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徘徊ボスの一件があった日から三日後。
夕暮れ時のギルド支部直営食堂。
そのテーブルの一つに、イルメナたち【フェティオム】の姿があった。
「うぇ~……今日も出なかったにゃ~。もう三日目にゃ、そろそろ出ても良いはずにゃ?」
「もうじゃない。まだ三日目。そんな簡単に出るなら苦労してない」
彼女たちは飲食しながら一日を振り返っている。
仕事終わりに飲み食いするパーティは珍しくないが、直営食堂でやる者たちは比較的少ない。
ここのメニューには軽食と少々の酒しかないからだ。
本格的にやるなら外の酒場や食堂へ向かうのである。
「そうだな。そう簡単に強い魔具が入手できるなら、探索者の平均レベルはもっと上がっているだろう。焦らず数をこなすしかない」
「別に焦ってないにゃ。早く落ちてほしいだけにゃ」
「それを人類社会では焦ると言う。クロムは里から出てきて何年目?」
「うっせーにゃ! つーか里から出てきた田舎者はおめーのほうにゃ! あたしは町生まれにゃ!」
果実酒を飲みながら口を挟んできたスピネルに対し、クロムが強く言い返す。
ちなみにイルメナも町生まれである。
とはいえクロムもイルメナもこの〈モードルード〉の出身ではない。
ダンジョン都市である〈モードルード〉には、他所から来た者たちが数多く居着いていた。
「スピネルの言うように、ボス周回を始めてまだ三日目だ。気長にやろう」
ここ最近の【フェティオム】は、強力な魔具を求めて四十階層の階層ボスを周回していた。
四十階層の階層ボスは〈水砲大蛇〉。
青色の大きな蛇であり、その魔技は水弾を飛ばすというもの。
水弾は当たれば痛いが致命傷にはならない程度であり強力とは言えない。
基本的には牽制込みの遠距離攻撃手段といったものである。
故にこれが脅威となるのは戦闘経験が少なく痛みや恐怖に弱い者、あるいは水弾を避けられない者などばかりだ。
もちろんイルメナたちはこれに該当しない。
「気長につってもにゃー。しんどいよにゃ」
「たしかに。敗ける気はしない。しかし楽でもない。疲れる」
「あれでもボスだからな。楽なわけがない」
「ぶっちゃけ、昨日落ちた良い感じの魔具がなければモチベ持たんかったにゃ」
現在、彼女たちは一日三回ボスと戦い、倒している。
勝てはする。敵の攻撃も脅威ではない。
だが余裕のある戦いというわけでもなかった。
そのため休憩を挟みながら三戦するのが限界なのである。
そして戦い同様その結果も厳しいもので、魔具はいくつか入手できたものの彼女たちの求める強力な魔具は落ちていない。
もっとも――強力な魔具ではないというだけで良品ではあった。
「あのカップ、ほんとに売って良かったにゃ? 便利だし持っといても良かった気がするにゃ」
「余裕があるならそうしていたがな。今はボス周回で収入が減っているんだ。ああいう使わない魔具やなくても困らない魔具を売って稼がないと、生活が苦しくなるぞ?」
昨日ドロップした良さげな魔具というのは、〈満水のマグ〉というものだ。
見た目は陶器製のマグカップ。
その能力は「満杯になるまで水が湧き出る」というもの。
コップ一杯分とはいえ、無限に――実際には能力発動のコストとして所有者の神力を消費するため有限だが――水が湧き出るというのは便利な能力といえるだろう。
ちなみに水は飲料水であり、カップを逆さにした場合は水が出なくなる。
水を出したければ口を上に向けるのが条件だ。
魔物のドロップ品はその魔物に関連する場合がほとんどであり、その法則は魔具にも当てはまる。
手に入ったのが水の魔具だったのは、水系のボスからのドロップ品だからだ。
「むぅ……もったいない。どうせなら私にくれればいいのに。水系の魔具は高いから手が出しにくい。ドロップならタダだったのに」
魔導師のスピネルが残念そうに言う。
どんな魔具にもそれなりの値は付く。
そして日々多くの魔具がドロップしているはずなのに、魔具の価値が落ちることはないのだが――その理由は、魔導師を始めとした研究者にあるのだ。
「話を聞いていたか? 売ったのは収入の足しにするためなんだぞ?」
「わかっている。でも魔具を売って稼いだお金で研究用の魔具を買うんだから同じこと。むしろ余計な過程を挟めば金額が無駄に目減りするだけ。私にとっては売らないほうが得だった」
魔具の研究者は魔具をバラして研究することで、魔導具作成に活かせる技術を得ている。
その過程で使用された魔具は使い物にならなくなる――つまり消費されるのだ。
故に魔具の総数は減り、価値は落ちず、どんなに使えなさそうな魔具でもそれなりの値が付くようになっているのである。
「何を言ってるんだ……売却代金はパーティで分割するんだぞ? 魔具をお前に渡すってことは、売却代金の全額を渡すのと同じだ。私たちは大損になる」
「その魔具でパーティの役に立つ魔導具を作れるから、全然有り」
「有りじゃねーにゃ! なーにが『作れるから』にゃ、確実に作れるみてーに言うんじゃねーにゃ! 魔具のバラしは無駄骨になることもあるにゃ! そのくらい、こっちもちゃんと知ってんだにゃ! パーティの金で博打しようとすんにゃ!」
「ちっ。知恵をつけたか……」
「なんにゃぁっ!? アホ扱いすんにゃ!」
魔具研究はバラしても何の成果もない、ということが往々にしてある。
バラした魔具は使い物にならないため完全な無駄となってしまう。
非常に金のかかることなのだ。
(水の溢れる魔具……私だって、手元に残しておきたい気持ちはあったがな)
二人が言い合う様子を眺めながら、イルメナは思う。
彼女は国軍に所属していた経験を持つ。
地元を出て、軍学校に入り、訓練を経て入隊し、辞めたあとは探索者になった。
この世界にはギフトや魔具などの超常の力が存在するものの、軍隊はどうなのかといえば――普通である。
不思議なところは何もない、普通の武器防具を装備した普通の軍隊が大半だ。
無論、部隊全員が超常の力を持つファンタジー軍隊もないわけではないが極一部。
たとえばこの国の場合は王室近衛隊や特務隊が該当する程度だ。
なぜそうなのかといえばギフトは希少で、魔具は高価だからである。
この世界の超常の力は、軍を構成する兵士に行き渡るほどありふれたものではない。
だから普通の軍の普通の兵士でしかないのだ。
逆にいえば部隊に行き渡らせるほどでなければ魔具を使えることもある。
一人ひとりにではなく、部隊一つに対して貸し出されることはあるのだ。
その代表的な例が地方領主から領軍に貸し出される魔具である。
この魔具は領主の所有物であり資産、いわば私財を意味するものだ。
こういった私財を貸し出すことで領軍に役立てるというやり方は、戦力的に余裕のない地方領主がよくやることだった。
また国軍では戦争時に「武器を生み出す魔具」が配備されるなどという話もある。
もっとも、元国軍所属のイルメナでもこれは実際に見たことがない。
彼女の在隊期間中、戦争の類はまったくなかったためその機会がなかったのだ。
多くの軍人たちにとって魔具は縁遠い。
だが超常の魔物が存在するこの世界において、できることならこちらも同じく超常の力で対抗したいと思うのが人情である。
故に軍人とはある意味この世界で最も超常の能力に憧れている者なのだ。
元軍人であるイルメナにもそういう部分はあった。
(水系の魔具には思い出があるからな。懐かしい……あの時は心底羨ましいと思ったものだ)
思い出すのは、かつて西部領で行われた魔物討伐の合同作戦。
その時に共闘した西部領軍の部隊が、領主から貸与された魔具を利用して水の補給をしていたのだ。
その魔具は井戸ポンプのような見た目であり、井戸を掘らずとも置くだけでいくらでも水を出せる性能を持っていた。
(こちらが飲み水にも苦労しているというのに、あちらはまさに浴びるほどあったからな。ははっ、そういえば『こんなことなら国軍じゃなく領軍に入ればよかった』なんて言ってるやつもいたなぁ)
領軍とは違い、国軍に魔具が貸し出されることはほとんどない。
国軍は国の軍であり、その最高責任者は王である。
権威ある一国の王たる者が軽々に私財を貸し出せるはずもないためだ。
相応の事情が――たとえば戦争などの理由が必要となる。
とはいえ国軍は領軍よりも大きく、部隊数も多い。
そのため王ではなく部隊長などの指揮官に属する貴族が代わりに貸し出す、というやり方も考えられるが――それもなかった。
国軍にいる貴族というのは、領地がなかったり貴族家当主ではない者がほとんどだからだ。
つまり指揮官という地位にいて立場があるとしても資産はないのである。
貸し出せるような魔具をそもそも持っていないのだ。
これらの事情を踏まえると、国軍ではなく領軍に入ればよかったという後悔もあながち間違いではない。
「飲み水に困らない魔具は私たちにとっても有用なものだが、今求めているのは戦力だ。有用な魔具を売って収入の足しにしなければならないとは、ままならないな」
「しゃーねぇにゃ。余裕がないのは弱いからにゃ。気楽に生きたきゃ強くなるしかねぇにゃ」
イルメナの言葉に、クロムが応える。
その右手はスピネルの胸ぐらをつかんだままだった。
「クロムにしては良いことを言う。ちょっと野性味強いけど」
「取捨選択を拒否したおめーが『良いこと』とか言うんじゃねーにゃ。絶対本心で言ってないだろにゃ!」
「そんなことはない。行動原理と思考能力は別物。行動しないだけで考えることは可能」
「堂々とすんにゃ! お前それ、反省してないってことだろにゃ!」
「反省する必要がない。私は合理的な考えを述べただけ」
「博打が合理的なわけねーだろにゃ!」
第二ラウンドを始めた二人を見ながら、イルメナは考える。
(クロムの言うように強くなれば、こういう不毛な争いもしなくて済むんだろうなぁ……それにしてもこいつら、元気だな)
さっきまで疲弊した様子で、「しんどい」「疲れた」と言っていた奴らと同一人物とは思えない騒ぎ方である。
それがおかしくてイルメナは微笑みながら見ていた。