呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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第一楽章:共鳴のファンファーレ
顔合わせ


 東京都立呪術高等専門学校(じゅじゅつこうとうせんもんがっこう)。日本に二校しかない、呪術教育機関の一校。表向きには私立の宗教系高専とされていて、その様相は山間の広大な寺院といった、東京という地名からは程遠い厳かな雰囲気を放っている。

 

 六月にしては珍しく晴れた昼下がり、高専敷地内の医務棟に向けて一礼した後、地を踏みしめるようにして歩き出す少年がいた。逆光を受けても色の薄まらない黒髪をセミロングに伸ばし、日本人離れした骨格に、背が伸びて百七十センチを少し超える背丈の歩幅は広い。

 

 一陣の風が彼の前髪をふわりと持ち上げた。目は切れ長でたれ目、黒かった瞳は緋色に変色している。面長で顎のラインが細いせいか、たれ目であるにも関わらず少し目つきが悪く見える。

 

「退院おめでと~、優太くん」

 

 軽い調子の声が少年──宮城島優太に投げかけられた。白髪に黒い目隠し、百九十センチを超える長身。五条悟だ。

 

「退院って。隔離期間終了の間違いでしょう」

 

 優太は肩を竦めて言った。ひび割れた肌は綺麗に治っており、変声期を終えた声は低音でどこか知性を感じさせる。優太の軽口に悟は満足げに口角を上げた。

 

「ホンット、この一年で生意気になったよねー!誰に似たのかしら!?」

 

 わざとらしく腕を組んで頬を膨らませるアラサー男性。普通なら似合わないはずの仕草も、五条悟がやると妙に良い絵になるのが腹ただしい。

 

「誰に似たんですかねぇ?」

 

 優太も白々しく首を傾げながら歩を進めて悟と合流する。横並びになったところで悟も優太と共に歩き始めた。

 

「一年生、もう三人揃ってる。優太くんで四人目になるから、みんなと仲良くするんだよ」

 

 悟の声色は軽薄なものから、穏やかな教育者のものに変わった。不意に頼もしくなった悟の案内に従って優太は校舎へ向かう。昼下がりの太陽に背を押されるように。

 

 

 

 教室には、悟が先に入った。手をパンパンと打ち鳴らして注目を集める、と言っても三人しかいない教室である、引き戸を開けた瞬間から注目を集めていた。悟が教卓の天面に腰掛け、おふざけの効いたトーンで口を開いた。

 

「今日は新しい仲間を紹介しますっ!僕の秘蔵っ子、宮城島優太くんです!」

 

「秘蔵っ子ってなんすか、気色悪い」

 

 悪態をつきながら、優太が入室した。すかさず、ピンク髪のショートカットで屈託のない笑顔が良く似合う少年が前のめりに優太に声をかけた。

 

「うわ、髪と目の色が真逆な五条先生じゃん!俺、虎杖(いたどり)悠仁(ゆうじ)!」

 

 続けて、優太の黒髪とは質の違う、影のような黒髪が何故かツンツンになっている少年が静かに挨拶する。

 

伏黒(ふしぐろ)(めぐみ)。宮城島の噂は聞いてたが、もう大丈夫なのか」

 

 最後に、優太を品定めするように見ていた明るい茶髪のボブカットの少女が口を開いた。

 

釘崎(くぎさき)野薔薇(のばら)よ。多少マシな見た目してるのね」

 

 野薔薇の言葉を受けて、優太は反射的に目を逸らして悠仁と恵を見た。

 

「……改めて、宮城島優太。呪力操作は多少マシになったから、もう大丈夫。よろしく」

 

 優太の声は、明らかに男子にだけ向けられていた。野薔薇の片眉が上がり、ビキッと音が鳴りそうな勢いで青筋が浮く。

 

「ちょっと、今私の事無視したでしょ」

 

 その光景を、教卓に座りながらエンタメでも見るかのようにニヤニヤと眺める悟。入室数秒で「みんなと仲良くするんだよ」の雲行きが怪しくなる。その雲行きに光を刺したのは恵だった。

 

「宮城島は女絡みで、一年以上前に呪力が暴走したことがある。下手に刺激するな」

 

「はぁ!?何よそれ、特別扱いしろとでも!?」

 

「そうは言ってない」

 

 恵がため息をついた。助け船のはずが、怒りの矛先が変わっただけの様子に優太は気まずそうに口を開いた。

 

「無視じゃなくて、ちょっと身構えただけ。悪かった」

 

「……フン、今回は多めに見てあげるわ。感謝しなさい」

 

 空いた席に向かう優太の顔には「おっかねぇ……」と書いてありそうだ。優太の着席を見届けてから、悟が仕切り直すように手を叩いた。

 

「さて、これで今年の一年生は全員集合だね。んー、一学年に四人とは。今年も豊作だねぇ」

 

「言い方……」

 

 恵がツッコミを入れようとして、やめた。

 

「やっぱさ、呪術師って数少ないんだな。俺も最近編入したんだけど、人数少なくてビックリした」

 

「ゲテモノ食って入ってきたのは編入って言わないのよ。監視よ、監視」

 

 ケラケラと笑っていた悠仁が、野薔薇の言葉にオーバーリアクションで仰け反った。しかし「ひっでぇ!」と返した悠仁の声色に非難の様子はなく、これが彼らの日常会話だと言うことがなんとなくわかる。

 

「ゲテモノって。虎杖、何食ったの……?」

 

「「「宿儺(すくな)の指」」」

 

 悟、恵、野薔薇の声が綺麗に重なった。優太の表情が青ざめる。

 

「マジ……?なんで生きてんの」

 

「悠仁はね、千年前の呪いの王『両面宿儺』を封印した指を取り込んでも自我を保てる、千年生まれなかった逸材なんだよ。恵が見つけたんだよねー」

 

 軽薄な笑みを浮かべて悟が言った。

 

「こいつが勝手に食ったんです」

 

 ピシャリと言った恵の耳の先がほんの少し赤いことに、悟と優太だけが気付いた。二人とも、気付いた上で何も言わない。

 

 

 

 ──両面宿儺。呪術最盛平安の時代において、数多の呪術師が挑み、そしてその全てを返り討ちにした史上最悪の呪詛師であり、目が四つ、腕が四本という異形の実在した人物である。死後も呪霊に転ずることを防ぐため、腕の指二十本を切り分け、蝋で固めて封印してもなお、その莫大な呪いが衰えることはない。普通なら猛毒、取り込んだだけで死ぬ。最悪の場合、指に封じられた呪いが取り込んだ者の体の主導権を奪って活動する、受肉と言われる現象に発展する。

 

 しかし虎杖悠仁は、その指を食べて取り込んでもなお平然としているのだ。宿儺の指を取り込んだ、死ななかった、受肉しなかった、あまつさえ人間として元気に過ごしている姿が目の前にある。優太が青ざめるには充分すぎる理由だった。

 

 

 

「あれはしょうがなくない?呪力ないと呪霊に攻撃できねえんだもん!」

 

「だからって普通指食べる?初めて聞いた時、本気で衛生観念疑ったわ」

 

「あの時は本当にヤバかったんだって、伏黒もボロボロだったし、他に手段なかったんだよ!」

 

「結果的に受肉しなかったら良かったですね、って話じゃねえんだよ」

 

 呆れたように恵が言った。補足するように悟が口を開く。

 

「ちなみに悠仁は秘匿死刑が決定してて、今は執行猶予期間なんだよね。宿儺の指二十本、全部取り込ませてから死刑にすればいい、って僕が上層部に掛け合ったんだよ」

 

「それ掛け合ったじゃなくてワガママでは?」

 

 すかさず優太がツッコミを入れた。悟は悪びれた様子もない。

 

「まぁ、殺すには惜しいっていうのはなんとなく分かります。虎杖は悪い奴じゃない、今の話聞いただけで明白っすね」

 

 こうして、悠仁の根明に毒された被害者がまた一人増えたのだった。優太が悠仁の生来の明るさで周囲に馴染み始めたのを見て、悟は満足そうに一つ頷いた。

 

「うん、これなら早速任務に行っても大丈夫そうだね。今日の配置は恵が司令塔、野薔薇が後衛、悠仁と優太くんで前衛をやってみよっか」

 

「え、いきなり前衛ってダイジョブなの?」

 

 悠仁が心配そうに悟に尋ねた。五条悟の秘蔵っ子とは言え、一年生三人は優太の戦い方は全く知らない。本人の言葉からある程度呪力操作ができる、ということしか分かっていないのだから、当然の疑問だ。

 

「優太くんはね、おじいちゃんから武術の太極拳を習ってたんだよ。それも五歳の頃から。悠仁とは違う意味で戦えるよー」

 

「武術の、太極拳……!」

 

 悠仁が輝いた目を優太に向けた。憧れに近いその表情は、漫画で読んだ何かの影響だろうか。

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