狂騒とチューニング
クリスマスイルミネーションに背を向けて歩き出す、一人の少年がいた。黒髪のウルフカットを丁寧にセットして、少し背伸びしたカジュアルフォーマルな服装が似合うのは、日本人離れした長い脚と骨格のせいだろうか。
彼のポケットの中でスマホが震えた。少年は歩きながらスマホを取り出し、ポップアップに表示された名前を見て口元を緩める。画面のロックを解除し、受信したメッセージに目を落とした。『2年6組』と表記されたグループチャットには、この少年と同年代らしき少女のツーショットを投稿したSNSのリンクURLが貼り付けられていた。
そのリンクを送ったアカウントが続けてメッセージを投稿する。
「いいね即三桁いった」
「ヤバくない?」
クラスメイトのアカウントが返信する。
「今1000いいね超えたぞ」
「ハート押したら1800にジャンプしたんだけど」
「ウケる」
「バズってて草」
少年のスマホに新しい通知が光る。URLを送信していた女子のアカウントからの個人メッセージだ。
「付き合ってくれてありがとね~」
「クリぼっち回避できたわ」
少年の顔に影が落ちる。続けて、メッセージが送られてきた。
「用済みだから、来週から他人ね~」
裏通りに続く小道に入った少年の歩みが止まった。
「……は?」
掠れた声で彼は言った。
「また……?」
次の瞬間、少年の体表から緋色のドロドロとしたオーラが膨れ上がる。彼は膝から崩れ落ち、天を仰ぎ見る目は焦点が合っていない。苦悶に満ちた声を漏らす度、その開いた口からドロドロとしたオーラが溢れ出た。
流れる血涙、ひび割れる肌。膝立ちの少年は明らかに異様な状態だった。
──どんな時でも平常心を忘れんこと。心・息・動の基本やちゃ、覚えとかれ
少年の脳裏に言葉が過ると同時に、穏やかそうな老人の遺影写真を思い出す。
じいちゃん、俺、もう無理みたい
少年が意識を手放した、ちょうどその時。長身に白髪の男が空からふわりと降って来た。男は少年を興味深そうに見て、サングラスを額に押し上げる。現れた瞳は透き通るような蒼。男は軽薄そうな声で、うっすらと笑顔を見せて呟いた。
「へぇ」
男は少年から溢れ出る緋色のドロッとしたオーラに臆する様子もなく、少年の額に人差し指を当てた。
「術式順転、蒼」
男の指先から、蒼い光が弾けた。その瞬間、少年から発せられていた緋色のオーラが消え去り、気を失った少年は倒れそうになる、はずだった。その体はふわりと宙に浮かび、男の傍に留まっている。男は空いた手でスマホを取り出し、慣れた手つきで画面をフリックする。耳に当て、日常会話でもするような軽い声色で話し始めた。
「あ、
男が耳からスマホを離して通話を切るまでに、「ちょっと今何時だと思ってんの?五条、聞いてる?」と、受話器の向こうから低血圧な怒声が漏れ聞こえたが、男は気にする様子もなく通話を切った。そして男と少年は、その場から残像も残さずに消えた。
報告
2016年12月24日
富山県富山市
膨大な呪力の暴走を起こした少年「
以下、五条悟の証言。
「え、優太くん?そうだねぇ、へその奥、
五条悟の証言により、呪力が体内で蓄積される特殊な体質であることが判明。
以下、宮城島優太の証言。
「よく覚えてません。告られて、付き合ってた彼女いたんです。用済みって言葉でフラれて……。いつもそうだった気がするんです。頼まれたり、告られたりとか断れなくて。イベントとか連休前に告られて、終わったら適当な理由つけてフラれてました。あと、死んだじいちゃんの言葉を最後に思い出して。じいちゃんが死んだのは10月のことなんですけど」
以上のことから、過度なストレスが過剰に呪力を生成、許容量を大きく逸脱した呪力が暴走したものと見られる。
現在、五条悟が定期的に呪力操作を指導、再発防止に向けて教育中。
「ちょっと
白髪に長身の美青年、丸いサングラスで目を隠している男──五条悟が、長い脚を組み直して不満げに言い放った。伊地知と呼ばれた男は黒いスーツに身を包んだ不健康な痩身。いかにも顔色が悪い。困惑した様子で眼鏡のブリッジを押し上げた。
「五条さん、あの後
控えめだがキッパリと言った伊地知に対し、五条は頬を膨らませて抗議した。
「えー!だって面白いでしょ!近い時期に特級
「証言はあくまで宮城島君に限ったものですので……」
五条の言葉に、やはり控えめだがはっきりと答える伊地知。どうやら慣れているらしい。五条は気に留めた様子もなく、組んだ脚を解いて座り直し、前屈みになる。サングラスの隙間から蒼い瞳が覗く。
「ま、いいけどさ。これからどうなるのか、期待してるよ」
五条が最後に呟いた「ゆうた」という名前は、どちらに向けられた物なのか。その真意を測ることができるのは、軽薄な笑みを浮かべた五条だけだろう。