「隊長、今大丈夫ですか? 『グレズナ』に潜入中の彼から報告が届きました。」
「ありがとう、すぐに確認する。」
たった一つの蝋燭を光源とする部屋、そこに響く小さな声。
人間の国に忍び込んだ魔族のスパイたちは、密かに次の作戦への準備を進めていた。
そんな折、隊長と呼ばれた彼が受け取ったのは、小さな書状。開いて中を覗いてみれば、人間の言葉で書き記された手紙。それも遠距離恋愛に苦しむ若者の恋文にしか見えないものであったが……。彼らが考案した手法で読み解けば、立派な暗号文。
今もなお現地で情報収集に勤しむ“はずの”彼の言葉が綴られていた。
「成程……。」
「彼はなんと?」
「どうやら『グレズナ』は大森林への調査隊を派遣するらしい。それも周辺都市を巻き込んだ大規模なものだ。」
その言葉に、一瞬顔を顰める女の魔族。
先程調教した鷹に括りつけられた書状を、隊長魔族に手渡した者だったが……。彼女も諜報員として教育を受け、現在も活動中の1人。周辺都市の軍事情報や、物資の流れと言うのはしっかりと抑えていた。
だからこそ、少なくとも『グレズナ』以外が大規模な軍事行動を起こすとは思えなかったのだが……。
「どうやら町長ではなく、ギルド主催のようだ。兵士を派遣するのではなく、冒険者をかき集めて使うらしい。……お前の担当ではない故に知らないのも無理はない。『グレズナ』への加勢願いの情報は確かに流れていた。」
「然様でしたか。」
「それで……。奴はこれを機に、グレズナを落すべきだと考えているらしい。」
そう言いながら、書状に刻まれた作戦を読み上げる隊長。
どうやら書状の書き手は、これを機にグレズナへと全勢力を送り込むべきだと考えている様子。
冒険者と言う存在は誰でも成れるというその特性から構成員の多くが元荒くれ者であり、軍人や兵士と違い統率が取りにくいという欠点を持つ。しかしそれを補い上回る様に、一定数とびぬけた強者がいることは事実。種族全体が魔法に高い適性を持つ魔族としても、油断ならない者が多いのだ。
人間同士の戦争には加担しない傾向が強いが、魔族相手ならば別。
周辺地域の制圧を望む魔族たちからすれば、油断ならないのが冒険者なのだ。
そんな者たちが周辺地域から搔き集められ、一斉に大森林へと送られる。厄介な敵戦力が欠けているウチに攻め込み拠点を落してしまえ、という考えはそう可笑しなものではない。
「大森林への調査……。彼に任せた『ドラゴン』でしょうか。」
「いや、どうやら“地震”の調査のようだ。こちらまで情報は流れて来ていないが、グレズナ冒険者ギルドは何か情報を掴んだようだ。奴が調べたところによると、『もう一頭の竜の捜索』も一応行うつもりのようだが……。」
「……配置したドラゴンは1体のはずでは?」
「すでに討たれてしまったようだな。」
「ぇ……。」
その言葉に、思わず驚愕の声を漏らしてしまう彼女。
魔法を扱い魔物を操る魔族からしても、ドラゴンというのは脅威である。プライドが高く精神力も高い竜たちは、既に成体になっていた場合、魔族の支配を受け入れることはない。むしろ怪しげな術を使ったとして敵対してしまい、逆に食われてしまうほどの脅威度を誇っていた。
故に魔族たちはその卵を巣から持ち帰り、一から育てることで自分たちの手駒にしていたのだが……。
「飛行能力にブレス、単純な膂力も高いのがドラゴンです! それがどれだけ重要な駒なのか解っているのですかアイツはッ! 育成コストを考えると、そう簡単に失っていい筈が……!」
「どうやら、在野の魔女に落されたようだ。」
「確か“ルケト”とかいう? ですが奴は薬学や魔道具が専門。戦闘能力は低く、大学での成績もあまり……。そもそもそこまで高い能力を持つ魔女ではなかったはずです。」
「討伐者は別人、“ミクニ”という奴だそうだ。……完全なノーマークだな。」
彼らの議題に上がる、全く未知の魔女。
どうやら情報によると、複数の鎧を着たゴーレムを乗り回し、最近町にやって来た存在がミクニだという。これまでは地元で魔法の研究をしていたが、とある特殊なゴーレムの開発に成功したことで、販路を構築するために外に出て来た様子。
打ち倒した龍の素材。その大半を一人でギルドに持ち込んだことから、身体強化系の魔法が得意だと思われ、単身で倒し切った可能性が高いと、報告書には綴られていた。
「……つまり、彼が求めた“総攻撃”はこのミクニとやらを排除するために?」
「あぁ。どうやらギルドには加入していないようだが……。どうやら酒の席で弱点を聞き出せたようだ。裏どりも出来ているようだ。」
「さ、酒の席ですか……。」
何処か呆れたような声を出す彼女を余所に、隊長の脳裏で組み上げられていく襲撃計画。
彼の手元にある報告書には、ミクニの弱点。『1対多』が苦手だというモノが書かれていた。竜のような強者であっても、単体であればミクニはその得意魔法から屠ることが可能。けれど数を用意すれば、それがひっくり返る、と。
つまり。
冒険者たちが大森林への調査に行っている間に全勢力をもって進軍。冒険者ではないミクニが町におり反抗して来る可能性が高いが、数に弱いのであれば魔物を操り数の補強が可能な魔族側の方が有利である。それに彼ら。正確に言うならば潜入している彼には、より凶悪な“手段”があった。
「アンデッド、か。」
「……確かあの都市の墓地は、防壁の内側にありましたね。」
「あぁ、侵攻と共にアンデッドを作り、このミクニとやらを襲わせる。前から魔物、後ろからアンデッド。本来味方しかいないはずの背後から強襲を受けるのだ。この情報の真偽がどうであれ、殺せるはずだ。」
そして、アンデッドという手段が取れる以上。彼らにとって“死”は兵力の減少を意味しない。
彼らが考えるミクニがどれだけ暴れたとしても、倒された魔物。そして死んだ人間の兵士も、アンデッドになりうるのだ。勝利さえできてしまえば、兵力など即座に回復可能。既にドラゴンは魔法的処理が施されてしまったため、アンデッドとして復活させることはできないようだが……。四方八方から敵に襲われ、倒したとしても起き上がって来る存在を前に勝ち切れる者はそういない。
多少潜入している“彼”への負担が大きくなってしまうが、策としてはこれ以上ないモノだった。
「して、戦闘終了後は都市を制圧。防壁に囲まれた町を手に入れ、帰って来た冒険者たちを迎え撃つ。」
「……成程。相手からすれば疲れて帰って来たところに、家が奪い取られている。精神的な負担も大きく、そのままぶつかるよりも簡単に倒すことが出来るかと。」
「これを成功させるために、“総攻撃”の申請。間違ってはいないな。」
隊長である彼からすれば、部隊を率いる人間故に多少の予備戦力を残しておきたいところであった。
しかしながらこの報告を送って来た“彼”の戦術に関する知見は、以前から光るものがあった。そして筆跡まで完璧に“再現された”その書籍を偽物だと疑う心は一切ない。ミクニの脅威度が高い故に全力をもってことに当たるべきと“彼”が判断したのだろうと思った隊長は、その判断を信じることにした。……してしまった。
「よし、兵を集める。各地に散らばった同胞達を集めろ。」
「……よろしいので?」
「あぁ。上からそろそろ成果を上げろとせっつかれていたのだ、北の最前線で戦う同胞たちの負担を減らすためにも、ここは掛けるべきだろう。」
そう口にしながら、今動かせるすべての戦力を『グレズナ』に向けることを決めた魔族の隊長。
既に彼の手勢には魔物含め二万近い数が揃っていたが、道中能力を使い近くの魔物を支配下に置きながら進めば、より多くの数が手に入る事だろう。後は内部に潜む“彼”の合図を待ち、しかるべき時に侵攻を開始する。
勝率は、高い。
まぁ、そんな輝かしい未来に向かって動き出す魔族たちをすぐそばで見張っていた“ドロイド”がいたのだが……。
その事実を、彼らは一生知ることはないだろう。
(うんうん、良い感じに誘導できたね! 偽装書類も特に疑われてなくてヨシ! んじゃ偵察ドロイド君? 光学迷彩起動しながら、監視の継続よろしくねー!)
(らじゃらじゃ)