遺産で引き継いだSPメイドたちがヤバ過ぎる 作:最高司祭アドミニストレータ
三人のSPメイドたちが俺の前にちょこんと正座をしている。
先ほどまでの殺気は嘘のように消え去り、彼女たちの顔には「なぜ自分たちが叱られようとしているのか」という純粋な困惑だけが浮かんでいた。
俺は小さく息を吐き、散乱したひなあられを拾い集めてくれている結衣さんに一礼してから、静かに口を開いた。
「いいか、お前たち。あそこに飾られているのは、決して護衛すべきVIPなんかじゃない。今日、三月三日は『ひな祭り』といってな…女の子の健やかな成長と幸福を願う、日本の古式ゆかしい伝統行事なんだ」
「…女の子の、幸福」
瑠璃がポツリと呟き、怪訝そうに眉をひそめた。
「そう。だから俺は、この屋敷にいる結衣さんや、ひまり、瑠璃、セツナ…お前たちがこれからも健康で、怪我なく幸せに暮らしていけるようにと願って、あの人形たちを飾ろうとしていたんだ」
「旦那様が、私たちのために…?」
ひまりの大きな瞳が、瞬きを忘れたように俺を見つめている。
俺は少し照れくささを誤魔化すように、咳払いを一つ挟んだ。
「お前たちが裏社会や戦場で、今までどういう教育を受けてきたかは知らない。だが、ひな人形というのは元々『形代』といってな。紙や草で作った人形で自分の体を撫でて、女の子に降りかかる病気や厄災、穢れといった『悪いもの』を代わりに引き受けてもらい、川や海に流す風習から始まっているんだ」
俺は言葉を選びながら、できるだけ分かりやすく、この人形たちが持つ本来の「身代わり」としての意味を説明した。
これならきっと、彼女たちにも平和な行事の意味が伝わるはずだ。
「つまりあのお内裏様やお雛様は、お前たち女の子を守ってくれる優しくて尊い存在なんだよ…分かってくれたか?」
俺が優しく問いかけると、三人の表情がハッと劇的に変わった。
困惑が消え去り、代わりに彼女たちの顔に浮かんだのは――何かに深く感銘を受けたような、強烈な『プロとしての敬意』だった。
「なるほど。つまり、あの方々は我々に降りかかる致命傷や状態異常を、自らの身を挺して一手に吸収してくれる……『究極のデコイ』ということですか!」
「っ!?」
ひまりの口から飛び出した物騒な単語に、俺は思わず息を呑んだ。
「なんて気高い自己犠牲精神…! あの方々自身が、全てのヘイトを集める最強の盾だったのね!」
「理解しました。対象の身代わりとなり、一切の厄災をその身に受ける。我々と同じ、いや、それ以上の過酷な任務を帯びた『大先輩』ということですね」
瑠璃が感嘆の声を漏らし、セツナが深く、深く頷いている。
彼女たちの視線は、ひな壇の最上段に鎮座するお内裏様とお雛様に注がれていた。その瞳には、かつてないほどの熱い尊敬の念が宿っている。
(なんか…微妙にニュアンスが違う、というか単語のチョイスが完全に戦場のそれなんだが…)
俺は引きつりそうになる頬を必死に堪えた。
彼女たちの中で「ひな人形=排除すべきリスク要因」という認識から、「ひな人形=敬意を払うべき大先輩」という認識に書き換わったのは間違いない。
結果オーライだ。これ以上、細かい日本の情緒を説いても無駄だろう。
俺は静かに痛む胃を押さえながら、妥協の道を選ぶことにした。
「あ、ああ。まあ、大体そんな感じだ。だから、大先輩に向かってスナイパーライフルを向けたり、ロケットランチャーを持たせたりするのは、大変失礼な行為にあたる。わかるな?」
「「「ハッ!!」」」
俺の言葉を聞いた瞬間、三人のSPメイドたちはバネ仕掛けのように立ち上がった。
彼女たちはひな壇の前に横一列に並ぶと、お内裏様とお雛様に向かって踵を揃え、背筋をピンと伸ばした完璧な『軍隊式の敬礼』を捧げた。
「我々は先輩方に対し、多大なる無礼を働きました! 申し訳ありません!」
ひまりの号令に合わせて深々と一礼した後、彼女たちの動きは迅速だった。
セツナが床に張り巡らせていたレーザーセンサーの電源を切り、素早く回収する。
ひまりが右大臣の肩から対戦車ロケットランチャーを取り外し、左大臣からアサルトライフルを回収する。
瑠璃が、一番下に左遷されていた三人官女を本来の二段目へと丁寧に戻し、スナイパーライフルの標的にされていた五人囃子の位置を微調整した。
右大臣と左大臣の手に、再び古式ゆかしい弓と太刀が戻される。
結衣さんの的確な指示のもと、ぼんぼりや桜橘、御所車などの美しい嫁入り道具が正しい位置に配置されていく。
数分後。
そこに完成したのは、武装テロリストの要塞などではない。緋毛氈の赤と、金屏風の輝きが見事に調和した、本来の美しく雅な『七段飾りのひな人形』だった。
「…うん。見事だ」
俺は満足げに頷き、結衣さんが集め直してくれた『ひなあられ』と、床から拾い上げた『菱餅』を、今度こそ関節技を極められることなく、お雛様の前へと静かにお供えした。
「皆様、お待たせいたしました! 温かい甘酒と、桜餅の準備ができましたよ!」
結衣さんが、桜の花びらを散らした美しいお盆を持ってリビングに戻ってきた。
俺たちはひな壇の前にローテーブルを広げ、座布団を並べて全員で円座になった。甘酒といってもアルコールは入っていない、米麹の優しい甘さが香る温かい飲み物だ。
桜の葉の塩漬けが香る、ピンク色の可愛らしい桜餅。俺は配られた湯呑みを手に取り、三人のSPメイドと、結衣さんを見渡した。
「まあ、設営で少し揉めたりもしたが。改めて、今日はひな祭りだ」
俺は照れくささを隠すように、少しだけわざとらしく咳払いをした。
目の前では、ひまり、瑠璃、セツナの三人が、俺の次の言葉を待つように背筋を伸ばしてこちらを見つめている。
俺は湯呑みを軽く掲げた。
「ひまり、瑠璃、セツナ、そして結衣さん。君たちがこの屋敷で、これからも健康で、怪我なく、幸せに過ごせるように…乾杯」
当主として、いや、一人の男としての不器用でささやかな願い。
俺の言葉を聞いた瞬間、三人の猛獣たちの瞳が、みるみるうちに潤んでいくのが分かった。
「だ、旦那様…っ!」
ひまりが大粒の涙をポロポロとこぼし、両手で顔を覆った。
瑠璃はツンと顔を背けながらも、その耳まで真っ赤に染め上げ、セツナでさえも、その無機質な瞳の奥に確かな感情の揺らぎを見せている。
「私たちのような日陰の身の幸せを、旦那様が願ってくださるなんて…! うぅっ、私、一生四十万家にお仕えしますぅっ!」
「べ、別に感動なんてしてないわよ! でも…その言葉、絶対に忘れないから」
「胸の奥の体温が上昇しています。これが、幸福という事象ですね」
三者三様の心からの喜び。
彼女たちの純粋な反応に、俺の胸にもジーンとした温かいものが込み上げてきた。色々と異常な奴らだが、根は本当に素直で良い子たちなのだ。
思い切ってひな祭りをやって良かった。
俺が穏やかな微笑みを浮かべながら甘酒に口をつけようとした、その時だった。
「旦那様!」
ひまりが涙を拭い、ガタッと立ち上がって力強く宣言した。
「我々も、あそこに鎮座する大先輩の気高い精神を見習います! これから旦那様に放たれるあらゆる凶弾、毒牙、凶刃のすべてを! 我々が自らの肉体で受け止める『最強のデコイ』となることを、ここに誓います!!」
「ええ! あたしの命に代えても、アンタの盾になってみせるわ!」
「旦那様を守るための、究極の肉の壁。それが私の新たな存在意義です」
三人は涙ながらに、俺に向かって完璧な軍隊式の敬礼をビシィッと決めた。
その顔は、殉職を覚悟した特殊部隊員のそれであった。
「……」
俺の手に持っていた湯呑みの中で、甘酒の白い水面が波打った。
違う。俺が教えたかったのはそういうことじゃない。お前たちの幸せを願った直後に、どうして俺への弾除けになるという物騒極まりない誓いを立てるんだ。
(だから、そういうことじゃないんだってば…)
俺は心の中で力なくツッコミを入れながら、限界を迎えた胃の痛みを誤魔化すように、甘じょっぱい桜餅を一口かじった。
美しく雅な七段飾りのひな人形が見下ろす中。
俺の平穏至上主義は、彼女たちの重すぎる忠誠心によって、またしても物理的かつ精神的に粉砕されるのだった。