遺産で引き継いだSPメイドたちがヤバ過ぎる 作:最高司祭アドミニストレータ
透明ランキングではありますが、オリジナル日間で25位でした。ありがとうございます。
それでは皆様の感想、評価をお待ちしております。
ロケットランチャーとアサルトライフルを構える右大臣・左大臣。
遥か下の七段目に左遷された三人官女。
そして、楽器を持つ五人囃子にスナイパーライフルで照準を合わせているメイド。
俺の悲痛な絶叫は春の空気に虚しく吸い込まれ、目の前には日本の美しい伝統行事を根底から冒涜するような『要塞』が完成してしまっていた。
俺は頭を抱え、高級なペルシャ絨毯の上に膝から崩れ落ちた。
なぜこうなった。俺はただ、女の子の健やかな成長と幸福を願う平和なひな祭りを楽しみたかっただけなのに。
これではただの、市街地テロの籠城現場ではないか。
「旦那様? お茶の準備ができましたよ」
絶望の淵に沈む俺の耳に、キッチンから顔を出した結衣さんの声が届いた。俺はよろよろと立ち上がり、彼女のもとへと向かう。
キッチンカウンターの上には、桜の花びらを象った可愛らしい小皿に乗った『ひなあられ』と、美しい三色の層をなす『菱餅』が用意されていた。
春らしいパステルカラーと微かに漂う甘い砂糖の香りが、擦り切れた俺の神経をほんの少しだけ癒やしてくれる。
「結衣さん…ありがとう。せめてこのお供えだけは、俺の手で飾らせてくれ。俺がこの狂った空間に『風情』という名の楔を打ち込んでみせる」
「だ、旦那様? なんだかお顔がすごく疲れていますが…はい、お願いしますね」
俺は決意を胸に、ひなあられの小皿を右手に、菱餅の皿を左手に掲げ持ち、振り返って要塞――もとい、ひな壇へと足を踏み出した。
これ以上、彼女たちの軍事ごっこに付き合う必要はない。
当主として堂々と歩み寄り、お内裏様とお雛様の前にこの美しい和菓子を供え、手を合わせるのだ。
そうすれば、さすがの猛獣たちも「あ、これは平和な行事なんだな」と気づいてくれるはずだ。
一歩、二歩と、俺はひな壇へと距離を詰める。ひな壇から半径三メートルの領域に踏み込もうとした、その瞬間だった。
――ピィィィィィィンッ!!
唐突に、耳をつんざくような甲高い電子音がリビングに鳴り響いた。俺はビクッと肩を震わせ、足を止める。
視線を落とすと、俺の足首の高さに、微弱な赤い光線が何本も張り巡らされているのが見えた。
どうやら、俺がその一本をつま先で遮ってしまったらしい。
「なんだこれ!? いつからリビングに防犯レーザーセンサーが!?」
俺が驚愕の声を上げるより早く、屋敷の空気が一瞬にして凍りついた。
「――不可視の防衛ラインに接触反応! 不審な男がVIPに接近!」
スナイパーライフルを構えていたセツナが、氷のように冷酷な声でアラートを発した。
不審な男って俺だぞ! この家の主だぞ!
「待って旦那様! 対象の両手に、見慣れない形状の危険物を発見しました!」
「チッ、油断したわ! いつからあんなものを持ち込んでいたのよ!」
ひまりと瑠璃の顔色が一気に青ざめる。
彼女たちの視線は、俺の持っている『ひなあられ』と『菱餅』に釘付けになっていた。
「あのパステルカラーの細かい粒…一見すると可愛らしいですが、あれは間違いなく『小型の連鎖爆発物』です! そして左手の三色に色分けされた物体は、見た目からして『最新型のC4プラスチック爆薬』!!」
「VIPを木端微塵にする気ね! させないわ!」
「ち、違う! これはひなあられと、菱餅で――!」
俺の弁明は、彼女たちの異常な防衛本能の前に完全に掻き消された。
ドンッ! と床を蹴る鈍い音が響いたかと思うと、赤いポニーテールの残像が俺の視界の端を駆け抜けた。
「そこを動くなっ!」
瑠璃の鮮やかなスライディングが、俺の足元を正確無比に刈り取る。重力が反転し、俺の体が宙に浮く。両手に持った小皿から、ひなあられがパラパラとスローモーションのように宙を舞うのが見えた。
「旦那様! 爆発の衝撃は、私のこの肉体のすべてをもって吸収します!」
背中から床に激突する直前、ハニーブロンドの髪を揺らしたひまりが、俺の背後へと潜り込むようにして凄まじい力で俺の体ごと絨毯に押さえつけた。
隕石が落ちてきたかのような圧倒的な質量の圧迫に、俺の肺から空気が「ぐふっ」と絞り出される。
さらに、倒れ込んだ俺の右腕を、瑠璃が流れるような動きで取り、完全にロックして背中側へと捻り上げた。
「対象を制圧。関節の可動域を完全にロックしたわ。大人しくしなさい、少しでも暴れれば即座に肩を外すわよ」
「い、痛い痛い痛いっ! 降参! タップ、タップだ!」
俺は高級なペルシャ絨毯に顔面を擦りつけながら、必死に左手で床をバンバンと叩いた。
だが、プロの武術家による関節技は一切の慈悲がない。激痛こそないものの、筋肉と骨格の構造を完璧に支配されており、指一本まともに動かすことができなかった。
しかも背中にはひまりの豊かな双丘と規格外の体重がのしかかり、息をするのも苦しい。
「…周囲のクリアリング完了。対象以外の敵影なし。制圧行動、見事でした」
セツナがスナイパーライフルを肩に担ぎ、俺を見下ろしながら無機質に告げた。
俺の周囲には、可愛らしいピンクや白のひなあられが散乱し、三色の菱餅が無惨にも床に転がっている。当主である俺が、自邸のリビングで爆弾魔扱いされ、自分のメイドたちに完璧に組み伏せられている。
この理不尽すぎる状況に、俺の目からツーッと熱いものがこぼれ落ちそうになった。
「――あーなーたーたーちーっ!」
その時。地獄の底から響いてくるような、低くドスの効いた怒声がリビングに轟いた。
ビクッ、と俺を押さえつけていた猛獣たちの動きが止まる。
声の主はキッチンからお盆を持って現れた、メイド長の結衣さんだった。
彼女は右大臣がロケットランチャーを構える異常なひな壇と、床で簀巻き状態にされてうめき声を上げている俺の姿を交互に見比べた。
いつもは温厚な彼女の笑顔が、ピキリピキリと音を立てて引きつっていく。
「旦那様にいったい、何をしてるんですかぁぁぁっ!!」
バンッ! とお盆をテーブルに叩きつける音。そのあまりの気迫と、経理担当という『屋敷内の最高権力者』としてのオーラに当てられ、SPメイド三人の顔からサッと血の気が引いた。
「め、メイド長!? いや、違うんです! 旦那様がVIPに小型爆弾を…!」
「爆弾ではありません! ひなあられです! そしてあれはVIPじゃありません! 人形です!」
結衣さんの烈火のごとき一喝。
その瞬間、瑠璃は弾かれたように俺の腕を解放し、ひまりは「ひゃっ」と短い悲鳴を上げて俺の背中から飛び退いた。
「いっ、たたた…っ」
俺は肩の関節をさすりながら、よろよろと立ち上がる。結衣さんが慌てて駆け寄り、俺の服についた埃を払ってくれた。
「だ、旦那様、申し訳ありません! 私が少し目を離した隙に、またこの子たちが…っ」
「いや…結衣さんが来てくれなかったら、俺の肩は今頃確実に外れていた。ありがとう」
俺が疲労困憊で息を吐き出していると、瑠璃が不思議そうに、本当に心底理解できないというように首を傾げて前に出てきた。
「メイド長、私たちを叱るのは構いませんが…しかし、あれほど高貴な衣服を纏ったVIPが高台に鎮座しているのです。完全な防衛陣形を敷かなければ、いつ外からスナイパーの的になるかわからないでしょう? 我々はプロとして、当然の処置をしたまでです」
セツナとひまりも、瑠璃の言葉に深く頷いている。彼女たちは、本気で護衛任務だと信じ切っているのだ。
悪意など微塵もなく、ただその忠誠心とプロ意識のベクトルが、常識という名のレールから完全に脱線しているだけなのだ。
俺は小さく息を吸い込み、乱れた服の襟を正した。
暴力や経理の力で押さえつけるだけでは、いつかまた同じことが起きる。ここは、当主である俺自身が、彼女たちに『日本の美しい常識』を教え込まなければならない。
「三人とも。そこの絨毯に正座しなさい」
俺は努めて穏やかながらも、有無を言わさぬ真剣な声でそう命じた。当主の静かな威厳を感じ取ったのか、三人は互いに顔を見合わせた後、素直に俺の前にちょこんと正座をした。
次回は日曜日に投稿予定です。