魔導よろず屋『千変万化』 ~ギフト〈生体改造〉で商売始めました。治療や魔具の販売、魔眼などの能力を提供しております~ 作:弐哉
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この世界には、世界各地にダンジョンが点在している。
とはいえその数は「少なくはないが多いというほどでもない」程度だ。
どこにでもあるわけではなく、ダンジョンと無関係に暮らす人々も多い。
野外に魔物が存在するように、ダンジョン内にも魔物は生息している。
閉所である分、基本的には外よりも危険だ。
だがダンジョン内の魔物は、倒せば魔物素材や魔具など何らかのアイテムが「ドロップ」するという不思議な現象が生じる。
これは外の魔物にはない現象だった。
戦闘による直接的な資源の獲得があることから、そのメリットは明確に外以上であるといえる。
ダンジョンでは他にも、鉱物や食物を始め様々な資源を採集することが可能であり、宝箱という形で魔具を始めとしたアイテムを得ることも可能だ。
総じてダンジョンは、活動する限り半ば無限の資源を得られる場所といえる。
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ダンジョン都市〈モードルード〉の近郊に存在する〈モードルードダンジョン〉。
セルネはその十八階層で、下層を目指して走っていた。
アドルムより店の話を聞いた夜から、すでに一月ほど経過している。
王都から〈モードルード〉への引っ越しも完了しており、セルネは〈モードルード〉での探索者活動を始めていた。
彼女の装備は軽鎧と片手剣。
いずれも少しの装飾があるものの地味な印象で、ごく普通の装備に見える。
だが普通なのは外見だけだ。
セルネの装備はすべて〈生体改造〉により作製された疑似魔具であり、特殊な能力を有している。
「はぁ……移籍すると毎度、これが面倒なのよね……」
走りながらセルネはボヤく。
ダンジョンの内部は複数の階層からなっている。
下層にいくほど魔物は強力になっていき、それに比例して入手できるアイテムなどの恩恵も価値が高くなっていく。
当然のことだが、下に向かうほど入口からの距離は遠くなる。
しかしダンジョン内で寝泊まりしながら移動するようなことは、ほとんどない。
ダンジョン内には一階層、十一階層、二十一階層……と十階層ごとに転移部屋があり、十階層単位とはいえ一瞬で移動可能だからだ。
だがうまい話ばかりでもない。
転移部屋は、自分が行ったことのない階層には向かえないのだ。
つまり移動に時間がかからないのは、自身が挑戦したことのある既知のダンジョンだけなのである。
故にセルネのように移籍――活動場所を別のダンジョンに変えると、ちょっとした問題が発生する。「一階層からやり直し」という問題だ。
他のダンジョンに移れば転移部屋が使えないため、以前のダンジョンをどれだけ攻略していたとしても一階層からとなってしまう。
ダンジョン攻略を始めたばかりの初心者と同じように、スタート地点からちまちまと進むことになるのだ。
移籍するだけなら自由だが、この「初心者扱い」が嫌で移籍しないという探索者も少なくなかった。
走るセルネの正面に魔物が姿を現す。
大型犬によく似た、犬系の魔物である。
「邪魔よ」
セルネがその手に持つ剣――〈竜爪剣〉を振るうと、犬の魔物は即座に六分割され絶命した。
疑似魔具の片手剣〈竜爪剣〉は、「一振りで三つの斬撃が生じる能力」を持つ。
斬撃の数もさることながらその威力も高く、並の防御力ではまったく防げない。
さらに発生地点をある程度操作可能であるため、いわゆる「飛ぶ斬撃」のように使うことも可能だ。
まさしく竜の爪と呼ぶに相応しい攻撃を繰り出す事が可能な、強力な剣である。
死体となった魔物は少し間をおいて、消滅した。
ダンジョンの魔物は死ぬと煙のように消えるのだ。
消滅の際にドロップ品を落とすこともあるが、確実ではない。
今回はドロップしなかったため、魔物の死体は本当にきれいさっぱり何の跡も残さず消えてしまった。
ドロップがないことを確認したセルネは、再び走り出す。
「一撃で終わる雑魚とはいえ、邪魔されると鬱陶しいわね」
ダンジョンでは下層に行くほど、出現する魔物が強くなっていく。
この基準はダンジョンが違っても共通であり、階層が同じならどこのダンジョンでも魔物の強さは同程度となる。
「さっさとボスまで行かないと……この作業感に耐えられないわ」
魔物の強さには例外も存在していた。
それは十階層ごとに存在する〈階層ボス部屋〉の階層ボスである。
これは周辺の魔物より一回り強力な難敵であり、探索者にとっての壁だった。
そのため探索者ランクは、その階層ボスを基準に定められていた。
最下級のGランクなら、十階層の階層ボスを倒せればFランクになれる。
同様にFランクなら二十階層の……と続いていく。
Sランク探索者であるセルネは、七十階層のボスを倒してSランクとなっている。
彼女の最高到達階層は九十二階層。
探索者ランクの上限がSランクであるため九十階層の階層ボスを倒してもランクには反映されないが、彼女の実力はその域にある。
そんなセルネにとって十八階層のボスでもない魔物など、まさに雑魚。
ドロップ品があったとしてもその価値は低く、戦う意義がほとんどない。
走るセルネの前方に複数の魔物が見えた。
近いのは一体だけだが、その奥に二体いる。
「時間の無駄ね。相手にしていられないわ。ちょっと本気で走って、無視するとしましょうか」
セルネは呟くと、その身の疑似ギフトである〈強化脚力〉を発動した。
この〈強化脚力〉は特異部位に分類される疑似ギフトだ。
セルネの走力は一瞬にして上昇し、凄まじいスピードで駆ける。
本来戦うはずだった魔物たちを躱し、そのまま突き進んでいく。
すべてのギフトは〈魔法〉と〈特異部位〉の二種類に分けられる。
魔法とはアドルムの〈生体改造〉や〈聖魔法〉などのことだ。
特に制限なく、念じるだけで現象を起こす力を持つ。
一方、特異部位は念じるだけで発動する点でいえば同じだが、「特定の部位を起点にする」という特徴があった。
これはたとえば「手から炎を出す」といったような能力が該当する。
その部位からしか現象を起こせない。
そういう制限があるのだ。
そしてこの起点は、弱点でもあった。
起点を封じられたり失ったりすると、ギフトそのものを失うのと同義だからだ。
手から何かを出すギフトなら、手を切り落とされれば何もできなくなる。
脚を強化するギフトなら、脚が折れれば何もできなくなる。
一方、魔法系ギフトが能力を失うケースは死ぬことくらいだ。
魔法系ギフトは頭部が無事でまともな――ある程度の思考能力さえあれば、死ぬまで能力を使える。
起点という制限はわずかな違いだが、決して軽視できない差異でもあるのだ。
この「起点に縛られる」という事情から、特異部位は魔法に比べて一段低く見られがちだった。
しかし特異部位のみの優位性もある。
特異部位は「起点」という要素で能力内容に「自分の肉体」を必ず含む。
そのせいかどんな能力だとしても、副次的に身体強化の効果も備わっているのだ。
この効果は、常時発動しているいわゆるパッシブ効果。
つまり特異部位のギフト持ちは、それだけで常人より身体能力が高いのである。
これらの法則はすべて、疑似ギフトにも適用される。
そのため今のセルネは〈強化脚力〉の能力である「脚力を強化する」効果と、特異部位に共通する「副次効果の身体強化」で、脚力の二重強化を実現していた。
強化した脚力で疾走するセルネは、瞬く間に十九階層への下り階段まで到達。
接敵した魔物をすべてすり抜ける姿は、まさに風のようだった。
下層へ降りる前に、セルネは来た道を振り返る。
「凄まじい力ね。さすがはアドルムの〈生体改造〉。これに限るわ」
セルネは物心ついてすぐの頃から、アドルムとともにギフトの検証や考察を行ってきた。
故に〈生体改造〉とその成果は彼女にとっても自慢である。
十九階層に降り立ったセルネはまた同じように強化した身体能力で高速移動を続け、現れる魔物をすべてすり抜けて二十階層を目指す。
その後、僅かな時間で二十階層に到達。
今日の目標は二十階層の階層ボスを突破すること。
そしてその先の二十一階層への転移部屋を開通させることだ。
「特異部位もいいけれど、やっぱり魔法も作りたいわね。アドルムだって出来ないのは悔しいでしょうし……何か方法があればいいのに」
アドルムの〈生体改造〉は身体の改造だけでなく、応用によって疑似ギフトや疑似魔具などの「能力を作り出す」ことも可能とする能力である。
先天的な能力であるギフト、そしてダンジョンからしか得られない魔具。
それらの模造品を作れるのだから、神のような能力といえた。
しかしこれは決して万能ではなく、制限もある。
たとえば、「知っている能力やそれを調整した能力しか作れない」という制限。
他にも「脳を改造できない」、そして「魔法を作れない」という制限もあった。
脳は複雑かつ繊細であり、わずかにいじっただけでも絶大な影響が出るため干渉できないものなのである。
そして魔法を作れないのも、その脳に関係していた。
ギフトは身体に宿るものだ。
特異部位ならその部位に、そして魔法なら脳に宿っている。
したがって疑似ギフトを作りたければ、〈生体改造〉でその部位を改造する必要があった。
しかし脳は改造できない。
つまり魔法を付与することも、当然できない。
そういう事情なのである。
ちなみに脳への影響については、何の根拠もなしにそう判断しているわけではない。
実際に、かつて悪人で人体実験したことがあるのだ。
その時は対象者全員が廃人になってしまっており――当然だが脳に触れられない以上、これは回復させることのできない不可逆な変化となった。
その教訓を活かし、この制限は概ね守られている。
守られないのは一部の特殊なケース――たとえば、対象がどうなってもいい場合などだ。敵や死体に配慮する必要はない、ということである。