能力? それだと――むぅ……一理ある。そうかもしれない。そんな気がしてきた」
「おい、話変わるの早すぎだろ。さっきの自信はどこへ行った?」
「魔具をギフトで操ったのかもしれないにゃ。上空に飛ばしたのは魔具の能力で、落ちてきたのがギフトの能力だったんにゃ!」
「むぅ、それもあり得る」
ギフトには遠方の対象にも効果を与えられるものが多い。
そのため魔具が上空にあっても、操ることは可能と考えられる。
矛盾はないように思えた。
「ギフトか。そうかもな。Sランクともなれば、おそらくギフト持ちなんだろうし」
イルメナの口から、自然とそのような言葉が漏れた。
高ランク探索者の能力は通常、知られていない。
魔具はもちろんギフトも相当目立つものか目にしやすいものなどでなければ、情報などないのが普通だった。
たとえばセルネは〈竜爪剣〉という剣型の魔具を所持していると知れ渡っており、それが理由で【竜爪姫】と呼ばれているが、これは目立つに該当する事例だ。
知れ渡るほどに表立って使用してきたという証左なのである。
だが魔具を持っているとしても、「だからギフトを持っていない」ということにはならない。
両方持っている探索者もそれなりにいるうえ、そもそも高ランク探索者は当然のように魔具持ちばかりだ。
そのため魔具持ちと判明しているセルネが、さらにギフトまで持っていたとしてもおかしくはない。
イルメナの「Sランクなのだからギフト持ちであるはず」という予想も的外れではないのだ。
なおもちろん事実は異なる。
「むむむ……いずれにせよ、推測の域を出ない。証拠も何もない」
「とりあえず、すげーのは確かにゃ」
「それは本当にそう。あれはとても合理的な攻撃だと思う」
「合理的……ああ、神力耐性か?」
「もちろん」
イルメナが尋ねると、スピネルは頷いた。
「あれがギフトなのか魔具なのかは知らないけど、もし能力が関わっていても上空から落とせば落下のエネルギーで大ダメージを与えられる。敵の神力耐性が高くても不利にならない」
イルメナはあの時のことを思い出す。
たしかにあの攻撃には凄まじいエネルギーがあった。
上空から落ちてきたものは視認できない速さだったし、魔猿の身体には容易く孔を空けて首を落としていた。
「そういやそうにゃ。ちゃんと考えてんにゃ」
「Sランクだからな。深層にいけば神力耐性の高い魔物はゴロゴロいそうだし、戦い慣れているんだろう」
「たぶんそう。まさしく一日の長」
「しかしスピネル、良く見ているな」
「そんなの魔導師には当たり前。神力耐性は魔導師には死活問題だから。魔導具の出力は低い。弱い魔物の神力耐性にも邪魔されかねない。有効打を与えられない可能性がある。普通にある。雑魚にも手こずりかねない。上に行くなら、工夫しないとやっていけない」
スピネルのこういった見識は、先程の魔猿戦でも表れていた。
彼女はあの戦闘で、火や水、風などの攻撃系魔導具を一切使っていない。
神力で作られた火や水は神力耐性に阻まれるうえ、物理的な力を乗せにくいからだ。
そんな攻撃をするくらいなら別の攻撃をするか、神力を温存しておいたほうがいい。
「そうか……魔導師にも悩みはあるんだな」
「めちゃくちゃある。最近はずっと工夫を考えてる。もしボスを突破して五十一階層に行けたら、魔物の神力耐性は今より上がるはず。そうすると魔導具による攻撃は通じにくくなる。先に進めば進むほど、私の攻撃は弱くなっていく。だから工夫を考えてるけど……ぶっちゃけ、限界が近い。魔具でも欲しいところ」
「お前も魔具か……」
スピネルは今後、魔導具では力不足になると考えていた。
能力の性能は上からギフト、魔具、魔導具の順である。
魔具はギフトほどの対応幅や拡張性がない。
そして魔導具は単純に出力がまるで足りないため、すべてに劣る。
「そんな都合よく丁度いい魔具落ちねーにゃ。そもそも強い魔具ってだけでも全然手に入らないってのにゃ」
「それなんだが、今後の方針について提案がある。魔具ドロップ狙いで四十階層のボスを回らないか?」
ちょうどいい話題になったためイルメナは考えていた今後の方針についてを伝えることにした。
足踏みの多かった現状を考慮し、進展を意識した方針である。
「今までは階層探索に力を入れて、宝箱からの魔具入手を狙っていたが……このままではいつまで経っても入手は難しいだろう。あまりに運頼み過ぎる。だからボスに切り替えたい」
ボス戦での魔具ドロップ率は決して高くはない。
そのうえ強力な魔具のみを求めるとなれば、確率はさらに下がる。
しかし他の――たとえば探索で発見する宝箱からの魔具獲得などと比べれば、その確率は確実に高いといえた。
魔具ドロップのみを考えるのであれば、ボス周回は現実的な案である。
それにスピネルの分の攻撃用魔具も確保するとなれば尚更だ。
故に魔具を求めて階層ボスを周回するというのは手段として間違いではない。
「本気かにゃ? ボスなんて一日三回戦えればマシなほうにゃ。危険で疲れるし、割りに合うとは思えんにゃ」
「同意する。それが妥当な手段なら皆やっている。ボス周回が避けられているのはまともな選択じゃないから。危険なだけじゃなく、収入も確実に減る。私も割に合わないという印象が強い」
二人の反応は渋い。
この案はわかりやすい問題があった。
まず何よりも階層ボスは強力な魔物であること。
過去に突破している格下とはいえ、それは一応に過ぎない。
何度も戦えば負傷はもちろん、最悪の場合は死ぬこともあり得る。
したがってこれは安全策とは言い切れない。
そのうえでボス周回が問題なかったとしても収入の問題がある。
探索者の収入源はダンジョン探索での獲得物だ。
魔物からのドロップ、階層の宝箱、その他採集物――手に入るものは様々だが、そのほとんどは「探索」によって得られる総合的なものであり「戦闘」ではない。
つまり戦闘のみに拘ると獲得物が減り、引いては収入が減るのである。
危険と収入減。この二つのリスクは大きく、多少の魔具ドロップ率上昇では釣り合わない。
だからこそ多くの探索者は割に合わないと考え、ボス周回などしていないのである。
それが強力な魔具を手に入れるための近道だとしても、だ。
「気持ちはわかる。だがこれは根本的な問題なんだ。五十階層の階層ボスはこのままでも……もしかしたら、突破できるかもしれない。しかし戦力の強化という根本的な問題を解決しなければ、結局のところ早晩また停滞するだろう」
「うっ……それは、にゃ。わかってるにゃ……ボス突破してゴールじゃないにゃ」
「その通りだ。ボスはゴールではなく、通過点に過ぎない。だからこれは、いつやるかなんだ。今やるか、先送りにするか。どうせやらなければならないのなら、私は今やるべきだと思っている」
「先送りにして解決する保証もない。なら、今やるべき……かも?」
もしかしたら先送りにすることで解決する可能性もある。
たとえば五十階層の階層ボスを突破した際に、運よく強い魔具がドロップするかもしれない。
ドロップ品の性能の上限値はダンジョン奥へ行くほど上がるもの。
つまり四十階層より五十階層のドロップのほうが上質なのだ。
ドロップするだけでも得だが、階層差も含めればお得感はさらに上がる。
運が良ければ狙うまでもなく解決し、そのうえ狙ったものより質がいい。
そういう可能性もなくはない。
だがそんな話は言うまでもなく都合の良い妄想だ。
実現する可能性は限りなくゼロに近い。
そんな期待よりも現実を見据えて能動的にボス周回をしたほうがいい。
勝てるかどうかすらわからない五十階層ボスのドロップに期待するのではなく、周回可能な四十階層ボスのドロップに期待すべきだ。
イルメナはそのように説得する。
「ん~、わかったにゃ。とりあえずお試しとして、しばらくやってみるなら有りだと思うにゃ」
「同意する。負荷が大きければ中止すればいい」
「では決まりだな。今後はその方針で行こう」
そうして最後には、なんとかメンバーの承諾を得ることができた。
上へ行こうとするならば魔具は必須。
そのことはクロムとスピネルもよくわかっている。
故に二人も、イルメナと同様にリスクを許容したのだった。