魔導よろず屋『千変万化』 ~ギフト〈生体改造〉で商売始めました。治療や魔具の販売、魔眼などの能力を提供しております~ 作:弐哉
「魔法は出来るなら作りたい……でも現実的じゃないのよね。解決策はいまだにないもの。代わりに疑似魔具ができたけれど、方向性が違うし」
前方に現れた大型の魔物が道を塞いだ。
しかしセルネは壁を蹴って跳躍し、難なく突破する。
今回も戦闘せずに通過することができた。
アドルムたちは魔法を作れないという欠点を、諦めて放置してきたわけではない。
それを補えるような、あるいは回避できるような方法を模索してきた。
その結果、誕生したのが――疑似魔具である。
疑似魔具の原型は、脳に干渉することなく魔法を付与する目的で考案された。
脳に触れられないなら、脳をもう一つ別に用意すればいい――という考えで「魔法専用の脳」を作ったのである。
だがこれは失敗だった。
二つ目の脳は上手く機能しなかったのだ。
詳細はおぞましいため省くが――とにかく都合のいい脳みそは作れなかった。
故に「脳は改造できない」という制限には、「作り出すこともできない」という意味も含まれている。
とはいえ「能力専用の部位を作る」というアプローチの方向性そのものは良かったため、転用が行われた。
そうして脳以外の部位を特異部位とし、さらに肉体から切り離すことで生まれた――いわば「体外に存在する能力専用の部位」こそが疑似魔具なのである。
その性質上、疑似魔具は特異部位系の能力のみを持つ。
つまり魔法系能力を有する疑似魔具は作れない、ということだ。
作り方は多少酷いが、肉体から能力を切り離すことで独立して運用できるというのはとても有用だった。
「まぁ疑似魔具は疑似魔具で便利なのだけれど……疑似魔具がなければ〈竜爪剣〉を作ることもなかったでしょうし」
セルネはその手に握る〈竜爪剣〉へ視線を向けた。
この剣は、彼女の右腕を複製して作り出された疑似魔具である。
言葉通り彼女の右腕――そして半身たる相棒だった。
ちなみに「セルネの部位」で作るメリットは特にない。
本人の一部だから性能が上がる、などという仕様はないのだ。
治るとはいえ腕を代償にするのだから、損をするだけといえるだろう。
だがセルネはあえて自分の腕で作ってもらった。
自分で考案し自分で運用する自分の武器なのだから、自分の身体から作るのが筋だと思ったのだ。
セルネたちにとって、疑似魔具のメリットは「身体から独立して運用できる」という点である。
アドルムの〈生体改造〉が一つの対象に付与できる能力数には、上限があるためだ。
これは、人はもちろん疑似魔具にも適用される制限である。
この制限があるため、能力を無限に付与することは出来ない。
だが疑似魔具として能力を身体から独立させてしまえば、本人の疑似ギフト数を増やすことなく「運用可能な能力の総数」を増やすことが可能となる。
能力ごと切り離すという疑似魔具の発想は、非常に役立った。
それまでは上限を気にして使いにくかった単純な攻撃用能力なども、コスパを気にせず戦力とすることが出来るようになったのである。
セルネの持つ〈竜爪剣〉などは、まさにそれだ。
強力な斬撃といえば聞こえは良いが、やっていることは単調な攻撃であり特殊でも不可欠でもない。
他で代替可能な手段の一つでしかなく、コストを考慮した場合切り捨てられるはずの性能だった。
「それにしても、ふふふ……ギフトのことを考えるのは、いくつになっても楽しいわね」
セルネは「そろそろ階層ボス部屋が見えてきそうだ」と思いながら、口ではまったく別のことを呟いた。
幼少の頃からアドルムとともにギフトの検証と考察をしてきたセルネにとって、ギフトについて考えるのは染み付いた癖のようなものである。
そして最近では、ギフトについて考えると必ず頭をよぎるものがあった。
開業予定の店のことだ。
「やっぱり、私もアドルムと一緒に店をやりたかったわね。疑似ギフトや疑似魔具を売るなら、私だってできることがあるのに」
セルネにとってアドルムを手伝うのは当然のことだ。
昔からずっとそうしてきた。
付け加えるなら、手伝いとはアドルムのそばですることだ。
昔からずっとそうだった。
セルネは〈Sランク探索者〉にまで至った最上位の探索者ではあるものの、Sランクという地位に価値があるとは思っていない。
いつ辞めてもいいという程度の意欲で続けている。
セルネが探索者をしているのは、アドルムの頼みだからだ。
ダンジョンで魔具を手に入れて欲しい、と言われているからである。
魔具の能力には〈生体改造〉では得られない能力も多い。〈生体改造〉の制限や欠点を補うために、魔具は多いほど良いのだ。
セルネにとってSランクとは、〈生体改造〉に対する評価と同義だ。
アドルムの〈生体改造〉により疑似ギフトや疑似魔具を有するセルネが評価されるということは、〈生体改造〉が評価されることに等しい。
そのため評価については嬉しく思うが、一方でランクそのものについては何の思い入れもなかった。
ただの肩書き程度の認識でしかない。
いずれにせよ、セルネは探索者にこだわりなどない。
アドルムの頼みがなければ、魔具を手に入れる必要がなければ――セルネは彼とともに「魔導よろず屋〈千変万化〉」をやりたかった。
「でもまぁ、仕方のないことよね。役割分担はしないと。私たち、二人しかいないのだから」
セルネは、自分の人生を良かったと思っている。
近所にアドルムが生まれて良かった。
アドルムがギフト持ちで良かった。
アドルムと村を出て、一緒に暮らすことができて嬉しかった。
セルネの価値観の中心はアドルムだ。
その少し外側に、ギフトに関して考えることがある。
その他のほとんどすべては、どうでもいいものでしかない。
だからセルネは他のものに頓着しない。
お湯とお茶の違いも、彼女にとっては大した意味などない。
セルネの世界は、アドルムを中心に回っている。
今までも、これからも。
「見えてきたわね」
進行方向に目をやれば、通路を塞ぐ巨大な扉が見えてきた。
これが階層ボス部屋の扉である。
そして扉の手前には広場のようなスペースがあった。
そこは魔物が侵入不可能な安全地帯となっていて、ボス戦前の休憩や準備を行うための場所となっている。
どこの階層のボス部屋前にもある、ダンジョンからの慈悲だった。
広場に近づくと、そこにたむろしていた探索者たちの視線がこちらを向いた。
(見たところ二パーティ、いえ三パーティいるわね。あそこで話している探索者たちは仲が良さそうだけれど、装備の質に差があるから同一パーティではないはず)
探索者たちを横目に、セルネは扉へと近づいていく。
階層ボス部屋は挑もうと思えばいつでも挑める。
いわゆる待ち時間などは存在していない。
実際には「扉の向こうに存在する部屋の中」で戦闘をするわけではないからだ。
階層ボス戦はパーティ単位で異空間に転移し、そこでパーティごとにボス戦を行う。
そのため誰かが戦闘中だったり、誰かにボスを討伐されても関係なく挑戦可能だ。
「おい待てよ姉ちゃん。あんた独りかぁ? 俺らが手伝ってやろうか?」
セルネが通り過ぎた瞬間、肩を掴んでくる男がいた。
下卑た顔でにやつく男だ。
装備は粗末で、明らかに低ランクの雑魚である。
(こういう輩は久しぶりね。王都を離れた実感が湧いてくるわ)
容姿に優れる美女のセルネは、昔からこの手のトラブルが多かった。
もっとも王都でSランク探索者として名を馳せてからはほとんどなかったため、久しぶりのイベントである。
「おいバカ! やめろ!」
「んだよ邪魔すんじゃねぇ! 俺が目ぇつけた女だ! やらねぇぞ!」
バカな男は仲間らしき別の男に止められるが、聞き入れずに言い返している。
その低劣すぎる品性に呆れながら、セルネは鎧の能力を発動した。
「熱っ……ぐああああっ! なっ、なんだぁあぁぁ!?」
「お、おい! 大丈夫か!?」
途端、肩を掴んでいた男はあまりの熱さに手を離して転がった。
セルネが身に纏う軽鎧〈覆熱装〉は、「表面を超高温にする能力」を有する疑似魔具である。
温度上昇は一瞬。
そのため生身で触れてくるタイプの相手には相性の良い能力だ。
装備者自身が触れてしまい自滅する懸念もあるが、セルネの場合は関係ない。
セルネは腕輪として〈耐熱〉や〈耐冷〉などの耐性効果を有する疑似魔具を複数装備しており、大抵の状態変化に対して耐性を持つからだ。
もっとも、それは言うほど簡単ではない。
疑似魔具に付与可能な能力数には限界があるからだ。
疑似魔具一つにつき、付与できる能力は最大三つまで。
それを超えることはできない。
故に三つ程度ならばともかく「大抵の状態変化に対する耐性」ともなれば、多くの耐性系能力を揃えなければならず、疑似魔具の数も相応に増えてしまう。
つまり物理的にかさばってしまうのだ。
これについて疑似魔具のサイズを小さくすることで対応しようとすると、今度は疑似魔具を紛失しやすくなったり、疑似魔具そのものが壊れやすくなるという不都合が発生する。
セルネの持つ耐性系の腕輪の数々は、そういった不都合を避けられるように運用しやすく調整されたものなのである。
アドルムによる試行錯誤の賜物だった。
「面倒だから殺さないでおいてあげるわ。声を掛ける相手は選ぶことね」
セルネはそう言い残すと扉に触れ、階層ボス戦用の異空間へと転移していく。
彼女の姿が見えなくなったあと、残された男たちはやっとのことで口を開いた。
「な、なんだったんだ……あの女。クソ……俺の手が、手が動かねぇ!」
「だから止めただろ! あれは王都から来たSランクだ! それをお前、あんなアホみてぇな絡み方しやがって!」
「え、Sランク……? 王都から? なんでそんなのがここにいんだよ? 二十階層だぞ!?」
「うるせぇよバカ野郎! 殺されなかったことに感謝しとくんだな!」
男たちは化物を見るような目をしながら、彼女の消えた地点を眺めていた。