魔導よろず屋『千変万化』 ~ギフト〈生体改造〉で商売始めました。治療や魔具の販売、魔眼などの能力を提供しております~ 作:弐哉
婚姻に浮かれる両親とともに男爵家へと赴いたフェリシアが出会ったのは、醜く太ったアホ面の醜男だった。
悪いのは容姿だけではない。
性格も素行も悪く、平然と暴力を振るい、息をするように暴言を吐く有様。
学も常識もマナーも何もかもが悪く、身勝手で性悪。
そんな低劣なる人品の青年こそが、ハッシュだったのだ。
貴族社会に詳しくないフェリシアたち一家から見ても、この酷い品性には違和感があった。
いくら男爵家――下級貴族家といえど、貴族は貴族。
それなりの教育を施されていたのであれば、こうはならないはずである。
その違和感は正しかった。
後に調査して発覚したことだが、ハッシュは養子だったのだ。
ハッシュはたしかにジャガノバ男爵家の次期当主である。
だが嫡男ではなく、まったく無関係な家からの養子であり、出自は平民だった。
そうなった理由は、無論ギフト持ちだからだ。
ギフトは生まれついてのものであり、ギフト持ちかどうかは完全にランダムである。その出生は偶然でしかなく、操作することはできない。
親がギフト持ちだから子供にも遺伝するだとか、そういうことはないのだ。
そのため平民に優れたギフト持ちが生まれた場合、貴族――特に家格の低い貴族家は引き取って養子にすることがある。
中でも跡継ぎに恵まれない下級貴族家などは、箔をつける目的も兼ねて安易に実行しがちだった。
ハッシュのギフトは魔法であり、攻撃能力に優れた能力でもある〈火魔法〉。
戦時には華々しい戦力となって戦果を挙げやすいことから、貴族家の養子になってもおかしくない価値を持つ能力である。
ギフトによって男爵家の養子となり、次期当主の座を手にしたハッシュだったが――生来の容姿はもちろん、それまでの育ちの悪さも相まって、次期当主だというのに家中では腫れ物扱いだった。
困り果てた男爵家はさっさと妻をあてがい、ハッシュの世話を押し付けてしまおうと計画する。
そうして話を持ちかけられたのが、年頃の見目麗しい女子がいて、なおかつ逆らいにくい「立場のある平民」であるジェスタス魔導具店というわけだった。
ジェスタス魔導具店側がそれに気づいた頃には、もはや手遅れ。
言葉巧みに進められた縁談は既に成立してしまっており、今更破談などと言い出せない段階となっていたのである。
そうしてフェリシアは、涙ながらにハッシュとの付き合いを始めた。
数日おきに男爵家へと赴いてハッシュと接する生活の始まりである。
これだけでも彼女にとっては地獄のような日々だったが――不幸はむしろここからだ。
酷い癇癪持ちでもあったハッシュはとにかく素行が悪く、暴力と暴言が日常だった。
さらに悪いことに、そんなハッシュはギフト持ちなのだ。
癇癪を起こせば〈火魔法〉を使って暴れることもあった。
ギフトの使用を躊躇することもなく、男爵家の敷地内にある小屋を全焼させたこともある。
そしてフェリシアが付き合い始めてから半年ほど経ったある日、事件が起きた。
いつものようにハッシュが癇癪を起こしたのだ。
だがいつもと違ったのは、ハッシュが泥酔していたことである。
ハッシュは酒癖が悪く、飲酒すると普段以上に攻撃的となる性質だった。
男爵家の小屋を焼いたのも泥酔が原因であり、それ以降禁酒を命じられていたのだが――どこからか盗み出して飲んだらしい。
酒の入ったハッシュは〈火魔法〉を使い暴れ回った。
男爵家の家人や使用人たちは懸命に制止しようと試みたものの、強力なギフトを前に常人では歯が立たない。
最終的には手がつけられないと判断され、男爵家の兵や〈モードルード〉から来た兵たちによって、まるで魔物や盗賊であるかのように討伐されたものの――被害は甚大だった。
男爵家の屋敷はほぼ全焼。
三十名以上が殺害され、重軽傷者は百名を超えていた。
重傷者の中にはフェリシアも含まれている。
彼女は騒動の初期にハッシュを諌めようと近づいた際、顔を目掛けて炎をぶつけられていた。
それによって両目を失明し、顔の大部分に酷い火傷を負ってしまったのである。
その後〈聖魔法〉によって治療を受けたが、両目の視力は戻らず失明したまま。
皮膚も完全には治すことができず、顔面は火傷痕だらけとなってしまった。
美しかった娘の顔は跡形もなく変貌し、今では化物のような人相だけがあった。
そのあまりに残酷な仕打ちに、フェリシアの母は卒倒し三日間寝込んだほどである。
母がいなくなり、室内で独りになったフェリシアは考える。
(私はあとどれくらい生きるのでしょう。三十年? 四十年? それまでずっとこのままなのかしら?)
考えたくなくても、考えてしまう。
これから先どうなるのか。
(今はいいかもしれないけれど、お父様とお母様が亡くなったら? あるいはもし、離縁することになったら……私はどうなるのでしょう)
フェリシアがこうなってから、たまに両親の言い争いを聞くことがある。
責任をなすりつけ合い、互いに「お前のせいだ。お前が縁談を断らなかったから」と罵り合う両親の声は聞くに堪えない。
縁談を承諾したのは両親だ。
どちらかではない、どちらもである。
フェリシアはちゃんと覚えている。
あの当時、断るような雰囲気など微塵もなかったことを。
(お兄様たちも、使用人たちも、店の従業員も……皆、昔ほど優しくはなくなってしまった。もしかしたら私は、いずれ捨てられることになるかも……)
兄たちを含め、フェリシアの周囲の者たちは態度が一変した。
所詮、彼らは顔が良くて愛嬌のある女が好きだっただけなのだ。
見えない目と醜い顔を持つフェリシアは、彼らにとってもはや居る価値のない者となったのである。
「どうして……どうして? なぜ私が……このような仕打ちを……」
ハッシュとの縁談はフェリシア自身が決めたことではない。
決定権など彼女には最初から何一つなかった。
意思決定に伴う代償が火傷と失明だというならまだ納得できるが、残念ながら現実は違う。
彼女は賛成も反対もしていない。
出来なかった――その権利がなかったからだ。
「私のせいではないのに……」
「どうやらお困りのようですね」
我が身の不幸を嘆くフェリシアの耳に、ありえないはずの声が届いた。
「えっ――だ、誰ですっ!? 誰なのですか!?」
室内には誰もいないはず。無人のはずだ。
扉が開いた気配もなかった。
この声の主は誰なのか――困惑するフェリシアを他所に、声は続ける。
「こんばんは。こんな時間に恐れ入ります。商談に参りました」