呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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レスポール

 翌朝、五時半。先日までの雨が嘘のように晴れて、蝉の鳴き声が聞こえるようになってきた頃。

 

 グラウンドにはやはり、套路を流す優太の姿があった。いつもと違うのは、型の完成で動きを止めるタイミングに合わせて加勁を瞬間的に展開している点だ。

 

 優太の脳裏に昨夜の恵の言葉が過る。

 

──俺たちはヒーローじゃない、呪術師だ。

 

「だからってダチのダチが死んで、はいそうですかって割り切れるわけないでしょ」

 

 套路を流している時の優太は比較的穏やかではある。しかしその言葉の中には、悠仁の任務について何も知らなかった自身への苛立ちと、優太から見て冷酷に見えるほどの恵への疑問が込められていた。

 

──悠仁にかける言葉も正味わからん。伏黒の言ってることはなんとなく分かる。だから、呪術師として強くなる。俺にはそれくらいしか分からん。

 

 実際に恵が言いたかったのは、呪術師は万能じゃないから全てを救えるわけではない、という現実だ。

 

 しかしそこを汲み取れなかった優太は、術式の展開速度を上げるという方向で自分を追い込み、結果的に恵の言う正義の味方(ヒーロー)になろうとしていた。

 

 

 

 優太が套路を終えて包拳礼をするのを待ってましたと言わんばかりに、悟がふらりとグラウンドに現れた。手には百センチには満たない程度の長物を包んだ布が握られている。

 

「やっぱりここにいた。優太くん毎朝感心だねぇ」

 

 悟はそう言いながら、スポーツドリンクのペットボトルをひょいと優太に投げた。優太は放物線を目で追うこともなくキャッチして、蓋を開ける。

 

「あざます。てか、五条先生も朝早いですよね」

 

「いつ寝てると思う?」

 

「寝てるんですか」

 

「寝るよ?人間だもん」

 

 ケラケラと笑う悟が優太に歩み寄って、手に持っていた長尺の布を解く。中から現れたのは黒漆塗の鞘に収まった、打ち刀と言うには少々長い日本刀だった。

 

「なんすかそれ?」

 

「特級寄りの一級呪具、鳴弦(めいげん)。二代目村正が製作した太刀、その陰打ちだよ」

 

「じゅぐ……?釘崎の金槌となんか違うんです?」

 

 悟から差し出された太刀を優太は受け取り、鯉口を切る。たった数センチしか抜いていないのに、異様なまでに整えられた刃文は、知識が浅い優太でもこれは只者ではないと直感させる。

 

「野薔薇の金槌は釘を打ち込むための道具。でも長く使えば呪具になるかもしれない。そしてこれは、ある術師が長年使い続けて呪具になった太刀だよ」

 

「どんな術師だったんです?」

 

 優太は悟に問いかけつつも、刃から放たれる気迫に目を離せないでいる。

 

「呪力が共鳴しちゃうタイプの術師。優太くんが溜まり放題な呪力を目に集めてるのと同じように、その術師はこの太刀に呪力を込め続けた。結果、所有者の呪力に共鳴して性質を変える呪具になったの」

 

「呪力が共鳴……?」

 

 優太は分からないなりに、ゆっくりと鞘走らせて刀身を抜き放った。妖刀と名高い村正に反して、その太刀は美術品のように美しく、それでいて肉を切り骨を断つための機能性を感じさせる。

 

「そ、共鳴。だから他の術師と勝手に共鳴しちゃうのを防ぐために、先代の所有者はその太刀に常に呪力を流し続けて、その生涯を呪力が薄い状態で過ごしてたの。そして、彼の術式がこの太刀に刻まれて、呪具となった」

 

「術式って、必ずしも便利なものってわけじゃないんですね」

 

「相性もあると思うよ。例えば先代所有者が生きていた時代に優太くんがいたら、きっと鳴弦は生まれなかった」

 

「……なんで?」

 

 流石に抜身の太刀をひけらかすのは(はばか)られたのか、優太は鳴弦を黒塗りの鞘に戻す。打ち刀よりやや長い刃渡りだが、優太の納刀は存外慣れた手つきだった。

 

「優太くんが共鳴する術式を調律できるから。ってか、君納刀慣れてるね」

 

「太極拳にも(つるぎ)はあるので。まぁ、太刀は重たいなって感じですね」

 

「あぁ、それで刃物に抵抗ないのね」

 

 悟は納得したように一つ頷いてから、懐から黒い繊維で織られた二本のストラップを取り出す。片方は手のひら大、もう片方は四十センチほどの長さだ。

 

「あとこれ、佩刀(はいとう)用のベルト。こっちは新品だよ」

 

「おん?」

 

 優太はその黒いストラップを受け取って、物珍しそうに表面を触る。艶やかな手触り、なのにとても頑丈。優太の知る中でこのような繊維は触れたことがなかった。

 

「何製ですかこれ」

 

「カーボンファイバー」

 

 さらっと悟が言った。優太がぎょっとした顔で悟を見る。

 

「ガチの高級素材じゃないですか」

 

「鳴弦よりは安いよ?」

 

「いや比較対象……」

 

 そう言いつつ、優太は受け取ったストラップを黒漆塗の鞘の峰側にある二つの輪にそれぞれ付けて、佩刀できるようにした。と言っても吊るす帯もベルトもないジャージ姿なので、結局左手で持つことになってしまう。

 

「着替えたら吊るしてみな、優太くんが思うよりずっとしっくりくるはずだから」

 

 悟はうっすらと笑みを見せて、手をヒラっと振って立ち去った。中々に情報量の多いやり取りのせいで、優太は茫然と悟の背中を見送っていた。

 

 

 

 優太が自室で太刀の手入れについてスマホで調べていたら、登校時間が間近に迫っていた。彼は珍しく慌てて支度をして、制服のベルトに鳴弦を吊るしてみる。佩刀は帯刀とは違い、刃が地面方向に向く吊るし方になる。

 

 太刀を佩いた優太が教室に入ると、既に一年生三人は着席して各々時間を潰していた。スマホを退屈そうに眺める恵、逆に食らいつく勢いでスマホを凝視する野薔薇。

 

 ポテチを食べていた悠仁が真っ先に優太に気付いて、目を見開いた後その目を輝かせた。

 

「なにそれ!カッコイイ!」

 

「……悠仁のテンションの差の方がカッコイイと思うわ」

 

 優太は肩透かしを食らったように悠仁を見たが、悠仁は首を傾げている。「まぁいい」と首を横に振った優太は、鳴弦の柄頭に左手を自然に添えて説明した。

 

「今朝五条先生に貰った。所有者の呪力に共鳴する術式が刻まれた太刀……?なんだって」

 

「なにその他人事(ひとごと)感、刀カッコよくない?」

 

「カッコイイかは置いといて。俺もよくわかってないんだよね。ただ、馴染みはいいと思う」

 

「打ち刀より長いから佩刀か」

 

 次に興味を示したのは恵だ。呪術の歴史を含めた歴史の知識があるようで、鳴弦の吊るし方と長さを見て即座に言葉が出てきている。

 

「あんた呪具なんて要らないでしょ」

 

 続けて、どことなく不思議そうな表情の野薔薇が口を開く。

 

「どうなんだろ、五条先生は蓄呪操術で調律できるとか言ってたけど」

 

「あの人、絶対面白いもの見たさで渡してるでしょ」

 

 不機嫌そうな野薔薇に優太は苦笑した。悟の性格を考えれば、あながち間違っていないと捉えるのは共通認識だった。

 

 一同が落ち着いたところで()の教員が教室に入り、優太の左腰を見て一瞬目を見開いて見て見ぬフリをしたことを恵と優太は見逃さなかった。

 

 

 

 午後の授業は全てのコマを使った体育、という名の悟主導の訓練の時間だった。体育館程度の広さの屋内の壁には、等間隔に札が貼られていて、ここが結界の内側であるということを意識させる。

 

 ジャージに着替えた一年生一同の中で、ジャージの上からベルトを巻いて太刀を佩いている優太は少々異質だった。

 

「それ、訓練でも身に着けるのか」

 

「さっき持ってこいって念押しされて……」

 

「じゃあ優太が刀振るの見れるってこと!?」

 

「見るだけで終わりならいいけど。あの人なら太刀持った宮城島と私たちで戦わせるでしょ」

 

「流石にそこまで物騒なことはさせないよ~」

 

 野薔薇の疑いに異を唱えつつ、悟が悠々と現れた。完全に遅刻なのだが、それを指摘する人間はここにはいなかった。

 

「鳴弦振るのは確定してるんすね」

 

「午前中いっぱい佩刀してたんだから、結構馴染んだでしょ?」

 

「五条先生が言ってた通り、思った以上にしっくりきますね」

 

「でしょ~」

 

 黒い目隠しで顔が半分見えないが、悟はあからさまにドヤ顔をしている。こういうあざとい仕草が似合ってしまうルックスを持っていて、素でそういう仕草をするのだから優太は思わずむすっとする。

 

「先生アラサーでしょ、そろそろやめませんかその仕草」

 

「年齢なんて飾りだよ~。じゃあ早速、鳴弦使ってみようか」

 

 促されて、優太は顎を引くように頷く。優太が午前中ずっと思案していたのは、この太刀の抜き方だ。打ち刀のように抜こうとすると、右手首に負担がかかる。なので、優太は柄上げという方法を選んだ。

 

 鯉口を切った左手で鍔を支え、柄を真上に持ち上げる。鞘から抜ききったところで右手に持ち替え、ヒュンと振り下ろして右腕一本で鳴弦を握る。同時に、鳴弦の刀身から弦を爪弾くような温もりのある音が余韻を持ってぼんやりと響いた。

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