呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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戦場のマエストロ-伍-

 一夜明けて。早朝五時半、やはり優太はグラウンドで套路(とうろ)を行っていた。本来伸びやかな音楽でリズムを把握して行うものなのだが、優太は五歳から太極拳を続けている。結果、彼は音楽がなくても一定のリズムで套路ができる。

 

──昨日の攻撃、弾くこともできた。術式を過信しすぎたかな。

 

 術式で体を覆って套路を行いながら、昨日の女性型呪霊との交戦を反省していく。野薔薇の初撃が不発に終わったタイミング、それに気付けたのは配置的に優太だけだった。

 

 悠仁は真正面からの超インファイト、恵は不知井底(せいていしらず)の散開で視野を広くしすぎていた。野薔薇は打ち放った釘の行方(ゆくえ)を平面的にしか見れない構図。呪霊の背後を取った優太だけが、野薔薇の釘が着弾していなかったことを視認していた。

 

 言葉を選んで叫ぶ暇すらなかっので、結果的に身を挺して守る形になっていた。そして、優太のゲル状の呪力の膜は刺突に弱い、ということが昨日の経験で判明した。

 

──でも止血に使ったり、他人の呪力の流れに意図的に干渉できたりするのはわかった。硝子さんには怒られたけど、黒閃を誘発するくらいピーキーな使い方じゃなければ問題ないよね。

 

 厳密には、硝子が言いたかったのは「大怪我を押してまで超精密な呪力操作をして無茶をするな」ということなのだが。優太はどうにも、言葉の裏にある真意を汲み取る──とりわけ、好意や親切心を察することは難しいようだ。

 

──術式の名前とか、技の名前も決めた方がいいんかな。

 

 套路を終えて包拳礼で締めくくってから、優太は昨日の恵の言葉を思い出した。「術式に名前付けろ、面倒くさい」、もっともな指摘だった。優太は包拳礼のまま首を傾げてしばらく考える。

 

「呪力調律とかでいいか」

 

「それは面白くないでしょ」

 

 いつからいたのか、黒い目隠しではなくサングラスをかけた悟がひょっこり現れていた。優太は特に驚いた様子もなく、慣れているようだ。

 

「え、単純で分かりやすいかと」

 

「例えば恵の術式、十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)。十種類の式神を影で顕現させる方法の術だからそういう名前になってる。野薔薇の芻霊呪法(すうれいじゅほう)、これは芻霊っていうのが、草を束ねた人形のことを言うんだけど。藁人形に呪いたい相手の体の一部を詰めて、釘を打ち込む典型的な呪い方があるでしょ?だからそういう名前になってる」

 

 人差し指を立てて説明する悟は、普段の軽薄さは全く感じさせない。指導者として、そして六眼を通して呪いを見極められる者としての厚みのある口調になっている。

 

「優太くんの場合、呪力を操る術式と考えてもいい。そしてその覚醒のトリガーは、君が中学の頃に経験した()()()()()がキャパオーバーして()()()()ところにある。つまり蓄積した呪力ありきの術式なんだよね」

 

「なるほど……?」

 

 「そしてそういう、何かを操る術式は操術(そうじゅつ)って呼ばれるんだよね。赤血操術(せっけつそうじゅつ)付喪操術(つくもそうじゅつ)呪霊操術(じゅれいそうじゅつ)

 

「じゃあ呪力操術?」

 

 優太の言葉に、悟は珍しく呆れたような、肩透かしを食らったような顔をした。

 

「優太くん、ネーミングセンス壊滅的だね……」

 

「えぇ……?」

 

「呪力は、術師なら操れて当たり前。君の場合、それに加えて呪力を蓄えるっていう生来の体質がある。だから僕が命名するなら、蓄呪操術(ちくじゅそうじゅつ)にする」

 

「じゃあそれで」

 

 今度こそ、悟はため息をついた。

 

「君ねぇ。自分に無関心すぎ」

 

「え、そうっすか?」

 

「いいかい、名は体を表すっていうのは眉唾じゃあない。優太くんは女性不信になった挙句、ネットに出回ってた違う女子とのツーショットが見つかって、浮気性ってあらぬ疑いをかけられて人間不信にもなってる。それでも君が人のために戦えるのは、君が()()だからだと僕は思うよ」

 

 優太は首を傾げる。悟の意図が読めないようだ。

 

「だから、君ってほんとお人好しで優しいよねって話」

 

「……そうっすか?」

 

「これまでの経緯を考えたら、優太くんは呪術を悪用する呪詛師になっててもおかしくない。でも君は呪術師として学び、戦う道を選んだ。僕は、優太くんのそういうところを評価してるんだよ」

 

「五条先生が珍しく褒めてる……。雪でも降るんですかね」

 

「ひどくない!?」

 

 悟がわざとらしく胸に手を当てて頬を膨らませる。やはりルックスが良すぎるせいで、アラサー男性なのに様になっていて腹ただしい、と優太は思った。

 

「あぁそれと」

 

 打って変わって、仕切り直すように悟が口を開く。

 

「優太くんの術式の緩衝材の機能ね、あれ君の呪力特性だから。呪力って普通練り上げるんだけど、君の場合一度丹田にストックされてる。そのせいで呪力が変質してるんだよね」

 

「……初耳なんですが」

 

「初めて言ったから」

 

 ケラケラと笑って、悟は手をポケットに突っ込んで去って行った。大事な情報を後からさらっと言う、五条悟とはそういう男なのだと、優太はつくづく思い知ってため息を吐いた。

 

 

 

 早朝の自主鍛錬を終えた優太は、シャワーで汗を流した後に制服に着替えて登校までの時間を自室で過ごしていた。勉強机に広げられた資料はかなり古い文献の写本。掌印の挿絵があることから呪術関連の書籍であることが伺える。

 

 優太が写本を見ながら掌印を真似して組んでいると、ノックもなしに勢いよくドアが開かれた。そこに立っていたのは悠仁、手にはコンビニの袋を下げていて、朝の太陽より眩しい笑顔を見せている。

 

「優太、おはよー!飯食おうぜ!」

 

「ノックくらいせえや」

 

 驚いて身を竦めていた優太は、悠仁の笑顔を見て警戒を解いた。

 

「てか優太もう制服に着替えてんの、早くない?お、それ何読んでんの?」

 

「質問多い。飯の件すら答えてないぞ」

 

 悠仁がコンビニの袋を写本の隣にガサッと置いた。がさつなようで気が利く男である。そうしておいて優太が読んでいた写本を見て、眉をひそめる。

 

「……なんて書いてあんの?」

 

「いやこつづら。結界術だよ」

 

「へー。優太って頭よさそうだと思ってたけど、勉強してるタイプだったか」

 

 悠仁は袋から焼きそばパンを取り出して、優太の邪魔にならないように机に体重を預けながら食べ始める。袋の中には菓子パンやプリン、ミルクティーなど、明らかに優太用に買ったであろう甘いものチョイスが並んでいた。

 

 優太は写本を閉じて脇に置き、ミルクティーを取り出した。

 

「ごち」

 

「いいって、昨日の黒閃のお礼」

 

「俺が断るとか想定しなかったの」

 

「え?」

 

 どうやらまったく想定していなかったらしく、素っ頓狂な声を悠仁が漏らした。

 

「冗談。でも別に、お礼されるほどの事でもないとは思ってる」

 

「いやいや。優太が治療受けてる時に五条先生から聞いたけど、黒閃ってめっちゃレアらしいぞ。それに、昨日の黒閃でなんか俺、呪力ってモンがなんなのかかなり分かった気がする」

 

「どういうモンなの?」

 

「そら……、そうよ……、そらあれよ……」

 

「お前マジか」

 

 焼きそばパンを持ちながら、ゆっくりバットをスイングするように腕を振る悠仁。どうやら感覚は掴んでいても、言語化はできないらしい。そこへ、開けられたままのドアから、顔だけひょっこり出した悟が補足する。

 

「黒閃ってそんなもんよ。黒閃経験者は呪力の()()を掴む。でもそれって言葉にできるモンじゃなくて、魂で理解する感じなの」

 

「魂で……?」

 

「あ!そんな感じ!」

 

 分からない優太と、分かる悠仁。これが黒閃経験者の呪力に対する理解に天と地ほどの差を生み出すわけだ。

 

「で、その黒閃を誘発できちゃう蓄呪操術の技名、考えた?」

 

「あー。化勁(かけい)を文字って、加える勁って書いて加勁にしようかと」

 

「へぇ。太極拳らしくていいじゃん」

 

「ちくじゅそーじゅつ……?カケイ?」

 

「術式の名前。五条先生に考えてもらったの。蓄えた呪力を操る術で蓄呪操術。んで、呪力の膜コーティングするやつは、力を追加してる感じだから、加勁」

 

「おぉ、なんかカッコイイ!」

 

 悠仁は目を輝かせて優太と悟を見比べた。

 

「五条先生ネーミングいいよな!俺の逕庭拳も、五条先生が名前付けたんだぜ!」

 

 少しだけドヤ顔を見せた悟だが、すぐに真剣な表情に戻る。

 

「優太くんはさ、今は太極拳のイメージが根強いんだと思う。それを悪いとは言わない。でも君の術式の本質は調()()、ここを忘れると術式の解釈を広げれないから、気を付けるんだよ」

 

「……?」

 

 優太は首を傾げて数秒考えた。

 

「とりあえず、忘れんようにしときます」

 

「うん、よろしい」

 

 満足そうに口角を上げた悟は、ひょいと顔を引っ込めて足音もなく立ち去った。

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