前世がYAMA育ちな菜月昴の異世界生活 作:雨天
「二階の使用人控室の……そうね、西側の部屋ならどれでも良いわ。好きなところを自分の部屋にしなさい。そこに制服も置いておくから」
「うーい、了解。んじゃ、そうだな……」
屋敷の二階に案内され、制服と仮住まいが与えられるに当たり、候補として挙げられた部屋を眺める。
部屋の作りは大体同じだろうし、選ぶ基準となるのは階段に近いこと。
そうして選んだ部屋の扉を開けば、そこには禁書庫が広がっていた。
「にーちゃ素敵。モフモフ最高なのよ。モフモフモフ」
「………」
そして、そこにはパックを思う存分モフるベア子がいた。
俺は無言でその光景を眺める。
子猫をモフる美しい幼女という光景は胸が温まる。
ベア子が俺達の気配に気付き、ゆっくりと視線を此方へ向ける。
俺は笑顔で祝福の拍手をした。
「おめでとう。俺は新たなモフリストの誕生を祝福する!」
「良いからとっとと閉めるのよ!」
ベア子が掌を俺に向ける。するとそこから衝撃波が生まれ、俺の全身を叩いた。俺は壁に激突するまで吹き飛ばされる。
今のは魔法だろう。どんな原理か知らないが、中々の威力である。
俺はいきなりの攻撃に対して文句を垂れる為に閉められた扉を開いた。
その先にはベッドとクローゼットが配置されただけの簡素な部屋が広がっていた。
ラムが背後から声を掛けてくる。
「一度、ベアトリス様が気配を消されたらもう分からないわ。屋敷の扉を総当たりしない限り、あの方は自分からは出て来て下さらないから」
「だから諦めろって?それで諦められる程素直な性格してないんだわ」
俺は振り返って廊下を全力疾走。廊下の一番端の扉まで駆け抜けると思いっ切り扉を開いた。
「モフっ!?」
「凄いね、スバル」
そこには目を見開くベア子と賞賛を口にするパックがいた。
今度は吹き飛ばされないように素早く禁書庫内に入り込む。
勢い良く入ったので埃が舞った。
「埃が滅茶滅茶上がったのよ!」
「掃除してない方が悪い。司書なら部屋の掃除ぐらいしろよ。引きこもりの唯一の仕事だろ」
「引きこもりとかいう不名誉な呼び名はやめるかしら!好きで引きこもってる訳じゃないのよ!」
ベア子が憤慨してそう語る。
その言葉の重みに気圧される。良く考えれば、四百年も生きてる精霊が理由なく篭ってる訳もない。
何かしらの誓約があるのだろう。俺にはその内容を推し量ることは出来ない。
遅れて禁書庫に辿り着いたラムが口を開く。
「仲は兎も角、相性が良いのはホントのようだわ」
「そんな訳ない!!」
ベア子が頬を膨らませて否定する。
俺はベア子の態度に文句を口にする。
「別に相性良いって評価は悪いもんじゃねえだろ」
「お前となのが最悪なのよ!」
「酷いなぁ。傷付いちゃうぞ!傷付いちゃおっかな!?」
「喧しいのよ!さっさと出てくかしら!」
「はーい」
俺は悪ふざけが過ぎたと反省しながら禁書庫を出る。
ラムが何事もなかったかのように屋敷の案内を始めたのでそれについて行くのだった。
◇
屋敷に来てから四日を過ぎた頃、俺は屋敷の庭に足を運んでいた。
身を包むのは四日前に支給された執事服。裾上げなど諸々を施してサイズを合わせてある。
髪型も整えてあり、前のように何の手入れもしていないということはない。
雑用係として様になって来た今日この頃。俺はいつものようにエミリアの元へと向かっている。
庭園の一角、背の高い木々に囲まれ一際強く月の恩恵を受けている場所に目的の銀髪の少女がいた。
周りには淡い光が無数に浮かび、幻想的な風景が広がる。
声を掛けるより先にエミリアが俺の気配に気付く。
閉じていた瞼を開き、紫紺の双眸が俺を捉える。
「や、今日も綺麗だね」
「そういうお世辞は言い過ぎない方が良いわよ。本気にする子が出ちゃうから」
「俺はいつだって本気だぜ。特に口説く時は冗談を言わないようにしてる」
「もう。スバルって誰でも口説くわよね。この前もラムをデートに誘ってたし」
エミリアは呆れたように溜め息を吐く。
確かに、この前は「暇が出来たらデートして」って姉様に言ったっけな。ま、断られたんだけど。
ラムとレムってばロズっちにご執心なんだよな。レムに関しては何となく避けられてる雰囲気もあるし。
それでも諦めないのが俺である。諦めの悪さは世界一と豪語出来る。
「そんで、エミリアたんは何してんの?」
「朝の日課の延長をしてるの。だいたいの子とは朝の内に会えるんだけど、冥日にしか会えない子達もいるから」
冥日、というのはこの世界特有の時間表現で、凡そ夜の六時から翌朝の六時までの十二時間を意味する。
逆に朝の六時から夕方六時までの時間を陽日と呼んでいて、元の世界の午前と午後といった括りの代わりに一般的に使用されているのだ。
ちなみに一日の時間は二十四時間でほぼ元の世界と変わらない。人間の活動時間も同様だ。
不意にエミリアが言葉を溢す。
「見てて面白いものじゃないでしょ?」
「エミリアたんといて退屈と思うことなんてねえよ」
「なっ」
俺の直球な物言いにエミリアが顔を赤くする。
それを眺めながら言葉を続ける。
「それにほら、ここ何日かはゆっくり話す機会もなかったろ?」
「そう、そうよね。スバルはお屋敷の仕事で忙しかっただろうし、私も勉強に集中してたから」
屋敷の仕事は基本的なことは大体覚えた。
炊事、洗濯、掃除。どれも元の世界で技術を磨いていたお陰で先輩二人に迷惑を掛けることなく仕事を熟せた。
ベッドメイキングなどもしっかりと蓄えた知識を活用して行った。
「ラムとレムもこっそりだけどスバルのことを褒めてたりしたのよ」
「マジか!先輩方も見てないとこでデレてるとか、マジツンデレーションしてんな!明日の俺はもっと活躍するぜ!」
俺が手を上に掲げてそう宣言すると、エミリアは俺の手に注目した。
「どうしてそんなに手がボロボロなの?」
「あー…これね。今日の夕方、屋敷の側の村まで買い物に行った時に、子供達が戯れてた小動物に超ガブられた」
「治そうか?」
「いや、大丈夫。このくらいなら明日には治ってる。─それにしてもあの犬っころ妙だったな」
元の世界では動物に嫌われる経験なんてなかったのだが、今日出会った犬?は攻撃的だった。
撫でようとしたらガブられ、抱っこしようとしたらガブられと散々だった。
それに加えて子供達の無限の体力に付き合うのも大変だった。
「あのガキども……容赦なく蹴るわ殴るわ鼻水拭くわ。最悪だった」
「スバルって小さい子の面倒見とか良さそうだもんね」
「まあ、公園で良く子供達と遊んでたりはしたな。何故かやたらと好かれるんだよな」
俺が元の世界に想いを馳せてるとエミリアが「さて」と空を見上げた。
「そろそろ私は部屋に戻るけど、スバルは?」
「俺は日課を終えたら戻るよ。そだ、エミリアたん。良かったら明日村までデートしに行かない?」
「でも、私が行くとスバルの迷惑になるかも……」
「他人の目なんか気にしてたら切りがないぜ。それに俺に迷惑と思わせるのは中々骨が折れるぞ」
「……じゃあ、私の勉強が一段落して、ちゃんとスバルがお屋敷の仕事が終わったらって条件だからね」
「よっしゃ!ラジャった!仕事なんてすぐに終わらせてやるぜ!」
俺の大袈裟な態度にエミリアが口端を緩める。
「スバルを見てると私の悩みって小さいなぁってそう思う」
「悩みのデカさなんて人それぞれさ。そいつにはそいつの許容量ってのがある。辛くて苦しい時は正直に吐き出すとすっきりするぜ」
「そうね。困った時は人に相談するのが一番よね」
エミリアは笑みを浮かべながらそう口にしたのだった。
◇
屋敷に戻った俺は適当な扉に当たりをつけて中を覗く。
視線の先には禁書庫が広がっていた。
扉の前にベア子が座っているので声を掛ける。
「うーい、ちゃんと寝たかよ、ベア子。あんまし遅くまで起きてると成長ホルモンが分泌されなくて小さいままになんぞ」
「……当たり前のように扉渡りを破るようになりやがったのよ」
ベア子の手には分厚い本が握られていて、ページは中程を開いているところだ。
「それも禁書の一つか?随分と読書家なんだな」
「これは……違うかしら。ベティーだけの本なのよ」
「ふーん?……ま、さっさと寝ろよ。おやすみぃ」
俺が踵を返して書庫を出ようとすると「ちょっと」と声が掛かった。
「何か用事があって来たんじゃなかったのかしら?」
「んにゃ、別に。寝るから挨拶しようと思っただけ。ドア三つくらい開けていなかったら諦めようと思ったけど、一発目で見っけたから」
「相変わらずどんな勘してるのよ、こいつ」
「運命って奴だろ。俺とお前は赤い糸で結ばれてんの」
「……じゃあ、お前がその人なのかしら」
ベアトリスが小さく呟く。
その人、とは何だろうか。ベアトリスが禁書庫を守る理由だろうと思われるが、余りにも定義が曖昧だ。
もし、ベアトリスが契約でこの禁書庫を守っているのなら、その人なんて曖昧な存在を待ち続けているのなら、それはどれだけ孤独なことだろう。
俺はベアトリスに向かって真剣な眼差しで答えた。
「俺はその人なんかじゃない。今、お前の前にいて、お前の手を取れる男だ。お前はどうしたい?」
「ベティーは……」
ベアトリスは全てを拒絶するように掌を俺の方に向けた。衝撃波が放たれて書庫の外まで放り出される。
壁に背をぶつけて、痛みに呻く。
立ち上がった時には扉は閉じられていた。
再び扉を開けても、そこには今朝掃除した客室が広がっているのみ。
俺は落胆の溜め息を吐いて自室に戻る。
ベッドの上に横になり、布団を被って思考を巡らせる。
明日、手が空いたら禁書庫を掃除しよう。埃塗れだから掃除のやり甲斐がある。
ついでにベアトリスについて聞いてみよう。話してくれるか分からないが、少しでも孤独を紛らわせることが出来れば良いな、という程度の話である。
そうして明日のことについて考えていると睡魔が迫って来る。
俺は襲い来る睡魔に身を任せて意識を手放した。
◇
意識の覚醒と共に瞼を開ける。
デート当日を迎えた喜びを叫ぼうとする肉体を抑え付けて起き上がる。
と、見慣れた双子の姉妹が目に入る。
「うおお!?何で此処に!?プライベートゾーンですよ!!……ってか、なんか雰囲気おかしくねぇか?」
手を重ね合わせて立つラムとレムの余所余所しい雰囲気に疑問を覚える。
二人は小首を傾げて俺を見た。
「姉様、姉様、どうやら少し混乱されているようですわ、お客様」
「レム、レム、何やら頭がおかしくなってるみたいね、お客様」
「お客様って……冗談キツいぜ。そんな、こと…」
俺は恐る恐る自分の左手を確認した。
そこには散々犬っころにガブガブされた形跡がある筈だった。
しかし、何処からどう見ても、綺麗な左手がそこにはあった。
俺は震えそうになる体を無理矢理止めて、思考を回す。
そして目の前に広がる事実を受け入れる。
「どうして、戻ったんだ!?」
俺は頭を抱えて叫ぶのだった。
・オリ主
死んだ理由が分からなすぎて混乱中。
レムから避けられているのに気付いている。