「え、ギター?」
真っ先に反応したのは悠仁だった。ちょうど、開放弦でギターの一番太い弦を弾いたような音に似ていたからだ。とても太刀から響く音とは思えない。
「昼休みの間にちょっと触ってたんだけど、呪力流すと音が鳴るんだよね」
「あんたホント……。目離すとすぐ自主練するわね。昼食べたわけ?」
「食べたよ。食べた後にしてた」
「そう。ならいいけど」
少し不満そうに腕を組んでいる野薔薇に、優太は首を傾げた。優太は野薔薇の心境が読めない、しかし深掘りすると機嫌を損ねそうだと考えて、特に追及することはなかった。
「で、何切るんですか?」
優太が悟に問いかけると、悟は呆れたように肩を落とした。
「あのねぇ。君の術式はサポート向きなの。そろそろ考え方変えな?」
優太が首を傾げて数秒。悟の言わんとすることをようやく掴んだようで目を見開いた。
「他人の加勁のコントロールがしやすくなる!」
「正解。やってみな」
悟に促され、優太はひとまず慣れのある悠仁の肩に、空いた左手を添えて加勁を展開する。加勁を施された悠仁は目を輝かせて、その場で小さくジャンプして体を慣らす。
「悠仁、毎回新鮮そうな反応するよな」
優太が目を細めて笑い、悠仁がニッと笑う。
「この感覚マジで最高なんだって!んで、俺なにしたらいい?」
「んー、黒閃の誘発は硝子さんに止められてるから。とりあえず試してみたいことはある」
優太はそう言って、鳴弦に呪力を流しながら右腕だけで軽く振ってみる。温もりのある余韻はそのままに、少しエッジの効いた音が一つなると、悠仁が少しだけ獰猛な笑みを浮かべた。
「今なら鉄板ぶち抜けそう」
「マジか、想像以上だわ」
悠仁の黒閃を誘発した時と比べて、優太は涼しい顔をしている。
「あの時はさ、かなり集中したんだよね。術式越しに悠仁の呪力の流れというか、張りを調整した感じ。でも今は“鋭い感じ”ってイメージしかしてない」
「いいね、それ。優太くんの術式の微細な調整を、鳴弦が肩代わりしてるってことだよ」
優太の漠然とした説明に、黒い目隠しを親指で上げて、透き通る蒼の六眼で見ている悟が補足する。
「それともう一つ。他人の呪力の流れを調整できるのは、加勁の域に収まってない。あれって、肉体と呪力を最適化するものでしょ」
「あぁ、確かに」
「そっちも名前つけな。名前があった方がイメージが具体的になる」
「ふむ……」
優太は太刀の峰を左肩にかけて、柄頭を左手で支えつつ顎を右手で覆った。攻撃的な要素に変更された加勁を纏った悠仁のシャドーボクシングの風切り音に恵と野薔薇が注目しているので、沈黙といった雰囲気はない。
「
「いいね、だいぶ自分の術式見えてきたんじゃない?」
悟が満足そうに口角を上げる。
「外側を整える加勁、内側を整える律勁。律勁はかなりピーキーだけど、鳴弦があれば優太くんの負担が軽くなる」
悟の言葉に気付いたような顔をしたのは野薔薇だった。
「あの大蜘蛛呪霊、内側から爆発してたのってそれじゃない?」
「あれあれぇ?野薔薇、よく見てるねぇ」
「うっさい!」
悟がニヤニヤして、野薔薇が顔を赤くしつつ目を釣り上げて睨みつける。優太はと言えば、鳴弦を正眼に構えて素振りをしていたので会話だけ拾っていた。
「んー、そうかも。あの時はただひたすら一発に全部込めるしか考えてなかったからさ。他の事はあんまり覚えてないんだよね」
「そういうとこよね、ほんと……」
「なにが?」
素振りを止めて野薔薇を見た優太。彼女は呆れた顔でため息を吐いていた。仕切り直すように悟が一つ手を打ち鳴らして注目を集める。
「じゃあ、全員が加勁をもらった状態でどうなるのか、今の内に試しておこう。実戦でいきなり合わせれるのは、悠仁みたいな反射神経がないと無理だからね」
優太は一つ頷いて、手近にいた野薔薇へ、そして恵へと加勁を施す。
「これが……。調子が上がる」
「ねばつくけど、まぁ許容範囲」
目を見開いたのは恵の方。一年生の中で唯一、二級術師として登録されている彼は自身の呪力の流れに敏感で、それが外側から整えられる感覚を素直に受け取った。
野薔薇自身も言葉に反してよく馴染むようで、手を握って開いてを繰り返して満足そうにしている。
続けて優太は太刀の間合いに三人が入らないよう少し距離を取ってから、鳴弦を振る。エッジの効いた中音域の音が響くと同時に、恵と野薔薇は目を見開き、そしてお互いを見比べ合った。
「ちょっと虎杖、殴らせて」
「言い方……」
「いいぜ!ドンとこい!」
「いいのか……」
三人のやり取りに、優太は思わず口角を上げる。
──今までは俺が前に出るって気持ちが先行してたけど、他人のボルテージを上げるのも結構面白いかも。
優太はそう思いつつ、口に出すのはやめておいた。野薔薇が大振りな蹴りを悠仁に繰り出し、悠仁は上手い具合に手で受けている。ダメージは加勁が流しているが、それでも組手特有の小気味良い音が響いている。
その脇で恵は玉犬・白と黒、大蛇、そして複合式神の
「これは、まずいな。加勁がある時とない時の差が激しすぎる」
「恵は優太くんに依存しきった戦略は練らないでしょ?」
「それはそうですけど」
恵は式神を影に戻しながら、気恥ずかしさを苛立ちで誤魔化した。五条悟という人物は、六眼で呪力を見抜き、観察眼で本質を見抜く。図星を突かれて開き直れるほど、恵も優太もまだ大人ではない、呪術高専の一年生だ。
「ただし、今回は蓄呪操術に依存した任務に行ってもらうよー」
「は?」
肩透かしを食らったように、恵が素っ頓狂な声を上げた。一瞬で矛盾するのもまた、五条悟という人物である。
「二級案件、ただし数が多い。
「それ本当に二級っすか」
「今のところね。まぁ大丈夫でしょ、多分」
──うわ、これ絶対大丈夫じゃないやつだ。
組手をしていた悠仁と野薔薇も動きが止まり、一年生一同が同時に嫌そうな顔をして、心中の声が共鳴した。そして誰も言わないところまで同じである。
それを見た悟は了承を得たとでも思ったのか、はたまた最初から拒否権などないのか、満足そうに口角を上げて背を向け、歩き出す。
「じゃあ僕は別件。詳細は補助監督から聞いてね~」
背中越しに手をヒラヒラ振りながら悟が立ち去った。残された四人は唖然としている。
「今って何の時間だっけ」
「体育だな」
誰へともなく問いかけた優太に恵が答える。二人は視線を合わせて、ため息を吐いた。
制服に着替えて正門に集まった一同を出迎えたのは、見慣れない女性。ショートヘアの金髪だが、生え際に地毛の黒色がある。伊地知と同じような黒いスーツを着ていることから、補助監督であることは推察できる。
四人の姿を確認した女性は、悠仁のように明るい笑顔で口を開いた。
「初めまして、
一瞬警戒して身を竦めた優太だが、その笑顔を見てすぐ平静を取り戻した。
「あー、噂通りの女性不信ッスね。でも大丈夫ッスよ、私そういうの興味ないんで」
「何に興味あるんすか?」
「車いじりッス!」
「へー、なんかカッコイイかも」
意外なことに優太が詮索して、意外なことに野薔薇が反応した。そのまま野薔薇が助手席に乗り込んだので、自然と後部座席は男子三人が並ぶ形になって新田は車を出発させた。
作者コメント
次回以降の書き溜めはあるのですが。
今のレスポール回、結構勢いで長時間タイピングしてたせいでちょっと肩に負担きて「いてて……」ってなってます。更新頻度が二日に一回とかに落ちそうだったら改めてお知らせします。