呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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レスポール-肆-

「ひとまず、寝る」

 

 そう言った優太は、手近な芝生で大の字に寝転がって目を閉じた。

 

「俺も寝よっかな!」

 

 悠仁が続いて優太の横で寝転がった。二人揃ってすぐに寝息を立て始める姿を見て、野薔薇がため息を吐いた。

 

「あいつらの感情整理はどうなってんの」

 

「分からん。ただ、宮城島は普段夜九時には寝てるから、今寝ないと夜動けないんだろ」

 

「なにそれ、おじいちゃん?」

 

「いや、朝五時半には自主練──自主鍛練って言ってたか。してるらしいから、それに合わせてるらしい」

 

「……習慣、ってやつ?」

 

 以前優太が食事中に口を開かない様を見て、野薔薇が味わってると評した際、優太は躾けられた習慣と答えていた。そういうところを妙に覚えていたようだ。

 

「宮城島なら言いそうだな。ただまぁ、昼寝で活動時間が調整できる程度には自分の体()()()よく理解してるんだろ」

 

 珍しく、恵が嫌味っぽく言った。それを聞き逃す新田ではない。

 

「心は理解しない感じッスか?観察力ありそうッスけど」

 

「観察()()しないのよ、あいつ。こっちがどういう心境なのかまで察してくれない」

 

 野薔薇が少し拗ねたように答えた。恵がふと顔を背けて口元を隠す。

 

「笑ってんじゃねえ」

 

「笑ってない」

 

 笑っていた。恵の肩が小刻みに上下している。そんな二人を見比べた新田が目を見開いて人差し指を立てる。

 

「ピコーン!」

 

「ピコーンって言う人初めて見たわ」

 

「自分で言ったな」

 

「釘崎さんは宮城島君が好きなんスね!」

 

「──っ!!」

 

「……言うのか」

 

 あまりにもドストレートな新田の言葉に野薔薇は顔を手で覆い、恵は呆れたようにため息を吐いた。恵は察した上で今まで言っていなかったのだ。

 

「ちがっ!バフが便利って、それだけ!」

 

「加勁もらったの一瞬だろ」

 

「分かるの!呪術師だから!」

 

「呪術師ってそんな便利な言葉じゃないぞ」

 

「──っ!!」

 

 二度目の撃沈。野薔薇はしゃがみ込んで顔を隠してしまった。

 

「青いッスねぇ。でも攻略難易度トリプルSじゃないッスか?」

 

「高専に来てから人間不信は解消傾向にある、とは言えさっきの管理人の時も自分から口を開かないし、きょどってる辺り克服してないですね」

 

「まぁまぁ。釘崎さん、ガッツッスよ!」

 

「違うってば……」

 

 しゃがみ込んで顔を隠したまま、野薔薇は力なく否定した。違くねぇだろ、と新田と恵の心中がハモっただけで、実際口にはしなかった。これ以上追い込むほど、二人とも野暮ではない。

 

 

 

 入道雲が十分に散って夜の帳が下りた頃、優太はむくりと起き上がって懐からマックスコーヒーの缶を取り出し、プルタブを開けて一口飲んだ。

 

 エンジンのかかった車内では、新田がラップトップで事務仕事をしている姿が見える。助手席のシートが倒れて見えない辺り、誰かが横で仮眠を取っているようだ。

 

「悠仁、起きろー」

 

 黄色い缶を口に当てたまま、空いた手で悠仁の体を揺らして起こそうと試みる。しかし悠仁はむにゃむにゃと言っていて起きる様子がない。

 

 小さくため息を吐いた優太は、ふと思いついた顔をした後にいたずらな笑みを浮かべた。

 

 悠仁を揺らしていた手から加勁を展開して、悠仁を包み込む。すると、悠仁はパチリと目を覚まして腕の力で体を浮かせて立ち上がった。

 

「スイッチ入った!」

 

「ロボットか」

 

 悠仁が起きたのを見て、すぐに加勁を解く。悠仁が残念そうな顔をしたが、優太は悪びれた様子もない。

 

「今のなに?」

 

「加勁と律勁の応用。寝てる脳を起きてる状態に調律した」

 

「脳みそいじくってんの!?」

 

「ちょっと違う。呪力を起こした、って言えばいいかな」

 

「うーん、分かったような、分からんような」

 

 流石黒閃経験者、今の説明でもなんとなくは分かったらしい。優太は苦笑交じりにマックスコーヒーの缶を傾けつつ、少し羨ましそうに悠仁を見た。

 

「今の説明で理解できるもんなんだ、俺もそこまで到達したいよ」

 

「えぇ。優太ならすぐ出せるって、黒閃」

 

「そんなホイホイ出せたら誰も驚かないでしょ」

 

 優太は肩を竦めた。実際、かつて呪力暴走を起こした優太の膨大な呪力を制御した、あの五条悟をもってしても黒閃は狙って出せない。

 

 優太は「それはそれとして」と言って話を脇に置いて立ち上がり、制服についているかもしれない砂埃をパンパンと叩いて払った。

 

「俺ちょっと買い物行ってくるから、新田さんに伝えといて」

 

「なに、お菓子?」

 

「違ぇよ。いや三割合ってるけど。保険でいくつか買っておきたいものあるの」

 

「おぉ、流石インテリ武術家……」

 

「なにその評価」

 

 悠仁が大袈裟に感心したような表情で優太を見て、優太はケラケラと笑いながら手をヒラっと振って最寄りのコンビニへ向かった。タイミングがいいのか悪いのか、黒塗りのセダンの助手席が開いて野薔薇が降りてくる。

 

「あれ、宮城島は?」

 

「今さっき買い物行ったけど?」

 

「なんで私に言わないわけ?」

 

「いや知らねえよ!?」

 

 不機嫌そうな野薔薇。理不尽な怒りを被る悠仁であった。続けて後部座席のドアが開き、恵が降りてくる。

 

「宮城島は買い出しだろう、って新田さんに言ってある。合ってるか」

 

「伏黒すげぇ!エスパーじゃん!」

 

「……あいつの行動見てたら大体わかるだろ」

 

「そういうモン?」

 

「そういうモンよ。宮城島のことだから、便利グッズか何か買いに行ったんでしょ」

 

「なんで釘崎も分かるの!?」

 

「うっさい!」

 

 野薔薇が悠仁の脛を蹴って、悠仁が痛みに悶えて転がる。昼間の話を一切聞いていない悠仁にとっては理不尽な事この上ない。

 

 公園に高々と掲げられた針時計が、十一時を指す。ついさっき買い物に行った優太はいないとして、三人の顔に一瞬の緊張が走る。

 

「……二級案件、って感じじゃないわね」

 

「俺でもわかった、さぶいぼ立つ感じ」

 

「鳥肌って言ってくれ、分かりづらい。──(ぬえ)

 

 手で羽の掌印を組んだ恵の影から、褐色の羽を持ち、猿の頭蓋の面をした巨大な鳥──鵺が現れる。恵は鵺を飛ばして上空からの偵察を試みた。同時に、異変に気付いた新田が車から降りてくる。

 

「今回の任務、等級の再審査要請を出したッス。このまま撤退した方がいいッス」

 

 新田の表情が強張っている。理由は単純で、先の一瞬、遠方から明らかに強力な呪圧を全員が感じたからだ。

 

「等級の再審査を出したとして、それ受理されるのいつですか。それに、格上げされた任務に当たれる術師が余ってるんですか」

 

 恵の冷静な分析に新田は言葉を失う。二級案件の時点で、学生に振らなければいけない程度には呪術師は枯渇している。そうなれば、それより上の等級に上げるのは──

 

「実質先送りでしょ。上とやってること一緒とか、私、嫌だから」

 

「それに最近被害増えてるんでしょ?だったら俺たちでやらねぇと」

 

 彼らは、新田の想定以上に呪術師だった。

 

「ただし深追いはするな。俺たちで手に余るようなら最低でも応援、あるいは本当に格上げしないといけない」

 

「そうッスよ。そもそも、私はこんな現場だって分かってたら君たちをここに連れてきてないッス」

 

「たらればの話は要らないです。今鵺で見てる限り、まだ三級の呪霊がいくつか湧いてる程度です。でも呪圧の本体はいない」

 

 緊張が走っている一同の耳に、妙に陽気な歌声が聞こえてくる。

 

「あーそこは亀有ぃ~、あーきっと亀有ぃ~、みんなおいでよ俺たちの、町へ~。って、なんか深刻?」

 

「逆になんでお前は平然としてるんだ」

 

 呆れた様子で、歌いながら合流してきた優太に恵がツッコミを入れる。

 

「いや、亀有って文字見たらこち亀思い出したから……?」

 

「理由になってねぇ」

 

「……ちょっと待って、あんたもしかして()()()()()()してる?」

 

 優太の変化に気付いたのは野薔薇だった。この状況、常時呪力視の優太が見過ごすはずがない、だから野薔薇は呪力視で優太を見たのだ。

 

「いや、買い物から帰る辺りから。呪圧感じたから薄く展開しておいた」

 

「呪力消費は」

 

 すかさず恵が確認する。

 

「まだ自然蓄積の範囲内。むしろ今まで目に集中してたのを分散させてる分、情報が減ってちょっと楽」

 

「違う情報が増えるだろ……」

 

「鍛練の一環的な感じ」

 

「あんたねぇ、任務直前にやる?」

 

「まぁまぁ、優太らしいじゃん!」

 

 恵と野薔薇がため息を吐いて、悠仁がフォローする。どうにも戦闘になると、優太と野薔薇のポジションは入れ替わるようだ。

 

「それで、何買って来たんスか?」

 

「Pロープを。多分、単純に待ってても本丸出ないと思って」

 

「根拠は」

 

 恵は優太の行動を疑っていない、純粋な確認と共有といった声色で尋ねた。

 

「被害者、みんな物理的に首吊られてるじゃん。都合よく現場にあったとも、呪力で作ったとも考えにくい。だったら紐がトリガーかなって思って、管理人さんの話と釘崎の見つけた過去の事件から推理した」

 

 恵がなるほどと頷いた後、ふと気付いた顔をしてため息を吐いた。

 

「……お前、その推理力の一割でいいから自分に使え」

 

「なんで?」

 

「……なんでもない」

 

 恵が呆れてため息を吐いた。日常と異常が交錯する会話の中、その時は刻一刻と迫っていた。

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