前世がYAMA育ちな菜月昴の異世界生活 作:雨天
深い闇の底から意識が浮上し眠りから覚める。
瞼を開いて目に飛び込むのは見知らぬ天井。そこに備え付けられた結晶が、如何なる原理でか光を生み出して室内を照らし出している。
「枕の感触が違えな」
寝返りを打って頭に触れる感触がいつもと違うことに気付く。ついでに寝心地もふかふかしていて気持ち良い。使い慣れた布団とは大違いだ。
そして匂いも良い。肺一杯に空気を吸い込めばお日様の匂いが鼻を突き抜けていく。
まあ、お日様の匂いって本当は日差しで焼け死んだダニの匂いなんだけど。
人生で知りたくなかった雑学トップ3に入る知識である。
ダニの死臭を思う存分堪能した後にベッドから降りて体の調子を確認する。
そしていつの間にか着替えさせられていた寝巻きを捲って傷の具合を確認する。
「傷痕なし、か。エミリアたんが治してくれたって線が濃厚だな。治癒魔法があれば、の話だが。実はあの時死んでて巻き戻し喰らったとかは考えたくない。そもそも一目で豪邸だろうと推測できる部屋に寝かされてる時点で有り得ないだろうと思いたい」
果物屋の店主が実は超金持ちで、オマケに店先でぶっ倒れたおれを介抱してくれてるって線はなくもない。が、万に一つの可能性だ。
そして何より死に戻りしてない証拠は身体中の筋肉痛が証明してくれている。
俺が全力で戦闘すると全身の筋肉に有り得ない程の負荷が掛かり、翌日の筋肉痛はかなり酷いものになるのだ。
まあ、肉体を最大限酷使している訳だから当然なんだけどな。
「ふむ。筋肉痛は相変わらず酷いが肉体を動かすのに支障が出る程じゃない。これなら奇襲があっても対応出来るな。あって欲しくねえけど、ないとは言い切れないのが異世界の怖いとこ」
実際に初めて遭遇したのがチンピラだったことを思えば、どんな厄ネタが飛び出して来るか想像も付かない。
政治関連とかも怖い。急に国家に関わる重大な案件に引っ掛かる可能性はゼロじゃない。
「はぁー…やめやめ。不確定要素なんて指折り数えてりゃ終わらねえっつの。それより、ここ多分エミリアたんの家だよな?大事な徽章って言ってたし、エミリアたんってばやんごとなき身分なのか?」
フェルトもロム爺も貧民街の住民で、こんな豪邸に住んでるとは考え難い。
とするとあの場にいたエミリアたんが徽章を取り返した礼に俺を屋敷に連れ帰った可能性は充分有り得る。
「とは言ってもまだ朝には早いよな。気絶してたとはいえ、俺の優秀な体内時計はあれから五、六時間ってとこだから」
屋敷の人間もまだ眠ってる時間だろう。
やることないし、屋敷の散策でもするか。
扉の前まで歩いて行き、ドアノブを捻って扉を開けて外へ出る。
素足から冷たい感触が伝わり、廊下は冷えた空気に包まれている。
部屋の外に広がっていたのは暖色系の塗装で統一された広い廊下だ。左右どちらにも長々と道が続いていて、途中途中に同じような扉が点在している。
「こんだけ広いと相当な金持ちじゃないと見合わないな。正に貴族様のお屋敷って感じだ」
素足で廊下を歩きながらそんな感想を溢す。
そしてその静けさに眉を顰める。余りにも人がいない。気配がまるでないのだ。
使用人含めて全員が気配を殺せる達人とか有り得ない前提がなければこの静けさには納得が出来ない。
置かれている調度品も飾られている絵画も歩いている内に何度も同じ物を見た。それに加えて長過ぎる廊下の存在が引っ掛かる。
俺は部屋から出て右の方向に歩き出し、そして幾つもの扉を越えてきた。なのに一度も突き当たりに遭遇しない。
「これはあれだな?所謂ループする廊下って訳だ。何ともループに縁のある異世界だこと」
しかし、まあ。この俺にループする廊下なんて単純な罠を用意するとは。
無駄な努力お疲れ様ですと言いたい気持ちである。
何故なら─。
「ループする廊下!そのゴールは最初の部屋ってのがお決まりだから。俺に安直な勝負を挑むとは哀れなり」
俺は最初に出て来た部屋の前に立って扉を開ける。
その先には先程見た二十畳程もあるだろう豪華な部屋ではなく、見覚えのない書庫が広がっていた。
「……なんて、心の底から腹の立つ奴なのかしら」
初見で見事にループする廊下を攻略してみせた俺への賞賛を口にするのは美しい少女であった。
外見年齢はフェルトよりも更に幼く、恐らく十一、十二歳といったところ。豪奢でフリルを多用された藍色のドレスを着用し、その過剰装飾がやたらと似合う顔立ちをしている。
髪の色はクリーム色というのが一番近く、淡いその輝きを長く伸ばし、ロールした巻き毛にしているのが特徴だ。かなりドリルっている。
そんな可憐な少女がつんと澄ました顔で俺の前に立っている。
「そんなつんつんしてると可愛い顔が台無しだぜ。ほら、スマイルスマイル」
「ベティーが可愛いのなんて当たり前なのよ。それよりもお前をどうするかの方が問題なのかしら」
「穏やかじゃねえな。そっちの思惑無視したのは悪かったよ。俺ってこういうので無意識に正解一発で引いちゃうタイプなんだわ。GMからしたら用意したイベント全部踏んで欲しいとこだろうけど」
「折角用意したマナ感知型の罠が無駄になったかしら。一言で最悪なのよ」
中々に悪辣な少女であることよ。
恐らく客人の位置にいる俺に対して罠を用意するとは。
やはり異世界。価値観が大分違うな。それともこの少女が特別なだけか。
「ま、此処は俺のリアルラックが上手だったということで。気を落とす必要はないぜ」
「つ、疲れる奴なのよ……ロズワールも、あの娘に勝手を許すからこんな訳の分かんない奴と会う羽目に。後でとっちめてやるのよ」
「あの娘ってことはやっぱ此処はエミリアたんの屋敷か。誘拐犯のアジトとかじゃなくて安心したぜ」
傷を治して盗品蔵に放置アンド誘拐とかいうバッドエンド一直線な展開になってないようで良かった。
そしてそろそろ本題に入るべき頃合いだろう。
「んで、此処はどこ?見たとこ書庫っぽいけど」
「ベティーの寝室なのよ」
「……額面通りに答えるのを正解と思ってるのって、今時の若い子にありがちなマニュアル人間って奴なんだと思う。あんまし良くないぞ?」
「ちょっと揶揄い返したらこの有様なのよ!」
自称ベティーはご立腹の様子だ。
頰を膨らませて腕を組み、煌びやかなドレスを揺らして此方へと近寄って来た。
「そろそろベティーも限界なのよ。ちょっと思い知らせてやった方が良いような気がするかしら」
少女は浅葱色の瞳で此方を見上げ、薄い桃色の唇が微笑みを象る。
本能が警鐘を鳴らしている。
俺は警戒を前面に出しながら少女を見た。
「何か言いたいことでも?」
「い、痛くしないでね」
「軽口も此処まで徹底してると感心するのよ。痛いかどうか、それはお前次第じゃないかしら」
少女の掌が俺の胸に触れる。表面を優しく慎ましやかに撫でられる。
悪寒を覚えた直後、全身を炎で炙られるような錯覚を得た。
凄まじい何かが体内を荒れ狂い、指先から髪の毛一本まで焼き尽くすような感覚。
何かが肉体から引き摺り出されるような感覚があった。
「っ…!」
「気絶しないどころか、立ったままで居られるのは褒めてやるかしら。聞いてた通り、頑丈なのよ」
「何しやがったドリルロリ……」
「ちょっと体の中のマナを徴収しただけかしら。凄まじいゲートなのよ。六属性全てに適性があり、マナの吸引量、保有量、放出量全てが規格外かしら。とても人間とは思えないのよ」
俺はマナの徴収の余韻に苦しみながら思考を回す。
俺がこの世界の中でも規格外と称されるだけの特別な肉体を持つのは、恐らく肉体という器に収まる魂が普通ではないことが影響しているのだろう。
俺の前世は特別な生まれだった。人外魔境と称される山の中で生まれ育ち、その後は一般人の真似をして暮らしていた。
獰猛な妖怪や魔物に囲まれても生きていけるように作られた俺の魂は常人とは一線を画す。その魂に影響されて今生の肉体も特別仕様になったのだろう。
「まあ、敵意がないみたいなのは確かめられたのよ。それに、これまでベティーに働いた散々の無礼も今のマナ徴収で許したげるかしら」
「お前もパックと同じ存在なんだろ。見た目以上に年齢を重ねてる。だから妙に落ち着いた性格してやがる」
「にーちゃに会ってる割には気付くのが遅かったのよ」
にーちゃ、というのはパックのことだろう。同じ精霊だし兄妹なのかもしれない。精霊に兄妹という概念があればの話だが。
辛そうな俺を見て笑みを浮かべる少女を見て、俺は苦し紛れに言葉を溢す。
「良い性格してんね。最高だぜ、ドリルロリ……」
俺はそう言ってその場に倒れ伏した。
意識が遠のいていく。
ただでさえ血が足りなくてフラフラしてたのにマナ徴収とか訳分からんことされて俺の体が悲鳴を上げている。
「他の連中には話しておいてあげるのよ。お前の厄介な性格も合わせて」
つまり、この場で放置されるという選択肢はないということだ。
性悪な振りして放って置けないとは、根っこの優しさが隠せていない。やはり良い性格をしているようだ。
俺は安心して意識を手放したのだった。
・オリ主
異世界の洗礼を浴びて恐々としている。
それはそれとして可愛い子が好きなのでベアトリスを気に入った。
隙あらばだる絡みする腹積もり。
前世の世界は妖怪、魔物、宇宙人が跋扈する混沌とした世界観。
その中でも触れてはならない禁忌の山で生まれた。
・ベアトリス
オリ主のゲートを見て、その異常性に目を剥いた。
絶対に普通の人間じゃないと思っている。