優太が入院をしたとしても、世界は等しく回り、進む。
ある日の放課後、一年生三人は簡単な三級任務を早々に終わらせて都内の駅周辺にいた。歩道橋に差し掛かったところで、悠仁がスマホをフリックしながら口を開いた。
「俺映画行こっかな~。釘崎は?」
「まだ早いし。買い物でもするわ」
「お前ら元気だな。じゃ、俺は帰る」
恵はそう言って黒塗りのセダンの後部座席に乗り込み、伊地知の運転で先に高専に向かった。
「俺、映画行くけど。どーする?」
何故二回目を聞いたのか、歩道橋を登る野薔薇の背中に悠仁が語り掛ける。あるいは、優太の入院による周りの反応を和らげようとしているのかもしれない。
「何観るの」
そして、釘崎野薔薇はそういった気遣いを受信できるタイプだった。悠仁は屈託のない笑顔を浮かべて答える。
「ミミズ人間
「誰が行くか!
カエルが苦手な野薔薇である、当然
「4からでも行けると思うけど──」
悠仁の熱弁が始まる。語れば語るほど、野薔薇は目を点にして呆れた顔になっていく。
「──テーマはズバリ、愛!」
「……。何がテーマでも
「
悠仁は力なく、力説していた拳を下ろした。
「どっちでもいいわ。じゃ、私買い物して行くから」
野薔薇はそう言って、再び歩道橋を登り始めた。ふと、気付いたような顔をして野薔薇は悠仁に振り返る。
「あんたも来る?」
「いや、だから俺映画行くんだって」
「あっそ。じゃーねぇ」
実に素っ気ない。それでも一応、野薔薇なりに気遣いに気遣いで返したのだろう。悠仁は野薔薇に背を向けて、不服そうに息を漏らしながら歩きだした。
そんな彼を見る、一人の女性──否、女子がいた。野薔薇と同じ程度の明るさの茶髪、身長が高く、ニットセーターにマキシ丈スカートと大人びた私服姿なので、一見大人の女性のように見える。しかし顔つきはあどけなさを残している。
彼女は悠仁を追いかけようとして、横断歩道の信号に阻まれてしまう。すぐに思考を切り替えたようで、近くの歩道橋を登った。
結局彼女は、悠仁を追いかけることができなかった。代わりに、野薔薇の後を尾行することにしたようだ。野薔薇がいくつかの店で買い物を済ませてひと段落したところで、彼女は意を決して野薔薇に声をかけた。
「あのっ、すみませんっ」
振り返った野薔薇が目を見張る。デカい、それが第一印象だった。身長は野薔薇を優に越していて、それでいて顔のサイズが野薔薇と同程度。必然的に小顔に見える。
「さっき、虎杖君と一緒にいませんでした?」
彼女は不安げに野薔薇に語り続けた。高身長が前のめりになってくる圧を受けて、野薔薇が少し仰け反る姿は中々に珍しい。
「……えっ?」
飲みかけのタピオカミルクティーのストローを口から溢すように外しながら、野薔薇から出た言葉はこれだけだった。
「あっ、すみません。私、
「あっ、あー……」
顔を赤らめている優子を見て、野薔薇は察した。この子は虎杖が好きなんだ。二人はそのまま、近くのファミレスに寄ることに決めた。
テーブル席で対面になるようにして、二人は座っている。野薔薇はアセロラジュース、優子はアイスコーヒー。優子がスマホを取り出して一枚の写真を野薔薇に見せた。
重たい黒髪に、肥満寄りのぽっちゃり体形のセーラー服の女子が写る写真。気恥ずかしそうに写っている。
「これ、中学卒業式の時の私です」
「えっ、マジぃ?半年前でしょ、何がどうしたの!?」
野薔薇は写真と優子を見比べる。およそ同一人物とは思えない変貌ぶりだからだ。優子は照れたように後頭部に手を置いた。
「いやぁ、その時から身長だけ十五センチくらい伸びまして。それと東京に来て、環境の変化のストレスでみるみる……」
「へー……。あれ、虎杖じゃん」
野薔薇が写真を縮小させると、隣に悠仁が学ラン姿で写っていた。
「卒業式の時、勇気を出して一緒に撮ってもらったんです。ほんとは連絡先とかも聞きたかったけど、私東京に引っ越すの決まってたし」
優子が複雑そうな表情で視線を逸らしていく。
「でもさっき虎杖君を見かけて。今の私ならもしかしたら、なんて……」
気恥ずかしそうに俯いた。
「えっ、優子。それって……」
野薔薇が急に真面目な顔になる。
「つまりそういうことね!」
「はい、そういうことです!」
釣られて優子も真面目な顔になった。野薔薇が急いでスマホを取り出してフリックして──一人の名前を見つけて固まった。
その男は面会謝絶だが、別に連絡を取れないわけではない。そして、高専一年生メンバーの中では、恐らく最も悠仁に近い。
彼は自身へ向いた好意に鈍感だが、別に全てに鈍感なわけではない。野薔薇の脳は唐突に高速でシミュレーターが演算して、その結果を弾き出す。誤魔化すようにボブカットの髪を耳にかけて、彼へ連絡するのをやめた。
「……釘崎さん?」
それを見過ごす優子ではなかった。ちょうど、露出した耳の先が赤くなっている。
「なんでもない」
野薔薇はスマホを耳に当てた。二コールでその人は電話に出た。
「あ、伊地知さぁん?伏黒まだ乗ってますぅ?お店のURL送るんで、そこまで引き返してもらっていいですか?……あざぁす、シクヨロでぇす!」
人の恋路に関心を逸らすことで、野薔薇は先のシミュレート結果を一旦脇に置くことにした。通話を終えて、野薔薇が説明する。
「今から私より虎杖に詳しい奴が来るわ。まずはそいつに話を聞きましょう」
「あのっ」
優子が気まずそうに声を張るので、野薔薇が不思議そうな顔で優子を見た。
「もし、釘崎さんも虎杖君のこと──」
「ない」
冷めた表情で、食い気味に野薔薇は否定した。
「天地がランバダ踊っても。ない」
野薔薇が完全否定した後、不意に胸に手を当てて不思議そうな顔をした。それを首を傾げて見る優子。
恋愛相談をする、スマホで連絡先を探す、耳の先が赤くなる、悠仁に恋愛感情はないと言い切るが、胸に手を当てる。全ての点が繋がり、優子は気付いた。
「釘崎さん、別の人が好きなんですね。よかったぁ」
「──っ!!」
野薔薇の顔が一気に赤くなった。先日の任務から指摘されて、薄々自覚はしていたのだろう。そこで改めて言われると、もはや否定もできない。
恵が到着する頃には、野薔薇の熱も冷めていた。結果、涼しい顔をしている野薔薇と、恵から見て見知らぬ女性がいる状態に放り込まれた恵はこめかみに青筋を立てた。
「オイ、なんなんだよ」
全く隠す気配のない、怒気を含んだ低い声で恵が抗議する。
「おーっす伏黒。虎杖って彼女いる?」
悪びれた様子もなく、野薔薇が真っ先に聞いた。
「あ?」
まだ怒りが冷めぬ恵。それを気にした様子もなく、野薔薇は優子を指した。
「この子、小沢優子。実はカクカクシカジカでぇ……」
いきさつを聞いた恵が、急に真面目な顔になる。
「つまりそういうことか!?」
「ええ、そういうことよ」
恵は怒りを忘れて恋バナに参戦した。野薔薇の隣に座り、完全に相談モードに入る。
「彼女はまずいないだろ」
「根拠は?」
「急に東京来るってなって、特に困った様子なかったし」
流石伏黒恵。悠仁が東京に来るまでのいきさつを正確に把握している。
「あと部屋にグラビアポスター貼ってある。ちなみに宮城島の部屋には古文書の写本が積んである。彼女いるやつって、そういうのしないんじゃないか?相手嫌がるだろ」
「なんで!私を!巻き込む!」
唐突な流れ弾に野薔薇が恵の背中をバシバシと叩いた。後衛とは言え恵も呪術師、特に動じた様子はない。優子は一瞬呆気に取られたが、仕切り直して口を開いた。
「あのぉ、ちなみに好きなタイプとか」
聞かれて、恵が視線を上に向けて少し考える。
「あぁー……。背が高い子が好きって言ってたな」
優子と野薔薇に共通の電撃が走った、ような気がした。二人は手元のグラスを掲げて乾杯する。そのまま、野薔薇が叩きつけるようにスマホをテーブルに置いた。
「勝算ありぃ!!虎杖を召喚するわ!いいわね優子?」
「ハイ!」
野薔薇は悠仁との個人メッセージを開く。過去のトーク履歴がないそこへ、野薔薇がメッセージを投下した
『おい』
続けてファミレスの場所のURL。
『来い』
悠仁から即返信が届く。
『?なんで?』
『来い』
『了解』
野薔薇は説明しなかった。ただ来いと、それだけで動く程度には二人は仲間であった。
今日は一挙二話更新です。21:10に次話「つまりそういうこと」掲載します。
マイルールの一話3000字~4000字にひっかかったのと、このお話はずるずる引き摺りたくなかったので分割しました。たまにこういうことあると思います。