「今回は結構遠出になるッス。ギリギリ葛飾区内にある公園ッスね」
新田は運転に集中しながら、明るい声色を崩さず任務内容を話しだす。どうやら頭の中に叩きこんでいたようだ。
「呪霊の発生自体は君たちが生まれる数年前からなんスけど、出現頻度が年に一回あるかどうか、っていう程度で野放しにされてた案件ッス。それがどうにも活発になったみたいなので、上層部も重い腰を上げたって感じッスね」
「これ、過去の被害者みんな身元不明じゃない。しかも全員大人の男」
新田の言葉を補足するように、助手席でタブレット端末から情報を見ていた野薔薇が口を開く。見終わったのか、後部座席に差し出して中央に座っていた優太が自然と受け取る。
「そうッス。三十代から六十代の男性が、首を吊られた状態で発見されてる。表面的には自殺として処理されてるッスけど、思いっきり
「事件の前日にバイクの騒音、現場にタイヤのスリップ痕のような残穢……?呪霊ってバイク乗るの」
「バイクに乗ってるとは限らない。下半身がバイクみたいになってるとか、そもそもバイクの形をした呪霊の可能性もある」
「俺、追い付けるよ!」
「なんでバイクに追い付く前提なんだよ……」
「こいつ、五十メートル走三秒らしいぞ」
「車かよ……」
呆れた顔の恵と優太の視線が交差して、俯いてため息を吐く。気にした様子もない悠仁、なにやら新田と意気投合したらしい野薔薇は前の席で談笑している。
車での移動にはおおよそ二時間かかった。現場の公園に到着するなり悠仁が飛び出すように降車して、ぐっと伸びをした。
「んんんー!ケツ割れるかと思った」
「悠仁何言ってんの」
「いつもの事だ、気にするな」
「新田ちゃん、運転サンキュ」
野薔薇と新田に関してはすっかり打ち解けたようだ。普段の野薔薇の言葉に棘があるのは男子相手だからか、と優太は勝手に納得して、広い敷地の公園を緋色の瞳で見渡す。
「見えるか?」
「いや、全然。綺麗な環水公園って感じ」
違和感を感じなかった恵が聞いたが、優太の故郷らしい喩えに首を傾げる。恵が首を傾げたのを見て、野薔薇が信じられないと言った雰囲気で食いついた。
「あんた知らないの!?世界一美しいスタバで有名な場所よ!?」
「いやぁ、それほどでも」
「オマエが謙遜するとこじゃねぇよ」
富山県出身の優太が照れたように頭を掻いて、すかさず野薔薇がツッコミを入れる。
午後の日差しにきらめく水面と力強い緑、整えられた舗装路にこの掛け合いが交じって、とても呪いの事件があったとは思えない。
「ひとまず聞き込みッスかね。ちょっと離れたところに管理棟があるんで、そこで管理人さんに聞いてみましょう」
言うが早いか、新田は先導するように歩き出した。スーツ姿に金髪の女性の後に続く一年生四人の光景は、いささか妙な絵面になっていた。
しかも内一名は太刀を佩いている。鞘に納まっていて刃引きしているのかは傍目にはわからないが、十分異様である。
管理棟の受付には、ふくよかな体格の穏やかそうな白髪交じりの男性が座っていた。早速新田が声をかける。
「こんにちは!ちょっとお話伺ってもいいッスか?」
「おや、こんにちは。何の話だい?」
「最近頻発してる公園内の事件についてなんスけど──」
「……その話は、子供連れが興味本位で聞く話じゃあないよ」
「あぁ、すんません。実は私、こういう者でして」
新田が懐から名刺入れを取り出して、一枚管理人に差し出す。なにか納得した様子で、管理人は疑念が晴れた顔になった。
「あぁ、警察の方。後ろの子達は?」
「この子達は職場見学ッスね。将来有望な卵ッス!」
一同に視線を走らせた管理人の目は、優太の左腰に留まった。
「おや、佩刀かい。今どき珍しいねぇ」
「えっ、あっ、これは──」
「こいつ武術バカなんですぅ」
言い淀んだ優太を牽制して、野薔薇が一歩前に出て苦笑しながら自然と話に交ざった。
「いつも
後ろで優太が「そんなこと言ってない」と呟き、恵が「言ってることにしとけ」と小さく返した。管理人にギリギリ届かない程度の小声のやり取り。
「それで、聞きたいことってなんだい?自殺として処理されるとは聞いてるけど、捜査してもらえるならこちらとしてもありがたいよ」
「そうッスね、例えば仏さんが発見される前後でなにか不思議なことがあったとか。どんな些細な事でも大丈夫ッス」
「不思議、ねぇ。これ言って、警察に取り合ってもらえるかは分からないけれど……」
管理人が俯き気味に言い淀む。明らかになにかあることを恵と優太は見抜いて、優太は恵に目配せした。恵が一つ頷く。
「ちょっと特殊な警察なんで、普通じゃない証言も聞きます。何があったんですか」
高校生離れした恵の落ち着いて事務的な声色に、管理人は意を決したように顔を上げてから、壁掛け時計に目をやった。
「夜の十一時四十分頃かね。バイクのエンジン音が聞こえるんだよ。その次の日には首つりのご遺体が発見される。昔、その時間に暴走族の少年がいわゆる“未必の故意”というやつで殺害された事件があってね。私から見れば、無関係とは思えないんだよ……」
「祟り、って考えてるんスね?」
「ハハ、こんな話、なんの手掛かりにもならないでしょう?」
乾いた笑いを浮かべる管理人に対して、新田は首を横に振ってから真剣な顔で彼を見据えた。
「祟りに偽装した事件っていうのは少なくないッスよ。むしろその情報、すごく大事ッス!」
「本当かい?その時間にバイクの音がすると、心臓を掴まれたような気分になるんだよ。解決できるなら解決してほしい」
「任せといて!そのために俺たち来てるから!」
「ガキンチョは大人しく見学してろ?」
悠仁が持ち前の明るい笑顔で力こぶを作る動きをして見せて、新田が青筋を浮かべて制した。一応、新田が警察という体で話している。悠仁はそれを思い出してヒュンと引っ込んだ。
「そしたら、今晩から張り込みさせてもらっても構わないッスか?」
「ああ、是非よろしく頼むよ」
「ウッス。進展があったらご報告するんで、枕高くして寝てていいッスよ!」
最後に新田も悠仁に負けず劣らずな明るい笑顔を見せて、一行は管理棟を後にして駐車場に停車させた黒塗りのセダン車に戻った。道中、スマホをいじっていた野薔薇が到着と当時に口を開く。
「あった。1984年、暴走族の少年が張られたナイロンテープに首を引っ描けて転倒、頭を強く打って死んでる」
「なんでそんなこと……」
「暴走族の騒音に悩んでた近隣住民がやったとか、対立グループの仕業とか、噂はあるけど犯人は捕まってないみたい」
表情に影を落とした優太に、野薔薇は補足した。
「それで未必の故意か。張ったテープにかかるかどうかは分からない、でも実際はかかって、しかも死んだ。呪霊になれる要件が多すぎる」
「しかもこの事件をきっかけに、暴走族グループはこの公園で暴走行為をするのをやめてるみたい」
恵の分析に、しきりにスマホをフリックし続ける野薔薇が付け加える。
「役満ッスねぇ。あとは、都合よく表れてくれるかどうかッス」
「なんか、スッキリしねえな……」
「分かる。どっちが悪いとか、なんかそういう案件じゃないよね」
「どっちにしろ殺していい理由にはならないだろ。人間でも、呪霊でも」
「それはそうだけどさ。今回の呪霊って、自分を殺したやつを探してるんだろ?無理やり祓っておしまいって、なんかイヤだよ俺」
「俺も悠仁と同感。呪霊になってまで人殺していい理由にならんのは分かるけど、なんか可哀想だよ」
「呪霊になった時点で同情の余地はない。お前ら、もう少し呪術師としての自覚を持った方がいいぞ」
恵の言葉に、悠仁と優太は押し黙った。彼らは警察ではないし、正義の味方でもない。呪術師なのだから、何をするべきかの一点に関しては、恵の言葉を受け入れることしかできなかった。