活動報告の方に読んでおくとちょっと作品が面白くなる小話、裏話を掲載してます。読まなくても大丈夫な範疇です。
それから数日、束の間の平穏が高専に訪れた。悠仁は時折別件で任務に当たっていたようだが、任務先でも持ち前の明るさで友達を作ったようで、帰ってくるなり寮の共有スペースで悠仁の話に耳を傾けるのが一年生男子の日常に組み込まれていた。
「んでさ、こいつが結構優太に似てるわけ。髪長くして顔隠してるし、あんまり喋らないし。でも好きなことになると口数増えるんだよなぁ」
マックスコーヒーを少しずつ飲みながら悠仁の話を聞いていた優太が、不意に槍玉に挙げられて首を傾げる。
「好きなこと?」
「ほら、優太って戦い方とか、太極拳の話になると結構喋るじゃん。んで、今回の任務でできた友達は映画が好きでさ。俺も最近映画漬けだから妙に話合って、めちゃくちゃ盛り上がるんだよ」
「……悠仁は話合わなくても盛り上げるでしょ」
「虎杖がいるとうるさくなるのは同感だな」
「ひっでぇ!!」
そう言いつつ、ケラケラと笑っている悠仁。
「つーか、なんで映画漬け?」
「あぁそれ、友達にも言われた。あいつ術師じゃないから言えなかったんだけどさ、呪力操作の修行で色んな映画見てるの」
「……どういう理屈?」
「感情による呪力の揺らぎの制御だろ。五条先生らしいやり方だ」
「伏黒よく分かったな!最初はめっちゃ殴られたけど、今はかなり安定してきてる」
「映画見て、呪力操作の修行して……誰に殴られんの」
「
野薔薇を連れて、悟が寮の共有スペースに入ってくる。手には銀座で買ったと思しき高級感のあるキャリー箱。
野薔薇が大事そうに抱えているのは、高級紅茶マルコ・ポーロの缶。野薔薇はパタパタと共有スペースのキッチンに向かって、お湯を沸かし始めた。
「どっからツッコミ入れようか……?」
「やめとけ。呪骸について聞くのが一番いい」
情報が渋滞して、恵と優太がため息を吐く姿もここ数日で板についてきた。彼らが囲むテーブルに、悟がキャリー箱を置きながら説明する。
「呪骸っていうのはね、簡単に言うと呪力で動くぬいぐるみのこと。悠仁が修行に使ってるのは、供給する呪力が安定してないとパンチしてくる呪骸なんだよね」
「あぁ、それで呪力操作の練習してるんすか」
「そゆこと。優太くんは暴走をきっかけに術式が刻まれてたから、無自覚でも呪力操作ってものを練習できた。でも今の悠仁に術式はないからね、この方法が手っ取り早いってわけ」
「その術式に一年半気付かなかったんですが」
恨めしそうな目で優太は悟を見る。術式を自覚できないというのも珍しいが、悟は術式があることを見抜いた上で、優太が自主的に自覚するまで何も言わなかった。教育方針か、面白半分かは悟のみ知る。
「優太くんは術式頼りにならない方がいいかなーと思って」
悪びれた様子もなくケラケラと笑う悟。教育方針であり、面白いもの見たさで放置していたと優太は気付いて呆れた顔をする。
しかし、キッチンの方から漂ってくる芳醇で品のある甘い香りに表情が綻ぶ。鼻をスンスンと鳴らす優太は、さながら犬のようだ。
「なにこの香り。すごい好き」
「甘いのは香りだけよ。砂糖入れたら殺すから」
慣れた手つきで紅茶を淹れている野薔薇は、その所作に似合わぬ物騒な物言いで返答した。トレーの上にカップが四つ。一つ足りないように見える。
「じゃあ、僕はちょっと探し物してくるから。
悟が飄々とした雰囲気で立ち去った。どうやら忙しくしているらしいことを、野薔薇は先に聞いていたようだ。
トレーを持って野薔薇がキッチンからテーブルにやってきて、それぞれの前に紅茶を淹れたカップを置いてから、キャリー箱を開ける。中身はマカロンで、野薔薇はすかさずテーブルの上をスマホで撮影し始め、恵が呆れたように口を開く。
「余念がないな」
「インスタに上げるに決まってるでしょ」
その言葉を聞いて立ち去ろうとする優太の首根っこを、片手で撮影しながら野薔薇が掴んだ。
「ぐえっ」
「別にあんたを撮ってるわけじゃないからいいでしょ」
「条件反射です」
「てか匂いに気付いて飲まないとか有り得ないから。席戻って」
「……うっす」
優太は気まずそうな顔をしながら、もと居た席に戻った。野薔薇が撮影し終えたのを見てから、優太は紅茶に口を付ける。
「砂糖入れてないのに甘く感じる」
「でしょ」
「かき氷のシロップみたいなモンか。匂いで味が変わったように感じる」
優太の言葉に一瞬顔を綻ばせた野薔薇だったが、恵のあまりにも冷静な分析に鬼の形相で睨んだ。
それを見て悠仁はケラケラと笑いながら紅茶をがぶ飲みして、やはり悠仁も睨まれた。マカロンを一つ手に取って口に入れた優太は、口を開くことなく咀嚼している。
「あんたらもっとこう、味わうとかないわけ!?」
「食に対する感謝が薄いと思う」
「釘崎と優太の意見が一致してる!」
とうとう悠仁は脛を蹴られた。声にならない悲鳴を上げて転がっている。
「美味いとは思う。それ以上が出てこないだけだ」
「シロップの例えは要らなかったと思うぞー」
「そうか」
恵は若干申し訳なさそうにしている。表情の変化が乏しいので、なかなかに分かりづらい。
「宮城島がわかるタイプだったのは意外ね。あんたもこのバカ二人と一緒だと思ってた」
「わかるとか言われるとなんか違う気がするけど。食事中に不作法だとじいちゃんにめっちゃ厳しくされたから。周りから見たら味わってるように見えるんだと思う」
「ふーん、そういうもん」
「知らんけど」
「どっちよ」
「習慣」
「……ふーん」
野薔薇と優太の会話を、恵が目で追っている。先日の廃病院での連携以降、意外にも黒閃のアシストを受けた悠仁との関係より、優太と野薔薇の関係性の方が進歩している。
普段ならなにかしら言いそうな悠仁だが、脛を蹴られた影響か、はたまた意外と気が利く空気読みのスキルの賜物か、大人しくマカロンを二個同時に口の中に入れて、やはり野薔薇に睨まれた。
「悠仁、今味わえって言われたよな……?」
「え、そうだっけ?」
「食べながら口開くな、汚いやん」
「食べてても喋りたいじゃん!」
自然と場が和み、笑みが広がる。虎杖悠仁とはそういう明るさを持った男だった。この時までは。
翌日の夜。部屋着姿の恵と優太は、いつも通り寮の共有スペースでくつろいでいた。
「……なぁ、悠仁遅くね?」
「任務だろ。俺も詳しくは聞いてない」
「伏黒でも知らん事あるんや」
「……お前は俺をなんだと思ってる」
「辞書」
「お前な……」
呆れとも怒りともつかぬトーンで恵が口を開いたところで、制服の腹部に穴の開いた悠仁がとぼとぼと歩いているのが見えた。砂埃にまみれていて、まだ新しい血痕が服に付着している。
「悠仁……?」
思わず、優太が声をかけた。顔だけ振り向いた悠仁の顔に表情はない。
「あぁ、お疲れ。悪ぃ、俺今日もう寝るわ」
それだけ言って悠仁は自室の方へ歩いていく。優太は言及することも、追いかけることもできなかった。代わりに恵が口を開く。
「呪術師やってりゃ腹に穴開くのは、お前も経験済みだろ。それで生きて帰ってきたんだ、十分だろ」
「十分じゃないでしょ。今の悠仁、明らかにおかしかったろ」
「……あいつ、友達の話しなかっただろ」
「あっ……」
「術師が一般人と絡むような案件なんてそんなもんだ。俺たちは
恵の言葉に、優太は何も言い返せなかった。ただ、拳を握りしめることしかできずにいた。