前世がYAMA育ちな菜月昴の異世界生活   作:雨天

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第六話 牧歌的な朝

 

 

 

「あら、目覚めましたわ、姉様」

「そうね。目覚めたわね、レム」

 

 眠りから覚めると意識を失うまで感じていた疲労が消えていた。

 筋肉痛もすっかり回復し切っており、自分自身の自然治癒力に驚嘆する他ない。

 さて、見知らぬ声が二つ聞こえて来たことには敢えて触れないでおく。

 

「体感時間はあれから更に四、五時間程経過している。元の世界の時計だと大体七時ってとこか」

「今は陽日七時ですのよ、お客様」

「今は陽日七時になるわ、お客様」

 

 陽日、というのが何か分からないが声は親切に時間を教えてくれる。

 字面からして明るい時間の七時だろうか。そもそもこの世界の時間が二十四時間なのかも分からない。

 

「ほぼ丸一日寝っ放したか。まあ、最高で五十二時間寝続けた経験からすれば大したことでもねえな」

「まあ、碌でなしの発言ですわ。聞きました、姉様」

「ええ、穀潰しの発言ね。聞いたわよ、レム」

「んで、さっきからステレオチックに俺を責める君らは誰よ、姉様方」

 

 布団を跳ね除けて起き上がる。

 ベッドの右側の方に二人の少女が立っていた。

 二人は手を重ね合わせて俺を見る。

 ある程度予想は出来ていたが、少女達の容姿は瓜二つ、双子の少女だった。

 身長は目測で百五十センチ真ん中くらい。大きな瞳に桃色の唇、彫りの浅い顔立ちは幼さと愛らしさを感じさせる。

 瓜二つの顔をした二人は髪型もショートカットで揃えているが、髪の色は桃色と水色でそれぞれ違う。更に髪の毛で片目を隠しているが、桃色は左目で水色は右目を隠しているというのも違いだ。

 そして何より目を引くのが着用している衣服。即ちメイド服である。

 

「ば、馬鹿な!!この世界にはメイド服が存在するってぇ言うのか!!」

 

 黒を基調としたエプロンドレスに、頭の上に乗せたホワイトプリム。メイド服としてオーソドックスなクラシックスタイルに身を包む美しい双子。

 これぞ、メイドのの理想の体現と言える。

 

「大変ですわ。今、お客様の頭の中で卑猥な辱めを受けています、姉様が」

「大変だわ。今、お客様の頭の中で恥辱の限りを受けているのよ、レムが」

「俺のキャパシティを舐めるなよ。二人纏めて妄想の餌食だぜ、姉様方」

「……もっと大人しく目覚めたり出来なかったの?」

 

 トントン、と開いた扉を内側からノックして此方を見る少女がいた。

 長い銀髪の美しさは陰りを知らず、今日は結びを解かれて自然と背中へ流されている。服装は町で見掛けたローブ姿ではなく、黒い系統が目立つ細身に似合ったデザインの服装だ。

 スカートは膝丈よりやや短く艶やかだが、その領域は太腿の上まで届くニーソックスが隠している。

 

「おお!今日の服も似合ってんね!」

「ありがとう。血が足りてないところにベアトリスから悪戯されたって聞いたから、ちょっと心配してたんだけど……するだけ無駄だったみたい」

「寝起きから元気が良いのは俺の良いとこよ。それと聞くのが若干怖えんだけど、俺のことちゃんと覚えてる?」

「変な質問するのね。スバルぐらい印象が強い相手ってそうそう忘れられないと思うけど」

 

 俺はちゃんと記憶されてることに安堵の息を吐く。

 双子の姉妹がエミリアたんの元まで歩いて行き、背後に隠れた。

 

「聞いて下さい、エミリア様。あの方に酷い辱めを受けました、姉様が」

「聞いてちょうだい、エミリア様。あの方に監禁陵辱されたのよ、レムが」

「もう、ラムもレムもスバルを揶揄わないの。スバルは多分、良い子なんだから」

「はーい、エミリア様。姉様も反省しています」

「はーい、エミリア様。レムも反省したと思うわ」

 

 ラムとレムと呼ばれた双子は反省の欠片も見えない反省を宣言した。そんな彼女らの態度に慣れているのか、エミリアたんはさして気にする様子もなく俺を見遣った。

 

「それで体の調子は大丈夫?どこか変だったりしない?」

「おう。元気一杯だぜ。たっぷり寝て肉体の疲労と筋肉痛は回復したからな」

「そう、良かった。後遺症とか残ってたらどうしようかと…」

「まあ、そん時は自己責任だ。不要な責任まで負おうとしない方が良いぜ。そういや、随分と印象の違う格好してんな。何してんだ?」

「あー、あんまり服のことには触れないで。私も不本意なの……何してたかって言われると、これから朝の日課に出るところだったんだけど……」

 

 エミリアたんは額を押さえて言い難そうに言葉を濁す。

 俺が引っ掛かったのは別の言葉の方だ。

 

「日課?」

「屋敷の庭を借りて、朝は少し精霊とお話を。それが私にとって誓約の一つでもあるから」

「精霊とお話とはなんともファンタスティック。誓約ってのは今一分かんねえけど……」

「まあ、元気なのは良いことだけど、まだ寝てる人も多い時間だから騒ぎ過ぎちゃ駄目よ。ずっと寝てたスバルに大人しくしてなさいってのも酷いけど」

 

 俺はふむ、と考え込む。

 朝に暇な時間が出来た時にすることは一つだ。

 

「庭ってことはそこそこ広いよな?」

「庭ってよりは庭園って言った方が近いくらいだしね。それが?」

「んにゃ、それでエミリアたんが精霊とトークしてる間、俺が庭の隅っこでなんかしてても気にならないって条件が合えばだけど……」

「大声で叫び回るとかしなければ別に……え?今、なんて言ったの?」

「何が?」

「ねえ、なんて言ったの?たんってなに?どこから来たの?」

「まあまあ、そこは気にせず」

 

 俺はエミリアたんの疑問を軽く受け流して姉妹に向き直る。

 

「へい、メイド姉妹。俺の服って知らない?いつの間にか入院服になってるし、多分ここで預かってくれてると思うんだけど」

「分かるかしら、姉様。ひょっとして、あの薄汚い灰色の布切れ?」

「分かったわよ、レム。多分、あの血で薄汚れた鼠色の襤褸切れ」

「その襤褸切れが唯一の衣服なんだわ。無事なら持って来て下さい」

 

 双子が了解を求めるようにエミリアたんを見る。エミリアたんが仕方がないと目で示すと双子は頷いて部屋を後にした。

 

「ホントに体調は平気なの?私から見ても、浅くない怪我だったのよ?」

「実際、完璧に塞がってるしな。血が足りねえのが不安なくらい。日課の筋力鍛錬も一日サボってるし、取り返す為には怠けてらんないの。後、何より重要なのが、怪我治してくれたのエミリアたんだよな?ありがとう、助かった。やっぱ死ぬのは怖いわ」

「お礼を言うのは私の方。あの場所で、殆ど知らない私の大切な徽章を取り返してくれた。怪我の治療なんて当たり前よ」

 

 エミリアは真剣な眼差しでそう口にする。

 それを否定する理由もないので、素直にお礼を受け取っておく。

 

「持って来ましたわ、お客様」

「持って来たげたわ、お客様」

 

 双子が帰還したらしい。

 桃色が上着、水色がズボンを持っている。幸い、血の痕跡は残らず洗濯して貰えたらしい。

 パッと見、変化のないジャージの姿に安堵していると、双子が俺の服を脱がそうとして来た。

 

「着替えくらい一人で出来るわ。三歳児か俺は。美少女に着替えさせて貰うってのは嬉しい展開だけども」

「まあ、恥辱より快楽が勝るなんて本音が出てますわ、姉様」

「あら、屈辱より幸福が勝つなんて心底から変態だわ、レム」

「微妙に姉様の方が口悪いのな。着替えるから離してくれ」

 

 ジャージを双子から奪還し、いそいそと着替えようとした段階で気付く。

 

「そういえば、俺をこの服に着替えさせてくれたのって?」

「私だけど。ラムとレムが出払ってて、手当てついでに着替えさせられるのが私だけだったから。あ、軽くだけど体もちゃんと拭いてあげたから」

 

 エミリアが欠片も気にする様子もなく口にする。

 俺はそっと履いているズボンの中を覗き、下着まで取り替えられている事実を確認した。

 

「俺の息子まで確認されたと。もうお嫁に行けない……」

「男女が逆なら納得のいく発言なんだけどね。時間もないから、行くなら早く行きましょう」

 

 エミリアたんが気にしてないので俺も気にしないことにした。

 余計な追求は墓穴を掘ることになる。

 衣服を手に持って目配せすると女性陣が着替えの意思を確認して部屋を出て行った。

 一人になった部屋の中で着替えを始める。作務衣のような服は脱ぐのに手間取ったが、何とか脱ぎ終えてジャージを着用する。

 

 部屋を出てエミリアたんと合流し、今度はちゃんと果てがある廊下を通り抜けて、俺は屋敷の庭へと降り立っていた。

 ちなみに双子は仕事があるらしく、途中でそそくさと消えている。

 

 屋敷の庭は、庭というより原っぱのような広さをしていた。

 漫画やアニメのような光景に感嘆の息を漏らし、俺は早速屈伸運動を始める。

 俺がリズムに合わせて体を動かしているとエミリアたんが不思議そうに首を傾げた。

 

「珍しい動きしてるけど、何してるの?」

「ん?この世界じゃ準備運動って概念がないのか?体動かす前にあちこちの筋肉を解しとかねえと、思わぬところで靭帯損傷、アキレス腱断裂なんて憂き目に遭うぜ」

「ふーん、あんまり見たことないかな。でも、確かに体を温めないで急に動かすと怪我しやすいものね」

「準備運動しねえのか、この世界は。じゃあ俺が教えよう!俺の故郷に伝わる由緒正しい準備運動を!」

 

 エミリアたんは俺の気迫に呑まれたのか、ややたじろぎながらも此方に倣う。

 俺はエミリアたんの隣に並び、屋敷に背を向ける形で太陽を正面に大きく息を吸った。

 

「ラジオ体操第二〜!手を前に伸ばしてのびのびと背伸びの運動〜!俺に続け、フォローミー!」

 

 最初は戸惑っていたエミリアたんも徐々にやる気を出していき、真剣に運動を始める。

 

「で、最後に両手を掲げてヴィクトリー!」

「び、びくとりー」

「以上。初めてにしちゃ上出来だ。エミリアたんにはラジオニスト初級の称号を授ける。今後も励めよ。ファイト!」

「スバルの発言はともかく、運動がちゃんとしていたのは事実ね。体の中をマナが綺麗に循環していくのを感じるから」

「広めてくれて良いぜ。但し、歌を正しく広める条件で」

 

 ラジオ体操は音楽と掛け声があって初めて成立するのだ。

 エミリアたんは真剣に歌詞を覚える為に復唱し始めた。

 そして一通り曲と歌詞を覚えると不意に疑問を口にした。

 

「スバルって結構鍛えてるわよね。かなり良い家柄の出でしょう?武術とか習ってたんじゃないの?」

「おう。一般家庭出身だけど、武術は習ってたな。空手、柔道、剣道、ボクシング、合気なんかもやってた。暇な時間を作らないように心掛けてたからな」

「どうして暇な時間を作らないようにしてたの?」

「……暇があると色んなこと考えて不安になるからな。今は頭空っぽにしてるからそんな不安ないけど。常に明日へ向かって突き進む!」

「スバルって本当は真面目な性格なのね。だから色んなことを考えちゃう。それってすごーく大変そう」

「そうだな。だからちょっと前までは苦労してたんだぜ。ま、今はそんな不安とは無縁だけどな」

「もうちょっと色々心配した方が良い気はするけど、それもスバルの良さなのかも」

 

 エミリアたんはそう言うと懐から緑色の結晶を取り出した。

 それは確かパックの依代である結晶だ。

 

「それって…」

「精霊が身を宿す精霊石よ。パックとは初めて会うわよね」

「あ、ああ。そうだな」

 

 実は死ぬ前に会ったことがあるとは口が裂けても言えない。

 死んだ、という事実を知られたらエミリアたんに余計な心配を掛けることになる。

 まあ、信じられない可能性の方が高いが。

 

「騒ぎが片付いた後でリアから話は聞いたよ。よろしく、スバル」

 

 精霊石が輝き出し、光の粒が無数に現れる。

 それが結集して次第に小さな輪郭を作り出す。

 数秒後にはエミリアたんの手の中に小型の二足歩行の猫が出現していた。

 

「や、おはよう。良い朝だね」

「俺にとっては割と波瀾万丈な夜から朝に掛けてだったけどな。ループする廊下にベアトリス?からのマナ徴収。そんでエミリアたんにお嫁に行けない体にされて……」

「人聞き悪い言い方しないの」

「さーせん」

 

 俺が頭を下げて謝るとエミリアたんは頷いてパックに声を掛けた。

 

「おはよう、パック」

「おはよう、リア。昨日は大変だったみたいだね。スバルには感謝しないと」

「いやぁ、大したことはしてねえよ。徽章を狙う殺人鬼を撃退して、徽章を盗んだ子を助けて徽章を取り返したくらい………あれ、割と凄いことしたな」

「そうね。だから、ちゃんとお礼をしないと」

「ボクからもお礼するよ。何か要望はあるかい?」

「じゃ、好きな時にモフらせてくれ」

 

 パックもエミリアたんも俺の要望に目を丸くした。

 エミリアたんは少し慌てたような様子を見せる。

 

「ちょ、もうちょっと考えて決めても良いんじゃない?こんな小さくて弱そうな見た目だけど、パックの力は本当に凄いのよ?」

「少し引っ掛かるけど、そうだよ。こう見えて、ボクは結構偉い精霊なんだ。だから欲張っても構わないんだけど」

「おいおい。俺みたいな一流のモフリストからしたら、モフりたい対象をいつでもモフる権利ってのはある意味じゃ、巨万の富と引き換えても余りある対価だぜ。モフモフは荒んだ人の心すら浄化する!」

 

 俺は早速権利を行使してエミリアたんの手の中のパックをモフる。

 そのモフモフ具合は至高と言って差し支えない。

 

「ふーむ、スバルの凄いところは本気で言ってるとこだね。薄ぼんやりと心を読めるから分かるんだけど」

「なんだかもう、スバルを理解しようとするのって疲れるわね」

「出会って間もなくて理解を諦めるとは。対人関係は相互理解が大事なんだぜ」

「スバルは一際理解するのに時間が掛かりそう」

 

 そう諦観を込めて言われてしまう。

 俺は割とシンプルな性格してると思うんだがな。

 

 エミリアたんは俺の手からパックを回収して庭の外れへと足を向ける。

 

「それじゃ、私は誓約を済ませちゃうから……スバルはえっと、そっちの方で草毟りでもしててくれる?」

「よーし、張り切って毟っちゃうぞー。って、そんなことの為に来たんじゃねえのよ」

 

 エミリアたんは「冗談、冗談」と笑いながら離れていく。

 俺はその場に四肢を突いた。

 準備運動は済ませているから、後は日課の筋力鍛錬である。

 腕立て、腹筋、スクワットを限界が来るまで行う。

 腕が変な音を立てても、足の筋肉が悲鳴を上げても鍛錬を断行する。

 

「後は木刀があれば最高なんだがな」

「どうぞ、お客様」

「使って、お客様」

 

 不意に現れた姉妹がいそいそと俺の手に木剣を渡していった。

 姉妹に礼を言うと、すぐさま消える二人の神出鬼没さに唖然とする。

 兎に角、手には望み通りの木剣がある。

 形状は所謂両手剣の形だ。重さもそこそこある。

 

「さて、この世界で本格的に戦いへと身を投じる前に、慣らしだ」

 

 自分の対面にイメージするのはこの世界で出会った強者、エルザだ。

 前世の山で出会った魔物や妖怪もそこそこ強かった。が、やはり人の中で強者となるとエルザが飛び抜けて強い。

 故にこの世界で戦う為の指標になる。

 

 エルザの動きを記憶から再現し、木剣を振るって幻影に立ち向かう。

 幻影は蝶のように舞い、蜂のように鋭い攻撃を仕掛けて来る。

 それを捉えるのは生半可なことではない。幻影の攻撃一つ一つが致命に足る。

 それを躱して一撃を叩き込み、幻影を相手に打ち込み稽古をする。

 

 それを暫く続けていると二つの気配が近寄るのを感じ取った。

 それはメイド姉妹の気配であり、俺は稽古を中止して何事かと顔を向ける。

 エミリアたんも誓約とやらを終えたのかいつの間にか俺の近くにいた。

 

 メイド姉妹が腰を折り、頭を下げて口を開く。

 

「「当主、ロズワール様がお戻りになられました。どうかお屋敷へ」」

「そう。ロズワールが。じゃ、迎えに行かないとね」

「「はい。それからお客様も。目が覚めているなら、ご一緒するようにと」」

 

 パックが縮み、エミリアの銀髪の中へと沈む。

 スッと俺の側に青髪のメイドが歩み寄る。タオルで知らずの内に滴っていた朝を拭う。

 

「悪いな」

「いいえ、使用人として当然の務めですわ、お客様」

「いいえ、使用人として当たり前の仕事だから、お客様」

 

 やったのはレムの方なのに、当然のようにラムがふんぞり返る。

 使用人モードが若干外れ掛けている気がする。

 

「で、ロズワールさんはどなた?」

「この屋敷の持ち主……そっか、説明してなかったのよね。えっと、そうね。ロズワールは……会えば分かるわ」

「諦め早いな!そんなに特徴ないの?」

「「「「ううん、逆」」」」

 

 四重奏で返って来た言葉に動揺する。

 そんな俺からレムが木剣を回収する。

 ラムは屋敷を手で示した。

 

「どんな言葉を並べても無駄。ロズワール様の為人は、ご本人に会ってご理解なさってお客様。ええ、きっと大丈夫」

「きっと、スバルとは気が合うから。頭の痛い話だけど」

 

 エミリアはそう気の重くなる言葉を呟いたのだった。

 

 

 





・オリ主
言動の軽薄さは意識して頭空っぽにしてる証拠。
朝の日課はラジオ体操と限界まで筋トレすること。
偶に前世で出会った凶悪な魔物や妖怪をイメージして稽古している。今回からエルザが加わった。
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