遺産で引き継いだSPメイドたちがヤバ過ぎる   作:最高司祭アドミニストレータ

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作者です。

先日、透明オリジナル日間ランキング20位に載っておりました。載るとは思っていなかったので、驚いております。
拙作をご覧いただき、ありがとうございます。
皆様の感想、評価をお待ちしております。


散りゆくメイド長と当主の外出と

 家の中が休まらないのなら、せめて外に出るしかない。俺は屋敷での「完全ステルス(※物理破壊と暗殺技術のオンパレード)モード」に耐えかね、ついに外出を決意した。

 

 目的は一つ。歩いて五分の距離にある近所のカフェで、毒見されていない普通のコーヒーを飲み、「一般的な二十二歳の青年」としての平穏な時間を過ごすことだ。

 

 俺は誰にも気づかれないよう、足音を殺して自室を出た。玄関のドアノブに手をかけ、勝利を確信した──その瞬間だった。

 

 

「旦那様! お出かけですか!」

「っ!?」

 

 

 背後から声がしたかと思うと、天井のシャンデリアの上からひまりがふわりと飛び降りてきた。

 

 続いて玄関の大理石の柱の影から瑠璃が、そして俺の足元の絨毯の模様と同化していたセツナがスッと立ち上がる。

 

 …こいつら、俺の外出を完全にマークしていやがった。

 

 

「外出の際は私がお供します! 狙撃されないよう、私が旦那様をおぶって時速六十キロでジグザグに走りますね!」

「馬鹿言わないで、ひまり。すでに特注の防弾装甲車をエントランスに回してあるわ。対戦車用RPGに耐えられる分、サスペンションがガチガチで乗り心地は最悪だけど我慢してよね」

「ルート上の不確定要素、カラス二羽と野良猫一匹はすでに非致死性兵器で無力化済みです。いつでも出発を」

 

 

 たかが近所のカフェに行くだけなのに、厳戒態勢が敷かれようとしていた。

 

 俺は絶望で目の前が真っ暗になった。これではカフェに着く前に、俺の精神が粉砕されてしまう。

 

 

「…お前ら、頼むから」

 

 

 俺が膝から崩れ落ちそうになった、その時だった。

 

 

「──旦那様。今です、走ってください!」

 

 

 廊下の奥から、悲痛な叫び声が響き渡った。そこに立っていたのは、この屋敷で唯一の常識人であり、俺の戦友であるメイド長だった。

 

 今日の結衣さんは明らかにおかしかった。

 

 いつもは綺麗に整えられている髪を振り乱し、目は血走り、その両手には──どう見ても真っ黒なサブマシンガンが二丁、しっかりと握りしめられていた。

 

 

「ゆ、結衣さん!? なんで唯一の一般人であるお前が、マシンガンを二丁も構えているんだ!?」

「今朝、セツナの部屋のベッドの下から押収したものです…! 旦那様、ここは私が食い止めます! どうか、どうか外で美味しいコーヒーを飲んできてください!」

 

 

 涙声で叫ぶなり、メイド長は引き金を引いた。

 

 

 ダダダダダダダダッ!! 

 

 

 凄まじい銃声と共に、邸宅のエントランスにゴム弾の雨が降り注ぐ。

 

 日々の修繕費と胃痛によるストレスで、ついに彼女の中で何かが弾け飛んでしまったらしい。

 

 

「結衣さん、俺のために…っ!」

「メイド長!? あなた、一般人のくせに何てことを…!」

「っ、防衛陣形展開! 対象を保護しつつ、メイド長を制圧します!」

 

 

 突然の身内からの掃射に対し、SPメイドたちも即座に戦闘モードへと切り替わる。

 

 瑠璃が大理石のテーブルを蹴り飛ばして盾にし、セツナが壁を蹴って立体的な機動に入り、ひまりがゴム弾を「痛っ、あはは、虫刺されみたいです!」と素肌で弾きながら突進していく。

 

 

「もう嫌なんです! 旦那様に普通の生活を…私のボーナスを守るためにもおおおぉぉっ!」

 

 

 両手にマシンガンを構え、涙ながらに乱射を続けるメイド長。その姿はあまりにも気高い。

 

 だが悲しいかな。相手は祖父が莫大な金で集めた最高峰の異常者たちだ。

 

 セツナの放った閃光玉で視界を奪われたメイド長は、ひまりに背後を取られ、瑠璃の流れるような関節技によって一切の怪我なく、見事なまでにスパイダーウェブで簀巻きにされていた。

 

 

「ああっ…! 旦那、様…っ」

 

 

 床に転がった簀巻きのメイド長が、涙ながらに俺へ手を伸ばす。

 

 

「メイド長。あなたのその自己犠牲の精神、同じ護衛として感服したわ」

「…見事な覚悟でした。安らかに」

 

 

 なぜかSPメイドたちが、ハリウッド映画の戦友の死を看取るような真顔でメイド長を取り囲み、黙祷を捧げている。

 

 

(今だ!)

 

 

 俺はメイド長が作り出してくれたこの「数秒の隙」を、無駄にはしなかった。

 

 防弾装甲車にも乗らず、おんぶもされず、俺は自分の足で正面玄関を蹴り開け、外の光へと向かって全速力で駆け出した。

 

 

「ありがとう! お前の給料、絶対に上げてやるからなあああぁぁっ!」

 

 

 背後で簀巻きにされている彼女に心の中で敬礼し、俺は涙を拭いながら歩いて五分のカフェへと全力疾走した。

 

 結衣さんの尊い犠牲によって、俺はついに魔境からの脱出に成功。

 

 息を切らしながら辿り着いたのは、大通りから少し外れた場所にある、こぢんまりとしたアンティーク調の喫茶店。

 

 重厚な木製のドアを押し開けると、「カランコロン」という平和の象徴のようなベルの音が鳴り響いた。

 

 

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 

 

 エプロン姿の人の良さそうなマスターが、穏やかな笑顔で出迎えてくれる。

 

 …素晴らしい。胸ポケットに手を入れても関節を極めてこないし、俺の背後に回り込んで死角を確保しようともしない。

 

 ただの、善良な一般市民の真っ当な接客だ。俺は窓際の席に深く腰を下ろし、震える声でブレンドコーヒーとチーズケーキを注文した。

 

 数分後。俺の目の前に湯気を立てる香り高いコーヒーと、艶やかなケーキが運ばれてきた。

 

 俺は周囲を見渡す。

 

 狙撃手はいない。観葉植物の陰から俺を監視する目もない。何より、コーヒーに謎の化学試薬を垂らしてくる青白い手も現れない。

 

 ゆっくりと一口飲んだ。

 

 致死量の毒も入っていなければ、化学反応で紫色に変形してもいない。焙煎された豆の深いコクと程よい苦味が、五臓六腑に染み渡っていく。濃厚なチーズケーキの甘さが、擦り切れた俺の精神と胃壁を優しく撫でる。

 

 

「これが、『平穏』か…!」

 

 

 俺は危うく、人目も憚らず泣き出しそうになった。

 

 小説を取り出しページを開く。誰にも邪魔されず、自分のペースで読んでいく。

 

 たったこれだけの日常が、今の俺にとっては砂漠で見つけたオアシスのように尊かった。

 

 小一時間ほど至福の時を過ごし、俺は完全にリフレッシュした状態で会計を済ませる。

 

 ショーケースに並んだケーキを指差し、俺のために身を挺してくれた結衣さんへの労いとして、テイクアウトの箱を包んでもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶店を出た俺は、信じられないほど足取りが軽かった。

 

 見上げる空は抜けるように青く、頬を撫でる春の風は心地よい。鳥のさえずりすら、今の俺には祝福のファンファーレに聞こえる。

 

 

「ふふっ、ふふふふふっ」

 

 

 あまりの気分の良さに俺は自然と鼻歌を歌いながら、大富豪の当主らしからぬ軽いステップで帰路についていた。

 

 屋敷の巨大な敷地が見えてきたあたりで、ふと我に返る。

 

 

(あの後、メイド長は無事に簀巻きから脱出できたのだろうか…俺を逃がしたことで、猛獣たちに屋敷を半壊させられてはいないだろうか)

 

 

 一抹の不安を抱えつつ、俺は無傷のまま残っている玄関の重厚な扉の前に立った。

 

 そっと息を呑み、ゆっくりとドアノブを回す。

 

 

「──ただいま」

 

 

 恐る恐る扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、予想だにしなかった光景だった。

 

 

「反省しています」

「ぐっ、まさかあたしが、こんな手で屈服させられるなんて…っ」

「…沈黙。完全なる、我が敗北です」

 

 

 エントランスホールの広大な大理石の床の上。

 

 規格外の怪力を誇るひまりも、裏社会で無敗だった瑠璃も、冷徹な元暗殺者のセツナも。三人のヤバすぎるSPメイドたちが、全員綺麗に横一列に並び、シュンと肩を落として「正座」をしていたのである。

 

 

(えっ!? 結衣さん、どうやってあの強固なワイヤーの簀巻きから脱出したんだ!?)

 

 

 俺が内心で激しくツッコミを入れていると、その三人を前にして仁王立ちしている小柄な影──結衣が、手にした家計簿をビシィッと突きつけた。

 

 

「分かっていますね? 今月だけで修繕費がどれだけかかっていると思っているんですか! 玄関の大理石の張り替え、特注ドアの蝶番の修理、壁の弾痕の修復、そして先ほどの弾薬の無駄撃ち! これらすべての損害額は、あなたたち三人の今月のお給料から『全額天引き』とさせていただきます!!」

「「「──っ!!」」」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、最強のSPメイド三人の肩がビクンと大きく跳ねた。

 

 

「そ、そんなぁ…! 私、今月のお給料で、近所のスーパーの特売の和牛ステーキ肉をいっぱい買おうと思ってたのに…!」

「ふ、ふざけないでよ! 今月は限定モデルのトレーニングシューズを予約してるのよ!? 天引きされたら払えないじゃないの!」

「ミッション失敗。今月分の薬品カートリッジおよび、対物スナイパーライフルの手入れ用オイルの補充が、不可能です…」

 

 

 この世の終わりのような顔をして頭を抱える異常者たち。

 

 どれほど圧倒的な武力を持っていようと、どれほど高度な暗殺技術を持っていようと、彼女たちもまた現代社会で雇用されている一人の労働者に過ぎない。

 

「資本主義」と「経理の権限」の前では、暴力など何の意味も持たなかったのだ。

 

 

「嫌なら、今後一切の『過剰な破壊工作』および『無断での兵器使用』を禁じます。ルールを破れば、さらにペナルティとして一週間のおやつ抜き、および休日の外出禁止を命じます。いいですね!」

「「「はいっ…!!」」」

 

 

 あの猛獣たちが、完全に平伏していた。

 

 

(結衣さん、お前が一番強いよ)

 

 

 俺は心の中で、メイド長に深い敬礼を捧げた。

 

 玄関の入り口で呆然と立ち尽くしている俺の気配に気づくと、結衣さんはバインダーを胸に抱え直し、いつもの人の良さそうな、柔らかな笑顔へと表情を切り替えた。

 

 先ほどの鬼神のような迫力は欠片もない。

 

 

「あ、お帰りなさいませ旦那様! 無事に普通のコーヒーは飲めましたか?」

「ああ。最高のリフレッシュになった…色々とありがとうな」

 

 

 俺は歩み寄り、手に持っていた箱をそっと結衣に差し出した。

 

 

「これ、近所のカフェで買ってきたチーズケーキだ。お前の分もあるぞ。お茶でも淹れて、一緒に食べよう」

「えっ! 旦那様がわざわざ私に…!? ありがとうございます、すぐに準備いたしますね!」

 

 

 ぱぁっと花が咲いたように笑い、ケーキの箱を大切そうに抱きしめてキッチンへと小走りで向かうメイド長。

 

 その後ろ姿を見送りながら、俺は正座したまま恨めしそうにこちらを見上げている三人のSPメイドたちに、大人の男として余裕の笑みを向けてやった。

 

 

「お前たちのおやつは抜きらしいからな。大人しく反省しておくんだぞ」

 

 

 この屋敷においてメイド長の存在が俺の平穏を守る、最後の希望になることを確信した素晴らしい日となった。




次回は「スギ花粉とお客様」をお届けします。
木曜日に投稿予定です。
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